2013年10月07日

2013年9月の新刊

ちょっと遅ればせながら大洋社のHP「Book Index」調べの新刊チェック。

09/03 夜の真義を(上) マイケル・コックス(文春文庫) 840
09/03 夜の真義を(下) マイケル・コックス(文春文庫) 735
09/04 異体字の世界 最新版 旧字・俗字・略字の漢字百科 小池和夫(河出文庫) 798
09/10 饗宴 プラトン(光文社古典新訳文庫) 未定
09/10 数学序説 吉田洋一(ちくま学芸文庫) 1575
09/10 白土三平論 四方田犬彦(ちくま文庫) 1050
09/18 数学が生まれる物語 第六週 図形 志賀浩二(岩波現代文庫) 1008
09/18 存在と時間(3) ハイデガー(岩波文庫) 1323
09/18 ジェイン・エア(上) シャーロット・ブロンテ(岩波文庫) 1071
09/25 グランド・ミステリー 奥泉光(角川文庫) 1050
09/25 エジプト十字架の秘密 エラリー・クイーン(角川文庫) 940
09/25 刑事マルティン・ベック 笑う警官 ペール・ヴァール(角川文庫) 945
09/28 図南の翼 十二国記 小野不由美(新潮文庫) 704
09/28 素数の音楽 マーカス・デュ・ソートイ(新潮文庫) 935


「夜の真義を(上・下)」は越前敏弥さんが翻訳した海外ミステリー。ご本人も絶賛している独特な雰囲気のミステリーだと思った。思ったというのは、一度いや二度かな、立川の図書館で借りたことがあるからだ。もちろん単行本で。でも、2度ともあえなく未読返却。内容がどうのこうのではなく、非常に忙しくて上下巻に渡るような長編を読む構えが持てなかったのだ。文庫化したとは店頭に平積みになっても気づかなかった。単行本とまったく同じカバーデザインだったので、新刊だと思わなかったし、越前訳という事も忘れていた。これは是が非でも読みたい。できれば文庫で。でも無理だろうな。単行本が揃っている図書館ではなかなか文庫に手が回らないので蔵書にならないのだ。

「異体字の世界」は個人的な関心から読みたい。僕の会社の先輩に「サイトウさん」がいたのだが、この「サイ」の字が変わっていて、まさに「斉」の異体字だったのだ。「斉」の異体字はえらくたくさんあるらしい。JISコードとしてコンピューター上で表示できるのは、ほんの一握り。表記できない名前をもった人はお気の毒というしかない。SMAPの草なぎ君しかり、中国のトウ小平しかりだ。異体字は何故存在するのか。どれだけあるのか。

 「饗宴」はプラトンの対話文学。プラトンは一度でいいから一つの作品を読み切ってみたいと思っていた。もちろん全部読むなんて事は考えてない。一作品でいい。たしか「饗宴」は小林秀雄の「考えるヒント」で引用されていた話だったんじゃないだろうか。では読まねばなるまい。

 「数学序説」は、かの培風館で1970年あたりに出版された高校生/大学生向けの数学の啓蒙書だ。最近、「基本の1,2,3」という数論の手ほどきのような本を読んだばかりなので、この本の内容は手応え充分に思える。すでに店頭で見つけて読んでみたいと思った。でも、文庫で借りられないんだろうな、やっぱり。

 「白土三平論」。四方田さんの評論だから読めば面白いはず。そう思って読んだ「ブルース・リー」の評論が以外とつまらなかったんだよね。ブルース・リーに個人的に溺れた身としては、四方田さんの評論に描かれるブルース・リーが、あの彼と同一人物とはどうしても思えなかったんだ。その点、白土三平にはそんなに思い入れはない。「カムイ外伝」を子供の頃に児童館で読んで、かなり衝撃を受けた。「えた・ひにん」(どちらも今の仮名漢字変換では変換できない)と呼ばれた被差別民たちの真実を描いていたからだ。そういう土俗的な歴史を描いていたからこそ前衛芸術と大衆芸術との間を往復できた希有な漫画家だ。でも僕がまっさきに思うのは、「サスケ」の作者なんだよね。そこんところの僕の思い入れに、四方田さんの評論は応えてくれるんだろうか。

 「数学が生まれる物語 」は第六週というだけあって、すでに6巻目という事だろう。こんなに続く数学の連作って珍しくないだろうか。どんな内容なのか、全然しらないのだけれど、とにかくおさえておこう。

 岩波文庫の新訳「存在と時間」も3巻目に突入。どうやっても読めないと思う。誰が書いても読めない。いや、越前さんが訳せば読めるかも。でも訳すわけないか。アマゾンの口コミを読むと「読みやすい」と絶賛されている。それなら期待してみるか。でも無理だな。私という存在が「現存在」だというのを理解するだけでもお手上げなんだ。

 「ジェイン・エア」は自宅に古本の全一冊がある。だから岩波で読む必要があるのかないのか。新訳なのかな?「ジェイン・エア」に関心があるのは、お姉さんのエミリー・ブロンテが書いた「嵐が丘」の新訳を新潮文庫で読んだからだ。同じ姉妹が「お姉さんが書けるのなら、あたしだって書けるはず」と言ったかどうかは知らないが、同じような大河小説を書いてしまって、それも名作として世に残ってしまった。作者シャーロット・ブロンテは、この一作を書いた翌年には病気で亡くなってしまったそうだ。ブロンテ姉妹(末っ子も文才があったらしい)の物語の方が数段、興味深いかもしれない。

 「グランド・ミステリー」は奥泉さんの長編歴史ミステリーだ。だと思う。まだ読んでないし。ずいぶん前に「鳥類学者のファンタジア」という分厚い単行本をながらく蔵書に抱えていた。かなり前に立川図書館のリサイクル本でただでもらってきたものだ。ただより高いものはない。もらってろくに読んだためしがない。モチベーションがなかなかあがらないのだ。こんな事なら別の人にもらってもらえばよかった。そのうち蔵書が増えすぎて手放してしまった。この前、自宅近くのブックオフが閉店して、閉店セールで文庫の「鳥類学者のファンタジア」を見つけた。最後の最後まで残っていて、なんと200円程度で手に入れられたはずなのに、トラウマが残っていたのか購入しなかった。次に行ったら消えていた。そうとなると惜しくなる。「グランド・ミステリー」は文庫になると読みたくなった。やはり新刊の分厚い文庫は魅力がある。でも予算がないので、急遽図書館で単行本を借りてきて、今自宅にある。読むかなぁ、読まねえだろうなぁ(って、このネタに気づく人はほとんどいないだろう)。

 「エジプト十字架の秘密」はすでに購入済み。なんと「ギリシャ棺の秘密」を読み控えているうちに、次が出てしまうなんて。越前版クイーンをまっさきに読まないでどうするんだ。読み控えている理由は、「フレンチ」「オランダ」と順調に読んだのはいいが、まだ書評として感想をまとめてないからだ。ぜひともクイーンの国名シリーズは一作・一作詳細な感想を書きたい。となると、またフレンチから再読しないと。そうなると、また次がでてしまうのでは?と思って越前さんのブログに行ってみたら衝撃的な事実が判明。なんと予定では「エジプト」までしか出版の約束が取り付けられていなかったんだそうだ。てっきり国名シリーズ全作は出す事になっているのだと思った。でも幸いな事に、同シリーズがかなり好評なので、残りの作品も出版される事に決まった。「中途の家」まで出すという情報(同作は国名シリーズではない)は、とびきりの目玉情報と言える。次作は来年6月の予定だそうだ。そこまでにすべてを読んで感想を書き綴らねば。

 「笑う警官」はタイトルは有名なんだけれど読んでない。警察小説として名高い作品だ。「笑う警官」と言えば、近頃再々再々……視聴した「ダーティハリー2」を何故か思い出してしまう。別に何も関係はないんだけれど、このタイトルを店頭で見るにつけ、映画の方の犯人のイメージにつながってしまう。ここいらで悪しきイメージをこれ以上引きずらないように、読み切ってしまおうか。

 「図南の翼」は十二国記の中でも何故か別格と言っていいほど、読んで爽快な気分に浸れるスペシャル版だ。シリーズを通して読んでいるファンにとっては、読後の満腹感は充分であっても、報われない登場人物たちの気持ちに感情移入してきた分、結末の重さにいたたまれなくなる事も多い。でも、この作品だけは大丈夫。なにしろ北上二郎さんの折り紙付きの作品だからだ。そして、この新潮文庫の完全版十二国記の本作でも、解説を書いているのが北上さんその人だ。これもぜひとも読まねばなるまい。読書の秋近し!

 最後は「素数の音楽」。これはなんだったかなぁ。よく覚えてないんだけど、「新潮クレスト・ブックス」という、非常に装丁は癒やされるのだけど、今ひとつ読みにくい叢書の中の一冊だった。その証拠にまだ一冊も読んでない。あの当時読みに読まれたはずの「朗読者」だって、家の本棚に古本が埋もれているはずなのに、いまだ読んでいない。自慢にもならないが。あらためてあらすじを探してみたら「リーマン予想」という文字が読めた。そうか、そういう題材だったか。やはり、静かに秋の夜長に読みたくなった。
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2013年07月22日

発見!角川文庫2013

 角川文庫の貪欲さには、ほんとに感心させられる。いよいよ「新潮文庫の100冊」が大きく変わり老舗の余裕をかなぐり捨てた夏に、ナツイチがナツイチらしさを放棄してまでAKBという千載一遇のキャラクターと心中しようと決めた暑い夏に、唯一残された角川文庫は、いわば王道を往く道を選んだ。

 表紙には「名作大漁」の大書とともに、いつもの「ハッケンくん」が鼻のビックリマークを強調させてドドーンと真ん中に居座っている。最初の見開きにはハッケンくんの旅が今年も変わりなく続くことが語られるのだが、いったいナツイチのように不思議ちゃんキャラの文学少女が、背伸びしてまだ見ぬ世界を見すえる言葉が綴られるわけでもなく、およそ意図というものが感じられない、たんなるお約束のページに見えない事もない。だが、最大のライバルだったYonda!はいなくなった。避暑地のハチも影が薄くなったようだ。いまや、ハッケンくんは何をやってもゆるされる愛されキャラへと育った。ストラップでは、貞子になり、ケロロになり、そして犬神家のスケキヨになって逆立ちまでしてしまった。天晴れとしか言いようがない。

 スペシャルカバーと言えば、まずは新潮文庫のスタイリッシュなカバーが思い浮かぶが、それも今年は無くなってしまい、新潮に追従した角川文庫の「てぬぐいかまわぬカバー」が、レトロでモダンなスタイルをつらぬく事になった。さらには有名漫画家とのコラボカバーに力をそそいだナツイチも、今年は一休み。やはりナツイチに追従したはずの角川は、今年はジブリの近藤勝也氏を起用して「海がきこえる」を彷彿させるような見事に情感にあふれたイラストを、名作3作品に提供してくれた。

 そう、今年の角川の目玉はジブリだ。公開前から妙に評判のいい宮崎駿監督の新作「風立ちぬ」をフィーチャーした文庫フェア企画は最強の布陣だ。<堀越二郎と堀辰雄に敬意を表して>生み出された宮崎監督渾身の一作に寄り添うように、一冊の短編集と一冊のドキュメントがラインナップされている。角川お得意のメディアミックス戦略と簡単には言えないくらい、完璧な三角形だ。それに比べれば、原作有川浩映像化作品と題した「図書館戦争」と「県庁おもてなし課」は、角川のあざといメディア戦略の鑑ともいえる企画だ。

 ナツイチは、AKBによる感想文イベントをお台場合衆国に持ち込んでいるが、まだまだ甘い。角川文庫は昨年からniconicoと手を組んで、スペシャルコラボ「角川の夜 ニコニコ超夏祭り2013」なるものを開催(開祭)している。このイベントでは批評バトルが暑く繰り広げられる。なんだか面白そうだ。それに感想文についてもPOP感想文と、ちょっとひねった形式で中高校生に受け入れてもらおうとしている。

 このなんでもありの姿勢は本来ならば「垢抜けない」と苦言を言いたくなるところだが、今年に関しては新潮もナツイチも「らしさ」を捨ててチャレンジしてきた事もあって、「発見!角川文庫2013」だけが本来の「らしさ」を徹底した結果、掲げたキャッチコピーにもあるように「大漁」と言いたくなるような賑わいだ。
posted by アスラン at 19:36| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 夏の文庫フェア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月16日

ナツイチ(2013年)

 すでに昨年から、恒例だった「夏の文庫フェア比較」の企画をやめてしまった。手間がかかるうえに、毎年毎年、前年の内容と見比べて詳細な比較記事を書くことがだんだん面白くなくなってしまったからだ。決してフェアの内容が代わり映えしなくなったというわけではない。ナツイチも「発見!角川文庫」もそれなりに意欲的に夏恒例の企画に取り組み、少しでも飽きさせない努力を重ねているのだろう。ただし、それは人生の特別な時期を過ごす事になる中高生に対してアピールする企画という事であって、僕のようなすれっからしのおじさんにとっては、そういった工夫を素直に受け止めるというよりは、ついつい「今年の工夫のセンスや意図」の妥当性を検討してみたり、アイディアを絞った編集部あるいは出版社の思惑が透けてみえるようなあざとい小細工に対しては、いたずらに邪推してみたりしてしまう。

 そんなに「夏の文庫フェア」にあれこれ口を出しているくせに、肝心の読書という点ではわざわざ購入して読もうとした事が最近の記憶ではほとんどない。いくら読書感想文が義務づけられていない気楽な身の上とはいえ、これではあまりにも「文庫フェア」を斜に受け止めているのではないか。まあ、そういった反省が出てくるのも、比較記事をやめてしまった余裕から出ているにちがいない。今年はナツイチから1冊買って読むことにしよう。

 なんてことを、さも殊勝な心持ちで言っているように書いているが、正直言えば、今年のイメージキャラクターがAKBだからに過ぎない。ついにやったかぁ。AKBとナツイチ、これまでのメインキャラの選び方からすれば、今現在、最強のアイドルグループであるAKBに登場ねがうのは、そう間違っているわけではない。グラビア的な効果、ういういしく瑞々しい夏のイメージにはぴったりのキャラだろう。

 なので、ブックカバー(それも大島優子がイチオシな僕としては、当然のように彼女と高橋みなみが並んでいるカバーを選択)を手に入れるために、枡野浩一「石川くん」を購入。カバーを入手する事が何よりも優先されるので、なるべく安い本、そしてそれなりに楽しめる本を探した。以前から読みたかった本なので、ちょうどよかった。

 今年のナツイチの目玉は「AKB48」、これに尽きる。彼女たちの中から85人が選抜され(今回の選抜は、感想文を書くことにたじろがない国語力の持ち主を集めたのだろうか)、ナツイチの85冊の文庫から課題とされた作品をそれぞれが読み、感想文を書く。もう中高生たちの悩みをガチに受け止めた企画だ。だから、AKBの誰が、どの作品を課題著書にしているかに関心を寄せ、好きなメンバーの課題図書を自分も読んでみようかなどと、少々浮ついた動機からでも、この夏の感想文苦行にアプローチしてみるのも決して悪くはないだろう。適材適所を旨に課題図書が割り当てられているのを一つ一つ確認しながらも、やはり大島優子には、あの芥川賞受賞記者会見で度肝をぬいた田中慎弥氏の「共喰い」が当てられていて、どれだけ彼女はアイドルとしての、一女優としての度量を試されている事に平然としていられるんだろうなぁと、改めて感心してしまった。

 ただし残念と言えば、そういうガチなイベントとは無関係な従来からのナツイチファンにとっては、AKBという祝祭的キャラが全面に押し出された今年のナツイチに、「なんだかねぇ」という感想をもってしまうかもしれない。これは単なる邪推に過ぎないと前もってことわっておくが、ナツイチはそろそろ大きく変わる時なのかもしれない。つまり、潮時を迎えているのかも。ナツイチと言えば、軽井沢を思わせるような夏の避暑地感が売り。そこにうまく当てはまる不思議ちゃんキャラの女の子と、夢見るようなポエムが同居する。そこには遊び心も満載で、次に何を読めばいいかを先読みした「次はコレ」ナビや、ナツイチの名物ともなった「文豪×有名漫画家コラボ」のスペシャルカバーが楽しかった。
 
 有名漫画家のスペシャルカバーが画期的だった事はまちがいないが、最近の集英社文庫の装丁は非常にデザインが活き活きとしていて見ばえがするものばかりになった。あえてスペシャル感を強調しようとしても埋もれてしまうくらい、ティーンズ向けやOL向けのデザインが増えてしまった。いまさらスペシャルを掲げる必然性が感じられない。

 そこへきてAKBだ。もちろん今年だけの企画ではないかとも思うのだが、ひょっとしてAKBが感想文を書き、それを「お台場合衆国特設ブース」でお披露目するというイベントが中高生に好評であれば、今後も続く可能性も考えられる。ただし、いっきに「ナツイチ感」が希薄になった事だけは確かだ。

[追記(2013/07/22)]
 先日、立川南口のオリオン書房アレアレア店に行って何気なく文庫フェアの平積みを見て回って驚いた。集英社文庫、つまりナツイチの文庫フェアラインナップがすべてラッピングされている。なんじゃこれは!で、すぐに思いついた。ナツイチの文庫のオビには、それぞれ感想文の課題図書としている85人のAKBメンバーの顔写真が印刷されている。推しメンが多いファンは出費がかさむ事だろうが、それより何より、そのせいでオビの万引きが絶えないのかもしれない。結果としてラッピングしてしまうのは書店の防衛策だから致し方ないが、毎年文庫フェアを楽しみにしている読書好きや、今年の感想文に悩む中高生が中身を確かめられないなんて本末転倒だ。もし来年も続く企画ならば、改善を求む!
posted by アスラン at 12:41| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 夏の文庫フェア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月02日

新潮文庫の100冊(2013年)

結婚する前の事だ。仕事は自分の思い通りに充実感を伴いながら忙しくなっていき、だが一方で仕事だけでは満たされない日常を解決するために、週末は映画館のハシゴにいっそうの拍車がかかっていった。ハシゴして映画を見る時間は確実に孤独であり、寂しさが癒える事などないのだが、何にもかえがたい時間が僕の中に蓄積されていった。

 そんな時、神保町の書肆アクセスという地方出版物の専門店で栃折久美子という製本工芸(ルリユール)を生業とされている方の「ワープロで私家版づくり」という本に出会って、みようみまねで素人の手帖作りの日々が始まった。本の装丁を目指すというより、毎年面白みのない会社用の黒手帳を購入するのではなく、自分の好きなレイアウトのスケジュール手帳を作る事が年末年始の恒例行事となった。

 ある年のテーマとして、12ヶ月分のお気に入りの本を選定して、その中から自分の心をわしづかみにした一節を抜き出して、見開きに一月単位のスケジュールの欄外に刷り込んだ。自分の楽しみでもあったし、誰かに見てもらって、その誰かとその言葉を共有することで、少しでも自らの身勝手な孤独を和らげたいという下心もあった。といってもそんな手帳に関心を示してくれる人など、そう多くはいなかったのだが。

 だから、今年から始まった「ワタシの一行」という企画を見て、とってもうらやましく感じた。そう、まさしくかつての僕がやりたかった事が本格的な規模で形になっている。それも、数々の本好きの人たちが、それぞれに魅力的な言葉を紡いで、一冊のかけがえのない本を推している。もちろん、ついに引退した松井秀喜が「甲子園が割れた日」を推して、5連続敬遠の「あの夏」を振り返る言葉にも感動したが、それ以外にも女優(北川景子や栗山千明)や歌手(JUJU)、アイドル(中川翔子)といったアーティストたちが、テレビで見せる素の姿とは違って一冊の本に対して饒舌ですばらしい言葉を用意している事も楽しい。

 でも、なによりも僕にとって僥倖だと思えたのは、講談社からお引っ越しを決め込んだ小野不由美の出世作「十二国記」シリーズの中から、評論家の北上次郎さんが「月の影 影の海」を選んでとびきりにイカす言葉を添えてくれた事だろう。雑誌「本の雑誌」で同シリーズの「図南の翼」を推しまくった北上さんも、まさか本シリーズが、巡り巡ってラノベから出世しまくって新潮文庫に仰々しくも収まる事を予想してはいなかっただろう。感無量などとはいわない。代わりに「胸打たれた言葉」として北上さんが選んだ言葉が「−許す。」だ。北上さんの言葉を信じて「図南の翼」から始めてずっと北上さんの言葉の赴くままに読み継いできた僕としては、もう何も言うことはない。

 そうそう。今回の大幅な変わりようは徹底していて、例の新潮文庫ならではのスタイリッシュな限定カバーも姿を変えた。今度はみずみずしい夏をイメージしたフォトデザインがプリントされたカバーに変わったのだ。これも相当に驚かされた。スイカの瑞々しい赤に何粒もの黒い種がはまり込む写真などは、他の花火やトウモロコシや金魚やかき氷などと並べば、なんということもない夏の風物詩だが、「江戸川乱歩傑作選」を当ててきたところに、何かしらエロティックな隠喩を想像せずにはいられない。何度も読んだ文庫なのに、また欲しくなってしまった。

 表紙からついに黄色とパンダキャラが消えたということは、いつ何時にもこの十年以上も変わる事なく動く事のなかった大きな山が、向こうから降りてきたという事でもある。新潮文庫が久々に本気になったという事だろう。これで、ナツイチや角川文庫とのガチンコ勝負が始まりそうだ。また夏の楽しみが増えた。
posted by アスラン at 20:18| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 夏の文庫フェア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月20日

新しい中原図書館(その2)

 尻切れトンボ状態で(その1)を終え、昨日は続きを書く余裕もなく、というか昨日は定時間退社というやつで、いつもの事だが、嫁さんとの取り決めどおり寄り道する事なく早く家路について、緩みまくってテレビを見ているであろう息子の相手をしなければならない。誠に「共働きはつらいよ」状態なのだが、それども密やかな楽しみとして、中原の図書館に詣でて図書を返却して、予約棚に取り置かれた本を新たに借りに最小限の寄り道をしている。昨夜も当然してきた。「工学部ヒラノ教授と七人の天才」なる怪しげな本を請け出してきた。

 さて、5Fまで山を駆け上がるかのようにエスカレーターで登り切ると、ひっそりとしたエレベーターのある通路を奥まで進むと、ようやく川崎市立図書館の中原図書館にたどり着く。昔のように亀が顔をのぞかせる池などはもちろんない。家電量販店やレンタル店でおなじみのおおげさなゲートを通り抜けると、広々とした空間が広がり、右手には本の返却カウンターが目につくのだが、とにかく誰も並んでいない。そこからしてもう度肝を抜かれる。以前は朝一番、あるいは夕方終了間際に行くと、カウンターには貸し出しのための行列ができていたし、返却カウンターの前には本が山積みになっているのが、旧中原図書館のおなじみの光景だったはずだ。それが全くない。

 左手を見ると、書架と閲覧席が整然と並べられ、閲覧室では学生やら会社員やらが真剣に思い思いの読書あるいは学習・仕事などをやっていて、それはある意味異様な光景とも思われ、こちらとしても落ち着いて書架を眺めるという気になかなかなれない。そういえば、昔予備校生時代に通い詰めた小石川図書館でも、入るときには荷物をロッカーに預けるなどの厳格な規則があり、入ると学習室ではみだりに物音を立ててはならず、ましてや不用意に馬鹿話に興ずる事もできないというぴりぴりとした雰囲気が全館を張り詰めていた。まさにそんな感じだ。

 以前の中原図書館は、児童書エリアは小うるさい子供たちの声にあふれ(子供はうるさくて当たり前)、書架の方は雑然と詰め込まれた図書を思い思いに見て回る僕ら愛読者たちによって、静かながらも適度にざわついていた。旧館では学習室は別館になっていたので書架のある建屋とは緊張感が断絶されていたのだと思うが、今は一つにまとまった事で、それはそれは近代的な雰囲気に統一されて、きれいで静かで物音一つするにも遠慮されるかのような威厳に満ちた空間が見事に提供されている。それはそれで読書環境としては最良のものに変わったと喜んでいい事なのだろうが、やはり僕にはのんびり泳ぐ亀がいて、それを見てのんびりできた旧館の雑然とした穏やかなたたずまいが懐かしい。

 いや、感傷に浸るまえに予約本の貸し出しだ。さて、あれほどの行列が見当たらなくなって、いったいどこに消えたのかと言えば、そこがこの新しい図書館の見どころだ。行列はなくなった代わりに、奥の方にある、これまた違ったゲートが設えられた狭い入り口に人々が三々五々吸い込まれては出てくる。入り口脇にはおばさん風の職員が待ち受けていて、なにやら新システムを導入した大手病院の診察券受付機周辺での気遣い同様に僕のように途方にくれた表情丸出しの人々をカモにしようと(失礼、手助けしようと)待ち受けている様子だ。これまた、かなり緊張してきた。いったい、何が始まるんだろうか。

 あのぉと声をかける暇もあたえず、係の人は僕に「予約された本の貸し出しですか?」と聞いたと思う。そうだと答えると、端末機の前につれていかれた。そして図書館カードを出してくださいと言う。あわてて取り出すと、それを端末機のバーコードリーダーに読み取らせろと言う。そんな事言うくらいならば、スーパーのレジよろしくカードを受け取って読み取らせてくれればいいのにと思った人は、僕以外にも大勢いたに違いない。とにかくリーダーの光の真下にカードをくぐらすのに、嫌な汗をかきながらピッと音がすると、端末につながったプリンターからレシートがはき出させる。それには棚番号が順に「46−1、46−2,47−1」などと書かれた3枚綴りのレシートだった。

 少し落ち着いてきた僕に向かって係の人が説明するには、それは棚の番号であって、46番はこちらですと案内してくれる。その棚の上から下の仕切りごとにサブ番号がついていて、46−1というのは貸し出し図書が置かれた棚の仕切り内の一角を表している。僕が借りたかった本は3冊あって、それは一カ所に並んでいるのかと思ったらそうではなく、1冊につき1枚のレシートに打ち出させた番号の棚の前に移動しなければならず、まあ今のところそんなに困惑させられることもないのだが、「あれっ3冊目が見当たらないぞ」などと係員に聞こうかと思ってレシートを見直すと、最後の一冊は隣の本棚を見なければならなかったと気づいたりする。うーむ、セルフサービスの良さを味わうまでには、まだまだ冷や汗をかかねばならないようだ。

 次にこの3冊の本をもって、さきほど通ってきた狭い入り口を出るには肝心の、そして最大の儀式が待ち受けている。ようやく僕らは手元に自分が借りたい本を手にしたわけだが、それを貸し出してもらうためには自動貸出機に読み取らせる事がどうしても必要なのだ。ここらへんの理屈は、従来の図書館の決まり事が身についた人ほど納得しにくいところだろう。貸し出し業務をセルフでできるのだとしたら、万引きしようとする不定な輩をどうしたら排除できるのだ。なにしろ、この貸出機を通したあとの図書はその場で自分の鞄や手提げ袋に入れる事になる。そんなところ、警備員に見つかって見とがめられはしないのだろうか?などとぐるぐる変な想像を巡らしながら、端末機の前でひたすら途方にくれる。

 もちろん、ここでも係のおばさんがにこやかに声をかけて説明してくれるものだから、こちらは何もわからない機械の苦手な人間に成り下がったような気分になってくる。この後は、とにかく指示されたとおりに訳もわからず言われた事を実行するのだから、まだ未体験の人は以下の動作をよーく飲み込んでいくと、無駄な冷や汗をかくことなく、「僕は駄目な人間じゃありません」といった振りができるはずだ。間違いない。まず…

・自動端末機にある平たい台の上に借りたい本を「すべて」置く。3冊あるならば3冊全部を置くこと。よくはわからないが、全部並べないと無駄なピッ、ピッという警告音と、係員の冷ややかな「全部おいてください」という声を聞くことになる。ちなみに平たい台に図書を重ならないように置くべきなのか、並べて平置きすべきなのか、今もってわからない。なぜなら3冊ぐらいならば並べておけるからだ。こんどぜひ重ねておいてみよう。

・次に、またしても図書館カードを取り出して、レーザービームがバッテンバッテンバッテン…と細かくクロスしているところに差し出して、再びバーコードを読み取らせる。するとモニターに「確認」ボタンが現れ、それを押すと、今度は数字を入力するテンキーがモニターに表示される。

・このテンキーで貸し出しする本の冊数を入力する。ここで、さきほど台においた本の数とが一致しなければ再びピッと警告音がなるのは言うまでもない。3冊と入れて「確認」。するとあーら不思議。貸し出し対象の3冊の本の名前が表示される。その名前に間違いがなければ再び「確認」を押す。するとこちらにもつながれたプリンターから、今度は貸し出し図書の名前が入ったリストがプリントされる。これは旧システムの受付でもいただけるアレなので、驚くことはない。

というわけで「お疲れ様でした、これで終了です」と言われて、その場を追い出されるわけだが、さきほども言ったように、受付カウンターで借り受けてそそくさと鞄などにしまいこむのと違って、まだ図書館の中。自動端末機をくぐらせた本は、まだ自分の手にあるのだ。なんとも落ち着かない。ともかくも早くしまってしまおう。しまったらとにかくこんなところは出てしまうに限る。おそるおそる入り口のゲートを通ったが、何事もなく僕と図書を送り出してくれたわけだ。

 あと、書くべき事は少しだけ。その後、システムの意味を調べてみた。本当は導入した図書館で詳しく説明資料などを掲示してもらえるとありがたいのだが、それは「お役所仕事」なので…(あとは言わない)。どうやら、図書館の蔵書一冊ごとに、ICタグが埋め込まれている。これは自らが何者であるかの番号を発信することが可能なすぐれもので、入り口脇にあったゲートの横に見えた大きなアンテナは、このICゲートから瞬時に情報を取り出すための装置のようだ。つまりこうだ(たぶん)。自動端末機を介して、予約棚にあった本、あるいは書架の本は、図書館カードに記載された番号を持つ利用者(つまり僕)が借りたという証拠がデータサーバーに記録される。そうなればしめたもの。あとはゲートを通過する際に、ゲートキーパー(システム)は、関知したICタグ一つ一つの情報をサーバーに問い合わせ、すでに貸し出し中であれば問題なく通し、未貸し出しの図書であれば、即座に警備員が万引き防止のために駆けつけるという仕組みだ。

 この記事を読んで少しでも関心をもった川崎市立図書館ユーザーは、一度は中原図書館に訪れるといい。まだ当分は遠慮しておくという方は、もちろん最寄りの対面業務の懐かしくてちょっと煩わしい旧システムの図書館に通い続けるといい。でも、いずれは時間の問題なのだ。早く冷や汗をかくのもいいのではないだろうか。
posted by アスラン at 20:34| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 図書館のすべて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月18日

新しい中原図書館(その1)

リハビリ第2弾。久しぶりに「図書館のすべて」カテゴリで記事をアップしよう。

この場で、僕の利用図書館は地元・東京都立川市の図書館と、職場のある神奈川県川崎市の図書館とである事を公言してきたが、職場の方でもっとも利用してきたのが武蔵小杉駅近辺にあった旧・中原図書館だった。
古い建物だったけれど、入り口近くに池があって、何匹もの亀が魚とともに泳いでいたのを見るのが楽しみであったが、昨今のコスギ再開発の波で中原図書館も姿を消すことになった。

そしてどこに行くかと思えば、JR南武線武蔵小杉駅に隣接した敷地にずいぶん前からじらされ続けてきたあげくに、いつの間にか、あの「タワーリングインフェルノ」を連想させるような(なんと縁起の悪い連想で申し訳ないが)、間近から見上げると目がくらむようなきりっとした超高層ビルができあがり、その5Fにしっかりと新・中原図書館が収まった。しかもJR南武線と東急とをつなぐ連絡通路から直接この高層ビルへとシームレスに入る事ができるようになっている。以前の中原図書館へは、駅を降りて旧・マルエツを回り込んで少し歩く必要があったので、ずいぶんと近くなった感じだ。

そろそろここらでビルの名前を明かすと、エクラスタワー武蔵小杉というらしい。図書館のサイトでも「駅前複合ビル」だとか「再開発ビル」などとしか書いてないので、まるでお役所仕事丸出しでそっけない事この上ないありさまだ。とにかく、このビルの5階までは、さきほどの連絡通路から2階につながり、その2階から4階までには様々なテナントが入っていて、お茶や食事や買い物をする人々で賑わっている。

特徴的なのは、その連絡通路からエスカレーターが設置されていて、上階に行くとさらに次のエスカレーターが同じ向きに続いていくという構造になっている。しかも振り向けば天井は吹き抜け状態で、遠くに南武線や周辺の風景も目に入ってくるので、まるで5階まではエスカレーターづたいに山にでも登っているかのような爽快な感覚を楽しめる。5階まで着くと、さきほどの賑わいから落ち着いて、さらに上階のマンション利用者たちか、あるいは図書館を利用しに来た人々だけのひっそりとした雰囲気になるのも好ましい。

さて、ここらでとりあえずは第一弾として「続く」を入れておこうか。
館内は、例の旧・中原図書館を知っている人からするとすさまじい変貌を遂げているのだが、とにかく久しぶりに借りたい本を借り出しに行った僕は、まるで地方から大都会に出てきたおのぼりさんさながらの途方にくれる体験をする事になるのだが、それはまた次のお話なのだ…。(続く)
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2013年05月23日

2013年6月の新刊

大洋社のHP「Book Index」調べの新刊チェック。

久々に文章を投稿する。
仕事が正念場だったことやプライベートでよんどころな事情ができた事が諸々あって、ブログは開店休業に追い込まれた。丸一年とまではいかないが、9ヶ月程度は休んでいたことになる。
ちょうど昨年の8月25日に人類初のムーンウォーカーでアポロ11号の船長であったニール・アームストロングさんがなくなった際に、哀悼を表して一文を書き記したのが最後だった。

この9ヶ月間に決して読書まで休業状態だったわけではなく、ペースは落ちたが読んではいた。ただし書評を書くという作業はストップしていたので、リハビリが必要だ。まずは新刊案内のチェック。

06/7 一神教 VS 多神教 岸田秀(朝日文庫) 756
06/7 『こころ』で読みなおす漱石文学 石原千秋(朝日文庫) 660
06/14 大人にはわからない日本文学史 高橋源一郎(岩波現代文庫) 903
06/14 存在と時間(2) ハイデガー(岩波文庫)  1323
06/25 夢をつなぐ 宇宙飛行士・山崎直子の四〇八八日 山崎直子(角川文庫) 500
06/25 ギリシャ棺の秘密 エラリー・クイーン(角川文庫(海外)) 940
06/26 丕緒の鳥 十二国記 小野不由美(新潮文庫) 578


こんな感じだ。とりとめがないのはいつものこと。小説よりもノンフィクションや書評・評論についつい関心が向いてしまう。

岸田秀というと高校から浪人時代を経て大学に入った頃に「ものぐさ精神分析」という本に大変にお世話になった。なんだか大学に入ったとたんに精神的におかしくなった。地に足が付かない状態で大学に通う期間が数ヶ月続いた。今なら医者に訴える事も考えただろうが、そのときは自分がなんとなく後ろ向きになるばっかりで誰にも相談できなくなっていた。その時に一生懸命読んだ記憶がある。それ以前に友人に勧められて読んではいたが、おもしろいというだけで自分の身の上に当てはめて考える事が起こりうるとは思わなかった。その時期にはまってからいつの間にか忘れられた存在となった。読むかどうかは別にしても、店頭でちょっと中身を見てみるくらいはいいだろう。

石原千秋さんはテクスト論を武器に日本の近代文学を研究する大学教授であり、評論家だ。特に漱石に関する評論が多い。当初はあまり説得力がなく、反論したい文章も多かった。テクスト論の根幹には「作者を埒外に置く」という基本姿勢があるのにも関わらず、特定の作家(漱石)にこだわるのは矛盾している。絶対、漱石にこだわる内的理由があるはずで、それを押し殺したような評論はつまらない。だが、石原さんの中で象牙の塔で売れない、誰も読まないような本を書いては研究者たちしか関心を持たないような議論をするのではなく、もっとオープンな視点で自由に漱石を論じたいという欲求が高まった時期を経たらしく、最近の彼の本は少しだけ信用がおけるようになった。まあ、偉そうにいう資格が僕にあるわけではないが、少なくとも漱石を好きで読み継ぐという事にかけては、何も専門家に負い目を感じる必要はないのだ。「『こころ』で読みなおす漱石文学」は、まさに格好の評論と言える。

「大人にはわからない日本文学史」は読んだはずなんだけどな。荒川洋治,加藤典洋,関川夏央, 高橋源一郎,平田オリザの6人が「ことばのために」というテーマで一人一冊ずつアイディアを持ち寄って自由に書いたシリーズがあった。これも読んだはずだが、文庫になったのを機にもう一度読んでみよう。だが、あれ?中身をよく覚えてない。読んだはずだが、高橋源一郎さんの著作は小説も評論もエッセイもすべて文学への好奇心と、かつての古びた文学史を新しく現代に再生するという姿勢が一貫しているせいか、どれを読んだのか忘れてしまうことも多い。あっ!思い出した。残念。単行本を僕は持っているんだった。持っているのに安心して読み損ねている。残念というのは文庫を買って読む機会を損ねたということだ。文庫が出る前に、あるいは出たのをいい機会に、本棚の奥から引っ張り出してさっさと読んでしまおう。

「存在と時間」。もちろん読む気などない。いや読んでみたい下心はかつてはあったはずだが、岩波文庫の旧版は挫折。代わりに竹田青嗣さんの「ハイデガー入門」(講談社選書メチエ)を読んでお茶を濁した事はある。フッサールやメルロ・ポンティの現象学には並々ならぬ関心を抱いていた時期があったので、ハイデガーをつまみ食いするのは竹田さんの文章に感化された当時の自分にとっては当たり前の事だったが、やはり用語の難しさがあって当然のごとく挫折する。その「存在と時間」が新たな訳で岩波文庫に再登場するのは意義深い事だろう。だが、やっぱり挫折するんだろうな。

「夢をつなぐ」は女性宇宙飛行士・山崎直子さんの宇宙滞在生活を自ら書いたエッセイだ。「はやぶさ」の奇跡が僕にもう一度宇宙に対する好奇心を新たにさせてくれた。ならば、パイオニアたちの栄光をいつまでも振り返るのではなく、今まさに最前線で活躍している宇宙飛行士たちの現実に関心をもたないでどうするというのだ。

そして今月の終わりでは久しぶりに幸せな読書体験が待ち受けている。角川文庫版の新しく若々しいエラリーによる、生き生きとした国名シリーズの頂点とも言える一作「ギリシャ棺の秘密」を越前敏弥さんの翻訳で読める幸せが今から待ち遠しい。それと、いわずとしれた小野不由美の代表作「十二国記」の新作がいよいよ満を持して登場。いったい前作「華胥の幽夢」(短編集)から僕らファンはどれくらいじらされたのだろう。なんと2001年だ。あれから12年も待ってしまったのか。北村薫の「円紫さんと私」シリーズ同様、いくつか僕も待たされてはあきらめざるをえない作品がこれからまたひとつと増えていくのかもしれないが、とにかくは、夫ともどもじらすことにかけては手加減のない彼女の作品をこれからも待ち続けるとしよう。
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2013年05月20日

2012年読了リスト

66.ひらけ駒!(1〜3巻) 南Q太(2012/12/24読了)
65.ローマ帽子の秘密(角川文庫版) エラリー・クイーン(2012/12/23読了)
64.母の遺産 水村美苗(2012/12/??,途中まで)
63.エラリー・クイーンパーフェクトガイド 飯城勇三(2012/12/??読了,再々読)
62.愚者のエンドロール 米澤穂信(2012/12/??読了)
61.エラリー・クイーンの災難 エドワード・D・ホック他(2012/11/28読了)
60.小澤征爾さんと音楽について話をする 小澤征爾×村上春樹(2012/11/19読了)
59.遠回りする雛 米澤穂信(2012/11/10読了)
58.バーニング・ワイヤー ジェフリー・ディーヴァー(2012/11/01読了)
57.二流小説家 デイヴィッド・ゴードン(2012/10/27読了)
56.宮沢賢治の世界 吉本隆明(2012/10/18読了)
55.日本人のための日本語文法入門 原沢伊都夫(2012/10/7読了)
54.日本語の達人 北原保雄(2012/9/末)
53.将棋の駒はなぜ40枚か 増川宏一(2012/9/15読了)
52.達人の日本語 北原保雄(2012/9/11読了)
51.僕と彼女と彼女の生きる道 橋部敦子(2012/9/10読了)
50.追撃の森 ジェフリー・ディーヴァー(2012/8/25読了)
49.将軍家「将棋指南役」−将棋宗家十二代の「大橋家文書」を読む− 増川宏一(2012/8/19読了)
48.100年の難問はなぜ解けたのか−天才数学者の光と影− 春日真人(2012/8/18読了)
47.脳を創る読書−なぜ「紙の本」が人にとって必要なの 酒井邦嘉(2012/8/11途中まで)
46.冥土めぐり 鹿島田真希(文藝2011年春号、2012/8/8読了)
45.百鬼夜行 陽−定本− 京極夏彦(2012/7/31読了)
44.将棋名人血風録−奇人・変人・超人− 加藤一二三(2012/7/25読了)
43.犬も歩けば英語にあたる(新装版) 坂之上洋子(2012/7/25読了)
42.恋する原発 高橋源一郎(2012/7/22読了)
41.連環宇宙 ロバート・チャールズ・ウイルスン(2012/7/18読了)
40.編集者T君の謎−将棋業界のゆかいな人びと− 大崎善生(2012/7/10読了)
39.共喰い 田中慎弥(すばる2011年10月号,2012/7/5読了)
38.舟を編む 三浦しをん(2012/7/1読了)
37.森崎書店の日々 八木沢里志(2012/7/1読了)
36.道化師の蝶 円城塔(群像2011年7月号,2012/6/30読了)
35.有川浩脚本集もう一つのシアター! 有川浩(2012/6/27読了)
34.時間封鎖 ロバート・チャールズ・ウイルスン(2012/6/25読了、再読)
33.初級者将棋上達の方程式 手筋の公式〈基礎編〉 北島忠雄(2012/6/18読了)
32.日本語の作文技術(新装版) 本多勝一(2012/6/18読了)
31.オカルト−現れるモノ、隠れるモノ、見たいモノ− 森達也(2012/6/12読了)
30.きのうの世界(上・下) 恩田陸(2012/6/8読了)
29.ダイアルAを回せ ジャック・リッチー(2012/5/30読了)
28.シタフォードの秘密 アガサ・クリスティー(2012/5/19読了)
27.先崎学のすぐわかる現代将棋 先崎学/北尾まどか(2012//17読了)
26.悪人正機 吉本隆明+糸井重里(2012/5/13読了)
25.勝ち続ける力 羽生善治/柳瀬尚紀(2012/5/8読了)
24.20世紀少年 浦沢直樹(2012/5/5読了)
23.三幕の殺人 アガサ・クリスティー(2012/5/2読了)
22.ゴルフ場殺人事件 アガサ・クリスティー(2012/4/28読了)
21.晴天の迷いクジラ 窪美澄(2012/4/25読了)
20.蝋人形館の殺人(新訳) ジョン・ディクスン・カー(2012/4/20読了)
19.不可能、不確定、不完全−「できない」を証明する数学の力− ジェイムズ・D.スタイン(2012/4/5読了)
18.野蛮な読書 平松洋子(2012/4/4読了)
17.どうして羽生さんだけが、そんなに強いんですか?−現代将棋と進化の物語− 梅田望夫(2012/3/28読了)
16.将棋の子 大崎善生(2012/3/20読了)
15.河北新報のいちばん長い日−震災下の地元紙− 河北新報社(2012/3/11読了)
14.江藤淳1960 中央公論編集部(2012/3/4読了)
13.かけ算には順序があるのか 高橋誠(2012/3/2読了)
12.ハイゼンベルクの顕微鏡−不確定性原理は超えられるか− 石井茂(2012/2/27読了,再読)
11.007白紙委任状 ジェフリー・ディーヴァー(2012/2/11読了)
10.ストロベリーナイト 誉田哲也(2012/2/2読了)
9.骨音−池袋ウエストゲートパーク3− 石田衣良(2012/1/30読了)
8.密室殺人ゲーム・マニアックス 歌野晶午(2012/1/30読了)
7.桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活 奥泉光(2012/1/28読了)
6.モーダルな事象−桑潟幸一助教授のスタイリッシュな生活− 奥泉光(2012/1/24読了)
5.愛娘にさよならを(刑事雪平夏見) 秦建日子(2012/1/13読了)
4.どうぶつ家族 岩合光昭(2012/1/9読了)
3.野茂英雄−日米の野球をどう変えたか− ロバート・ホワイティング(2012/1/5読了)
2.謎解きはディナーのあとで 東川篤哉(2012/1/4読了,再読)
1.転迷−隠蔽捜査4− 今野敏(2012/1/2読了)
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2012年08月21日

将軍家「将棋指南役」−将棋宗家十二代の「大橋家文書」を読む− 増川宏一(2012/8/19読了)

 冒頭からさりげなく驚きのエピソードを披露してくれる。30年以上前、棋士たち数人が高名な天麩羅屋で食事をしていた。若手が「先生」と呼びかけているのを聞いた女主人が「いったい何の先生でしょうか」と問いかけてきた。将棋の棋士だと答えると、実は私どもの先祖も将棋指しだったという意外な答が返ってきた。棋士が名前を聞くと即座に「大橋」だと応じた。棋士は全員驚いた。いや、驚愕したと言っていい。

 将棋を知らない人には何のことかさっぱりわからないだろう。将棋を習い始めると、入門書の最初の方に駒の並べ方が紹介されている。別に書いてある順序で並べなくてはいけない規則はないが、「礼に始まり礼に終わる」という日本古来の文化でもある将棋では、プロ棋士はかならず礼儀として「正式な並べ方」で駒を並べていく。並べ方には大きく「大橋流」と「伊藤流」の2種類がある。この大橋と伊藤というのが、江戸時代を通して将軍から扶持をいただく〈御用達町人〉という身分をもった将棋家であった。今の近代将棋のルールに残る「二歩打ち」「打ち歩詰め」などの禁止を規約として定めたのも大橋宗家だ。

 棋士たちが驚愕したのは、明治になって徳川から明治政府へと政権が委譲されたのに合わせて大橋家は絶えてしまったと長く信じられていたからだ。しかし、大橋家は十二代当主が亡くなり跡取りがいなくなって宗家断絶はしたものの、家系は途切れることなく今に残っていた。しかも、その天麩羅屋の女主人は大橋宗家に伝わる文書、いわゆる「大橋家文書」を大切に保管していたのだ。まるで小説のようにドラマチックなエピソードではないか。おかげで将軍のおかかえ騎士だった「将棋家」というものがいかなる存在で、どのように将棋を後生に伝え残してきたかがわかるようになった。

 それにしても、いわゆる実力名人制になってからの「近代将棋」の流れは数多くの文献に書かれているが、徳川がめしかかえた名人の歴史が、この文書入手以前には推測の域を出なかったことは驚きだ。今年は将棋名人が始まって400年目の記念の年だと言われるが、30年前の奇跡的な出会いがあった事は「将棋の神様」がどこかでイタズラを仕掛けたかのような、楽しく素晴らしいエピソードだ。

 この大橋家文書を紐解いて、著者は僕らにわかりやすく「宗家」の暮らし向きやお勤めを教えてくれる。時代劇などに出てくる将棋宗家は、将軍の前で対局を行う「御前試合」を定期的に行うかのようなイメージがあったが、実のところ将軍がお目見えするなど滅多になかった。一年に一度、宗家たちは登城して将棋を指す「御城将棋」という慣例があった。これが彼らのお勤めらしい唯一のもので、それ以外は将軍家の催す冠婚葬祭には列席しなければならなかったので、将棋指しとしてではなく、御用達町人としての諸事に忙しかった。

 さきほどの御城将棋さえも欠席することがあったようで、ずいぶんゆるやかなおつとめだった事になる。こう書くと宗家の価値は下がる一方だが、もちろんそうではない。宗家が御城将棋を勤め、江戸詰の武士が将棋に関心を持ち、それを郷里に持ち帰って広めるという事が将棋をポピュラーな遊芸に育て上げる事に一役かった。やがては庶民の間でも流行し、明治に宗家が断絶する頃にはとうの昔に彼らの存在意義は失われていた。

 この本では、そんな宗家がどんなに苦労して生計をたてていたかという実情が描かれていて面白い。
posted by アスラン at 19:53| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月16日

2012年9月の新刊

大洋社のHP「Book Index」調べの新刊チェック。

公私ともに少し忙しくなって、新刊チェックもおろそかになってしまっていた。6月の新刊をリストアップして、7月、8月については記事に出来なかったが、その間に

06/27 月の影 影の海(下) 小野不由美(新潮社・新潮文庫) 546
06/27 月の影 影の海(上) 小野不由美(新潮社・新潮文庫) 546
06/27 魔性の子 新装版 小野不由美(新潮社・新潮文庫) 704
07/21 黒死荘の殺人 カーター・ディクスン(東京創元社・創元推理文庫) 1008


 こんな感じで奮発して購入三昧。小野不由美「十二国記」シリーズは既に一揃えしてあるけれども、やはり今回の〈完全版〉を謳った新潮文庫版を揃えておきたくなった。今後、新刊が新潮文庫で出るのであればなおさら。しかも背表紙がひとつながりになってデザイン画が現れる趣向なので取りこぼしはできない。まんまと出版社の作戦にはまってしまった。

 「黒死荘の殺人」は、ハヤカワ・ミステリでいうところの「プレーグ・コートの殺人」だ。H.M.卿の初登場作品であり、出だしから興味津々。やはり探偵が違うと気分が華やぐ。実は「皇帝のかぎたばこ入れ(新訳版)」もずいぶん前に買ってあるのだけれど、予想以上に手強い。手強いというのは読みにくいという事だ。すでにトリックと犯人を知っているという事もあるけれども、なんとなく探偵がいないノンジャンル作品という事が「読みにくさ」を醸し出しているような気がする。どうやら「黒死荘の殺人」の方を先に読んでしまいそうだ。

 さて、来月の新刊をチェックしてみると、7月、8月が低調だっただけに読書の秋に向けて動きが出てきている。

09/03 ハリー・ポッター文庫3 ハリー・ポッターと秘密の部屋(2−1) J・K・ローリング(静山社・静山社文庫) 651
09/03 ハリー・ポッター文庫4 ハリー・ポッターと秘密の部屋(2−2) J・K・ローリング(静山社・静山社文庫) 609
09/03 ハリー・ポッター文庫5 ハリー・ポッターとアズカバンの囚人(3−1) J・K・ローリング(静山社・静山社文庫) 672
09/03 ハリー・ポッター文庫6 ハリー・ポッターとアズカバンの囚人(3−2) J・K・ローリング(静山社・静山社文庫)
09/06 瞬きよりも速く〔新装版〕 レイ・ブラッドベリ(早川書房・ハヤカワ文庫SF) 1029
09/06 太陽の黄金の林檎〔新装版〕 レイ・ブラッドベリ(早川書房・ハヤカワ文庫SF) 987
09/10 夏目漱石論 蓮實重彦(講談社・講談社文芸文庫) 1470
09/27 フランス白粉の謎【新訳版】 エラリー・クイーン(東京創元社・創元推理文庫) 1029
09/28 風の海 迷宮の岸(十二国記) 小野不由美(新潮社・新潮文庫) 662


 ハリー・ポッター文庫は7月から刊行されているが、どの程度売れているのだろうか。僕などは一応ハリー・ポッターファンを自認しているので集めてみたい気もするのだが、そうなると軽装版の扱いをどうするかが迷いの種だ。あの分厚い初版の単行本たちを持ちたがる人はいないだろう。あの本には付録の「なんとか通信」のペラ1枚がついていて、主な登場人物などが紹介されていた。軽装版にはそれがない。ないけれども「べらぼうな重さ」も消え失せた。日本の住宅事情を考えると全7シリーズで第三シリーズから上下二巻になっているハリー・ポッターを全巻揃えるとなれば、やはり軽装版が手頃だ。

 それにしても、なかなか手頃な値段では手に入らないので、地道にブックオフで買い求めてきた。ようやく「死の秘宝(上下)」を昨年手に入れたが、何故か「謎のプリンス」が手に入らない。文庫版が出版される頃には大量に放出されるものと期待して、もう少し我慢しておこう。

 近ごろ亡くなったレイ・ブラッドベリを追悼して新装版が次々と出版されるようだ。ハヤカワ・ミステリの翻訳はどうだかわからないが、ぜひともこの際、創元推理文庫の方は新刊ではなく新訳で出版して欲しい。どれから?もちろん「ウは宇宙のウ」から。何故かは以前にエッセイ欄に書いたので、関心のある方はどうぞ。

 蓮實重彦氏の「夏目漱石論」が、ちくまから再刊?いや、違うか。実家に置きっぱなしになっている漱石本の数々の中に所蔵されている文庫は、今は無き福武文庫版だった。そうか、ベネッセになってしまったために絶版状態だったんだな。何か書き換えがあるわけでもなさそうだ。再出版にあたっての「まえがき」だけでも読みたいな。「雨(水)」と「赤」のイメージが、ポストモダンな批評らしく印象に残っている。そして恐ろしい程に、それ以外の本質が記憶に残らないのもポストモダン批評の特徴でもあった。

 そしてようやく真打ち登場!エラリー・クイーンの国名シリーズ第二弾。「フレンチ白粉の謎」の新訳だ。前作[ローマ帽子の謎」も新訳になって、今までモヤモヤし続けた不満が解消してクイーンらしい作品だと納得できた。今度の「フレンチ白粉」は僕自身のランキングの中でも5本の指に入るほどのお気に入りだ。これが新訳でどうリフレッシュされるのか。なんとも待ち遠しい。

 そして十二国記シリーズ長編第二弾「風の海 迷宮の岸」が出る。まずいぞ。こんなペースで完全版を買っては積み、買っては積みしていったら、死蔵してしまいかねない。頑張れ〜。読書の秋はもうすぐだ。
posted by アスラン at 19:57| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あっ、これ読みたい | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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