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2010年08月18日

鉄塔武蔵野線ウォーク(インターミッション4〜映画「鉄塔武蔵野線」〜)

 見晴とアキラとの鉄塔武蔵野線探検の旅は、その第一日をようやく終えた。(その16)が6月14日だったので、あれから2ヶ月たってしまった。まさにジリジリと焼け付くような夏まっさかり。特に今年は猛暑に次ぐ猛暑なので、ここで鉄塔武蔵野線ウォークを進めないでどうするという声がどこからか聞こえてくる。いや、なにより僕自身がじれったくなっている。

 でも、7月は例の「夏の文庫フェア」の比較記事を書くのに忙しく、仕事に忙しく、そして子育てに忙しい。やることはいっぱいあるのに、肝心の自宅のプリンターは壊れたまま廃棄したし、久しぶりに引っ張り出して使おうとしたスキャナーのACアダプターがどこにも見当たらない。どうやらプリンターを粗大ゴミに出した際に、間違ってスキャナーの電源も捨ててしまったようだ。まったくもって最悪な状況。

 おまけに「鉄塔武蔵野線ウォーク」を続けるには、まず何よりもウォークマップの仕上げが必要だが、前回の記事の68号鉄塔のマップで在庫がつきた。万事休す。とにかく急いで通勤電車内で描いていこう。読書にいそしんでる場合じゃない。

 そんな僕の萎えかけた気持ちを奮いたたすかのように、ケーブルテレビで映画「鉄塔武蔵野線」が放映されている。うちはこの春からJCNマイテレビに加入したので、いろいろとCSの番組が見られるようになった。その中の「日本映画専門チャンネル」で、夏休み映画特集が組まれている。そこに1997年に上映された「鉄塔武蔵野線」が入っている。

 この映画のすばらしさについては、このブログでも何度も紹介しているので、よければ映画評を読んでほしい。いや、まず何よりも映画を見ましょう。なんども繰り返し放映されるので、9月まで見る機会はいっぱいあります。僕ももう一度見ながら、次のウォーク構想を練っていこうと思う。

鉄塔武蔵野線  1997  カラー
監督:長尾直樹 原作:銀林みのる 出演者:伊藤淳史/内山眞人/田口トモロヲ/麻生祐未


2010年08月13日(金) 22:00
2010年08月18日(水) 20:00
2010年08月20日(金) 09:00
2010年08月30日(月) 14:00
2010年09月01日(水) 12:00
2010年09月06日(月) 10:00
2010年09月08日(水) 26:00
2010年09月22日(水) 10:00
 
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2010年06月14日

鉄塔武蔵野線ウォーク(その16)

[68号、68−1号、68−2号、68−3号鉄塔]
(69号結界)
…しかしわたしたちの目を奪ったのは69号鉄塔ではなく、69号鉄塔のすぐ近くに立ち並ぶ次の鉄塔群の異様さだったのです。(P.105)

 69号鉄塔下から次の68号と思われる方向を臨む見晴とアキラは、鉄塔群の異様さに度肝を抜かれる。これまで鉄塔は一定ではないがある程度の間隔をおいて姿を現すので、ビルなどが建つ街中では次の鉄塔がみえないし、畑などが続けば遠く森の向こうから頭頂部だけがのぞくことが多かった。ところが、あきらかに69号鉄塔から先は畑が増えるにも関わらず、目の前には多すぎるほどの鉄塔が隣立しているのだ。

 この見晴とアキラが呆然とする光景をグーグルマップのストリートビューで簡単に追体験することができる。志木街道を渡り、69号鉄塔にたどり着いても目線はすぐに前方に奪われてしまう。しかも近づくにつれて、武蔵野線の鉄塔だけでなく新座線の鉄塔も視界に入ってくるので、もう鉄塔がギュウギュウ詰めになっているような感覚だ。

 見晴が即座に気づいたように、これらの鉄塔はいずれも変則型の鉄塔で、形がすべて一様ではない。見晴の用語では〈婆ちゃん鉄塔〉と呼ばれている。「女鉄塔に近い」けれど、「なにかごちゃごちゃして年寄りみたいだろ?」と見晴はぬけぬけと語るが、アキラの戸惑い同様、僕ら読者も見晴のネーミングセンスに感心したりはしない。ただ「ゴチャゴチャ感」は写真や文からよく伝わってくる。

 見晴とアキラは69号鉄塔の結界にメダルを埋める作業をかわりばんこにやるやらないで喧嘩になり、逃げ腰のアキラの態度に業を煮やした見晴は有刺鉄線に引っかかってケガをしてしまう。

(A地点)
わたしは変電所の正門に腰を下ろし、口を尖らせ黙っていました。アキラはわたしから少し離れ坐り、落ちついた石でL字溝のコンクリートの表面をこすっていました。(P.108)

 仲たがいした二人は、行く手をはばむように建つ変電所の正門で小休止する。作中は「真賀田変電所」と呼称されるが、実際は「東京電力(株)新座変電所だ。武蔵野線は、この新座変電所の敷地内を、むかって左側をぐるっと回るように迂回させられている。

(B地点)
 変電所の角で、武蔵野線の送電路は、長身変則型鉄塔の上部3段の腕金によって、直角右方向に曲げられていました。見上げる長身変則型鉄塔は、腕金と碍子連と電線が複雑に絡み合い、これまで見てきた如何なるものにも形容できそうにありません。(P.110)


 じつは、この変電所の光景には新座線の電線と鉄塔が含まれていて、いっそう二人の混乱を究めさせることになる。69号鉄塔の次から現れた4つの婆ちゃん鉄塔は順に68ー3、68ー2、68ー1、68号鉄塔と表示されていることがわかり、ようやく見晴は枝番の鉄塔が、あとから作られたことに気づく。ここらへんの事情は本文からでもよくわかるが、新潮文庫版から付け加えられた鉄塔配置図(P.125)に詳しい。

 そして僕らがたよりのグーグルマップを見ると、さらに見晴の推測どおり、ここがかつて畑で、69号と68号を結ぶ送電線は直進していたことは、一目瞭然だ。変電所の周囲はほとんどが畑だし、68ー3号も68号も、武蔵野線が69号まで直進してきた方向の延長線上にきちんとのっているからだ。

 ストリートビューで変電所をぐるっと半周する。右手は変電所の柵で左手は畑だらけ。右を見上げるだけで、武蔵野線の鉄塔の偉容を真上に見上げる事ができる。

 ここで見晴とアキラの冒険初日は終わりをつげる。自宅に帰って確認すると地図で3kmぐらいの道のりを歩いたに過ぎない。見晴とアキラは翌日朝から自転車に乗って鉄塔探索を続ける事になる。

鉄塔武蔵野線ウォーク14.JPG
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2010年06月01日

鉄塔武蔵野線ウォーク(その15)

[69号鉄塔]

 平林寺の境内林をぬけてしばらくは畑地が多かったが、70号鉄塔から次の鉄塔までは住宅地が続く。70号鉄塔のある駐車場から表通りにでる。

(A地点)
 わたしたちは走って70号結界を後にし、最初にぶつかった十字路で、69号鉄塔方向へ延びている道路に飛び込みました。選んだ道は正しく、300mほど先で別の道路と交わった向こう側に洗練された男性型鉄塔が立っています。(P.97〜99)


 なぜ69号鉄塔が〈洗練された〉鉄塔なのか一言も説明はないのだが、見晴が3段の腕金の長さが同じ事に注目するよう指摘している場面を見ると、このタイプの鉄塔に見晴は洗練された美しさを感じているらしい。

 71号鉄塔の下で見晴がアキラにレクチャーしていたが、多くの鉄塔では一番上の腕金、一番下の腕金、真ん中の腕金の順に長くなっているそうだ。この標準タイプとは違って、69号鉄塔のようにほぼ長さが同一に見える鉄塔は、下にいくにつれて少しずつ腕金が長くなっている。しかしストリートビューでしげしげ見ても腕金の長さの違いは感じられない。下から見上げると遠近法も手伝って違いが判別できないのだ。ただし、長さの違いが判別できない分、すっきりとした印象を受ける。「洗練された」というのは、このすっきり感を指すのかもしれない。

 グーグルのストリートビューで道筋をたどってみると、予想していた以上に細い一本道だ。右側には平屋か2階建ての民家が建ち並び、左側は空地が多くて遠くまで見渡せる。武蔵野線に併走して新座線の鉄塔がよく見える。一本道の先に目標らしき69号鉄塔が見えている。本来はそのまままっすぐ進めば、左手に神社(若宮八幡神社)が見えてくるはずだが、ストリートビューでは手前で右に折れて一つ右手の道から鉄塔方面に出る。地図では神社とお寺が軒を連ねているのが面白い。

 「300mほど先で」交わった別の道路とは志木街道だろう。道を渡った向こう側に駐車場付きのラーメン屋(「バリバリラーメン」の看板!)が見える。その向こう側に69号鉄塔が待ち構えている。

(B地点)
 道路を挟んだ69号鉄塔の向かいは、庭木専門の配送所で…(P.107)


 小説ではこう書かれているが、地図ではよくわからない。ストリートビューで確認するとただの民家(かなり大きい)だ。あぁ、でももしかしたら庭木業者の事務所をかねているのかもしれない。

 見晴たちは腕金の長さがなぜ微妙に違うのか、その理由について話し込んでいるうちに「畑の中に立つ69号鉄塔」(P.105)に到着する。でも、すでに69号鉄塔周辺の様子は変わっている。志木街道に面した角にはラーメン屋の店舗があり、その向こうに鉄塔。さらにその向こうに畑が開けているはずだが、今は工事現場のフェンスにおおわれている。おそらく今頃はマンションでも建っているかもしれない。

 それはさておき、69号鉄塔に着くとその先におどろくべき光景が広がっていて、見晴もアキラも69号鉄塔どころではなくなってしまう。変則的な鉄塔が間近に何本も立っていたからだ。先を急ぐ二人は69号結界のメダルをどちらが埋めてくるかで言い争いになる。金網と有刺鉄線に囲われた結界に入るのにアキラは尻込みし、結局見晴がいかりにまかせて金網を乗り越え、メダルを埋めたのちに、急いで外へでようとして鉄線に太股をひっかけてケガをしてしまう。

 気まずい仲違いをした二人が、ふと気持ちの整理をするひとときを過ごすのが68号鉄塔群なのだが、それは次のお話だ。いよいよ次回は前半の山場である4本の婆ちゃん鉄塔の登場だ。
鉄塔武蔵野線ウォーク13.JPG
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2010年03月31日

鉄塔武蔵野線ウォーク(その14)

[70号鉄塔]

 71号鉄塔の結界でアキラに初めてメダルを埋めさせた後、二人は再び70号鉄塔をめざしてお寺の境内林の中を歩き出す。

(A地点)
 電線は71号鉄塔から放たれたすぐ森の蔭に呑み込まれていたため、70号鉄塔が何処にあるのかは全く判りません。(P.95)

(B地点)
 もたつきながらもかなり歩いたあと、森は下りになり、その先は金網で終わっていました。

 71号鉄塔から掲題林を抜けるまでは、このA地点とB地点の描写に尽きる。かなり大変そうな道のりだが、僕ら鉄塔ウォーカーはぐるっと広い境内の周囲に沿って迂回する。夏場に歩けば、小説で描かれたようにさぞ蝉の大合唱でうるさいことだろう。B地点で待つと、見晴とアキラが有刺鉄線をすり抜けて飛び降りてくる。地面が傾斜しているのに気づかずに、見晴は着地に失敗して転倒してしまう。

 B地点で目の前の道路をまっすぐに進んで、畑と住宅地の間を通り抜けていく。右手に「農家のヴィニールハウス」が立ち並んでいるところまでくれば、70号鉄塔は目の前だ。ヴィニールハウス(と小説では記載されている。ちょっと変な表記法だ)の裏手にある「砂利敷の駐車場」(P.97)の億に70号鉄塔は立っている。

 ヴィニール・ハウルではいったい何が栽培されているのだろう。ちょっと想像ができない。70号鉄塔は長身の女性型鉄塔で、かなりの迫力らしい。

鉄塔武蔵野線ウォーク12.JPG
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2010年03月18日

鉄塔武蔵野線ウォーク(その13)

[71号鉄塔]

 72号鉄塔がある空き地の西側は、運送会社の敷地が連なっている。トタン塀越えると、まずそこに進入することになり、それから舗装路に出ることになるはずだが、本文には記述がないのでよくわからない。僕らは空き地の正面からもと来た道を戻って右折することにしよう。

 鉄塔を目指して直進したいところだが、民家の上空を送電線が通っていくので、見晴たちもやむなく舗装路を直進していく。
(A地点)
 わたしたちは住宅地を抜けて、閑散とした舗装路へ舞い込みました。(P.86)


 舗装路ぞいに金網に囲まれた大きな森が見えてくる。有名な平林寺の境内林なのだが、この時点では見晴たちは気づいていない。左に折れて、姿が見えなくなった鉄塔を求めて歩いていくと、送電線が森の中に消えていくのが見えてくる。

 地図では東側のはじに平林寺が見える。参道はさらに東側で、そこに入り口があるはずだ。一方、電線のくぐった少し先には境内の遊歩道の出口と思われる扉があるが、非常口らしく普段は閉ざされている。

 迂回するのが面倒で、見晴たちは金網を乗り越えて進入する。僕ら鉄塔ウォーカーはきちんと入り口から入場しよう。入り口は東側にあるので、かなりの回り道をかく覚悟しないといけないが、おそらくは境内林の遊歩道を歩くのは自由だろうし、道からそれて71号鉄塔を探しに林を分け行っても文句を言われることはないだろう。

(B地点)
 森野中では、木の葉が空を詰め塞いで、電線が何処を走っているのか追跡できませんでしたが、わたしは塀を乗り越えてから電線の真下を直進してきたつもりでした。(P.87)


 問題は、森と言っていいほどの境内林の混み具合なので、見晴たち同様になかなか鉄塔が見つからないかもしれない。ここはやはり、見晴が塀(金網)を乗り越えたあたりの非常口を探して、送電線の方向を確かめつつ、入るのが良さそうだ。

 ちなみに、まだ親と同居していたころに近場のドライブで平林寺に行った記憶がある。平林寺本堂の裏手にある「松平伊豆守墓所」も、なんとなく覚えている。この松平伊豆守は、徳川家康や秀忠をささえた徳川家老衆きっての切れ者だ。そのほかに徳川家ゆかりの墓があったと思う。なぜここに伊豆守の墓があるのかは寺の由緒をひもとかねばならないが、これはまた別の機会にゆずろう。

 71号鉄塔は「男鉄塔で、中段の腕金が他の2段より張り出した標準型」(P.81)と描写されている。なんとなく3段の腕金はすべて長さが同じというイメージが強いが、著者によるとこれは「都会的な鉄塔」であって、本来は71号鉄塔のようにまんなかの腕金が長い方が標準なのだそうだ。これからこの「標準型」が多数姿を現すことになる。

 すこし、見晴たちに先回りして、平林寺沿いの舗装路をすすんでいくと、左手に地図からは卵形に見える奇妙なエリアがある。最初は霊園かなぁと考えて「墓地(?)」と地図に記入したのだが、よくよく考えてみれば平林寺檀家の墓所なのかもしれない。航空写真ではぼつぼつと点状になにがか配置されている。

 だから霊園かと思ったのだ。ストリートビューで見ると、なんのことはない。平地に木が整然と植えられている。入り口は扉で閉ざされていて、なにも標識がない。いったいなんだろう。こればかりは歩いて確かめるしかないんだろうなぁ。

鉄塔武蔵野線ウォーク11.JPG
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2010年03月08日

鉄塔武蔵野線ウォーク(その12)

[72号鉄塔]

 さて、いよいよ問題の72号鉄塔だ。いや、鉄塔自体には何らおかしいところはないのだが、大切なものが小説には出てこない。関越自動車道の記述が見あたらないのだ。森の一画の片隅にある73号鉄塔結界から72号鉄塔を見た光景を、見晴(語り手)は次のように描写している。

(73号鉄塔結界)
 それは送電線路を折り曲げて繋いだ長身の女性型鉄塔で、造成中の空地や畑の向こう側に突き立っています。(P.77)

 鉄塔が、地図上の距離でここまできちんと見えるかどうかは置くとして、手前に位置する「空地や畑」が小説では見えていることになっている。僕は最初にこの記述とグーグルの航空写真とを比べ見て、関越が高架になっていて、その下から向こう側が透けて見えているものとばかり思っていた。もちろん高架の足下は人が通行可能なはずだ。

(A地点)
 わたしたちは少し低くなった草叢に下りて、造成中の空地を囲んだ柵まで直進しました。(P.78)

 ところが、グーグルマップのストリートビューで何度も確認したのだが、A地点で自動車道を横断するのは不可能だ。関越は地上を通っていて、両側は遮蔽板でおおわれていて横断はおろか、自動車道を覗き見ることもできない。また「草叢」に下りたところで、実は自動車道の手前に道路に沿った通行道は存在しない。

 では、僕が地図に記入した赤い点線(見晴たちが通ったと思われる道筋)が嘘かと言えば、関越自動車道が存在しない事にして向こう側とこちら側をぎゅっと詰めてしまえば、関越の向こう側には道路に沿った通行道がある。とすると、点線の位置から見晴が「柵のある畑や空地」を迂回したことは間違いない。

 なぜ作者は自動車道を消してしまったのだろう。「199X年」にはもちろん関越は存在している。消す必要はなかったようにも思うが、この73号鉄塔や72号鉄塔は、見晴がアキラに男鉄塔と女鉄塔の違いを教えようと道を急ぐところだから、物語の構成上、自動車道が邪魔だったのかもしれない。

 仕方ない。現実の僕らは再び表通りに戻ってから大きく迂回して、関越の上空にかかった横断橋を渡って見晴たちと合流することにしよう。
(B地点)
 72号鉄塔は長く尾を曳くように電線を後方へ屈折させながら、わたしたちが近づけば近づくほど、どんどん高さを増してきます。(P.78)

 B地点あたりの右側は民家が多いが、72号鉄塔へと右折する十字路を曲がらずにまっすぐ行くと、ストリートビューでは運送会社が林立している。「住宅地の裏手の空地」に鉄塔があるという記述はどうやら作者の創作のようだ。いや、もしかしたら右折して鉄塔のある空地を通り過ぎた先が住宅地だから、そちらの裏手を意味しているのか。
(72号鉄塔のある空地)
 住宅地の裏手はトタン塀に囲まれた単なる空地で、気儘に延びた雑草が犇(ひし)めいており、その中央に72号鉄塔が立っていました。(P.79)

 いまでもトタン塀に囲まれていて単なる空地だ。扉には南京錠が掛かり、見晴たちは鉄門の下に地面がえぐれている箇所からすべり込む(もちろん作者のフィクションだ)。僕らは外側から見物するにとどめよう。72号鉄塔の写真(P.80)を見ると、雑草だらけの結界の写真があるから、著者は所有者に了解をとって内部をのぞかせてもらっている。見晴たちは、トタン塀を内側から補強する杭をつたって、易々とメダルを埋めて出てきた。

鉄塔武蔵野線ウォーク10.JPG
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2009年12月24日

鉄塔武蔵野線ウォーク(その11)

[73号鉄塔]

 アキラと見晴は74号鉄塔から表通りへと走っていく。

(A地点)
 表通りはその先で森を貫いており、74号鉄塔から出た電線が表通り上空を斜めに通過していました。(P72)


 航空写真を眺めながら白地図を塗り分けているときには、表通りの両脇に野原があって一部が森になっているというイメージを描いていたが、緑の濃淡だけを地図の平面で漠然と視野にとらえてみると、まさに小説で記述されているように「表通りが森を貫いて」いるとしか思えなくなる。「ブラタモリ」ではないが、見る人が見れば、明らかな「武蔵野の森」の痕跡が地図に残されているようだ。それだけの知識がないので、それ以上の事は僕には推し量れないのが残念だ。

 見晴は、表通りから見える73号鉄塔を「男鉄塔」だとアキラに説明する。しかし詳しい話は次の72号鉄塔までおあずけを食わせる。

(B地点)
 わたしたちは森と倉庫の境目を奥まで入って行きました。(P.74)


 73号鉄塔がある森の一角は塀でおおわれている。森に踏み入るには、小説の記述にもあるように、お隣の倉庫(地図では「富士鉄鋼資材」)との境界から入るしかなさそうだ。確かに倉庫と森との境目には塀がないので簡単に森の奥へと侵入できる。ただし、塀を避けて森の奥に分け入るには、かならず倉庫のスライド式の門を通る事になる。倉庫の門が閉じていると入れないし、開いていても倉庫関係者の目があれば入りづらい。そもそも、この門をくぐった時点で不法侵入と言われても致し方ないのだ。

 他に入口があるのかもしれないが、森そのものが侵入禁止地帯だと考えて方がよい。現状では73号の結界に近づく方法はなさそうだ。著者は実際に取材したのだろう。鉄塔の下に竿が渡されていて、(おそらく倉庫会社の)トラックの運転手の物干しとして利用されていることを、さりげなく報告している。

鉄塔武蔵野線ウォーク9.JPG
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2009年12月10日

鉄塔武蔵野線ウォーク(インターミッション3〜アキラの家〜)

 〈発見の日〉の翌々日に田舎から戻ってきたアキラを自宅から連れ出した見晴は、やはり始まりの「75−1号鉄塔」に行く。いきなり、
「この鉄塔は75−1(のいち)なんだ。」(P64)

と話を切り出す。なんのことかわからないアキラの関心を誘うように、すかさず75号鉄塔に移動して、結界の解説をする。ポイントは「のいち」だ。見晴は、ここ数日の間に「七十五の一」と読むであろう枝番の鉄塔のことを「のいち鉄塔」と名付けてしまっていた。これは理屈抜きの少年らしいアイディアだ。

 そして75号鉄塔の下で、「鉄塔をたどれば、1号までいける。そこに原子力発電所があるはず」と思いつきを言葉にしながら、この先がどうなっているか「調査しよう」とアキラに持ちかける。乗ってきたアキラと一緒に、続いて74号鉄塔に行き、金網の上に張られた有刺鉄線がゆるんだところから柵を乗り越えて、持って行ったメダルを埋めた。

 このときに見晴はアキラの疑問に答えて、「メダルを埋める理由」をピラミッドパワーだと強引に理屈付けてしまう。四角錐という点で、鉄塔もピラミッドの仲間だという理屈だ。分からないでもないが、普通はそう見えないし、そう思わないだろう。その上で、頂点の真下に鉄塔のパワーが集中するので、そこにメダルを埋めていけば、全ての結界にメダルがおさまった時点で何かがおこる(はず)。もちろん、アキラを鉄塔探検にいざなう方便だとはいえ、見晴イコール成長した「わたし」も半分は信じているのかもしれない。

 そして、ついになしくずし的にアキラをともなって、見晴はまだ見ぬ73号鉄塔へと、再び武蔵野線の鉄塔をさかのぼっていく。
鉄塔武蔵野線ウォーク8.JPG
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2009年12月04日

鉄塔武蔵野線ウォーク(インターミッション2〜74号結界にて〜)

 見晴は74号鉄塔の結界から、森の向こうに姿を隠した次の鉄塔に思いを馳せながら、
そのときわたしに閃いたのは、これらの鉄塔をずっと辿って行けば、やがては1号鉄塔に行き着くのだということでした。(P.50)

と、初めて武蔵野線を1号鉄塔までたどる冒険を現実化する。そして1号鉄塔の先には「原子力発電所」が待ち受けているはずだと、空想をかきたてている。この「発見」を共有してもらいたくて、遊び仲間で年下のアキラの家に向かう。

 アキラの家がどこにあるのかは、小説にほとんど手がかりがない。「サッカーボールをは小刻みにドリブルしながら取って返しました。」(P.52)と書かれているので、見晴の家と同じ75ー1号鉄塔の西側にあると考えるのが妥当なところだが、さてどうだろう。

 アキラの家は「櫟林(くぬぎばやし)」に隣接した一軒家で、門や鎧戸、庭、屋外駐車場がある。この記念すべき「発見の日」に、アキラは田舎に帰省していて留守で、見晴はあらためて出直すことになる。数日後に再度訪れたときには「櫟林の家」と表現している。残念ながら櫟を主体とした雑木林かどうかは、航空写真では判別できない。どれもこれも同じに見える。

 この〈発見の日〉の午後、残りの時間を見晴は、結界に埋めるメダルを王冠で作り、ポケットに詰めて再び外出する。「鉄塔の結界に記念品を埋めてこよう…!」(P.54)という思いつきなのだが、これがアキラと結成する事になる鉄塔探検隊のお約束の一つとなる。

 すべてのはじまりの75−1号鉄塔は、見晴の身長の2倍はある柵で囲まれている。ここを見晴は「胴貫材」に足をかけて、やすやすと乗り越える。ここの描写は、メダルを結界に投げ込む最初の場面なので、読者が躓かないようにあっさりと書かれているが、実は二つの点で、僕ら読者を立ち止まらせるポイントがある。

 ひとつは、75−1号鉄塔が香田変電所の構内にあるという事実だ。これまでも、そしてこれからもそうだが、見晴は一度たりとも変電所構内に立ち入る事はない。早く言えば「不法侵入」だし、構内の職員に見つかる危険性がきわめて高い行為だからだが、この75−1号鉄塔については、あたかも構内ではないかのように、見晴に結界の柵を乗り越えさせている。

 もうひとつは、すでに気づいている読者は多いと思うが、語り手である見晴が「柵の横に張られた鉄材」を「胴貫材(どうぬきざい)」という専門用語で呼称している点だ。いったい、見晴はそんな言葉をどうして知っているのだろう。そういうマニアックな少年だと言い切る事も可能だが、要するに語り手は見晴自身ではなく著者だと考えるべきだ。つまりこの小説では、実際に著者が見て歩いてきたルポルタージュと、小説としてのファンタジーとが不分明なまま、同時的な視点で書かれている。

 もちろん、見晴が大人に成長した時点から子供の頃の自分を振り返って語るという体裁をとっている事は、本書の冒頭の一文から明らかではある。
 あれは199X年の夏でしたから、もうずいぶん昔のことになります。(P5)

 ところが不思議なことに、この小説が初めて新潮社から出版されたのが1997年だから、語り手の「わたし」は、2009年現在よりもさらに未来のどこかで、この物語を語っていることになり、そうだとすると一種の近未来小説と言えなくもない。

 ただ、もっとも正しい解釈は、199X年の夏に取材した著者が、小学5年生の見晴の目と肉体を借りて、ルポルタージュと物語とを同時進行させたかったと見るべきだろう。

 75−1号から順に、終点の81号鉄塔まで、メダルを結界に置いてゆく見晴だが、お約束のもうひとつとして、結界のちょうど中心、すなわち頭上を見上げて鉄塔の先端が形作る×印が、ちょうど真ん中でクロスする位置の真下にメダルを埋める。しかし、このお約束は、「結界」という言葉が文字通り「人を近づけない領域」であると物語っているように、今後の見晴たちの前に大きな障害となって立ちはだかる。

 80号鉄塔では金網で囲まれている結界に、人目が多すぎて入るのに勇気がいったり、当然なことではあるが、終点の81号鉄塔がまたしても変電所構内にあるために、立ち入る事が許されず、結界の中にメダルを投げ入れるだけで、自らを納得させるしかない。

 とにもかくにも、75−1号から南側にのびる武蔵野線をすべて踏査した見晴は、いよいよ隊員一名をともなって、未踏の一号鉄塔を目指す事になる。
鉄塔武蔵野線ウォーク8.JPG
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2009年11月24日

鉄塔武蔵野線ウォーク(その10)

[74号鉄塔]
 地図で見ると、75号鉄塔から74号鉄塔の間を遮るものは、平屋の倉庫ぐらいしかない。そのため、P.49の「75号鉄塔附近から74号鉄塔を見る」という写真でも、その姿は足もと以外はよく見えている。74号鉄塔は女性型で「比較的短く」「ジャンパー線が大きく」「碍子連の張りもあり、なかなか肉体美」だと描写されている。

(A地点)
 交差点を過ぎて畑地が開け、その果てに鉄塔が金網に囲まれて立っているのが確認できます。


 さて、ここでちょっと「鉄塔武蔵野線」の文章の特徴に触れてみる。さきほど、僕は本書の記述そのままに、74号の特徴を列挙したけれども、小説ではそのように一挙に書かれている訳ではない。

 まず、75号結界から74号鉄塔を見ると、「電線を右側に靡(なび)かせた女性型鉄塔」が目に入る。「右側」というのは74号鉄塔ともっともよく見える結界の一辺の上にそって前方を見ると、右側に74号鉄塔がずれて位置している事を意味している。そして、「心ひかれるままに」表通りに出て、A地点を通り過ぎると足もとを含めて74号鉄塔が畑地の果てに全体の姿を現す。

 そこで初めて「比較的短身で…なかなかの肉体美なのでした」という、語り手(成人となった見晴)の寸評が語られる。つまり、この鉄塔の描写は、かなり現実を反映した正確な描写であって、現地にいかないと書けない。一種のルポルタージュでもあるのだ。

 そこで、次の交差点を左に折れる。

(B地点)
 道路と畑地の境に連なるコンクリート・ブロック塀の上を伝え歩いて、わたしは鉄塔の金網の前で飛び下りました。(P.50)


 P.51の74号鉄塔の写真にも、しっかりと畑を取り囲むコンクリート・ブロックが写っている。これを伝え歩きする少年のうきうき気分が、僕にはよくわかる。ただし、グーグルの地図サービスでストリートビューを確認してみると、ブロック塀は無くなっていることがわかった。わずかに表通りの交差点の側の畑の隅に、もうしわけ程度になごりが残っている。

 地図を塗り分けている作業をしていて気づかされるのは、やけに雑木林が点在しているということだ。この一帯はおそらくは150年も遡れば、国木田独歩が「武蔵野」で描いたような雑木林地帯だったに違いない。

 74号鉄塔のある畑の奥には片山線の鉄塔が見える。でも、ここでいよいよお別れだ。74号から次の鉄塔へ、武蔵野線は舵をぐっと右に切って進むことになるからだ。
鉄塔武蔵野線ウォーク8.JPG
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2009年11月10日

鉄塔武蔵野線ウォーク(その9)

[75号鉄塔]

 見晴一人の鉄塔探索は、翌日の朝から再び始まる。「翌日も重厚な青空が詰まったような上天気でした。」(P.47)と書き出されているように、鉄塔調査に青空は欠かせない。なんといってもむき出しの太陽の暑さと雲のない青空のすがすがしさを背景に、鉄塔の姿を追い求めるのが理想だろう。

(A地点)
 わたしは畑の中に入り、x号鉄塔(注.北側に見える次の鉄塔の事)の方へ歩いてみました。やがて塀や柵が重なって進路を塞がれました。(P.48)


 ということで、またしても送電線の真下をたどっていくことは、あっさりと断念しなければならない。町中にあるからだろうか、次の鉄塔での間隔は短いため、表通りからまわりこんでも鉄塔の姿を見失わないので、安心だ。このx号鉄塔は「無帽で尖った頭頂を持ち、身長が高く瑞々しい女性型鉄塔」(P.48)だ。

 さきほどまっすぐ送電線の下を突っ切ろうとした畑の左隅に、片山線の鉄塔が見えている。こちらは「料理長(コックさん)型V吊り男性型鉄塔」で、部材は鋼管を使っている。見晴の目には「不細工」と映るのだが、はたしてそれほどに違いがあるとも思えない。ただ、x号鉄塔の「尖った頭頂」は非常にすっきりとして気持ちがいい。

 表通りをまっすぐ進んで、雑木林をすぎたところで左に折れる。その奥にx号鉄塔はある。

(B地点)
 小さな雑木林を過ぎたところは芝生で蔽われた広い更地(さらち)で、その片隅にx号鉄塔が立っていました。(P.48)


 ストリートビューで確認すると、現在は更地とは言えず、いくつか建屋が見える。だが、元は更地らしきひと囲いの隅に鉄塔が立っているのは変わっていない。

 標示板からx号鉄塔が〈75号鉄塔〉であることがわかり、見晴は「次第に明らかにされてくる鉄塔相互の関係」に興奮する。つまり、異形の75−1号というのは、75号と76号の間に位置する鉄塔だということが判ったわけだ。これ以上の事は鉄塔探索からは見えてこない。なぜ枝番なのか。あとから作られた鉄塔なのか、もとは別の系統の鉄塔だったのが、のちに武蔵野線に吸収されたのか。

 正直、この小説をなんども何年も読み継いでいる僕にも、この謎は解明されていない。ただ、見晴と同様に「鉄塔相互の関係」だけは、つかんだ気になっている。それでとりあえずは十分ではないかな。

鉄塔武蔵野線ウォーク7.JPG
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2009年10月09日

鉄塔武蔵野線ウォーク(インターミッション1)

 銀林みのる箸「鉄塔武蔵野線」(ソフトバンク文庫)の主人公・見晴は、幼年時代(4〜5歳)に千葉市で過ごし、その頃から鉄塔が好きだった。近所に鉄塔がないため、日曜ごとに総武線に乗って、電車から鉄塔群を眺めていた(P.40)。

 父がときたま降ろしてくれる駅(西船橋駅)があり、駅周辺には巨大で肥満した料理長型鉄塔や、すっきりとした女性型鉄塔が見られた。映画版「鉄塔武蔵野線」では、ギャンブル好きの父が週刊誌片手に、幼い見晴を連れて鉄塔の結界内に寝ころぶシーンがあったように思う。それは、この西船橋あるいは総武線沿線の光景(P.43)だったはずだ。

 その後、父の転勤で千葉から武蔵野へ転居すると、千葉の時と違って、鉄塔が身近に見えたと語られる。

 今度の武蔵野の家では、居間の東側から遠いなりに鉄塔が見えるので、両親はわたしのために喜び合いました。(P.45〜46)

 さて、では見晴の家はどこにあるのだろうか。

 鉄塔が「東側」に見えるというのだから、地図で言うと75−1の左側の方角にあることは確かだ。そこで航空写真をしげしげと眺めてみたが、それらしき建屋は見あたらない。「武蔵野の家」とか「居間の東側」という表現から一軒家を想定しやすいが、だとするとストリートビューで鉄塔が見えない場所はほぼ対象外ではないだろうか。当時は三階建ての一軒家はあまり考えられので、二階建ての民家に限定すると、鉄塔から近くないと姿が見えないからだ。

 ところが、鉄塔の身近には畑地や小学校などはあるが、肝心の民家は少ない。見晴の父は割と転勤が多い仕事についているとも感じられるので、もしかしたら社宅なのかもしれない。3階以上に住んでいる可能性も否定できない。そうなると、もう少し遠くのエリアに捜索範囲を広げてもよさそうだ。何しろ「遠いなりに」とも書かれている。

 いずれにしても、地図上の「市立第六小学校」と「堀ノ内コーポ」の間あたりが見晴の家の有力候補だと言えそうだ。もちろん現実に存在するわけではないので、あくまでこれは著者の想像の世界を覗くお遊びだ。

 さて、次はいよいよ75−1号鉄塔の北側をたどっていこう。
鉄塔武蔵野線ウォーク(1).jpg
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2009年09月24日

鉄塔武蔵野線ウォーク(その8)

[81号鉄塔]

80号結界から見る次の鉄塔は変則型でした。中段の腕金が長く伸びて、電線を妙な方向へ折り曲げています。(P.32)


 見晴が鉄塔の形から予感するように、次の鉄塔が武蔵野線の終点になる。暑さでくじけかけた心を奮い立たせて、見晴は次の鉄塔へとむかう。「住宅地を紆余曲折し、汗が流れるに任せて行きつ戻りつし」(P.32)とあるように、上空からの拡大写真を見ても、なかなかどこを通ればいいのか、路地が入り組んでいてわかりにくい。電線だけをたよりに鉄塔めぐりを続ける鉄塔ウォーカーにとっては、立て込んだ民家ほどやっかいなエリアはないだろう。

(A地点)
 漸くのことで変則型鉄塔への近道となりそうな狭い雑木林を見出しました。(P.33〜34)


 この雑木林は共有地になっているのか、通り抜けできそうだ。とくに金網などで閉ざされてはいない。雑木林の南側に大きな畑が広がっているせいか、次の鉄塔方向の視界がひらけているので、見晴は「樹々の間」(P.34)から、終点の鉄塔のみならず「複数基の変則型鉄塔」(P.34)の姿を見出している。舗装路から雑木林を斜めに縦断して「普通の道路」(P.34)に抜け出る。

 この道をまっすぐ行くと「小さな交差点」があり、その先に武蔵野変電所(小説では「櫛流変電所」(P.37))が姿を現す。

(B地点)
 ちょうどよいことに交差点近くの空地の奥まで行けば、碍子鉄骨地帯を塀越しながら至近距離で垣間見ることができます。(P.34)

 ストリートビューは、この交差点手前で終わっていて、航空写真の拡大でも詳しい事は分からないが、現在は空き地ではなく、隣接するアパートの駐車場になっているようだ。ただし、駐車場を奥まで行けば、確かに塀越しの鉄塔を見る事は可能だ。見晴はともかくも、僕がやったら怪しい侵入者になってしまいそうだが…。

 終点の鉄塔は81号鉄塔だが、変電所内にある81号鉄塔には案内板はなく「徹底的に無愛想」(P.34)だと見晴は独りごちる。受け取ってきた電線をここで変電所に降ろすので「引留(ひきどめ)鉄塔」とも呼称している。「如何なる場所なのか正確には知りませんでした」(P.34)と見晴が言う変電所を、僕らも見晴以上に正しく理解しているわけではない。見晴が「巨大な碍子と鉄骨の組み合わさった絢爛たる構造物」(P.34)に魅せられるように、僕も街中に整然と立っている不思議な幾何学の構造物をじっくりと見てしまう。

 変電所は美術館、博物館同様に清潔で、「ゴミなど1つも落ちておらず人の姿もない」(P.35)

 こんな場所を心ゆくまで散歩できたら、どんなに楽しいだろう」(P.36)


 これが、太陽が西へ沈みかけている夕刻に、暑さも忘れて鉄塔を見入っている見晴の正直な気持ちだ。この少年の気持ちにあなたはシンクロする事ができるだろうか?もし出来るならば、あなたも立派な鉄塔ウォーカーだ。これから始まる本格的な鉄塔探索の旅に、一緒に出ようではないか。
鉄塔武蔵野線ウォーク6.jpg
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2009年09月17日

鉄塔武蔵野線ウォーク(その7)

[80号鉄塔]

 79号鉄塔の結界内部から見晴は次の鉄塔を臨む。

そして80号鉄塔が、畑の向こうに横たわった雑木林の更に奥へと続いていました。(P.30)


 農家の庭先から舗装路に出る。もちろん庭にも79号鉄塔の結界にも足を踏み込めないので、舗装路から農家を背にして見渡せば、見晴が見たのと寸分違わぬ光景が広がるはずだ。

 ここからの道筋はなかなか興味深い。庭先を出るとすぐ前に畑が広がる。しかも、ちょうど真正面に広めの農道が走っていて、ここは一般人が通っても問題なさそうだ。そのどん詰まりに大きな雑木林がある。これは地図に書かれているように「4号野寺緑地」だ。野寺というのがこの地域の町名のようだ。

 緑地というのがどんなところかは、立川市に住む僕自身の近くに「矢川北緑地」があることからよく分かる。子供を連れて散策もした事がある。公園のように行政に管理されたエリアだが、公園と違うのは、広場のように拓けたところが一切なく、ただ鬱蒼とした森林が続くところだろうか。もちろん遊歩道はあるので散策はできるが、可能な限り、自然や、自然に依存する生きものの生態系に干渉しないように、人は控えめに往来する。そういう場所だ。

 中央を歩けば都会にはない自然の醍醐味が感じられるが、境界に近づくと、すぐ隣りにふつうの民家があり、人々が普通に生活している。そのせめぎ合いがなんとも不思議な空間を作り出している。

 この「4号野寺緑地」と畑の境界に沿って右に折れると、雑木林の切れ目に道が通っている。

(A地点)
スニーカーを滑らせながら雑木林の斜面を駈け上がってみれば、現れたのはまた畑でした。(P.30)

 見晴でなくても、この順路を歩く(駈ける)のは心躍る気分がするのは想像しやすい。人目を気にしないで、〈畑と雑木林と鉄塔〉の三位一体の風景を味わえるからだ。やがて畑の脇道を抜けて舗装路にぶつかる。

 舗装路を1本挟んだ砂利敷きの駐車場の片隅に、80号結界が金網で保護されています。(P.30)


 たしかにストリートビューで見ると、80号鉄塔結界の周囲は金網が張られているし、隣りに更地の駐車場もある。当時と違う点を言えば、舗装路側にレンタルスペース会社のコンテナが並んでいる点だろう。最近、小スペースを利用して繁盛している商売だ。その横にプレハブっぽい平屋が見えるが、事務所だろうか。

 (見晴が)先を急いでいるからだろうか、80号鉄塔に関する記述は「長身」という一言で片付けられてしまっている。P.31に挿入された写真では、確かに塔高が高く足がスラッとしたV吊男性型・料理長型鉄塔だと分かる。

 さて、次はいよいよ武蔵野線の終点、81号鉄塔にたどりつく。
鉄塔武蔵野線ウォーク5.jpg
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2009年09月10日

鉄塔武蔵野線ウォーク(その6)

[79号鉄塔]
 これまでの農地の横断とちがって「民家の建て込んだ界隈」(P.28)をふみ分けることになる。

(A地点)
 わたしは可能な限り電線の下を辿り、附近の住人だけが往来するような細い通路にも思い切って踏み込んでみました。(P.28)

 78号鉄塔と79号鉄塔をまっすぐに結んだ線上を歩くとなると畑の中を歩かねばならない。78号鉄塔を出てすぐは、畑の脇をとおって最初の舗装路に出られるが、右に折れて畑を通ろうとすると問題が生じる。民家と畑の間に側道はなさそうだ。畑の中の道も次の舗装路にまでは続いていない。その上、畑から舗装路に出るには、小空き地(地図の緑色部分)を通り抜ける必要があるが、ストリートビューで確認する限りは低い金網が張られている。

 ここは、さきほどのA地点で左に折れて、路地を抜けて次の舗装路に入るしかない。これが「可能な限り、電線の下を辿り…」という道順に合致するのか確信はない。また、この路地が「附近の住人だけが往来する」と言えるのかも大いに疑問の残るところだが、もし実際に鉄塔ウォーカーが歩くとすれば、この道筋しかないだろう。

(B地点)
 わたしは電線の方向に従い、道路からいきなり栗林へ突っ込み、枝葉の下を潜り抜けて79号鉄塔を目指しました。(P.30)


 やはり畑を突っ切るのではなく2番目の舗装路を歩いてきたような記述だ。舗装路左手の民家の切れ目が栗林(地図緑色)になっていて、その奥に畑がある。舗装路からは金網が張られているので、入るのには勇気がいる。確か映画の中の見晴も、このたぐいの低い金網は飛び越していたように記憶している。

 畑の右側が再び栗林になる。ここを通り抜けて、ようやく79号鉄塔にたどり着く。79号鉄塔は「塔高が小さくて胴部の太い中年女性的体型」(P.30)と書かれるように、女性型(かつ料理長型)鉄塔だ。結界には「丸く刈り込まれた低い植木が四方を飾り」(P.30)とあるが、実は79号鉄塔は農家の庭先にあるのだ。農家にとっては間貸ししている邪魔ものにすぎず、無粋な結界を少しでも目立たなくしようとしているのかもしれないが、鉄塔愛好家から見ると「植木」が無粋に見えてくるから不思議だ。

 ここまで見てきたように、栗林を抜けて79号鉄塔にたどり着く道筋だと、家宅侵入になることはまぬがれない。鉄塔ウォーカーは、迂回して農家の前の舗装路を通って79号に〈最接近〉する事で満足しなければなるまい。
鉄塔武蔵野線ウォーク4.jpg
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2009年09月07日

鉄塔武蔵野線ウォーク(その5)

[78号鉄塔]

(A地点)
 わたしはサッカー・ボールを掌に載せて、77号鉄塔から78号鉄塔へ、2基の鉄塔が繋いでいる電線の真下を歩いて行きました。(P.24)

 そろそろ農地も終わり、街中に出る。まずテニスコートが見えてくる。右手には片山線の鉄塔が見える。変な話だが、テニスコートのようなものが出てくると、特定の視線(農家の人)を気にせずに済むので、かえって通りやすくなる。両側が見渡す限り畑という農道を通るのは勇気がいるが、77号鉄塔からは、農地を避けることなく電線の真下を通ってもよさそうだ。

 前方に現れたテニスコースを迂回して歩くと、「交通量の多い道路」(P.24)に出る。県道36号線だ。テニスコートの向かい側に「シンボウテニスガーテン」という建物(小説では「クラブ・ハウス」(P.24))が建っている。

(B地点)
 暑い中を歩いたり走ったりしてきて喉が渇いていましたが、自動販売機の缶ジュースを買うのは勿体なかったので、道路の向こう側に建つクラブ・ハウスの庭先にあった蛇口を捻って水を飲みました。(P.24)


 もちろん、ストリートビューを使っても、見晴が水を飲んだという蛇口の有無、あるとしても位置は確認できなかった。

 78号鉄塔はクラブ・ハウスの裏手にある。「何もない芝生の中に立っていました。」(P.26)と書いてあるが、芝生は確認できず。テニスコートの裏手は、左側にハウス栽培の温室があり、右手には駐車場らしき空地が広がっている。小説では、この空地で地元の子供たちがパスケットボールに興じていて、見晴はよそものである気まずさからたじろいでいる。

 ちなみに珍しく78号鉄塔の説明が本文にない。文庫内の写真を見る限り、77号と同じV吊の男性型・料理長型鉄塔だ。ただし77号鉄塔よりも背が高く、スマートな体型だ。 

鉄塔武蔵野線ウォーク3.jpg 
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2009年09月04日

鉄塔武蔵野線ウォーク(その4)

[77号鉄塔]
 見晴は、「赤白鉄塔」(片山線9号鉄塔のこと)の結界内に立って、次の鉄塔を見る。

(A地点)
 荒れた草叢の向こうは誰もいない畑で、そこから農道が鉄塔方向へ続いています。(P.22)

 航空写真を大きく拡大していくと、広大な農地に畑が点在しているのが見えてくる。その間に雑木林や芒原(すすきはら)があるようだが、盛り上がりや障害となる程度は、上空からの写真ではよく分からない。

(B地点)
 畑の作物を踏むのは憚れたので、わたしがなるだけ畦道や芒原(すすきはら)を通って行ったのは言うまでもありません。(P.22)

 77号鉄塔は「葱畑」(P.22)の傍に立っていると書かれている。料理長型で、碍子連V吊の男性型鉄塔であるにもかかわらず、現金なもので、見晴は、(77号鉄塔の)短身で頭部が大きいところが、片山線9号鉄塔ほど尊大ではなく好感が持てると感じている。

 市営グラウンド横の空地を出発したのが午後3時ぐらいだったから、ここまでで午後4時ちょっと前ぐらいか。この時間に農作業に出ている人はあまりいないのだろうか。こういう農地をのんきな部外者が、例え農道や畦道と言えども、通っているのを見られたら、呼び止められるかもしれない。現実問題、実際に77号鉄塔をたどるとなると、農地を突っ切るのではなく、右側の農地沿いの道を歩いていくのが無難な選択だろう。そこから例の「葱畑」の脇か、あるいは次の農地に入る道を通って、森の切れ目から右に折れれば、77号鉄塔に辿り着く。

 ちなみに、片山線9号鉄塔右側の民家群がある道路からストリートビューが見られるが、農地沿いの道にはストリートビューが用意されていない。なので地図上で「雑木林」とか「林」とか「森」などと記入してはいるが、区別はついてない。航空写真の見た目や気分で書いている。「芒原」は航空写真を拡大するときれいに写っていた。
鉄塔武蔵野線ウォーク(2).jpg
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2009年08月31日

鉄塔武蔵野線ウォーク(番外)

 私用で2〜3週に一度、JR武蔵野線を利用する。北朝霞駅で東武東上線に乗り換えて池袋方面へと向かうのだ。だから、新座駅を越すあたりではいつも車窓に目が行ってしまう。鉄塔武蔵野線66号鉄塔の様子が気になるからだ。ただし夏の暑い時期は日差しよけが引かれている場合が多いので、日中に見たいのならば、立って扉の窓からのぞく一手間が必要だ。先日の土曜日の午前中は、その手間をかける前に不覚にも疲れから熟睡してしまった。

 気づくと、対面斜めの扉から見える外の景色が見慣れない。おかしいなぁ、乗り越したかなぁと考えていると、「西浦和」の車内アナウンスが流れた。やはり一駅乗り越したようだ。慌てて乗り換えて、寝ぼけた頭をはっきりさせながら汗をぬぐいベンチで待つ。それにしても今日は暑い。こんな日に鉄塔巡りをしたら、さぞかし大変だが、鉄塔ウォークの醍醐味を味わえるだろうな、などと考えるうちに折り返しの電車が来たので乗り込む。一駅なので寝過ごしてもつまらないから、扉前に立って窓外をじっと見る。

 北朝霞駅を乗り越したのだから、すでに鉄塔武蔵野線は見ることは出来ないが、同様の鉄塔群ならば見られるのではないかと期待していると、予想以上のすばらしい風景が待ち受けていた。西浦和−北朝霞間には荒川があり、その河川敷の風景がダイナミックだ。荒川を渡る前に、河川敷に「彩湖」という貯水湖があり、手前に「さくら草公園」というロマンティックな名前の公園がひろがっている。もちろん、こんな名前は、あとで地図で確認したから知ったのであって、実際に見たのは「三年B組金八先生」の冒頭シーンと同じようなすばらしい河川敷に加えて、遠くに見える鉄塔群との絶妙な取り合わせだ。

 しかも、この公園の上空にも送電線が走り、電車の上空に消えていく。そして、窓から公園の先をみると、なんと送電線が河川敷に沿って建てられたマンション(ライオンズマンション西浦和)の上空すれすれを越えていく。マンションの裏手に、電線を受け取る鉄塔が見え、さらに次の鉄塔が電線をリレーしていくのが見える。こんな、鉄塔が主役となる風景を見たことがない。おもわず写真に残したかったのだが、車内で躊躇している間に荒川を渡る鉄橋区間に入ってしまった。本当に残念だ。鉄橋で川を渡る間は鉄橋の柱が邪魔して写真は撮れない。渡った頃には、感動的な風景は遙か彼方に消えてしまった。

 とりあえず鉄橋を渡ったところで一枚撮影して保存して、今の光景の感動を反芻していると、ふたたび驚きの光景が目に入ってきた。遠くに東京外環道路があり(と行っても平行に走っているので目には見えないが)、和光北ICと新倉PAの間から鉄塔の群れがこちらに迫ってくる。こちらの風景もとてつもなく魅力的だ。ところが肝心の携帯は、マイクロSDカードに保存中で機能しない。そうこうするうちに、こちらも彼方にすぎてしまった。

 もう一度寝過ごす事があったら(そうはないだろうが)、今度はしっかりとシャッターチャンスを逃すまいと誓った。その代わりと言ってはなんだが、帰りの武蔵野線では日暮れで日差しが和らいだ窓外に、しっかりと武蔵野線66号鉄塔を目に納めた。いや、現在「鉄塔武蔵野線ウォーク」を展開中なので、しっかりと66号だけでなく周辺の土地、向こうに見える67号以降の鉄塔と風景を、余すところなく頭にたたき込んでおいた。 
posted by アスラン at 20:16 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄塔武蔵野線 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

鉄塔武蔵野線ウォーク(その3)

[片山線9号鉄塔]
 76号鉄塔は高台の端に位置し、川を挟んで対岸には低地がひろがる。送電線が繋がった向こうには、赤と白に塗り分けられた巨大な鉄塔が見える。P.18全部を費やした大きな写真はおそらく76号鉄塔付近から撮影したものだろう。白黒写真なのではっきりとはわからないが、鉄塔の下の方が2色に交互に塗られていることはわかる。「これが77号鉄塔?」と思わせぶりなタイトルが付けられている。

電線の下には川を渡る橋がありません。(P.19)


 実は新潮文庫版までは「用水路には歩道橋がありません。」と書かれていた。低地に広がる農地が「川」に沿って作られているのではなく、農地を囲むように「用水路」が作られたのだろうか?そう考えると、P.18の写真に写り込むはずの川が視野に入ってこないのは、ほんの小さな水路に過ぎないからかもしれない。歴史的な経緯はどうであれ、今や川は川だろう。

 見晴は76号鉄塔から元来た道を引き返して、「表通り」(P.19)に出て、坂を駈け下りる。橋を越えると川沿いに遊歩道に入っていく。

(E地点)
 高台を見上げると、可憐な76号鉄塔が訴えかけるような目をして電線を握っています。(P.19)


 見晴は76号鉄塔には「若いお嬢さん」だと親近感を感じているのに、低地に陣どる赤白鉄塔には不満を感じる。碍子連がV吊りで「容貌から残忍な印象が漂い、悪意が隠されているように感じられてならないのです」(P.19)とまで言い切っている。

 そのほかにも「帽子」をかぶった料理長型だし、使われている部材が「垢抜けない」鋼管であったのも気に食わない。もちろん、ここまで嫌うのは、次の鉄塔が武蔵野線所属ではなく片山線という別の系統の送電線の鉄塔である事の伏線になっているからだ。

 遊歩道沿いに民家が続いていて、一番奥の民家を越すと、農地が見えてくる。片山線9号鉄塔はその中に立っている。民家と畑の境界を通って畑を回っていくと、鉄塔に近づける。

 見晴がよく観察したように「赤白鉄塔の下半分3段の腕金」で武蔵野線を、上半分3段の腕金で片山線を受け取っている。要するに空中で2つの送電線がクロスする地点にあるのが片山線9号鉄塔で、武蔵野線を「併架」しているだけで武蔵野線の鉄塔ではないわけだ。しかし見晴は「赤白鉄塔など武蔵野線にとっては仮の中継点に過ぎない」(P.22)と息巻いている。

 片山線9号の結界では、低地を地元とする子供たちと、見晴たち高台の子供たちとで「メンコの決戦」をして惨敗をした苦い思い出があるというエピソードも、片山線9号鉄塔を徹底的に武蔵野線から排除しようという、見晴しいては著者の純血思想の表れかもしれない。
鉄塔武蔵野線ウォーク(1).jpg
posted by アスラン at 06:27 | 東京 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄塔武蔵野線 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月29日

鉄塔武蔵野線ウォーク(その2)

[76号鉄塔]
(C地点)
 …道路を挟んで反対側の自動車教習所の方へ走り出しました。(P.12)


 見晴はオートバイに乗った郵便配達人がうさんくさそうに自分を見つめたのに耐えられなくなり、自動車教習所がある通りへと走り出す。地図には教習所と一目で分かるレイアウトだけが引かれていて名前も何も書かれていないが、「東園(あずまえん)自動車教習所」のようだ。ホームページを見ると、身障者向けの訓練センターも併設されており、健常者も身障者も「どなたも入れる」と謳っているので、埼玉ではそれなりに有名な教習所ではないだろうか。

 見晴は教習所の裏門から敷地内に忍び込もうかと考える。教習所は通りから引っ込んだところにあるため、ストリートビューや航空写真では裏門の位置は確認できなかった。でも、結局は鉄塔が教習所の敷地の向こう側にあると気づいて、見晴は回り込んで鉄塔までたどり着く。ところが、それが右側からなのか、左側なのかが文章からはっきりと読み取れない。

(D地点)
 教習所に隣接した畑や雑木林の方へ回ってみました(P.14〜15)


 と書かれているが、畑は両側にあり、それらしき木々もある。ただし右側の木は鬱蒼としており、雑木林と言えるかどうか。それに、あとの記述で分かるが、「表通り(P.19)」を通るならば、ここで言及していないとおかしい。やはり左側から回り込んだようだ。

 教習所が高台の突端で、そこから川に向けて傾斜している。見晴は「萱(かや)だらけの傾斜地を必死に掻き分け、足を取られて何度も躓いたり…」(P.15)とかなり悪戦苦闘しながら、76号鉄塔に辿り着いたようだが、ストリートビューで確認する限り、雑木林を抜けた先はそれほど足場が険しそうには見えない。しかし、当時の著者の実感から書かれた描写だろうから、実際にたどると見るとは大違いなのかもしれない。

 75−1号の次が何故76号になるのか、見晴は「納得が行きませんでした」と独白しながら、真下に辿り着いたことに充実感を覚える。76号鉄塔は女性形鉄塔だ。ここで鉄塔には男性・女性の区別があることが、初めて語り手によって披露される。電線を繋ぐ碍子という部材が鉄塔の継ぎ手から飛び出している。その碍子の連なり(碍子連)が前後に開いていると女性形で、両方とも下に向いているのが男性形だ。

 どうしてそうなるかと言えば、碍子連の先端どうしを結ぶジャンパー線が、女性形の場合は下向きに丸まって膨らむ。その形状が「女性の睫の長い大きな目」あるいは「装身具」(かなり婉曲な表現だがブラジャーの事か)を連想させるからだ。

 鉄塔の4本の脚で囲まれた正方形の領域を「結界」と名付けた事も、76号鉄塔の記述で説明される。「結界」という言葉は、友人から借りた中世を舞台にしたマンガからもたらされたと見晴は言う。残念ながら、ストリートビューでは76号の結界の様子は分からない。本文にはこう書かれている。

76号鉄塔の結界内には、延びきった芝が青々と生えているだけでした。(P.17)


鉄塔武蔵野線ウォーク(1).jpg
posted by アスラン at 04:07 | 東京 ☀ | Comment(2) | TrackBack(0) | 鉄塔武蔵野線 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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