[スペシャルカバー]
新潮 11冊
角川 12冊
ナツイチ 16冊
ナツイチが先んじて始めた企画は、各社ともに10冊を超えるスペシャルカバーを用意するまでの、重要な差別化ポイントへと育ってきた。今年は一言で言えば「激戦」だ。この夏の「大手牛丼チェーン店3社」の第何次かの値下げ戦争が、ニュース番組で報じられていた。今年の文庫フェアのカバー戦争も似たような様相になった。
他社に遅れをとった新潮文庫が巻き返しを図るべく、昨年はスペシャルカバーを一気に倍増した。ちょうど老舗の「吉野家」が生き残りを賭けて値下げを決断したかのように、「新潮文庫の100冊」は従来からのこだわりを捨てつつも、スタイリッシュで大人受けしそうなモダンなデザインのスペシャルカバーに統一したところに、老舗のプライドが感じられた。
一方で、すき家・松屋に比すべきナツイチ・角川文庫陣営は、今年はいずれもスペシャルカバーの冊数を圧倒的に増やして、新潮文庫の数を上回った。さらに2社ともにラインナップを複数用意し、ヴァリエーションを〈売り〉にしてきた。まるで「牛丼ひとすじ」に対して、様々な定食やサービスで〈巨人〉を追い込む振興チェーン店という構図と、これまた酷似しているではないか。
[3社共通作品(4冊)]
人間失格 太宰治
こころ 夏目漱石
銀河鉄道の夜 宮沢賢治
十五少年漂流記 ジュール・ヴェルヌ
リザーブシートが毎年用意される「こころ」「人間失格」は別にして、3社共通作品の常連である「銀河鉄道の夜」が再び戻ってきた。また、目立ったところではヴェルヌの「十五少年漂流記」が3社そろい踏みした。いくつかの要因が考えられるが、まずは集英社がスペシャルカバーの冊数を増やした事、増やすに当たって「文豪×漫画家コラボ」に海外作品として「シャーロック・ホームズ傑作選」と抱き合わせで「十五少年漂流記」が入った事などが影響している。要は偶然か。
[2社共通作品(10冊)]
(角川・新潮)
坊っちゃん 夏目漱石
羅生門・鼻 芥川龍之介
海と毒薬 遠藤周作
二十四の瞳 壺井栄
変身 フランツ・カフカ
車輪の下(に) ヘルマン・ヘッセ
(ナツイチ・新潮)
たけくらべ 樋口一葉
星の王子さま サン・テグジュペリ
シャーロック・ホームズの冒険 コナン・ドイル
(角川・ナツイチ)
遠野物語 柳田国男
昨年(2009年)が11冊だったので、今年もほぼ昨年並み。特徴としては、ナツイチが今年新たにラインナップすると同時にスペシャルカバーにした作品が、けっこう他社との共通作品になっている。「遠野物語」や「たけくらべ」「シャーロック・ホームズ傑作選」などがそうだ。NHKの朝のテレビ小説で水木しげるの妖怪たちが久々に脚光を浴びている事と「遠野物語」の久々の登場とは関連があると考えるのは、うがちすぎだろうか。「遠野物語」の表紙が「はち」キャラなのはどうかと思うけど…。
今年の春にハリウッド映画として上映された事もあって、〈シャーロック・ホームズ〉シリーズは新刊ブームに沸いた。たしか角川文庫でも「シャーロック・ホームズの冒険」を新訳で出したはずだから、入れてくれれば3社共通作品となったのに残念だ。でも、そもそもナツイチだって「冒険」ではなく「傑作選」という自社独自短編集なので、本当に共通作品かどうか内容の比較が必要だ。結果は以下の通り。
シャーロック・ホームズの冒険 コナンドイル
ボヘミア王家のスキャンダル(ナ・新)
赤毛連盟(ナ・新)
花婿の正体(ナ・新)
五つぶのオレンジの種(ナ・新)
ゆがんだ唇の男(ナ・新)
まだらの紐(ナ・新)
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ボスコム谷の惨劇(新)
青い石榴石(新)
技師の親指(新)
独身の貴族(新)
緑桂石の宝冠(新)
ぶなの木の屋敷の怪(新)
要するにナツイチの「傑作選」とは、「シャーロック・ホームズの冒険」所収の12の短編から6編をえりすぐったものだった。これは、ほぼ共通とみなす事にして「冒険」を2社共通作品と勝手に認定する。それにしても、ここまで同じならば、いっそのこと丸々一冊翻訳できなかったのだろうか。若い人向きに、読みやすさや買いやすさを重視したということか。
[3社共通作家(12人)]
赤川次郎
伊坂幸太郎
石田衣良
恩田陸
角田光代
太宰治
夏目漱石
宮沢賢治
宮部みゆき
柳田国男
佐藤多佳子
ジュール・ベルヌ
今年3社共通に入ったのは、赤川次郎、角田光代、宮沢賢治、柳田国男、佐藤多佳子の五名。もっとも角田や佐藤は短編集でラインナップされているフェアもあるからオマケだ。
[作家ランキング(ラインナップ数)]
石田衣良 7.4
山田悠介 6.2
東野圭吾 6.2
恩田陸 5.14
夏目漱石 5.0
宮部みゆき 4.34
有川浩 4.2
伊坂幸太郎 4.0
宮沢賢治 4.0
太宰治 4.0
石田衣良は昨年に続きランキングトップに輝いた。山田悠介は大躍進だが、石田衣良が3社にまんべんなく小説を書いているのと比べて、山田はもっぱら角川ばかりで優遇された結果なのだ。そういう意味では、有川浩の方が堅実にラインナップ数を増やしている。
[作家ランキング(スタンダード)]
ジュール・ベルヌ 3.0
夏目漱石 2.5
アンデルセン 2.0
コナン・ドイル 2.0
サン・テグジュペリ 2.0
フランツ・カフカ 2.0
ヘルマン・ヘッセ 2.0
遠藤周作 2.0
芥川龍之介 2.0
宮沢賢治 2.0
太宰治 2.0
樋口一葉 2.0
壺井栄 2.0
ラインナップ数を単純に本の数(異なり数)で割った。これをスタンダード指数とみなす。要するに、ラインナップ数が多くかつ互いに共通する作品が入っている作家ほど、ランキング度が高い。当然ながら、名作家たちがランキングされている。今年はベルヌがダントツでトップだ。
[コピー]
3社共通作品4冊および2社共通作品10冊のあわせて14冊について、キャッチコピーの比較をしてみよう。ただし、「二十四の瞳」「変身」「星の王子さま」の3冊は昨年とラインナップされた組み合わせもキャッチコピーにも変化がないので割愛する。
人間失格 太宰治
(新)この主人公は自分だ、と思う人とそうでない人に、日本人は二分される。
(角)世代を超えて読みつがれる太宰治の自伝的小説
(ナ)自伝であり、遺書でもある太宰治の最高傑作!
角川のコピーは、昨年に一時的にキャッチーなものに変わったが、今年は反動で”説明的な”コピーに逆戻りした。そうなると角川もナツイチも似たり寄ったり。本書を太宰個人の「自伝」とみなすか、それとも新潮のように日本人の根っこにある「本質」とみなすか。
こころ 夏目漱石
(新)友情と恋と、どちらかを選ばなくてはならなくなったら、どうしますか…。
(角)「先生」の目を通して、エゴイズムとは何かを問う
(ナ)好きになってしまった。親友と同じ人を…。
角川が昨年のコピーを変えたので、角川「エゴイズムを描く」VSナツイチ・新潮「親友との三角関係を描く」のどちらかを選ぶ構図になった。「発見!角川文庫2010」の比較記事に書いたが、いまさら明治の文章を読むのならば「エゴイズム」を読むより、「友情と恋愛のドラマ」を読むべきなんだろうな。
銀河鉄道の夜 宮沢賢治
(新)星の空を、ひっそりと見あげたことありますか。そして涙が出ませんでしたか。
(角)星祭りの夜に銀河を駆ける、勇気を取り戻す旅
(ナ)切ない物語に、心がしんとなる。
新潮のコピーはセンチメンタルすぎる。角川は文章が変。ナツイチは説明しすぎないところが良い。おそらくはスペシャルカバーの叙情的な少年のおもかげとで互いを補い合っているような気がする。
十五少年漂流記 ジュール・ヴェルヌ
(新)しなやかさとしたたかさ、そして仲間。子どもだけの力で、どこまでやれるか。
(角)冒険小説の元祖とも言うべき、世界的名著
(ナ)無人島で少年たちのサバイバルが始まる!
角川のコピーは少年少女に不親切。「世界的名著?」文部省推薦図書と書かれているのと変わらない。「冒険小説?」どういうジャンルを指すんだろうか。たとえば「ワンピース」だとか「未来少年コナン」(ごめん、古い?)などの〈源流〉だとでも言えばいいんじゃない。もっと具体的な説明でお願いします。
遠野物語 柳田国男
(角)日本民俗学を開眼させた、貴重な文学作品
(ナ)神様や妖怪たちの世界が無性に懐かしい。
柳田の偉業をたたえるべきなのか、読みたくなるようなポイントを語るべきか?答えはおのずとはっきりしている。
坊っちゃん 夏目漱石
(新)ヤンクミより、川藤先生より熱いぞ!こんな先生に習ってたら……大変かも。
(角)四国の中学校に赴任した坊っちゃんが大暴れ!
毎年言ってると思うが、坊っちゃんはけっして「熱血教師」なんかではない。その点ではどっちのコピーも五十歩百歩。
羅生門・鼻(・芋粥) 芥川龍之介
(新)ワルに生きるか、飢え死にするか仕事をクビになった若者は考えた…。
(角)『今昔物語』を題材にした表題作を含む、初期短編集
コピーは圧倒的に新潮の勝ちだが、昨年までの「ニキビ面の若者」という表現が「クビになった」に差し替えられて、「面白み」というと語弊があるかもしれないが、ユーモアやシニカルさが消えてしまった。
海と毒薬 遠藤周作
(新)アメリカと戦った戦争が、医学も、日本人のこころも汚してしまった。
(角)罪とは何か? 罪責意識をあらためて問いかける
「罪責意識」とは、また難しい言葉で中高生をまどわすものだ。そもそも「罪とは何か?」という抽象的な問題を考えるための題材だっただろうか?
車輪の下(に) ヘルマン・ヘッセ
(新)いい学校に行くのだけが人生か?傷つきながらも旅立とうとする君、これを読め。
(角)将来を期待された少年を襲う、心の闇と衝撃のラスト
中高生が、自ら抱えている悩みを主人公のそれと重ねあわせて読むというならば、新潮のコピーは格好の惹句になっている。一方の角川のコピーは、まるでミステリーか何かの宣伝文句のようだ。
にごりえ・たけくらべ 樋口一葉
(ナ)はかない想いがある。無残な恋がある。
(新)五千円札になった女性作家の声に出して読みたい小説。
ナツイチのコピーは、なかなかの切れ味だ。これも「銀河鉄道の夜」同様に、スペシャルカバーとコピーのワンセットでバランスがとれているように思う。新潮のコピーはというと、「五千円札になった女性作家」というところに、気の利いたことを言いたがる編集者の浅知恵が見え隠れする。
シャーロック・ホームズの冒険(傑作選) コナン・ドイル
(ナ)ホームズを読まずに、ミステリーは語れない!
(新)赤毛連盟? まだらの紐? 謎だらけのイギリスを、名探偵と駆けめぐろう!
ナツイチのコピーは「もはや、そうとは言えなくなっている」という現在のミステリーの状況を逆説的に語っている。何も古典を読まなくても、技巧的でセンセーショナルで面白いミステリーなんて掃いて捨てるほどあるではないか。だからこそ、中高生はオールドミステリーファンの心意気を読み取ろう!
一方、新潮のコピーはさすがだ。ホームズを読んだかどうか意識せずとも、「赤毛連盟」や「まだらの紐」は、かならずなんらかの形で摂取しているはずだ。それをオリジナルの文章で読んでみる。それだけの事に、あらたな読書体験が待ち受けているはずなのだ。



