2014年03月03日

知識ゼロからの印象派絵画入門 大橋巨泉(2013/11/16読了)

 昨年の11月の頭に小三の息子をつれて、八王子にある東京富士美術館に印象派展を見に行った。なぜこういうことになったかというと、まず息子が絵を描くのが好きで、おまけにかなりうまいというところから始まっている。次に、たまたま見つけた「ぶらぶら美術館」というBS日テレの番組が思いの外おもしろいことに最近になってようやく気づいて(まあ、かなり遅すぎた発見なのだけれど…)、HDDレコーダーに録画するようになり、それをちょくちょく息子と一緒に見るようになったという経緯があった。

 ああ、順番を間違えた。そもそも小学校に息子を連れていくと、駐輪場の前の建屋の窓ガラスに、モネの「睡蓮」の絵が入ったカレンダーが貼られていて、いつもいつも「モネはいいねぇ」と息子と話し合っていたことが遠因に違いない。そして、偶然にも通学路にある民家の塀に、ルノアールの絵をトリミングした印象派展のポスターが貼られていて、こんな立川の奥まったところにいても、身近に立派な美術館があることを初めて知ったのだった。

 そこで、とある祝日に(そうか、文化の日だった)二人で出かけて鑑賞してきたのだが、あらためて「モネはいいねぇ」「ドガはうまいねぇ、ブーダンって結構やるもんだね、この空と雲はなかなか描けないよなぁ」「ルノアールはやっぱりルノアールだなぁ。セザンヌはすごいねぇ」などと互いに思いつくままに言い合って帰ってきたのだった。そこで、事後学習ではあるけれど、いろいろと図書館で本を仕入れてきた。最寄りの図書館での有りものを集めたので、まずは本書を読むことになった。

 当然、僕自身がド素人なので「知識ゼロからの」というコンセプトはありがたいと思ったのだけれども、あの巨泉さんがこういった入門書を書く資格(資格というのは、ちょっと大げさではあるが)があるのかよくわからなかった。ただ、説得力があると思われたのが、彼が芸能界の第一線を早々と退いて、リタイヤ生活を楽しみ、世界中を夫婦で旅しては有名な画家の作品をかたっぱしから観て歩いたという点である。この、本物を観て回るという体験こそは美術鑑賞にとってなにものにもかえがたい。とにかく絵画だけは本物を目の前にして感じなければダメだ。どんなに再現度の高い映像でも、ましてや美しいグラビアにしたところで、本物の印象はつかめない。その点についてだけは僕のような素人でもわかる。

 あとは入門書や美術書で知ることは絵画の歴史や手法や作家の人生といったものだけだ。僕には、巨泉さんが書いた入門書を読むことに抵抗は感じない。彼には彼の美術に対する思い入れが確かにあり、それは徹底して鑑賞家側、つまりは僕らと同じ側にいるはずなのだから。本書から知識としてわかったのは、印象派とは何かの統一した手法や主義を表す言葉ではなく、既存の伝統的絵画に対する若い作家たちの、ある種の異議申し立てのようなムーブメントを指すという点だ。のちに印象派展と称されることになった絵画展は、当時の批評家から「汚らしい。印象を描いたにすぎない」などと酷評されたことに端を発している。若き創作者たちは、酷評を逆手にとって自らを「印象派」と名乗って大見得をきったのだ。

 それとは別に、確かにモネやルノアールなどは、筆触(筆あとの事?)を消さず、絵の具を混ぜることなくキャンバスに置いてゆく事で、見たままの「印象」をなんとか表現しようと試行錯誤していく。これを「印象主義」というんだそうだ。「だから」と著者は強調するのだが、印象派という言葉でなにかまとまった手法をもった作家群が存在するわけではないのだ。たとえば印象派のくくりで語られる事の多いゴッホやゴーギャンのようないわば「遅れてきた作家」にしても、後期印象派などと言うべきではなくポスト印象派と呼ぶべきなのだと著者は言う。

 いずれにしても僕にわかるのは、「宗教色が強く、構成に遠近法を用いている」という枠に押し込まれていた古典絵画が、印象派の時代を経由する事で現代絵画へと道がひらけていったという事実だ。時代の転換点であったということだろう。ところで、気楽に絵画鑑賞を楽しませようとする著者の意図は十分に理解できるのだが、巨泉さんの絵の好みだけは少々偏っていると思わずにいられない。あるいは既存の権威にとらわれることなく自分の体験を力にして真実を突いているのかもしれないが、どうしても巻末にある印象派作家ランキングに納得する事が、息子ともどもできなかった。

 巨泉さんによると、マネが一番で、次がドガ。いずれも技術が他の画家を抜きんじている。モネは4位に甘んじていて、クールベにいたっては画才がないと断言し、セザンヌは絵が下手だと切り捨てた。ブーダンはうまいけれどちょっと描きすぎだ、などなど。クールベたちはランキングの下から数えた方が早い。これにはちょっとなんだかなぁと思った。だって、印象派展の絵に感動して、ブーダンの〈空と海〉の風景画の絵葉書を買ってしまった僕の立つ瀬がないではないか!!
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2014年02月12日

2014年2月の新刊

 急に寒くなってきた。かと思うと3月中旬〜下旬の陽気でジャケットとマフラーがじゃまくさくなったりする。しかし乾燥はいっそう度合いを増して、子供も親もノロウィルスやインフルエンザの猛威にやられまいかと汲々となる。「冬来たりなば春遠からじ」という言葉は、僕にとっては偉そうなご託ではなく、「エースをねらえ2」で宗方コーチの死から立ち直っていくヒロイン岡ひろみの、真正面を揺るぐことなく見すえた必死の姿を思い出させる言葉だ。早く息子にも僕らにも「春よ来い」。
 それではいつものように大洋社調べの文庫新刊案内より。

02/06 伊能忠敬 童門冬二(河出文庫) 882
02/06 街場のマンガ論 内田樹(小学館文庫) 650
02/06 手紙魔まみ、夏の引っ越し(ウサギ連れ) 穂村弘(小学館文庫) 700
02/06 将棋エッセイコレクション 後藤元気(ちくま文庫) 1050
02/06 生きることの発明 片山恭一(小学館文庫) 500
02/07 もっと厭な物語 夏目漱石(文春文庫) 630
02/07 映画を作りながら考えたこと 高畑勲(文春ジブリ文庫) 735
02/10 青天有月 エセー(講談社文芸文庫) 松浦寿輝 168
02/10 柄谷行人インタヴューズ1977−2001 柄谷行人(講談社文芸文庫) 1995
02/14 カジュアル・ベイカンシー(1) J.K.ローリング(講談社文庫) 未定
02/14 カジュアル・ベイカンシー(2) J.K.ローリング(講談社文庫) 未定
02/14 愛と日本語の惑乱 清水義範(講談社文庫) 未定
02/14 金閣寺の燃やし方 酒井順子(講談社文庫) 未定
02/14 坑夫 夏目漱石(岩波文庫) 693
02/20 彼岸過迄 夏目漱石(集英社文庫) 未定
02/21 SYNC なぜ自然はシンクロしたがるのか スティーヴン・ストロガッツ(ハヤカワ文庫NF) 987
02/21 空襲警報 コニー・ウィリス(ハヤカワ文庫SF) 882
02/25 夢違 恩田陸(角川文庫) 780
02/27 書物愛 海外篇 紀田順一郎(創元ライブラリ) 1050
02/27 書物愛 日本篇 紀田順一郎(創元ライブラリ) 1050
02/28 これはペンです 円城塔(新潮文庫) 452
02/28 木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか(下) 増田俊也(新潮文庫) 788
02/28 木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか(上) 増田俊也(新潮文庫) 746
02/下 ミクロコスモス(1) 中沢新一(中公文庫) 735


 童門冬二「伊能忠敬」。以前、「からくり儀右衛門」と呼ばれた偉人・田中久重の伝記「 小説田中久重−明治維新を動かした天才技術者−」を読んだ事がある。あの作品とどこかでつながっているんだろうか。田中久重は東芝の創業者であり、日本が技術大国の道へ至るために必要不可欠な第一歩を刻んだであろう不世出の人物の一人である。彼が若き日に「からくり儀右衛門」と呼ばれて地元久留米では有名だったというお話はNHKの少年ドラマでなじんでいた。そのドラマの中で、儀右衛門は日本全図を作るために訪れた伊能忠敬と出会っている。もちろんフィクションだろうが、大きな夢のあるエピソードだった。そのドラマの記憶があるせいか、伊能忠敬の生き方にも人一倍ロマンを感じてしまう。童門さんの伝記小説が面白いかどうかは、また別の話だ。

 内田樹「街場のマンガ論」。恥ずかしながら、この売れっ子哲学者の著者を一冊も読んだことがない。「街場」というのが彼を語るキーワードになっていそうなので、「街場の〜」をとっかかりにするのがいいようだ。「街場の現代思想」が代表作のようだが、「マンガ論」で今どきのマンガをどう料理するのか、お手並みを拝見してみたい。

 穂村弘「手紙魔まみ、夏の引っ越し(ウサギ連れ)」。不思議なタイトルだ。五七五のリズムに乗っているから、短歌の前半を切り取ってタイトルにしているのだろうか。最初の五(字余り)の意味がわからない。シュールだ。「夏の引っ越し」は暑さとともにすがすがしさがイメージされる。続く「ウサギ連れ」のイメージが効いてるからかもしれない。だが、抑制をかけるためだろうか。この連は括弧でくくられて控えめだ。何が狙いなのかは、穂村ワールド(エッセイ)にひたってみなければ分からない。

 後藤元気「将棋エッセイコレクション」。後藤元気という名前は最近、携帯でプロ棋士の対局を観戦する「モバイル将棋中継」の欄外のコメント欄で見かけた。将棋ライターだそうだ。将棋というのは非常に難解なゲームで、野球が「プロのようにはプレイできないが、見て理解するのは誰でもできる」というものではない。将棋に限って言えば「プロのようには(将棋を)指せないし、プロの試合を見ても分からない」。もちろん、まったく分からないとは言わないが、ただ見ているだけだと、プロの一手一手の意味を理解する事など出来ない。だから、解説が絶対に必要となる。では誰が解説をするかと言えば、同業者の「プロ棋士」が筆頭に挙げられるが、次は「棋士」になれなかった人が多い。将棋ライターの多くは、年齢制限により棋士になり損ねた人が将棋界の脇を固めているという事のようだ。なにはともあれ、将棋の本が文庫で出回る事も稀少だということが、ファンになって3面目というにわか将棋ファンにも身に染みているので、ぜひ読んでみたい。
 
 片山恭一「生きることの発明」。気取ったタイトルは相変わらずだが、以前のような「あざとい」オーラは感じられない。何のことだって。ほら、「世界の中心で、愛を叫ぶ」の作者ですよ。「セカチュウ」がドラマに映画に大ブームになった際に色気を出して読んではみたものに、タイトルほどには面白さは感じられなかった。で、別に久しぶりに読みたくなったというわけでもないが、タイトルに合わせて著者の創作にも進展があったのか、少し気になったまでのこと。

 夏目漱石「もっと厭な物語」。えーと、当然ながら夏目漱石さんが新作を書いたわけではない。こんなしょうも無いタイトルをつけるわけもないし。たぶん、「夢十夜」を中心にしたオムニバス短編集といったところだろうか。それはそれとして、漱石の新刊ともなると、やはり一度は書店で手にとって読んでみたくなるというものだ。

 高畑勲「映画を作りながら考えたこと」。世間では引退した宮崎駿さんの最新作「風立ちぬ」の海外映画祭の賞取りが取りざたされているが、高畑さんも5年ぶりの新作をようやくものして、あれこれとテレビや出版物で「名作」かどうかで物議を醸している。僕はと言えば、すでに「ホーホケキョ となりの山田くん」を映画館で観て、改めて高畑さんのすごさを実感しているので、彼が5年を掛けて今更ながら老け込まずに「本気」を出せる作家なんだということで充分です。あぁ、いますぐでも映画館に観に行きたかったが、週末は育児で時間がないのだ。せめて彼の著作で我慢しよう。

 柄谷行人「柄谷行人インタヴューズ1977−2001」。あぁ、そうか。勝手に対談集だと思ってしまった。インタヴュー集なんて出るんだ。ふつうこういうのって、文章の体裁を撮り直して、話し言葉文体の著作になるのかと思ったんだけど、あくまでインタビュー集として出すのは、評論家としては珍しいんじゃないかな。それだけ、結構人に自分の事を聞いてもらうのが好きな人なんだろうかな。

 J.K.ローリング「カジュアル・ベイカンシー(1)(2)」。つい最近だけど、著者本人がハリーポッターシリーズを振り返って、ハリーとハーマイオニーが結ばれるべきだったと言ったそうだ。もし、そうだったらその後のストーリーに大きな変化があるだろうか。まずはメインストーリーに影響はないだろう。後半はダンブルドアなどのハリーが生まれる前からの因縁に端を発する物語が核となっているから。あえて言えば、もしハリーとハーマイオニーが結ばれる設定だったならば、ロンは死すべき運命だったと思う。そうなるとしたら、彼の家族たちとハリーとの親密な関係がかなり損なわれる。その点ではシリーズ全編にわたる親しみやすさが失われる可能性がある。まあ、別のお話と言ってもいいだろう。もう済んだ話だ。すでにハリーポッターは伝説と化した。

清水義範「愛と日本語の惑乱」。清水義範は日本語を教える達人でもあるので、小説やエッセイにも日本語の乱れを題材にしておもしろおかしくとりあげた作品がある。これもその手の小説なのかな。やや揶揄する程度ならば「おもしろおかしい」のだけれど、それが例の「美しい日本語」を脅かすかのような文化論者の手つきで操作されると、途端に面白くなくなる。彼の作品は概して好きだが、教師的なモラリストの側面を出してくるとついていけなくなる。

 酒井順子「金閣寺の燃やし方」。三島由紀夫論だろうか。「金閣寺を燃やす」となればそういう事になる。いや、もう一人いた。水上勉だ。この二人をまな板にのせた文芸評論なのだそうだ。うーむ。ちょっと懐疑的。最近、彼女の「ユーミンの罪」という新書を読んだ。いや、途中まで読んで放棄した。理由は詳しくは述べないが、根拠はありそうだけれど「それってあなたの思い込みでしょ」と思える決めつけが多かったからだ。あの手際で三島作品を批評するのはちょっとやりきれない。「負け犬」分析は自分でまいたタネを刈り取っているだけだから、「どうぞご自由に」という気軽な気持ちで読めたんだけどね。

 夏目漱石「坑夫」「彼岸過迄」。集英社文庫から出ている漱石コレクション。あえて言うが、新作ではない。未発表作品が見つかったのは断じてない。昔から有名で昔からよく読まれてきた長編だ。ただし、集英社文庫ではラインナップから落ちていた。それを〈漱石コレクション〉と銘打って順次刊行するようだ。特に面白みのある企画ではないが、僕の愛読する「坑夫」が新刊で出るのであれば買っておこうという気になる。すでに実家に置き去りにしてきたちくま文庫の全集版では字が見にくくなっているからだ。新しい本を手元に置いておきたいし。

 スティーヴン・ストロガッツ「SYNC なぜ自然はシンクロしたがるのか」。自然科学ノンフィクション本だ。
シンクロ(SYNC)という不思議な現象を解説した本らしい。どんなに楽しい本なのかは、書店に平積みになる日を楽しみにしよう。

 コニー・ウィリス「空襲警報」。最近とみにコニー・ウィリスの著作が刊行されている。先月か先々月にも取り上げてなかっただろうか。ああ、そうか「ザ・ベスト・オブ・コニー・ウィリス」と銘打ったベスト短編集が二冊に分かれて出版されたようだ。前回が「混沌ホテル」だった。今回が「空襲警報」か。しまった、急に読みたくなったので、川崎市立図書館で予約をかけたら、もう10人もならんでいる。1冊に10人。一応予約したけれど、立川市立図書館に入るところをつかまえよう。

 恩田陸「夢違」。夢をデータ化できるようになり、夢判断が現実のものとなったという設定で起きるサスペンスだそうだ。恩田さんは設定した仮想世界に引き込む手際は最高。中盤のひっぱりもまずまず。だが、結末の付け方にいつも疑問を感じる事が多いのは何故だろう。この前読んだ本もそうだった。なんていうタイトルだっけ?ああ、「きのうの世界(上・下) 」だ。あれも完全に引き込まれた。大昔にやったアドベンチャーゲーム「月下夢幻譚」のような世界観が感じられた。なのに、だ。結末が正直肩すかしだったんだよなぁ。

 紀田順一郎「書物愛」海外篇および「書物愛」日本篇の二冊。図書館の予約システムで調べると「ときに至福、ときに悲惨、書物に憑かれた人生の諸相。書物の達人が選び抜いたアンソロジー。」という惹句が目に飛びこんできた。どうやら「書物愛」を描いた短編集を海外と国内からそれぞれ選んできたようだ。紀田さんがおそるべき書物愛の持ち主であり、集めてきた短編もただ本好きの主人公を据えた小説というより、作家自身が書物に取り憑かれていて心の内を登場人物に仮託したような作品ばかりを選んできたのではないだろうか。それを、さらに読書愛好者が読むという何重にも思い入れが重なりあったラビリンスがそこに生まれる。

 円城塔「これはペンです」。芥川賞を取る前から当然ながら名前も作品も目についていたけれども、今ひとつ触手が伸びない。非常に頭が冴えた人が書いたインテリ文学だと思えてしまうからだろうか。もちろん偏見には違いないが、でも冒頭から「読者」を置き去りにして自らの関心に終始してしまうと、なかなか距離感がつかめなくなる。特に最近は時間をかけてじっくりと読むという事ができなくなっているので(もちろん、これは僕個人の事情なので作家には何の落ち度もない)、もう少し読者に優しい作品であってくれればと思う。いや、これは実は芥川賞受賞作「道化師の蝶」を読んだ事さえ忘れていて、だから内容について思い出せもしない自分を正当化しようとしているに過ぎない。だから、こんなつまらない事をあえて書くよりもきちんと円城塔についての感想を言える作品であって欲しい。

 増田俊也「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか(上)(下)」。結構話題になったので一度は借りてみた。もちろん単行本だけれども。だが、読み出してみて木村政彦を知らなかった僕はなかなか序盤の文章にのめり込む事ができなかった。もちろん当時の男の子なら当たり前ではあるがプロレスには興味があった。古本屋で「ゴング」を立ち読みしては、今でいうならカルト的なレスラーたちに魅了された。もちろん「タイガーマスク」にあおられていたせいもあるし、ジャイアント馬場もアントニオ猪木もプロレスラーとして人気を誇っていた時期であったせいでもある。その頃、すでに力道山は伝説の人で、破天荒なエピソードばかりが耳に入ってきたが、それ以上に惹きつけられる存在ではなかった。そんな力道山その人ではなく、別の人物、それもおそらくは若い読者の大半にとって無名のレスラーの評伝でもある。それがそんなに面白い理由を本当は知りたいのだけれど、文庫ならば今度こそ序盤を乗り切れるだろうか。

 中沢新一「ミクロコスモス(1)」。ようやく今月の最後の一冊。ちょっと多めに拾いすぎたか。でも、良質な書店をぶらぶらゆっくりと品定めする余裕もなくなってきているので、せめて仮想的な個人書店を立ち上げて、平積みとなった新刊を矯めつ眇めつ眺めていたい。この本は中沢新一さんの著書。思えば中沢さんの著作をきちんと読む機会はあまりなかった。あの「アースダイバー」だけは東京の地勢を読み解く面白さに意表を突かれた。だが、知っている土地だからこその面白さであって、「大阪アースダイバー」の方には手を出していない。「ミクロコスモス」は本業の文化人類学の長編評論ではない。新聞や雑誌などに載った「評論やエッセイ、講義録など」を集めたものだそうだ。
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2014年01月14日

2014年1月の新刊

 仕事納め、大掃除、冬休みに入った子供の相手と、次々にあわただしく日々が過ぎていく年の瀬。元日は思いっきり寝坊していると、親が「新年のあいさつ」をするからと起こしに来て、お節料理と、日ごろは飲まない日本酒とで、ゆっくりと過ごした実家での「こたつのような」ぬくぬくとしたお正月は、もう僕の記憶の中にしかない。今は、僕の用意したお節やお雑煮や刺身を我が物顔に食べまくる息子の姿に、幼いころの自分の姿を重ねてみる自分がいる。

 あっという間に正月も終わり、いつものように仕事始めを迎える。仕方ない。まずは、いつものように大洋社のHP「Book Index」調べの新刊チェックからブログ始めとしようか。

01/08 永久運動の夢 アーサー・オードヒューム(ちくま学芸文庫) 1470
01/09 論理哲学論考 ヴィトゲンシュタイン(光文社古典新訳文庫) 未定
01/10 偶然の科学 ダンカン・ワッツ(ハヤカワ文庫NF) 882
01/15 岡本太郎という思想 赤坂憲雄(講談社文庫) 未定
01/15 黒猫館の殺人〈新装改訂版〉 綾辻行人(講談社文庫) 未定
01/24 ザ・ベスト・オブ・コニー・ウィリス 混沌ホテル コニー・ウィリス(ハヤカワ文庫SF) 882
01/24 無伴奏ソナタ〔新訳版〕 オースン・スコット・カード(ハヤカワ文庫SF) 1050
01/29 殺人者と恐喝者 カーター・ディクスン(創元推理文庫) 903


 正月の書店は、どこかよそよそしい顔をして落ち着かない。平積みになっているのは、ありきたりのベストセラーと、こたつにぬくぬくとくるまってテレビに興じるためのテレビ番組雑誌や子供用の雑誌などなど。出版社も冬休みを見越して動きを止めてしまうので、一月の中ごろにならないと平静を取り戻さない。それにしても、クリスマスの12月25日以来、ずっと気にかけているのは「ビブリア古書堂の事件手帖」の新作のゆくえだ。第5作となる新刊がクリスマスに合わせて出版される。前回の「新刊調べ」ではそうなっていた。きっとクリスマスネタのお話が含まれるに違いないと考えたのだが、どうやら邪推だったらしい。いま公式サイトにアクセスすると、いつの間にか1月24日発売予定に変わっている。久々に発売が待ち遠しいシリーズ本となっている。

 ヴィトゲンシュタイン「論理哲学論考」。ニーチェの「善悪の彼岸」のように、断片的な箴言に満ちた著作。柄谷行人が「探究T」「探究U」で、行き詰った思考の隘路を抜け出るために本書で著者が言及している「言語ゲーム」に注目していた。僕もわからないなりに、この著作の印象的で魅力的な、でも難解な言葉たちに好んで惑わされたくなる。

 ダンカン・ワッツ「偶然の科学」。最近、とみに自然科学のノンフィクションの文庫が刊行されている。「四色問題」が出て、翌月には「ケプラー予想」が出た。こういう本に目がないので逐一買ってしまいそうで怖い。「四色問題」は、あの茂木さんが丁寧に翻訳していると知り、俄然興味が湧いて買ってしまった。「ケプラー」も「ポアンカレ」も「リーマン」も、いま店頭で出くわしたら買ってしまいそうだ。ところで「偶然の科学」はタイトルに惹かれてピックアップ。どんな本なんだろうとググってみると、なんと松岡正剛の千夜一夜で取り上げられている。あの有名な「自分に近い6人の他人」の逸話を紹介したのも本書の著者なんだそうだ。この記事のアップをぐずぐずしていたら、一昨日書店の店頭で見つけてしまった。なかなか硬派な内容だが面白そうだ。

 赤坂憲雄「岡本太郎という思想」。岡本太郎と言ったら僕らの世代ではなにより「太陽の塔」をデザインしたアーティストだ。東京オリンピックが1964年のではなくて「おもてなし」の2020年のになっていくように、万国博と言えば「愛知万博」の記憶に塗り替えられていくのは仕方ないが、僕らの世代にとっては絶対的に「エキスポ70」の大阪万博しかありえない。その中でも絶対的シンボルだったのが太陽の塔であり、「人類の進歩と調和」というあの当時なら許せた理想を見事に体現していた。その岡本太郎という人物も思想も、実は意外なほど知っていない。あの頃の僕ら少年(だけでなく多くの大人も)にとってはかなりの変人に見えた岡本太郎が今生きていたら、引っ張りだこの人気者になっていただろう。そろそろ「岡本太郎」の内面を知っておくべきだ。

 綾辻行人「黒猫館の殺人〈新装改訂版〉」。僕が最初に彼の「館シリーズ」を発見したのが、1987年9月刊行の「十角館の殺人」ノベルス版だった。あれから丸26年もたってしまったわけだ。保存版にしていたはずのノベルスも結婚を機に実家を出る際にうっぱらってしまった。文庫版で買いなおす余裕はなかったのでそのままになってしまったけれど、この新装改訂版をぼちぼち買い集めるころ合いなんだろうか。この新装改訂版という企画は、26年も経って、その後文庫も順次発売された名作ではあるが、今の若い世代には「忘れられた名作」になりつつあることを鑑みて企画されたという位置づけになるはずだ。僕のように最初から綾辻のファンだった人間には、あまり関係のない企画だけれど、さすがに僕も26年前に購入して何度も読み直した作品であっても、そろそろ記憶を新たにしておくべきシリーズだとも言える。

「ザ・ベスト・オブ・コニー・ウィリス 混沌ホテル」。特に詳しい作家ではない。とにかく「航路」がすごかったのだ。このミステリーとSFが等分に合体したかのような絶妙なリアリティを伴った作品の核心に、僕は心底衝撃を受けた。そして結末にそこはかとなく悲しいヒロインの運命に涙が止まらなかった。こんな不思議な感動はおいそれとは手に入らない。そんな作品を書く著者なのだから、今に至るもポスト「航路」となる著作をまだ一冊も読んでない自分の怠惰を、そろそろ責めるべきだろうな。

オースン・スコット・カード「無伴奏ソナタ〔新訳版〕」。「エンダーのゲーム」の吹き替え版の予告がさかんにテレビで流れている。この予告編を見る限り、ただいま上映中の映画はかなり苦戦しているのではないだろうか。そもそもカードのひどくシニカルな筆致をそのまま映像化するのは難しいと思う。「エンダーのゲーム」はそのなかでもわかりやすい方の部類だろう。この「無伴奏ソナタ」のある種悪趣味ととられかねないニヒリズムの極北に、SFで描かれるヒーローのごくごく未来的な孤独が誠実に描かれていく。カードの著作につきあうという事は、それなりに覚悟が強いられる事に他ならない。

 カーター・ディクスン「殺人者と恐喝者」。これはすでに読んだはず。いや、読んでないけれど、単行本は実家に大切に保管されている。いや、もしや我が家の書棚に移動済みか。まあ、いい。たとえどこにあろうとも、どんな話であるかはまったく思い出せない。なんたって「殺人者と恐喝者」という平凡なタイトルだ。内容に想像がつかないし、面白そうだとも思えない。でも、逆に扇情的ではないタイトルに興味津々になってもいいかもしれない。なんたってカーター・ディクスン作品なんですもの。
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2013年12月19日

なぜ予約すると蔵書情報が見えなくなるのか?

 これまでに「図書館のすべて」カテゴリの記事で、会社最寄りの川崎市立図書館と地元の立川市立図書館とのシステム変更比較をなんども行ってきた。今やどちらがいいという一方的な差がついているわけではなく、どちらもシステムをアップデートして、サービス改善には積極的に対応している方だなとは思っている。その点は行政の余力があるという事の証しでもあるので、ありがたいなぁとは思っている。思ってはいるのだけれど、やはり気になる事はあるし、改良してくれたらいいのになぁと思うことはなかなか無くならない。

 最近まで自分の利用手順の中に組み込まれてしまっていて不便だと声をあげることを怠っていた事に、つい先日ようやく気づいた。これってかなり不便なんですけど。川崎市立図書館の蔵書検索・予約システムを利用している人たちは僕と同様の不便さを感じていないのだろうか。いや、きっとそこまでシステムを使い込んでいない人が多いに違いない。あるいは、僕が最近まで気づかなかったように、不便さを自らの手順でなんとかやりくりしてしまったので、元々の不便さを意識下に押し込んでしまったのだろう。とにかく説明してみよう。

 蔵書検索をする。なんでもいいが例えばダン・ブラウンの最新作「インフェルノ」を検索してみる。【書誌情報】に続いて【蔵書情報】が表示される。今現在(2013/12/18)だと

 所蔵数:5冊 貸出数:5冊 予約数:398件

だそうだ。今から予約しても400人規模の行列の最後尾に並ぶ事になる。もう、とりあえずは記憶の彼方に押し込んでひたすら待つか、あるいは古本屋で安く手に入れる事を考えるか、悩むところではある。でも、いや待てよ。所蔵数5冊なのだから、1冊あたりの行列待ちは100人という事になる。先が長いには違いないが、一人2週間で、引き取る間隔が平均で5,6日とみて一人あたり20日と換算して、100人で2000日。いやはや5年半かかるのか。いや、もう予約しても無駄だ。さっさと購入してしまおう。

 ではなかった。希望を捨てるのはまだ早い。こんな状況だからこそ、所蔵数を増やすべく図書館側が気を利かせて買い増しするかもしれないのだ。現に、ハリー・ポッターシリーズで愛読者が狂乱していた当時、図書館もポッターバブルに踊らされて、あの大きさも重量も破格の本を大量に購入し、さらに買い足していた。今後の予約数の伸びを憂いて所蔵数を増やさないとも限らない。だから定期的に予約状況を観察する必要があるわけだ。

 定期的などと言うが、僕などはやはり少しでも予約待ち数が減っていくのをみるのは楽しいものだから、毎日のように「貸出状況確認/予約状況確認」の画面にアクセスしにいく。すると、僕の予約状況照会画面では「インフェルノ」の順位が62人と表示されている。幸いな事に「インフェルノ」が貸出可能となるのを今か今かと待ち受けていたので、多少の遅れはとったものの古本の購入を検討する必要がない好位置につける事ができた。ただし、それでもいつぐらいに読めるのだろうかという事にはどんな順位であれ関心がある。確か、予約した時には蔵書数は1〜2冊だったような気がするのだ。今は何冊になっているだろうか、などと思って見渡しても、予約状況照会画面には順位や予約日などは表示されているが蔵書数は見当たらない。では「インフェルノ(上)」のURLをたどればいいのかと本のタイトルをクリックすると【書誌情報】が表示されるが、予約前にはあったはずの【蔵書情報】が無くなっている。その代わりに【予約情報】という、さきほどの予約状況照会画面で見せられて情報が再度表示されて、その後に【予約変更】という項目が待ち受けている。これでは、まるであきらめて「予約を取り消す」を選択しろと言わんばかりではないか。

 なぜ、ここに蔵書数が表示されないのだろう。予約した人にとって蔵書数の情報は必要ないと判断したのはどなたですか?僕は切実に「蔵書数」の現状を予約状況照会画面で知りたいのです。仕方が無いので、予約本のタイトルを蔵書検索し直して、そこで改めて蔵書数の現状を確認するのが習慣となっている。習慣とは恐ろしいもので、どんなに面倒だなと思っていても「そうするのが当たり前」になってしまったら、何故こんな面倒な事をしてるんだろうという気にもならなくなってくる。ただ毎回毎回プチストレスだけは確実にたまっていく。

 習慣化と言えば、ここでは川崎市立図書館をとりあえずやり玉に挙げたけれど、わが地元・立川市の図書館でも同様で、いったん予約した本のURLを追っていくと、やはり蔵書検索の時には見られた蔵書数と所蔵館一覧が出てこなくなる。川崎市のそれとまったく状況が変わらないので、図書館システムとしてのソフトウェアがまったく同じか(でも画面のレイアウトが違うし、細かい点も違う)、あるいはだいたいどの会社のソフトウェアも似たり寄ったりなのか、いずれにしても習慣にしてしまうに越したことはないと決め込んでしまった。

 という話を川崎市を地元とする同僚に話したら賛同してくれたので、こうして記事にしようと思い立ったわけで、それならばもう一度川崎市と立川市の蔵書検索・予約システムの手順を確認しておこうと調べたら、なんと立川市立図書館の利用者メニューでは、予約状況照会画面で、予約本1冊ごとに「順位」と「所蔵数」の2つの数字が表示されている。あれれ?前からこうだったか。そんなわけはない。以前は絶対に所蔵数は出てなかったはずだ。この「以前」というのは、今年の7月にICタグを利用した図書館システムにリニューアルする以前をさす。前のシステムの予約状況照会画面では絶対に所蔵数は確認できなかったはずだ。それと、7月に図書館システムが切り替わってから、蔵書検索・予約システムも同時にリニューアルされたけれど、そのときにも、予約状況照会画面に所蔵数が表示されていることに気づかなかった。僕が底抜けにうかつだったのか、それとも極最近になって「そぉっと」誰かが所蔵数を表示する事を思いついて付け足してくれたのだろうか。

 とにかく前回、立川市立図書館の予約システムの「お気に入り登録」がすごいと報告したけれど、それとは違う意味で、この「蔵書数」を照会画面に載せてくれた事には感謝したい。
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2013年12月10日

2013年12月の新刊

 暑いだとか寒いだとか言っているうちに、あっという間に師走だ。立川駅南口のシンボルとなっているケヤキの木にも毎年恒例のイルミネーションが点灯した。北口の方は、モノレール下の多目的通行スペースの並木がきれいにイルミネーションで飾られて、高島屋脇にはおしゃれなクリスマスツリーが人目を奪っている。もう何年も前からここにあったんだろうけれど、南口住民には気づきにくい。びっくりした。7時PMちょうどに居合わせたらラストクリスマスの音色が流れてきた。結構演出効いていてカップルたちの気分を盛り上げていた。以上、立川地元民のプチ情報。
では、いつものように大洋社のHP「Book Index」調べの新刊チェック。

12/03 シニアの読書生活 鷲田小彌太(文芸社文庫) 630
12/04 聖書の常識 山本七平(文春学藝ライブラリー) 1407
12/04 かわいそうだね? 綿矢りさ(文春文庫) 525
12/05 5分で読める!ひと駅ストーリー 冬の記憶 西口編 『このミステリーがすごい!』編集部(宝島社文庫) 680
12/05 5分で読める!ひと駅ストーリー 冬の記憶 東口編 『このミステリーがすごい!』編集部(宝島社文庫) 680
12/05 いつまでも考える、ひたすら考える 保坂和志(草思社文庫) 672
12/05 生命40億年全史(上) リチャード・フォーティ(草思社文庫) 945
12/05 生命40億年全史(下) リチャード・フォーティ(草思社文庫) 945
12/10 ぼくは本屋のおやじさん 早川義夫(ちくま文庫) 756
12/10 大山康晴の晩節 河口俊彦(ちくま文庫) 945
12/13 門【漱石コレクション】 夏目漱石(集英社文庫) 未定
12/17 存在と時間(4) ハイデガー(岩波文庫) 1260
12/20 予期せぬ結末(3)(仮) リチャード・マシスン(扶桑社ミステリー)
12/25 ケプラー予想 四百年の難問が解けるまで ジョージ・G・スピーロ(新潮文庫) 987
12/25 ビブリア古書堂の事件手帖(5) 三上延(メディアワークス文庫) 578
12/25 マザーズ 金原ひとみ(新潮文庫) 830
12/25 華胥の幽夢 十二国記 小野不由美(新潮文庫) 662
12/25 直観を磨くもの(仮) 小林秀雄(新潮文庫) 704
12/25 話し言葉の日本語 井上ひさし(新潮文庫) 662


 鷲田小彌太「シニアの読書生活」。シニアってどの年代かな。いわゆる初老と言われる年代をさしているのだろうか。僕も近づいているような気がする。「読書生活」と構えて言われても、すでに日常的に読書生活を始めているので、おそらくきっと「シニアのリタイア生活」みたいな心構えで読書をライフスタイルの中に組み込みましょうという事のような気がする。うーん、いるのだろうか、僕に。僕の決めていることと言えば、時代小説の大作などは、歳をとってから読めばいいかなと思っているんだけれど、意外と外見と中身とではどんどんずれが大きくなっていくようで、僕が子供の頃、学生の頃に想像していたような老年はまだまだ訪れそうにない。だったら今のとおり、好きなものを好きなだけ読めばいいじゃん。

 山本七平「聖書の常識」。ちょっと気になっているのはイザヤ・ベンダサン名義で書いた「日本人とユダヤ人」だ。もう、僕が気づいた頃には、これがユダヤ人と自称している著者が書いたいわゆる偽書であることは明白な状況になっていた。ああ、確か6歳違いの兄の本棚にもあったような気がしたな。勉強好きというわけでもない兄が読んでいたくらいだから(読み切ったかどうかは疑わしいが)、出版当時(1970年)は結構売れたんだろう。まあ、とにかくユダヤ人作家を騙った事で山本七平という人物が山師のように見えてしまって、まだ一冊も読んでない。読まなくてもいいかもしれないが、まあ、一冊くらいはつきあってみてもいいだろう。

 綿矢りさ「かわいそうだね?」。えーと、デビュー作からずっとつかず離れず読んできている。「夢を与える」は、なかなかすごい話だった。「蹴りたい背中」で芥川賞を受賞した時はまだ高校生で文学少女然としていたので、「蹴りたい背中」のちょっと変態的な内面を持った女子高生という、一種の私小説のような作品に意表をつかれた人も多かったに違いない。でも「インストール」を読めば、芥川賞は伊達じゃないんだとわかるくらい、独自な内面と文体をもった、でも女の子だった。それが女子大生になり、今や何歳になったのかわからないくらい普通の女流作家に成長し、「夢を与える」を書いても違和感のない作家となった。だから今度は「かわいそうだね?」だね。おっと、そういえば「勝手にふるえてろ」があったんだっけ。図書館で借りて、読み切らずに返してしまったんだった。いやぁ、ファンのような顔をするのはおこがましい。もうちょっときちんと読んでいかねば。 「5分で読める!ひと駅ストーリー 冬の記憶」の二冊。タイトルの不思議さに惹かれた。だいたい電車の中は読書好きにとって貴重な読書タイムを与えてくれる空間だ。数駅乗って乗り換えなんて事もよくあるので5分で読めるというショートショートの気の利いた短編集というのは面白い。だけど、何故「西口編」と「東口編」に分かれているんだろう。そこに何か仕掛けを感じたのは僕だけだろうか。となると二冊両方読む事に意味があるのかもしれない。かといって買うほどの気持ちはないんだけどねぇ。

 保坂和志「いつまでも考える、ひたすら考える」。先日「未明の闘争」を借りて大切に2週間保管したまま返却してしまった。ジェフリー・ディーヴァーの新作「シャドウ・ストーカー」を始め、待ち続けた本が同時多発的に手元に届いてしまった結果、「未明の…」はあきらめた。小説論・文体論を書くほどの理論派の著者が、いわば無造作に推敲していないかのような文体で書き綴った、やわらかな小説。そんな話が耳に入ったので読みたいと思って予約したのに手放した。それはそれとしてまたの機会に譲ろう。とりあえずは書店の平積みで新刊に出逢うところから始めよう。12/5なんだけど、いまだ見当たらず。

 「生命40億年全史(上)(下)」。これって確か単行本が出たときに読みたいと思った本の文庫化だ。通常は人間が気づいてきた歴史とか、生命とは言ってるけれど、主に人類への進化をゴールにしたような進化史が当たり前のように描かれてきたけれど、この本は「生命」というものがどこでどのように発生して、人類もその通過点として、どのように変化していくかを見すえた形での「生命史」。これは、今まであるようでなかったなぁと、単行本を見て感じた。文庫になったのなら文庫で読みたいところだが、駄目なら単行本を借りればいいや。

 早川義夫「ぼくは本屋のおやじさん」。アレアレアの(といっても立川のジモティ以外は分からないだろうが)オリオン書房(といっても、やはり立川住民以外は慣れ親しまない本屋名だろうけれど)に、書店員が選んだ企画本のコーナーがあって、その一冊として選ばれた作品。僕自身もこのセンスのいいチョイスの中から、フォークシンガーとして知られた早川義夫さんが書いたエッセイの面白さに触れたいと思った。

 河口俊彦「大山康晴の晩節」。将棋ファンという新たな趣味の道が開けてしまってからというもの、将棋関連の書籍が刊行されると気になってしかたがない。今一番気になっているのは将棋連盟発行のムック本だ。谷川浩司、羽生善治、森内俊之までは順当としてVol.4が、あの「ひふみん」もとい、加藤一二三九段なのだ。フジテレビの「アウト×デラックス」を見ている人なら、どんなに飛び抜けたキャラなのか分かると思うが、実は将棋界では功成り名成りを遂げた「すっごい人物」なのだ。そのムック本は思った以上に「ひふみん」ワールドにかなりのページを割いた、実に異例な内容になっている。ほ、欲しい…。なんと谷川さんをスキップして羽生さんムックを買い、森内さんのを買うかどうか迷っているというのに、もう「次に買いそろえるなら加藤九段の方かな」などと、まっとうな将棋ファンからすれば不埒な事を考えている。ああ、「大山康晴の晩節」の話だった。川口俊彦という方は将棋界では知らぬ者がいないほどの将棋ライターであり、多数の著作をものしている。自身が元々は棋士だった。著者のエッセイをすでに新潮文庫で一冊持っているのだから、まずはそちらを読んでからだな。なんと言っても将棋関連の本は多い。多すぎる。

 「門【漱石コレクション】」(集英社文庫)。集英社文庫は、これまでに漱石の長編を一通り文庫にしてきたのじゃなかっただっけ?いや、違うのかな。どうやら「門」は今回が初めてのようだ。「漱石コレクション」というシリーズ名は、今回から付けたように思うが、さて何か変わったところが出てくるのかな。

 「存在と時間(4)」(岩波文庫)。まあ、あきらめが悪い人間としては、いまだに、この難解な哲学書を読む機会をうかがっている。この世紀末的な状況、人類としての閉塞感の漂う現代において、「ハイデガーを読まないでいいのか」とたえず問いかけられている気がするのは僕だけでしょうか?いや、単なるミーハー魂にすぎません。

 「予期せぬ結末(3)(仮)」。何故(3)なのか。すでに(1)(2)が刊行されているのだろうか。あれ?ひょっとして「リチャード・マシスン他」なのかな。マシスンが今年なくなったばかりなので、追悼の意味で未刊の作品を出版するのかと思ったのだけれど、そういう気の利いた企画ではなさそうだ。マシスンさん。「ヘルハウス」の原作者。すばらしいホラーをありがとう。合掌。

 ジョージ・G・スピーロ「ケプラー予想 四百年の難問が解けるまで」。著者は置いておくとして、翻訳が青木薫さんなんだよね。サイモン・シンの著作はすべて彼女の訳。僕はシンの作品同様に青木さんの訳に絶大の信頼を置いている。だから、「買います」と言いたいところなんだけれど、最近は、軒並み科学や数学のノンフィクションの文庫化を進めているようで、つい最近も茂木さんが訳した「四色問題」を購入したばかり。「ケプラー予想」も、となると、もうあきらかに買いすぎだ。財布の中身が寂しくなるだけではない。本が増えている事を家の者に感づかれてしまう。そもそも本当に読むのか、などなど。問題は山積みだ。

 三上延「ビブリア古書堂の事件手帖(5)」。まあ、いろいろ紹介してはいるが、今月の目玉はなんといってもこれだろう。剛力彩芽とAKIRAとでテレビドラマ化されたのをいい機会に、原作を今年読破した。文学作品を題材にしたミステリーのたぐいはたくさんあるけれど、この作品はあまり真正面から文学好きだけを対象に書き込む事はせずに、気軽に楽しめる。だけれど、作品のチョイスはなかなかに文学好きの人たちの好奇心をくすぐるようなセンスの良さを見せている。クリスマスに刊行。何か今回取り上げる文学作品に仕掛けがあるのだろうか。

 金原ひとみ「マザーズ」。以前に、借りようと思ったのはどういう経緯からだったろう。だれかの書評本で紹介されていたはずだ。いわゆる新聞の書評では厳しい事も書かれていたように思うが、芥川賞受賞作「蛇とピアス」以来の金原作品との邂逅になる。そういえば今月の新刊リストには、ダブル受賞で世間を賑わせた綿やりさの新作も含まれている。

 小野不由美「華胥の幽夢 十二国記」。ふーむ、ずいぶん出版されてしまった。これは長編が書かれなくなって久しく、十二国記ファンをやきもきさせ続けた挙げ句に、ようやく著者が重い腰を上げて書き上げた短編集。泰の国の麒麟「泰麒(たいき)」の過酷な運命が過酷なまま放置されて、次の長編で良き結末を待ち望んでいたファンを嘲笑うかのように(まあ、そんなに意地の悪い著者ではないにしろ、待てど暮らせどのファンの思いは皆同じ)、短編集が出て肩すかしを食らわせられたのが2001年の事。あれからすでに10年以上が経過している。本作が出版されれば、いよいよ新潮文庫「十二国記」完全版のオリジナル長編の登場だ。

 小林秀雄「直観を磨くもの(仮)」。はて、一体何を今度は切り売りして、新潮社は小林秀雄で稼ぐつもりなのだろうか。と口汚くののしったとしても、中身は小林秀雄その人の文章。買ってしまうんだろうな。でも表題からすると、前作「人間の建設」同様、対談集なのかもしれない。いっそのこと、全集を文庫化するということは無理なのかな。いや、無理だろうね、やっぱり。
 
 井上ひさし/平田オリザ「話し言葉の日本語」。Book Indexでは井上ひさしさんしか著者名に記されてなかったが、どうやら調べてみると劇作家の平田さんの共著。というか、紹介文を読むと「対話集」となっているので、対談の間違いかと思ったのだけれど、やはり対話集。たぶん話し言葉について書きたい事を書いて、相手の原稿を読んだ上で次を書き継ぐみたいなリレー論文的な事だろうか。いずれにしても「話し言葉」に焦点を絞った日本語評論ってありそうで結構ないので、二人の言葉の達人の話にはちょっと興味がある。
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2013年11月26日

2013年読了リスト

46.ホテルローヤル 桜木紫乃(2013/11/21読了)
45.知識ゼロからの印象派絵画入門 大橋巨泉(2013/11/16読了)
44.図説アルプスの少女ハイジ −「ハイジ」でよみとく19世紀スイス− ちばかおり/川島(2013/11/6読了)
43.物理パラドックスを解く ジム・アル=ケリーリ(2013/11/13読了)
42.次の時代のための吉本隆明の読み方〜増補言視舎版〜 村瀬学(2013/10/31読了)
41.宰領 〜隠蔽捜査5〜 今野敏(2013/10/31読了)
40.古池や蛙は飛びこんだか 長谷川櫂(2013/19/25読了)
39.本屋図鑑 得地直美/本屋図鑑編集部(2013/10/29読了)
38.風に吹かれて 鈴木敏夫(2013/10/20読了)
37.鈴木敏夫のジブリ汗まみれ2(2013/10/13読了)
36.吉本隆明がぼくたちに遺したもの 加藤典洋/高橋源一郎(2013/10/13読了)
35.近代書き言葉はこうしてできた 田中牧郎(2013/10/9読了)
34.牧師館の殺人 アガサ・クリスティ(2013/9/28読了,再読)
33.誰か 宮部みゆき(2013/9/24読了,再読)
32.柄谷行人蓮實重彦全対話(2013/10/17読了)
31.本格ミステリ鑑賞術 福井健太(2013/9/18読了)
30.人造人間キカイダー The Novel 松岡圭祐(2013/9/16読了)
29.宇宙はなぜこのような宇宙なのか−人間原理と宇宙論− 青木薫(2013/9/??読了)
28.名もなき毒 宮部みゆき(2013/9/??読了,再読)
27.真夏の方程式 東野圭吾(2013/9/5読了)
26.皇帝のかぎ煙草入れ(新訳) ジョン・ディクスン・カー(2013/8/??読了)
25.国民のコトバ 高橋源一郎(2013/8/8読了)
24.丕緒の鳥 小野不由美(2013/7/26読了)
23.学校では教えてくれない!国語辞典の遊び方 サンキュータツオ(2013/7/21読了)
22.1,2,3−一番基本の数学の話 デヴィッド・ベルリンスキ(2013/8/23読了)
21.工学部ヒラノ教授と七人の天才 今野浩(2013/7/4読了)
20.ジェノサイド 高野和明(2013/7/1読了)
19.失われた近代を求めてU 「自然主義」と呼ばれたもの達 橋本治(2013/6/??読了)
18.将棋の歴史 増川宏一(2013/6/9読了)
17.解錠師 スティーブ・ハミルトン著/越前敏弥訳(2013/6/6読了)
16.頭脳勝負 渡辺明(2013/5/29読了)
15.ぼくらの文章教室 高橋源一郎(2013/5/28読了)
14.ビブリア古書堂の事件手帖3−栞子さんと消えない絆− 三上延(2013/5/26読了)
13.ビブリア古書堂の事件手帖4−栞子さんと二つの顔− 三上延(2013/5/19読了)
12.羽生善治と現代 -だれにも見えない未来をつくる-(2013/5/15読了)
11.羽生善治論 加藤一二三(2013/5/11読了)
10.辞書を編む 飯間浩明(2013/4/27読了)
9.オランダ靴の秘密(角川文庫) エラリー・クイーン(2013/4/??読了)
8.ビブリア古書堂の事件手帖2−栞子さんと謎めく日常− 三上延(2013/3/??読了)
7.黒死荘の殺人 カーター・ディクスン(2013/3/??読了)
6.ビブリア古書堂の事件手帖−栞子さんと奇妙な客人たち− 三上延(2013/2/??読了)
5.失われた近代を求めて1 言文一致体の誕生 橋本治(2013/2/??読了) 
4.二人の距離の概算 米澤穂信(2013/2/??読了)
3.クドリャスカの順番 米澤穂信(2013/1/30読了)
2.フレンチ白粉の秘密(角川文庫) エラリー・クイーン(2013/1/24読了)
1.われ敗れたり−コンピュータ棋戦のすべてを語る− 米長邦雄(2013/1/7読了)
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2013年11月11日

2013年11月の新刊

ようやく。ホントにようやく涼しくなってきた。もとい。すみません。書き出してからアップするまで時間が掛かりすぎて、涼しいどころか寒いです。寒くなってしまいました。
 今年は猛暑やゲリラ豪雨や台風などに悩まされてきたが、ここに来て読書の進み具合が速くなってきた。なんとなく今だったどこまでもどこまでも読書に集中できるような気がする。僕ら読書好きにとっては、「どんな時に秋を感じるか」というと、いくらでも本を読んでいられるという時期をさすんじゃないだろうか。

では、大洋社のHP「Book Index」調べの新刊チェック。

11/01 言葉の誕生を科学する(河出文庫) 小川洋子 672
11/01 淀川長治の映画ベスト100+アルファ(河出文庫) 淀川長治 693
11/01 新装版 なんとなく、クリスタル(河出文庫) 田中康夫 798
11/06 短歌という爆弾(小学館文庫) 穂村弘 560
11/06 文章心得帖(ちくま学芸文庫) 鶴見俊輔 945
11/06 幾何学の基礎をなす仮説について(ちくま学芸文庫) B・リーマン 1050
11/06 ハッとする!折り紙入門(ちくま文庫) 布施知子 819
11/06 小説 永井荷風(ちくま文庫) 小島政二郎 1155
11/08 エンダーのゲーム〔新訳版〕(上)(ハヤカワ文庫SF) オースン・スコット・カード 777
11/08 エンダーのゲーム〔新訳版〕(下)(ハヤカワ文庫SF) オースン・スコット・カード  777
11/08 ピグマリオン(光文社古典新訳文庫) バーナード・ショー  未定
11/08 桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活(文春文庫) 奥泉光  704
11/08 ロードサイド・クロス(上)(文春文庫) ジェフリー・ディーヴァー  777
11/08 ロードサイド・クロス(下)(文春文庫) ジェフリー・ディーヴァー  777
11/08 風の帰る場所〈ロッキングオン〉ナウシカから千尋までの軌跡(文春ジブリ文庫) 宮崎駿  998
11/15 現代語訳 徒然草(岩波現代文庫)  嵐山光三郎  未定
11/20 樽【新訳版】(創元推理文庫) F・W・クロフツ  987
11/28 四色問題(新潮文庫) ロビン・ウィルソン  746
11/28 夜歩く【新訳版】(創元推理文庫) ジョン・ディクスン・カー  777


 まずは「言葉の誕生を科学する」。作家の小川洋子さん単独の著書になっているけれど、学者でもない彼女にしては「らしくない」。種を明かせば、すでに刊行されている文庫を見ると言語学者との対話形式になっていた。目次を読んだけれど、今ひとつ狙いがよくわからない。どういう企画なんだろう。学者は言語起源の研究が専門なんだけれど、それに小川さんが関心を示している拠り所がよく分からない。でも、後半に発達障害をもつ児童の問題が取り上げられていて、少し気になってきた。

 淀川さんが亡くなって久しい。亡くなってからというものの、淀川さんの事を振り返る機会もそう多くはなくなってしまったが、ときおり繰り返しのように「淀川長治の〜」と冠をつけた映画ガイド本が発売されると、もうどんな切り口をしようとも新しい事は何一つないというのに、やはり手にとって淀川さんの映画への熱い思いにあふれた文章に触れる事に快楽を感じてしまう。1996年だったか、まだ僕が熱心に映画館に通い詰めていた頃に、日頃からあまりほめた事にないウッディ・アレンにもかかわらず「世界中がアイ・ラブ・ユー」はほめていたなぁ。あれはエドワード・ノートンがお気に入りだったからだなぁ、などと当時を振り返るのも楽しい。

 「新装版 なんとなく、クリスタル」。個人的には今回の新刊の中では最も興味が湧いている1冊。だって「なんとなくクリスタル」と言えば、80年代当時のファッションや風俗をカタログ的に封じ込めた、かなり異色な小説だったわけで、今「新装版」として売り出すという事は、なにかしら当時の詳細な注を現代版に改訂したのだろうか、などと想像がかき立てられる。それにしても、ほとんどに店が今は残ってないんじゃないかなぁと心配したりする。本当に何か面白い本になっているのだろうか。

 「短歌という爆弾」は先月の紹介した穂村弘のエッセイ。11月にずれ込んだようだ。解説は10月分を見て下さい。

 鶴見俊輔「文章心得帖」。鶴見俊輔さんと言えば、会社員に成り立ての頃に、講談社学術文庫から出た「プラグマティズム」を読んだのが、後にも先にも一番印象に残っている。「プラグマティズム」という実践的な考え方が、なんとなくこれから縛られていく会社員の生活を乗り越えていくための一つの原理的な手段になるんじゃないかなぁと感じた。まあ、それを研修中の課題(新聞作り)に記事として埋め込んだら、「単純だなぁ」と同じ研修グループの奴らにあきれられた。本当に信じていたわけでもないが、何かを嘘でも信じてみる必要は感じていたという事だ。

 「幾何学の基礎をなす仮説について」は数学者のリーマンの著作。これって、いわゆるリーマン幾何学について説明した論文だろう。これを元にしてアインシュタインは一般相対性理論の原理的証明にたどり着く事ができた。だからって数学者でもない僕が読む事ができるわけでもない。でも、ちょびっとだけ関心があるとだけは言っておこう。

 「ハッとする!折り紙入門」。えーと、昔ながらの定番の折り紙ではなく、いわゆる創作折り紙と言われる、画期的で斬新な折り紙が好きで、例の綾辻行人が「館シリーズ」で登場させた若き探偵が織り上げる「5本指の悪魔」みたいにハッとさせられる折り紙を紹介してくれるのだろうか。女性の折り紙作家なので、ちょっと期待しているのとは違う作風なのかもしれないが、とにかく一読してみたい。

 小島政二郎「小説 永井荷風」。著者はまったく存じ上げません。Wikipediaを読んでも小説家としての作品は読んだことがないどころか、タイトルも知らない。でも、この作品は当時雑誌連絡を本にして出版しようとしたら、永井荷風の遺族からクレームがついてお蔵入りしたといういわく付きの小説らしい。僕は単純に永井荷風の伝記なのかなと思って興味をもっただけです。

 「エンダーのゲーム〔新訳版〕」。へー、エンダーシリーズはいっぱいあるけれど、今後も次々と新訳になって出版されるんだろうか。何故いまごろ「エンダーのゲーム」が突然新訳なんだろうと思った。オーソン・スコット・カードは、例の「消えた子供たち」で一躍注目されたSF小説の大家。僕自身は本の雑誌の年間ランキングで目黒考二さんが絶賛していたからこそ読んで驚いて、そしてそこからカードの著作を読みあさった。そこまで経てようやくカードって、すでにすごい作家だったんだなぁと実感した。「消えた子供たち」という作品は、大成した作家の作品という感じがしなくて、力のある新人作家が見事に感動的なドラマを作りあげたなぁという感じで読んでいた。読み継いだ作品の中には「ピアノ・ソナタ」のような、なんというか単純な善悪で色分けできない孤高の存在としての「人間」が描かれていて、一体この著者の心の拠り所ってどこらへんにあるんだろうかと非常に考えさせられた。人間、いや人類の怖さを描き続けた書き手と言っていいだろう。

 もちろん「エンダーのゲーム」にもそういうところは表れているが、でもやはりこのシリーズのおもしろさは、「エンダー」という少年の成長物語とその後に続く過酷な運命に対する尽きせぬ興味にある。内容的にはわかりやすい。元々同名の短編があったはずだ。初心者はそちらから読む方が取っつきがいい。長編はただ長くしただけでなく、結末が変わっていたと記憶する。ちなみに「エンダーのゲーム」が突然新訳になる理由は、ハリウッド映画として近々ロードショーされるからだそうだ。書棚で眠っている「消えた子供たち」も含めて、この秋に久々に「エンダーのゲーム」読んでみようかな。

 「ピグマリオン」とくると、必ず映画「マイ・フェア・レディ」の原作だと紋切り型の応答が浮かんでくる。所詮バーナード・ショーの作品の一つとして読んだ事のない人間にとっては、無意味なうんちくに過ぎない。もちろん僕も一作として読んでないから同類だ。同類であるけれど、やはりこの「うんちく」は口についてしまう。あるいは頭の中に浮かぶのを止められない。ならばいっそ「ピグマリオン」を読んでしまえばいいのだ。当然ながら「ピグマリオン」と「マイ・フェア・レディ」がそっくりそのままというわけではないので、あのミュージカル同様の感慨が得られる小説ではない。という事も、もちろん「うんちく」の一つとして知っているに過ぎない。

 奥泉光「桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活」。これはすでに単行本で読んだので、いまさらという気はするのだが、どうにも「桑潟幸一」通称クワコーが助教授から准教授になってからというもの、あまりにお手軽なシリーズものに変化してしまったのが残念だ。シリーズ第一作「モーダルな事象−桑潟幸一助教授のスタイリッシュな生活−」を読んだかぎりの印象では、著者にシリーズ化するつもりは感じられない。おバカな助教授クワコーが、ある無名の詩人の未発表作品に関わることで底の見えない人間の闇の深さにおびえることになる。なんとなく、あまりの衝撃的な結末に読後しばらくは悪夢にとりつかれることになった「フリッカー、あるいは映画の魔」という作品に似た雰囲気を感じた。ところが「准教授」になってシリーズ物として再登場するや、本当にクワコーの人生は「スタイリッシュな生活」になってしまった。これはもしかしたら「謎解きはディナーのあとで」の大当たりに影響されたのかもしれない。

 「ロードサイド・クロス」。ジェフリー・ディーヴァーが産んだ一番の名探偵は、なんと言ってもリンカーン・ライムだ。しかしその次となると、やはり今一番活きの良い主人公はキャサリーン・ダンスだろう。リンカーン・ライムは究極の安楽椅子探偵であり、シャーロック・ホームズの正当なる継承者とも言える存在。それに伍する事ができるダンスは、女性であり、人間嘘発見器とも称される特殊技能の持ち主だ。対面した人間が見せる仕草や言葉などから、どんな偽りも見抜いてしまう。すばらしい。なら、相手にする犯人はたちどころに捕まえてしまうのではないか。と思うとさにあらず。あの天才的分析家ライムをして、なんども裏をかかれて危うい目にあったように、ディーヴァーは毎回毎回主人公たちを上回るような悪の天才を用意してくる。そのヒヤヒヤ感がたまらない。

 「風の帰る場所〈ロッキングオン〉ナウシカから千尋までの軌跡」。どんな本だったかネットで確認したら見覚えのある表紙。そうだ、宮崎駿さんへのインタビュー集だったな。会社で購入したんだが、すでに廃却してしまったはず。返す返すも惜しいことをした。それにしても文春ジブリ文庫が悩ましい。宮崎駿作品が次々と文庫の中に封じ込められていく。すでにどの作品もストーリーと映像が一体化して頭の中に刷り込まれているからこそ、文庫の中でスライスされた画像でも、あたかも登場人物の声もBGMも動きもすべてが再生されていくかのようだ。できれば全巻揃えたいところだが、今のところ予算が…。では一冊だけ選ぶとしたら、ナウシカでしょうか、それともトトロ? いやいや、本当に好きなのはラピュタでしょ。でも千と千尋も捨てがたい。いやいや、なによりポニョの叙情詩に心を揺さぶられたのではなかったか。えーい、とりあえずポニョまで待とう!

 「現代語訳 徒然草」です。いっこうに読み切った事がない作品だけれど、今回の現代語訳は、あの嵐山光三郎さんです。どんな文豪でさえも、この人の手にかかると格調の高さがなくなってしまい、いわゆる下世話な庶民の目線まで落とされてしまう。漱石しかり鴎外しかり、そしてあの芭蕉しかり。では、著者ともっとも人生が似通っているような兼好法師を、どのように料理しているのだろうか。興味深いです。

 クロフツの「樽」なんだけれど、つい最近(といってももう8年前になるのか)ハヤカワミステリ文庫で新訳になったばかりだ。それが今度は創元推理文庫でようやく新訳が出版される。なぜクロフツが今更注目されるのか。いや今更ではない。警察組織の群像ドラマがもてはやされる今だからこそ、あるいは観光地タイアップのトラベルミステリー全盛の今だからこそ、その先駆け(パイオニア)とも言えるクロフツ作品を再評価する時期に来ているのかもしれない。
 
一時期は確かに脚光を浴びていた「四色問題」。だが、その後300年以上の長い年月に数学者たちを魅了してきた「フェルマーの大定理」が証明され、そして近年、やはり現代数学者にとっての最難問の一つ「ポアンカレ予想」が見事に証明されて、あっという間に「四色問題」は過去のものとなった。何故か。もちろんドラマがないからだ。数学者はともかくとして僕ら素人が引きつけられるのは、設問の分かりやすさ(あるいは美しさ)とともに、それにまつわる人間ドラマだ。だって、どうせどんなにかみ砕いたところで僕ら凡人に分かる解法ではないのだ。その雰囲気をなんとなく味わいながらも、解けるまでに至った数々の挫折や悲劇や意外な運命などに触れたい。それが、「フェルマー」にも「ポアンカレ予想」にもあった。だが、「四色問題」に何があっただろう。設問の分かりやすさは他の難問と比較して群を抜いてわかりやすく、しかも美しい。だが、コンピューターによる証明には人間くささが感じられない。そんな僕ら読者の過ちを諭してくれるような内容を期待したい。あぁ、でも翻訳が茂木健一郎さんなんだ。ちょっと信用がおけないなぁ。

 トリはディクスン・カーの処女作「夜歩く」の新訳だ。一体、この作品、最近だけでの何度読んだ事だろう。ディクスン・カーの全作踏破を目指して、まず再読したけれど、あと長編を7冊ぐらい残したところで、最近の創元推理文庫のカー新訳の動きに従って再び「夜歩く」を読みなおした。そこでなんとなくカーの作品の読み方についてようやく手がかりをつかんだような気がした。長編を60作ぐらい読み終えたにもかかわらず、今更かと言われそうだが、まったくその通り。だから、この新訳版が出たら、もう一度この処女作を解体してカーの秘密を解き明かしたい。
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2013年11月02日

立川市立図書館の「お気に入り登録」にいまさらながら二重丸!

 川崎市立図書館の新システムばかりに注目していて、肝心の地元・立川市の図書館の進化にまったく気づいていなかった。いや、気づいていながら全く関心を示していなかったというのが正しい。どうして関心を示さなかったかというのには、多少なりとも理由がある。

 立川市の図書館は、今年の7月4日付けで「新しいサービス」を導入した。それは何かと言えば、要するにICタグを活用した新図書館システムの稼働だ。つまり、当時すでに川崎市の中原図書館が行っていた「貸出や予約棚の受取手続きのセルフ化」が、ようやく立川市にも導入されたというアナウンスだ。これについては、すでに3月30日の中原図書館リニューアルオープン直後に同図書館を訪れて実体験済みだったので、「後追い」だなぐらいにしか思わなかった。それにとりあえずセルフ化は立川市の方は中央図書館のみで、僕が主に使っている最寄りの図書館では規模が小さいので置いても利用頻度が少ないとみたのか、セルフ端末は置かれていなかった。なので、要するにICタグによる恩恵は最寄り図書館では特にない。と思っていた。

 ただし、同時期におそらくシステム自体をリニューアルしたせいもあるだろう。インターネットの図書館検索システムのレイアウトがかなり変わった。かなり変わった中で特によくなったと感じたのは、

受取館の書棚にある資料の予約ができます

という点だ。従来から「受取に指定した図書館」の書棚にある図書は、何故か予約ができないという制約があった。これは作業手続き的なものなのか、単にシステム的なものなのか、よく分からない。よく分からないから理不尽だとは思いつつも、我慢してきたのだ。それが遅ればせながらようやく解消。いいことではないか。

 ところが、それ以外には取り立てていいことはなく、どちらかと言えば不満が出てきた。以前の画面では、「貸出状況照会」や「予約状況照会」などの画面で1冊ごとの情報は1,2行で収まっていた。それを同じ画面にリスト形式で納めていたので、例えば10冊ぐらい借りていたにしても、1ページ内で表示されていた。

 一方、新システムの画面では、1冊ごとに見やすいようにという配慮からか、シートをイメージした枠が付き、色づけされた。その中に「タイトル」と「受取場所」「予約日」「予約状況」「順位」がそれぞれに改行されて表示される。結果として1ページに5冊しか表示されない。残りは次ページをたどる。これが、意外に面倒くさい。予約状況や順位は即座に知りたい情報だが、それ以外は特にいらない。あえて調べたい場合のみ、1冊ごとの詳細情報としてアクセスすればいいだけだ。見やすさ、デザインは確かに重要な要素だろうが、どちらかといえば合理性優先の僕のようなユーザーからすると改悪に見えた。

 その後、何事もなかったかのように7月4日の立川図書館のお知らせはスルーしてしまって、10月1日の川崎市立図書館のリニューアルについてだけ注目してしまった事にようやく気づいた。それはあまりに不公平なだけでなく、実は最近になって7月4日の変更で結構すごい機能が導入されていたのを見過ごしていたのだ。その機能は「お気に入り登録」だ。

 これが長らく何のためにあるのか、まったく理解していなかったのだ。もうすでに利用している人たちからは「ばかじゃね?」と言われてしまいそうだ。まことに面目ない。しかし、上に書いたように表示の改悪感に気をとられてしまった上に、検索を掛けてつかまえた蔵書を「さてどうするか」とボタンを探すと、

「予約かごに追加する」「お気に入り登録に追加する」


のように並んでるのを見れば、「なんだ、どういうことだ。何故2つも新設のボタンがあるんだ?」と頭を悩ますのは必然(少なくとも僕のボケた頭では、ね)。ここに従来通り「予約する」というボタンがあれば安心したんだろうが、「予約かごに追加」というアクションが一つ付け加わった事が僕の中で「なんとも面倒くさくなっちゃったな」という感想が浮かんで、いざ使ってみると、やはり「予約かご」って必要ですか?という感想しか浮かんでこない。

今も「お知らせ」の文言にある予約かごの説明には納得がいかない。

3.本を予約するときに新しく「予約かご」画面が追加されます。
  今までは検索した際に一冊ずつ予約を確定させていましたが、これからは
  予約した本を一度予約かごに追加し、予約したい本をすべて選び終わった後で
  予約かご画面から一括して予約を確定させるようになります。


これって、どうして一冊ずつの確定では駄目なんだろう。片っ端から予約かごに入れて、一括予約の段階で「やっぱり多すぎるからやめとこう」と言って、一々チェックボックスをはずすなんて行為をしたがる人なんているんだろうか?これって、とりあえずいっぱい予約しておいて、あとで予約待ちのリストから取り消しする場合のシステムに掛かる負荷、あるいは図書館スタッフにかかる人的負荷を少しでも軽減するという意味合いでもあるのだろうか。少なくとも僕にとっては、かごにとりあえず入れるという操作は余分に思えた。

 なので、同様に隣にあった「お気に入り登録に追加」という操作も、余分な機能の余分な操作という二重の不手際のように思えた。ところが…。あぁ、そういう意味だったのかぁと、何故か突然気づいてしまった。

5.お気に入り機能
  検索した資料を「お気に入り」に登録することができます。
  繰り返し読みたい本、今度予約したい本、調べものに使っている本のメモなどに自由にご利用いただけます。 


 なんとも素っ気ない記述だが、これって今だから言えるけれど「どえらい機能じゃないですか!」
公共のシステムサーバーでありながら、個人のデータを思う存分持てるんですよ。「繰り返し読みたい本」とか書いているけれど、そういう事じゃないんです。「今度予約したい本」とか書いてるけれど、そんななまやさしい状況じゃないんですよ。例えば2006年から2011年までに書店で巡り会った新刊や、書評やテレビや雑誌の紹介などで好奇心をかき立てられた新刊・旧刊を問わず、370冊にも及んでいる。それを一度はエクセルシートにまとめたりもしたんだけれど、当然ながら以後も少しずつ増殖していき、今は何冊に増えているのか分からない。

 そういった「読みたい本」の中で読み終えたのは、おそらく一割、いや5%を満たないんじゃないかな。一度は図書館で借りてはみたものの、読み切らず、あるいは手つかずで返却という事もよくある。その場合、借りたという事にとりあえず満足してしまい、「読みたい」というモチベーションが下がってそのまま記憶から消え去ってしまう。だが、携帯やPCなどに保存されたテキストファイルには、ちゃんとその本のタイトルが残っている。いったい、どうしたらこういった「一度は書店の平積みなどで僕の気を引いた本」をきちんとチョイスして引き出しから取り出す事ができるのか、大きな悩みだった。

 借りた本は返却すると図書館の個人情報から消えてしまう。だから、借りた本のリストをエクセルで作った事もあった。その際に、「読み切った、途中まで、未読」に分けて、たえずソートしては「読み切っていない本」を忘れないように努めてきたのだが、それもかなりの手間をかけての努力だから、なかなか続かない。

 ところが、いきなりそれが地元・立川市の図書館システムで実現されていた事の喜び。決して小さくはない!!これって、どれだけの人が喜びの声をあげているんだろうか。もっと、もっと知って欲しいし、ありがたみを感じるユーザー同士、喜びをもっと共有したいところだ。

 で、現在ぼくの「お気に入り登録」には19冊の本が登録されている。照会画面を見ると、「登録日の新しい順・古い順・タイトル」で並べ替えができるし、一冊一冊の書誌情報もすぐに見られる。読了して不要になった本は削除すればいいし、なによりも「ようやく読む気力と暇が整った」ならば「予約かごに入れる」ボタンを即座に押せばいいだけだ。つまり、僕の「一度は読みたいと思った本」は、お気に入り登録の中に半永久的に閉じ込められていく。まだたった19冊なのは、これから着々とエクセルシートからお気に入りへと登録をする楽しみが待ち構えているという事なのだ。いやはや、なんたる至福。

 ただし、唯一の不満と言えば、立川市立図書館の蔵書でなかった場合には、お気に入り登録できないという点だ。あたりまえじゃないかと言うだろうけれど、やはり欲を言えばISBNで管理されている本として、蔵書・非蔵書に関わらずお気に入り登録させてもらいたいなぁ。いや、もちろん「欲を言えば」ですが。 
posted by アスラン at 08:10| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 図書館のすべて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月24日

川崎市立図書館の何が変わったか?

 川崎市立図書館全館が2013年9月の後半に休館となった。こういうときは、図書館マニアの僕らは(と、さも自分一人ではないはずと言ってしまいたいので「僕ら」とあえて強調するが)直前に借りまくって、返却日に煩わされる事なく、日頃よりもじっくりと読書にひたろうとする。だが、「借りまくって」しまうことが災いして、あるいは「日頃より」余裕があることに安住して、結局は読書が進まなかったりすることも、また確かだ。

 今回もそんな感じだったが、一番困ったのは、ほぼ三週間近く休館になって、その間に図書館システムにアクセスする事ができなくなったため、自分がどんな本を何冊借りたかが把握できなくなってしまった点だ。まあ、きちんと部屋を整理しておけば問題ないだろうと言われればそれまでだが、借りた本以外に蔵書は山とあって、ついつい本の山に埋もれたり、電話代の横、ダイニングテーブル、ちゃぶ台の周辺、鞄、手提げなどなどに隠れて見失う。二週間目からは、もう完全にわけがわからなくなった。

 そうこうするうちに、ようやく10月1日がやってきた、その朝。自分の貸出リストを見て安心するとともに、まだ完全に未読の本をどうしたら残り一週間で読み切れるかにあたふたさせられた。もう一つ面白い事があった。その日の夜に、このブログのアクセス解析を見ると、何故かいつもよりアクセス数が多い。どうやら、今年の春先に書いた「中原図書館リニューアルオープン」に関する記事にアクセスが集中しているようだ。つまり、今回の三週間の休館にじりじりさせられ、この日の開館を心待ちにしていた人は、僕だけではなかったということだ。

 さらには、何がこの三週間で変わったのか、みんな興味津々でアクセスしてみるのだが、蔵書検索システムの体裁にはなんら変わったところが見られない。では、一体なんで三週間も休んだのだろう?こういった利用者の「はてな」に、公共機関というところは全く応えてくれない。それは何も川崎市だけでなく、僕の地元・立川市でも変わるところではない。ホームページでも、遅ればせながら10月1日の遅くになって、お知らせが2件でたが、それまでは情報開示が一切なかった。

 このお知らせは今でも見られるので順を追って見ていこう。

ホームページからの巻数順予約に待ち時間が必要なくなりました/10月1日(火)

というタイトル。巻数順予約というのは説明するまでもないが、とりあえず言っておくと、これまでは上下巻などに分かれている本を順に予約すると、待ち行列がそれぞれにあって、下巻の方が先に来てしまうことがあって、利用者は予約をかけるタイミングに苦労した。それが巻数順を指定できる機能がかなり前にできて、上巻・下巻の順に届くまでは下巻の順番を後ろの人に渡すという、ありがたい仕組みだ。

 ところが、この順番指定が、これまでは本の予約終了後に10分程度待たなくては指定ができなかった。それが「直後に指定できるようになりました」というお知らせなのだ。それを見た僕の感想。えっ!たったそれだけ?それができるようになるために3週間もかけたって聞こえるけど。

 で、追って2件目のお知らせが入る。でも夕刻になってだけど。

新しい機器を設置しました 〜貸出手続きが自分で簡単に〜/10月1日(火)〜

当然だけど、こちらが3週間をかけてやった変更作業の第一セールスポイント。
こういう事ってまっさきに言いたくならないのかぁ、税金かけて市民を待たせた上に「こんなに良くなりましたよ」ってアピールする気にはならないんだよね。
 要するに、僕が中原図書館のリニューアル記事で書いた事の後追いになるけれど、自分で貸出し手続きができる自動端末機が川崎市の全図書館に設置されたということだ。これによって全蔵書に貼り付けられたICタグによる蔵書管理が可能になった。どうやら僕自身が中原図書館しか利用していないので、まっさきに新しいシステムの恩恵を受けすぎていて、他の図書館の状況をまったく把握してなかった。

だが、変な話だが、「自動貸出機による貸出しができるようになった」とか「巻数順予約が待たなくなった」という改善だけが今回の3週間の内訳であるわけがない。一体どういう事だろうと思ったら、会社の同僚が鋭い突っ込みをしてくれた。「巻数順予約が待たなくなったのは、図書館のサーバー自体を増強して、新しい祖ストウェアに置き換えるなどの更新作業があったに違いない。」

 そういうことか。確かに10月一日の再開直後に感じたのは、なにをやるにしても応答が速いという印象だった。その一端が「巻数順予約の待ち時間短縮」なのだが、それよりもあらゆる事が遅滞なく瞬時に処理できるようになった。それくらいシステムをよくしたんですよ、みたいな晴れがましいメッセージをしなくていいんですか?

 実は最初の「巻数順」に関するお知らせが、あまりにも3週間後の再開の通知にしては素っ気ないものだったので、なめるように読んでいくと「お問い合わせは中原図書館」という文言が目に入って、「へー」と思ったのだ。なんで川崎駅近くの中央図書館ではないんだろう。そこから逆算して考えたのは、いつの間にか中央図書館から中原図書館がシステムセンターの役目を担うようになったという事だ。ということは、あの武蔵小杉の最新ビルの中に図書館の新しいシステムもそっくり収まっているに違いない。

 とにかく「何かが変わった」事は確かで、それが「巻数順予約」というユーザへの恩恵としてわかりやすい部分に一部あらわれているという事でしょう。なんか非常に歯切れ悪いんですが、ちゃんとフォローしてくれませんか、関係者の皆様。
posted by アスラン at 19:28| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 図書館のすべて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月21日

2013年10月の新刊

「9月新刊」を10月に入って紹介し、引き続いてすでに10月半ばになってしまっているけれど、大洋社のHP「Book Index」調べの新刊チェック。

10/08 短歌という爆弾 穂村弘(小学館文庫) 560
10/10 考えるよろこび 江藤淳(講談社文芸文庫) 1470
10/10 近代以前 江藤淳(文春学藝ライブラリー) 1491
10/10 じつは、わたくしこういうものです クラフト・エヴィング商會(文春文庫) 1092
10/16 小暮写眞館(上) 宮部みゆき(講談社文庫) 未定
10/16 小暮写眞館(下) 宮部みゆき(講談社文庫) 未定
10/16 歌うクジラ(上) 村上龍(講談社文庫) 未定
10/16 歌うクジラ(下) 村上龍(講談社文庫) 未定
10/16 スナフキンノート トーベ・ヤンソン(講談社文庫) 400
10/29 飲めば都 北村薫(新潮文庫) 662
10/29 ビューティフル・マインド(上)天才数学者の絶望と奇跡 シルヴィア・ナサー(新潮文庫) 788
10/29 ビューティフル・マインド(下)天才数学者の絶望と奇跡 シルヴィア・ナサー(新潮文庫) 788


 現代的で、それでいてポップな感覚の短歌を書く歌人(勝手なイメージです)の穂村弘さんの「短歌という爆弾」。どんな本なのかよくわからない。でも言ってみれば短歌版・荒川洋治のエッセイみたいな本じゃないかな。だって、そもそもこの人のことを僕に教えてくれたのが、高橋源一郎さんだったし。彼の本で紹介されていたのがこの本だったような気がするし、その気になって借りて読んだのも、これだったような気がする。でも結局最後までは読めなかった。だから徹底的とはいわないけれど、もう一度「穂村弘」って人のことを知りたいんです。ところで、全然脈絡ない話なんだけど、ずっとこの人のこと「タネムラさん」だと思っていました。なんと「ホムラ」。三文字なんですね。名前からくる印象が全然違うんですけど…。

 江藤淳の文庫が2冊もでる。「考えるよろこび」と「近代以前」。どちらも未読。というか「近代以前」は1985年に単行本が出版されたきり、ながらく文庫化もされなかったようだ。「考えるよろこび」のほうは、どうやら1960年代の講演集だって。僕としては江藤淳の「漱石とその時代」がいつ文庫化されるのだろうかと心待ちにしているのだ。いや、もうこれはウンベルト・エーコの「薔薇の名前」の文庫化とどちらが先かというアポリア(難問)となって僕の頭の中に納まっている。どちらが先でもいいから、とっとと出してください。

 「じつは、わたくしこういうものです」。どんな本でしたっけ? クラフト・エヴィング商會の本は、デビュー作はタイトルに惹かれて買ったはず。でも読みきった記憶がない。その後、同じような趣旨、いやコンセプト、いや方法論かな。そうだ、方法論が同じ本が何冊も積っていった。なんか書店に新作が並ぶたびに、タイトルを見て「ああ、やってるやってる」と妙に納得してしまって。でも読んでない。この本も2002年に出版された、クラフト・エヴィング商會5冊目の本の文庫化のようです。どんな本かは、やはり書店で手にとってみないと、あらすじで理解するのは難しいかな。とにかく書店で見てみるべき。そうして、やっぱり安心して読まないような気がするけど…。

 「小暮写眞館」by宮部みゆき。ついにこの日が来てしまった。うちの二階の、主に子供とママの蔵書が置かれている廊下の本棚に、ママが気まぐれに買って本人さえも読まない分厚い単行本が置かれている。本の価値は読まれないかぎり、ないに等しい。なんて言われたら、僕ら愛書家のほぼ100%に近い人たちは自殺を考えてしまうだろうけれど、それでもたまには読んでないことを確認するためにカバーがかかりっぱなしで忘れられた身奇麗な単行本に手をとることが、年に一二度はあってしかるべきではないだろうか。だって僕なんか、年に十回ぐらいは読みたいなぁと手に取っているのだから。それにBSでドラマ化されて、会社のミステリー好きの同僚から、逐一そのドラマのいい点とわるい点をインプットさせられてからというもの、絶対ドラマの再放送に間に合う程度には読みきってやろうなどと考えていたのだよ。なのに、いまやおいしそうな文庫が書店をにぎわせている。あぁ、もう、これはもう、文庫への果てなき欲望を抑えるためにも、家の単行本を読まねば、だよ。

 「歌うクジラ」は言わずと知れた村上龍の2010年の近未来長編。SFファンタジーとカテゴライズすればいいんだろうか。宇宙エレベーターとかがクライマックスに印象的に出てくるあたりは、村上龍の通俗的な好奇心が健在である事を示しているけれど、新出島(しんでじま)に住む主人公の少年が、島で被差別的な扱いを受けながら生きてきた粘液を出す男との奇妙な二人三脚で終着地を目指して逃走を続ける。ロードムービー的と言えば言えるし、なんか不思議な魅力がただよっている。かつては両村上と称されたはずの片方は、ノーベル賞候補作家という肩書きをしょってしまったが、時代がスピードを速めて変わりつつあっても、不思議な事にもうひとりの村上さんは、かつてもいまも変わる事なく、時代の好奇心の最前線を歩いているようだ。

 「スナフキン ノート」ってなんだろうと期待していたら、実は先日店頭に並んだのを見てしまった。本当にノートでした。文庫サイズのノートなので手帳代わり、メモ帳代わりという事だろう。ムーミンの原作の挿絵を元にスナフキンばかりを集めて、それぞれのページの端に置かれている。大親友のムーミンとのツーショットもある。やはり単独のキャラとしてはスナフキンが一番なんだな。二番は?そりゃムーミン、ではなくてニュロニョロでしょ。次は「ニョロニョロ ノート」をお願いします。

 北村薫「飲めば都」。多作な作家というわけではないけれど、すっかり直木賞作家という肩書きをもって流行作家の仲間入りをしてしまった北村さん。少しずつ作品が枝分かれしていろんな出口ができてしまっている。かつては単行本も文庫もおさえておくほどの追っかけぶりを示していたのは、綾辻行人と北村薫の二人だったのだが、いまや「ああ、出てるな」と書店で見かけてタイトルを控えるぐらい。図書館でもすぐには借りなくなったりしている。これではいけない。あの頃の情熱をもう一度取り戻さねば。

 「ビューティフル・マインド」は映画化された作品。天才数学者を描いた作品というと、なによりマット・デイモンの出世作「グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち」が真っ先に思い浮かぶが、この作品もラッセル・クロウがただのワイルドなバカ役者ではなく役者バカであることを見せつけた作品だと僕は思う。見てないけれど…。それよりジェニファー・コネリーが出ていたんだっけ。なら見てみたいなぁ。映画の話ではなかった。この本は実在の天才数学者ジョン・ナッシュを描いた人間ドラマだそうだ。
posted by アスラン at 06:17| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | あっ、これ読みたい | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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