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2009年07月16日

北村薫の直木賞待ち

 昨晩、ニュースを見ていたら朗報が飛び込んできた。北村薫さんが第141回直木賞を受賞なさった。とにもかくにも、おめでとうございますと言いたい。デビュー作「空飛ぶ馬」から主要な作品は読み続けている僕としては、大変に嬉しいニュースだった。

 ずいぶん前からたびたび作品がノミネートされているので、本人の喜びもひとしおかと思えば、なかなか含蓄のある言葉を記者会見でおっしゃっていた。「都合6回目の候補での受賞した感慨は?」と聞かれて、

 最初は「スキップ」という作品で候補になりまして…。夢のよう。昔、山口瞳さんのエッセーを読んでいて、「直木賞待ち」の話があった。こういうことがやれたら楽しいだろうな、と。まさか自分が待てるようになるとは。


などと、味わいのある答え方をしていた。

 さても「スキップ」が最初の「直木賞待ち」でしたか。では6回とはどんな作品なのだろうと、興味をもってリストアップしてみた。

スキップ(新潮社、1995年) 第114回直木賞候補
ターン(新潮社、1997年) 第118回直木賞候補
語り女たち(新潮社、2004年) 第131回直木賞候補
ひとがた流し(朝日新聞社、2006年) 第136回直木賞候補
玻璃の天(文藝春秋、2007年) 第137回直木賞候補
鷺と雪 (文藝春秋、2009年) 第141回直木賞受賞


なるほど。なんと14年間にわたってノミネートされてきた。芥川賞受賞の磯崎憲一郎さんが感想を求められて「受賞自体もうれしいが、小説家として書く場を与えてもらえることが大きな意味を持つ。」と答えていたのとは違った感慨が、北村さんにはあるだろう。

 もうすでに誰が見てもベテランの作家であり、書ける機会も場所も充分に与えられていて、なお、磯崎さんのような若いキャリアの作家と肩を並べて受賞する不思議さと面白さが、芥川賞と直木賞にはある。

 さて、最近の「瑠璃の天」と「鷺と雪」は未読なので、これを機会にぜひ読ませていただこう。「鷺と雪」はノミネート作品発表時点で、立川の図書館で予約した。現在21人待ちだ。「瑠璃の天」は週末に最寄りの図書館でゲットするぞ!
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2009年07月15日

お弔い読書(土居健郎と平岡正明)

 相次いで亡くなった。どちらもなんとなく名前は存じ上げている。しかし著作はついに一冊も生前に読まなかった。

「甘え」の構造 土居健郎(弘文堂,1984年)
山口百恵は菩薩である 平岡正明(講談社,1979年)


 この2冊は、ある程度の年齢以上、ある程度の年齢未満ならば誰でも知っている。最近では「バカの壁」や「国家の品格」でビビッとくる人が大勢いるだろうけれど、ひと時代前ならば、こういうタイトルにビビッと来た人が大勢いたわけだ。僕もビビッとは来るんだけれど、やはり読んでいない。読まなければ流行遅れになりそうなほどの時期をそれぞれ一瞬だけは持った事のある本であることだけは確かだ。

 『「甘え」の構造』の方は、今も増補改訂版が2007年に出たくらいだからロングセラーと言ってもいいのかもしれない。Wikiを読むと、今では「甘え」という概念自体が日本人固有のものであるという著者の主張が退けられて、本書自身も著者の主張も無意味になったと断定されているが、それでも読む価値があるかどうかは読者が決めるものだ。僕は読むぞ。がんばって。

 平岡正明さんの方は、四方田犬彦が彼の著作のベストを集めた「ベスト・オブ・平岡正明」という企画本を数年前に出版したという話だったので、それを読みたいと思ったが、立川、川崎いずれの図書館にも蔵書がない。これもまたWikiの受け売りだが、平岡さんは左翼の論客なので出版に関してはずっと不遇であったらしい。彼の著作は多数にのぼるが、文庫化されたのは2冊に過ぎないそうだ。そのうちの一冊が有名な「山口百恵は菩薩である」だ。文庫で読みたいと思っても、かろうじて川崎市立図書館にあった本は1979年に出版された当時の単行本だ。
致し方ない。


posted by アスラン at 12:52 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | あっ、これ読みたい | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月29日

新田次郎の本

 テレ東かテレ朝でやっている夜の番組で、筒井康隆さんが出演して、いろいろと言いたいことをコメントして存在感をしめしている。他の出演者は芸人やアイドルなどのコメンテーターなので、彼らから浮いてる感じが貴重なのだろう。一番の売りは、毎週一冊「ぜひ読みなさい!」と筒井さんが本を紹介するコーナーだ。探してまで見ている番組ではないから、たまたま出くわさないと見られない。この本の紹介コーナーもまだ2回ぐらいしか見たことがない。
八甲田山 死の彷徨 新田次郎(新潮文庫,1978年)
劔岳 新版−点の記− 新田次郎(文藝春秋,2009年)

 ちょうどそのときは新田次郎の「八甲田山 死の彷徨」を、ぜひ読むように勧めていた。その理由というのは、軍隊という組織が起こした大惨事のドラマを一種の組織論として反省的にとらえよ、というような感じに主張だった。一人の無能な、というか間違った方向に闇雲に従わせた一人の中間管理職のせいで、二百人以上の舞台のほとんどが帰らぬ人になってしまう。そして、本来の責任者である上長が、映画でも有名になった「天は我らを見放した」と慟哭する。

 その史実を深く掘り下げた原作を、時代小説の大家としかイメージが沸かない新田次郎が見事な小説に仕上げているらしい。高校の修学旅行で八甲田山の頂上までバスで行った思い出があり、ちょうどそのころに映画も大ヒットとした記憶があるので、原作も筒井さんのオススメにしたがって、俄然読みたくなってきた。

 と思ったらタイムリーなことに、今映画館で上映されている話題作「剣岳 点の記」というのも新田次郎の作品なのか。では、こちらもぜひ読んでみなければ…。もし、読んだとしたらば、中井喜一が演じたNHK大河小説「武田信玄」を熱心に見てたときに読んだ原作以来の新田作品という事になる。
posted by アスラン at 19:09 | 東京 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | あっ、これ読みたい | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月09日

世界の終わりと海辺のカフカ

 週末に立川市の最寄りの図書館に行って、栗本薫のグイン・サーガシリーズ第一作「豹頭の仮面」をゲットしてしまった。乱歩賞受賞作の「ぼくらの時代」の方はまだ来てないはずなので、その間に読んでしまおうと受け付けにもっていくと、あに図らんや「ぼくらの時代」も届いていた。これで川崎市の図書館で借りた中島梓名義の「文学の輪郭」とあわせると、このブログで取り上げたお弔い読書3冊をすべて入手した事になる。とは言え「文学の輪郭」の方はすでに返却日が近づいていたので、とりあえず貸出延長ボタンをポチッと押した。こういう時に川崎市のシステムはありがたいね。
海辺のカフカ(上・下) 村上春樹(新潮文庫,2005年)
世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド(上・下) 村上春樹(新潮文庫,1988年)

 このところの話題は、もっぱら村上春樹の新作「1Q84」であることは言うまでもないだろう。内容もわからず、ある時いきなり書店に単行本2冊が姿を現した。目次を見るだけで、ああ、これは面白そうだなぁと思うが、購入する余裕も自宅スペースもない。とりあえず、積ん読くべきなのだろうが、それさえも当たり前すぎてつまらない。店頭で見かけた日に川崎市立図書館のサイトにアクセスしたが、まだ蔵書にヒットしなかった。すっかり記憶のかなたになって、改めてアクセスしたところが手遅れ。現在390人待ちだ。となると立川市の図書館で早めに予約したいところで、毎日毎日さぐってはみるものの、こちらはなかなか蔵書になってこない。新しモノ好きの川崎と、慎重派の立川と、それぞれに特色が出ている。いや、単に立川は予算がないのか。
 
 そこでと言ってはなんだが、最近古本屋の105円コーナーには「海辺のカフカ」の新品同様の文庫が置かれていて、うれしくなって上下そろって購入したのを思い出した。すでに単行本を図書館で借りて読んではいるが、文庫で再読したいと思って買ったのだ。これだけでも、「1Q84」を待ちわびるどころの話ではないのだけれど、つい最近、105円コーナーに「世界の終わりと…」も置かれた。ちょうどいいじゃないか。何故か自宅に上巻だけがポツンと置かれていて、そのせいでなかなか読み出せずにいたのだ。

 しかも僕が村上春樹を読み出したのが「ねじまき鳥」からだと言うと、村上春樹ファンの人は必ず「世界の終わりと…」の方が面白いから是非読めと言う。なのに、いまだに読んでなかったのだ。なおさら、「1Q84」どころの話じゃないだろう。

 さっそく下巻だけ拾って店内に入ったら、店のおばさんに「あれ?上巻はいいんですか?」と言われてしまった。やっぱり言われてしまったか。「上巻は前に買って家に持ってるんですよ」と言い訳しながら、そそくさと買って出てきました。
 

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2009年06月04日

お弔い読書(栗本薫と中島梓)

文学の輪郭 中島梓(講談社文庫,1985年)
ぼくらの時代 栗本薫(講談社文庫,1980年)
豹頭の仮面―グイン・サーガ(1) 栗本薫(ハヤカワ文庫改訂版,1983年)


 栗本薫が亡くなった。個人的にはクイズ番組の回答者として一時期テレビではおなじみのタレントというイメージがつきまとうが、著作としては、ライフワークの「グインサーガ」は苦手なSFということで一冊も読んでない。ほぼ唯一読んだと確実にいえるのは、乱歩賞受賞作「ぼくらの時代」だろう。でも読後の感想をまったく覚えていないところを見ると、あまり気に食わなかったのだと思う。

 これはひとえに僕の偏狭な好みにあったと思える。当時の僕ときたら、エラリー・クイーンの諸作を聖典とあがめ、海外ミステリー(それも黄金期の作家の作品)ばかりを読み、日本のミステリーを苦手としてきた頃の読書だったはずだ。乱歩は好きだったはずなのに、乱歩賞作品はどことなく侮っていた。日本のミステリーが偏見なく読めるようになったのは、綾辻行人と北村薫を読むようになってからだから、遅きに失っしたと言われても返す言葉がない。

 もう一度、故人を忍んで、まず「ぼくらの時代」を読みかえそうと、図書館で予約をかけた。誰も借りてないと喜んだが、書棚から職員が回収する前に手にとってしまった人がいたようで、1人待たねばならなくなった。

 もう一冊、借りてみた。彼女は中島梓のペンネームで文学を物語る評論家として名を成すところからキャリアが始まっている。Wikiによる1977年に「文学の輪郭」で第20回群像新人文学賞評論部門を受賞している。こちらの方も気になって借りてみた。こちらはすぐに借りられ、手元にある。最初の一行から大上段に〈文学〉をまな板ののせている、大変気合の入った評論のようだ。まだ中身はこれからだけれど、きっと江藤淳の評論が好きだっただろうな。

 最後に、そっとではあるけれどグインサーガ・シリーズの第一巻「豹頭の仮面」を入れておこう。いまさら129巻で未完に終わってしまったシリーズを読破しようなどとも思わないし、そこまで関わろうとも思わないけれど、この有名な作品の出だしがいかなる文章であったのか、試してみたいという欲望に駆られている。読売新聞に追悼文を書いた田中芳樹が、彼女の原稿400枚を見せてもらったときに書き損じも書き直しもない堂々たる文章に驚嘆したと書いていて、そういう天賦の文才だったのかと、改めてお弔いの読書をしたくなったのだ。

 果たせるかは、僕の気分がどこまで高揚しているかによる。会社近くの古本屋では1冊100円で「グインサーガ」の多くが入手できる。「豹頭」もその限りではないが、迷った末に買わなかった。

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2009年05月25日

宇宙開発の今を知る

 大切な事をようやく思い出した。図書館で借りて読めずに返した本の事だ。読了すれば読了リストに載るし、やがては書評となって記事になる。だが、読みそこねた本は痕跡がどこにも残らない。再度借り直せばいい話だと思われそうだが、一度読みそこねた本を再度借りるのは意外と大変だ。何故なら、本というのは一回手元に収めてしまうと、欲求の半分近くは満たされてしまうからだ。だからこそ、読みたくて買った本が何年も積ん読状態になるのだ。

 以前は、このブログで読了リストだけでなく、図書館で〈貸し出し中〉のリスト、さらには〈未読了〉のリストを読んだ分量のパーセンテージとともに掲載していた。身の回りが忙しくなるにつれて手間が馬鹿にならないので、やめてしまった。でも未読本リストだけは手放してはいけなかった。これこそ〈積んどく本〉の一種だったのだから。

 そこで先週さっそく返却した一冊の本の事を考えた。それ以前に返し続けた本たちのあれこれについては、時間をかけて思い出すとしよう。先週は宇宙に滞在中の日本人・若田浩一さんの本を読まずに返してしまった。「国際宇宙ステーションとはなにか」というブルーバックス本だ。


 すでに「絶対帰還」を読んで国際宇宙ステーション(ISS)の実状の一通りを知ってはいたが、まさにISSの「今」を知るには絶好の本だろう。若田さんが長期滞在しているおかげで、絶えず宇宙関連の記事が飛び込んでくる。つい昨日も、宇宙生活での飲み水や電力を作るのに必要な水を確保するために、排泄した尿から水を再生する実験を行って、乾杯したという記事が載っていた。

 若田さんの本への関心のついでに、宇宙開発の現状について知っておくべきことがあるような気がして、ピックアップしてみた。

国際宇宙ステーションとはなにか−仕組みと宇宙飛行士の仕事− 若田光一(講談社ブルーバックス,2009年)
ハッブル望遠鏡の宇宙遺産 野本陽代(岩波新書,2004年)
スペースシャトルの落日−失われた24年間の真実− 松浦晋也(エクスナレッジ,2005年)


 ハッブル望遠鏡の修理の話題も、このところ繰り返し報道されている。このハッブル望遠鏡のおかげで、太陽系外にある様々な銀河や超新星などなどが鮮明な画像となって僕らの宇宙への興味をかき立ててくれた。当たり前のように手に入る遙かかなたの宇宙の姿に僕らはうっかりすると、ハッブル望遠鏡のありがたみを忘れてしまいかねない。ところが、NASAは度重なる故障からハッブルを放棄する事を一度は決定した。当然の事ながら世界中から反対の声が起こり、今回の修理に至った。これで2014年までは生き延びるらしいが、そのあとは、やはり引退を強いられるらしい。この機会にあらためてハッブル望遠鏡の意義をかみ
しめてみたい。


 ところでハッブル望遠鏡の引退は、スペースシャトルの引退と密接な関係があるようだ。若田さんの滞在記事にあわせて、スペースシャトルの引退も取りざたされている。国際宇宙ステーションが完成に近づくとスペースシャトルが不要になるのは何故なのか、本当のところはよく解らないが、すでに何度かの大事故のたびにシャトル開発不要論は議論されてきた。日本のジャーナリストが書いたかなり辛口のスペースシャトルに関する本が三番目の本だ。これらをすべて読めば、とりあえずは最新の宇宙開発の現状が見えてきそうだ。


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2009年05月14日

よみうりの切り抜き(2009/5/3)

 今回、読売新聞の書評欄から切り抜いたのは、以下の2冊。

ビジュアル版 数の宇宙―ゼロ(0)から無限大(∞)まで ピーター・J. ベントリー(悠書館)
ロスコ 芸術家のリアリティ―美術論集 マーク・ロスコ(みすず書房)


 どちらもこのブログに本のリンク&ビューを貼り付ける準備をしていて、高額な本だと初めて気づいた。いずれも5000円を超える。まあ、みすず書房の本ならばしょうがないとは思うが、「数の宇宙」の方は何故?と思ってアマゾンのページをよくよくみたら「ビジュアル版」なんだな。カラー写真をたくさん使った豪華本のようだ。新聞の紹介文では、その点に触れてなかった。タイトルも「ビジュアル版」を省いて、たんに「数の宇宙」だったし。まぁ、いっか。どうせ、どちらも買うつもりはないし。立川と川崎の図書館のどちらかで購入していてくれれば、問題はない。

 「数の宇宙」の方は、宇宙物理学者の池内了が紹介している。通常の書評欄の半分程度の囲みに、手際よく紹介文が書かれている。池内さんの著書は読んだ事がないので、信用度がどれほどかはよく解らないが、「いったん数を発見すると、人類は止めどなく数の世界を豊かにしてきたのだ」と力強く断定され、「家族揃って本書を開き、数の世界に遊んでみるのをお薦めしたい」とすすめられると、ついつい自然科学の読み物好きな僕としては、一度は借りてみなければなるまいと思ってしまう。

 それとは対照的に、おそらく借りることも読むこともないだろうと思いながらも、ついつい積ん読いてしまったのが「ロスコ 芸術家のリアリティ」の方だ。こちらは、やはり書評を松山巌が書いているからに他ならない。前回も書いたが、実際の本の内容以上に面白いと思わせてしまう力が、松山さんの文章には感じられるのだ。

 例えば、このマーク・ロスコという芸術家の名前を僕は聞いた事がない。当然ながら作品を見たこともないだろう。なのに、この本自体を「積ん読べき」だと思ったのは、書評の魅力を書き残しておきたかったからだ。

 「今日の社会では芸術に関する限り真理は趣味に取って代わられてしまった。面白いと思われる趣味が無責任に選び取られ、それは帽子や靴を取り替えるようにしょっちゅう交換されるのだ。…」

と、本文を冒頭で紹介し、それが抽象表現主義を代表するマーク・ロスコ本人の言葉である事に「アイロニーを感じざるを得ない」と、松山さんが指摘している事に、僕自身は興味を覚えた。松山さんの「おもしろがり方」に絶対の信頼を置いている僕としては、きっと「訳の分からぬ芸術」と思われてきた抽象画を描き続けてきたロスコともあろう者が、こういう権威主義的な言葉を吐いているからには、そこに何事かを読みとらねばならん。つまりは裏があると松山さんは敏感に反応しているわけだ。

 もし、ロスコやいろいろな芸術家たちの事を松山さん自身が書いた本が出てくれれば、僕はまっさきに書店に買い求めにいく。いや、行きたいのは山々だが、持ち合わせがないかもしれないから、やっぱり図書館で借りちゃう。借りちゃうかもしれないが、必ず読むだろう。だから、決してこの書評された本は読みそうにはないんだけれど、何度も言うが、積ん読いてもいいんじゃないかな。


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2009年04月24日

よみうりの切り抜き(2009/4/??)

 事情があってようやく立川に住むようになってから、ということは結婚してから、ということだけれども、初めて新聞をとることにした。3月から取り始めて、ちょうどポケモンとことわざ辞典が一体化している企画が始まったところで、子供がそのコラムの場所を探し出すのを毎日楽しみにしている。

 僕は僕で、実家にいたころのように新聞を隅から隅まで味わう生活がもどってきて、久々に楽しんでいる。やはりウェブの新聞サイトを見るだけでは味わえない楽しみが紙の新聞にはあるのだ。当然ながら、書評欄も毎週楽しみにしている。まるでプチ書店を逍遙しているような気分になれる。実家にいるときは安さ優先・広告の少なさ優先で東京新聞をとっていた。今回は折り込み広告優先という変わったニーズを我が家は抱えているので、チラシが充実している読売新聞をとっている。読売は確かに東京や朝日と比べると紙面の広告が占める比率が高く、その割に朝日ほど記事に切れ味がないという印象があった。だから駅売りで買う時は朝日にしていた。東京は安さだけの良さではなくて、その名の通り東京で密やかに暮らしている我が家向きで、的確な情報を控えめに提供してくれる。非常にすっきりしたコンセプトを持った紙面だった。

 ただし、不思議な事だが、書評欄は昔から何故か読売新聞がダントツで面白い。東京新聞は学者や識者の硬質な文章が勢揃いする事が多く、読んでいて退屈だった。今回、読売の書評欄を読み出すと、昔の印象そのままで、たいてい一、二冊は必ず読んでみたい本が見つかる。だって、松山巌とか北上次郎とかが常連で本を紹介してくれるんだよ。本当の内容以上に面白そうに見えてしまうじゃないか。

宇宙を織りなすもの 時間と空間の正体(上・下) ブライアン・グリーン(草思社)
ミステリーとの半世紀 佐野洋(小学館)


 「宇宙を織りなすもの」は、エントロピー増大の法則に関する本だ。自然科学の本は面白そうな題材に比して、文章がつまらない、もしくは難解な場合が多いので、躓くことが少なくないのだが、こちらを読んでみたいと思ったのは、書評担当の文章にそそのかされたというわけではない。書評の最後に「訳者・青木薫氏の偉業にも賛辞を。」と書かれていたからだ。おーお、サイモン・シンの著作の訳者ではないか。あの「フェルマーの最終定理」の面白さを平明な文章で伝えてくれた伝道者・青木さんの訳した本ならば、読んでみる価値はあるか。


 もう一冊は、ミステリーファンならば知らない人はいないだろう。短編ミステリーの大家・佐野洋の著作だ。などと偉そうに書いているが、一冊も、一編も作品を読んでません。ごめんなさい。どうも日本のミステリーは手が出ない時期が続いていたために、こんな事になる。でも評論家・エッセイストでもあることは知っていた。こちらは北上次郎が紹介しているので、本の内容以上に著者に関する面白いエピソードを追加してくれて、読む気にさせてくれる。

 そのエピソードは、文人碁会というイベントに参加した際に川端康成が見ていたかもしれないテレビのチャンネルを、そっと競馬中継に変えてしまったという逸話だ。まだ佐野洋が若い時の話だ。それが川端でなくて乱歩だったら果たして平気でチャンネルを変えることができたかと聞かれて「躊躇したかもしれません」と答えたという話だ。その話がもちろん載っているわけではないんだけれど、どうやら北上マジックにしてやられそうだ。


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2009年04月08日

星座別にクリスティを読もう!

 なるほど、その手があったかと思わず関心させられた。クリスティ文庫の事だ。

 先日、神保町の東京堂書店に行って〈読みたい本〉をあれこれと物色してハヤカワミステリの書棚にたどり着くと、アガサ・クリスティの文庫が新しい帯付きで横一列に長く平積みされている。よく見ると星座別にオススメの作品をピックアップして買ってもらおうという趣向だ。すでにクリスティ文庫は全巻刊行されて久しいので、作品自体に新鮮味はない。だから目新しい売り込み方が求められるわけだろう。

 僕の星座「山羊座」向きの作品は、

三幕の殺人(クリスティー文庫)
パディントン発4時50分(クリスティー文庫)
象は忘れない(クリスティー文庫)


などが上がっていて、平積みになっていたのは「三幕の殺人」だった。向いている理由は「堅実」とか「我慢強い」「努力」などの、山羊座の性格としておなじみのキーワードが作品と合致しているからだそうだ。「三幕の殺人」。うーん、読んだ事あったかなぁ。「ABC殺人事件」なら読んだ事があるけれど。ミス・マープルのファンなので、もちろん「パディントン…」は読んでいる。しかも気に入っている作品だ。「象は忘れない」は十数年前に遡る殺人を暴き出すという、非常に気長で読者に忍耐力を要求するような内容だった。確かに山羊座の僕向きかもしれない。
  

 ところで、相方の射手座のオススメが平積みに見あたらない。一体なんだろうなぁと、書棚の背表紙をにらんで「ナイルに死す」に当たりを付けたところ、ビンゴ〜。「冒険心」がキーワードらしい。「ひらいたトランプ」もそうなのか。こちらは自宅の書棚にあるから勧めてみようかな。

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2009年03月29日

「Yの悲劇」は手に入れたけれど…

なつかしの給食 献立表 アスペクト編集部編(アスペクト)
ムーミン谷の彗星 トーベ・ヤンソン作/下村隆一訳(講談社青い鳥文庫)
エルマーと16ぴきのりゅう R.S.ガネット作/わたなべしげお訳(福音館)
Yの悲劇 エラリイ・クイーン(ハヤカワ・ミステリ文庫)
ユング―地下の大王 C・ウィルソン(河出文庫)

 今日は武蔵野線・東武東上線を乗り継いで成増に出た。乗り換え駅の北朝霞でちょっと早めの昼食。この駅には「かつや」というファーストフードの定食屋がある。「てんや」のカツバージョンと言えばいいか。いや、ひょっとして「てんや」の系列店なのかな。じゃなければ、名前がパクリっぽい。食事の前に思いついて、ブックオフに寄り道する。すると、まえに立ち寄った時にも、駅前に個人経営の古書店があることをさらに思い出して、こちらを先に見ていく事にした。

 僕のもっかの捜し物はエラリー・クイーンだ。エラリー・クイーンの著作はすでに中学の頃からすべて買いそろえて今でも実家の本棚に置いてあるが、欲しいのは主として初期の国名シリーズとドルリー・レーン4部作だ。このブログで紹介している「ネタバレ解読」をやるために、書き込みが出来て捨ててもいい本がもう一冊ずつ必要なのだ。今のところ、創元推理文庫とハヤカワ・ミステリ文庫取り混ぜてほとんど入手できた。ないのは「スペイン岬の謎」「ニッポン樫鳥の謎」それに「Yの悲劇」だ。



 古書店は雑居ビルの2階にあり、あまり品揃えは多くない。当然ながらクイーンの著作は見あたらず、ざっとすべての書棚を一巡りして出ようと思ったら、「なつかしの給食 献立表」という本(ムック本)が目にとまった。昭和20〜60年代の給食の献立表を掲載して、いろいろと調査した本だ。その中に「46年5月東京都」という献立表がある。これなんか、もう僕にとってのど真ん中の給食だ。いてもたってもいられないので購入した。500円。定価1300円だから高くない買い物だ。

 ブックオフに移動。軒先に105円の児童書棚が出ていた。最近、児童書ミステリーも気になったので目を通すと「ムーミン谷の彗星」がある。ムーミンも遅ればせながら読破したいというモチベーションが高まっているので買うことにする。さらに下の方に「エルマーと十六ぴきのりゅう」がある。ああ、この本まで105円で売られてるんだ。こちらも思い入れにある本なんだ。見過ごす事はできないよ。2冊を手にもって店内に入る。

  


 さっそく海外翻訳の文庫棚に行くと、あったぁ「Yの悲劇」。なぜか「Xの悲劇」や「Zの悲劇」は出回っているけれど「Y」はあまり見かけない。つい最近、角川文庫「Xの悲劇」(新訳)を読んで、さらには僕のクイーン体験の原点である秋田書店「Yの悲劇」を読んだばかりなので、次はいよいよオリジナルの「Yの悲劇」かなと思っているが、肝心の書き込み本が準備できていないのでちょっと困っていたのだ。

  


 でも400円かぁ。ちょっと高いなぁ。基本的に書き込みして捨ててしまう本だから、安い本がいいんだよな。書き込むには惜しいくらいきれいな本は捨てられなくなりそうで困る。さてどうしたものかと、105円コーナーに移動。こちらにはエラリー・クイーンの本はなかった。その代わり、C・ウィルソン「ユング―地下の大王」があった。これって前から読みたかったんだよ。105円、いいねぇ。

 「ユング」で3冊を手にしたら気が大きくなってきた。400円の「Yの悲劇」買いましょ。しめて700円超えの買い物。いや、給食本と合わせたら千円を超えている。家に帰ったらどこに隠そうか。本棚はどこもかしこも満杯状態なので、見つかったら怒られそうだ。などと嬉しい心配をしながら「かつや」でロースカツ・メンチカツ定食を食す。

 さらに東上線で成増下車。じつは成増にもブックオフがある。最近、DVDやCDのコーナーが奥に移動して、手前に文庫の書棚が移動したらしい。僕にとっては大変ありがたいレイアウト変更だ。ここにはクイーンはないのは分かっているのだが、念のため探してみると…。あっ!あった。なんと、こっちにも「Yの悲劇」がある。こういうのって近在のブックオフで同じ在庫を分け合ってるからかな。でもイヤな予感がする。本を抜き出して裏返すと、やられたぁ〜、350円だ。悔しいぞ〜。

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2008年10月10日

ダーク・タワー スティーブン・キング(新潮文庫,2005年-2007年)

 僕はスティーブン・キングの熱心な読者ではない。一つには作家のベースとなるジャンルが苦手なホラーである事が災いしている。また、たとえストーリーテラーとしての実力は認めるにしてもあまりに多作なのでいったいどれから手をつけたらいいものか迷ってしまい、結局図書館のキングの書棚を前にして呆然としてしまう。また一作の分量が長く、何冊もシリーズが続くというのも手を出しにくい原因になっている。

 これまでになにを読んだろう。はっきりしているのは「スタンバイ・ミー」と「ダーク・ハーフ」それに「ペット・セメタリー」だ。「it」も途中まで読んでいる。これらに共通するのは映画あるいはドラマだ。一時期、苦手というだけでホラー映画まるごと見てないのはもったいないと思い、レンタルビデオで借りて見ていた。その中に「ダーク・ハーフ」も「ペット・セメタリー」も「it」もあった。「ダーク・ハーフ」は作家と作家が生んだ悪のヒーローとを、あの「普通の人々」「タップス」のティモシー・ハットンが演じていておもしろかった。「ペット・セメタリー」は題材の怖さもさることながら、結末の余韻が映画と原作で正反対なのに驚かされた。もちろん原作のホラーらしからぬ感動的なシーケンスは今も記憶している。

 「it」は出だしは不気味なピエロと子供たちの攻防がとても良かったのだが、後半でピエロがある姿に実体化するシーンが映像としてはかなり興ざめだった。これが文章でどう描かれているか、大変興味があったので読みだしたのだが、全4巻の分量のせいで現在足止めを食っている。「ザ・スタンド」もNHK−BSでたびたび放映していたのをしっかりと見ているので、次の読書の対象となりそうだが、まだ手が出ない。

 それより以前から気になっていたのは「ダーク・タワー」シリーズだ。キングのライフワークだという事を、まだシリーズ途中の未完の頃に知って興味をもった。また、叙事詩のようにスケールが大きく、始まりがあって終わりがあるストーリーではなく、すでに存在する世界の途中にいきなり読者を連れだして途方に暮れさせるような世界観の大きさみたいなものが感じられて、完結したら是非読んでみようと思い込んでいた。

 そしてようやく新潮文庫で完結し、昨年夏の「新潮文庫の100冊」に入った。早々と今年の「100冊」では抜けたので、完結記念のご祝儀みたいなものだったみたいだけれど、読み出すキッカケとしては申し分ない。頭のどこかにずっと引っかかっていたのだが、会社に行くまでも商店街にある古本屋の100円コーナーに先日「ダーク・タワー」の1〜3まで全5冊が並んだ。おー、これは買わねばと後先考えずに買ってしまった。たぶんそのときは、てっきり全5巻かもしれないと思いこんでいた。いや、なんとなく7という数字に覚えがあるから、残り2冊の全7冊かもしれないなどと悠長な事を考えていた。その日は会社の同僚に良い買い物をしたと自慢したのは言うまでもない。

 5冊もいっぺんに100円コーナーの書棚から買い上げると、ぽかっと隙間が目立つ。さっそく次の日には代わりの本が詰まっていた。それも7冊押し込まれていた。昨日と同じ黒い装丁だ。あっ、あれ…?

 「ダーク・タワー」の4〜6で7冊。いや、よく見ると6は上巻だけだ。4も5も上中下の全3巻なのだ。6も全3巻なのかもしれないが、隙間がなくて上巻だけとはなんということだ。ますます上中下である可能性が高い。1冊ならおしこめるが2冊は難しかったのかもしれない。しかし、パート6で完結なのだろうか?いや、帯を見るとパート7まであるぞ。いったいシリーズは全何冊なんだ?とりあえず、買いたい衝動を抑えて冊数を知ることを優先しよう。

 会社に出てさっそく図書館を検索。「!」。なんと全16冊なんだ。その最初の「たった5冊」を買って喜んでいたのか。さて、本当に僕は全16冊読めるのかよ。ここが思案のしどころだ。まずは仕事しましょ、仕事。一日仕事に没頭したら、なんか帰りにはハイテンションになってる。疲れが度を超したな。そうなると、もう買っちゃっていいんじゃない?と思える。いや、買え!買おう。帰りには決意を固めたが、家には16冊も持ち帰れないから、行きに買わないと。明日まで保留。

 そして翌日、もし一冊でも買われていたらあきらめよう。買われてなければ「毒を食わば皿まで」だ。全巻買うぞ〜。で、いま会社の机の上には5冊+7冊=計12冊の「ダークタワー」がのっている。

(追記)
 その後、パート6の下巻、完結編のパート7の上中下巻の4冊が店頭の書棚に並んだのに、遅くなって帰りの電車に急ぐ道で出くわした。明日まで待てないので買って、こちらはそっと自宅に持ち帰った。さて16冊の「ダークタワー」をいつから読みだそう。

(追記その2)
 さらにその後のこと、上述の古本屋を横切ると、な、なんと「ダークタワー」全16巻がビニールで包装されて105円コーナーに並んでいる。1680円。思わず頭割りしてしまった。1冊105円だ。損してないぞ。でも、もう1セットあったなんて、ビックリだ。最初から全16巻で売られてたら、あんな何度もじらされたりしなかったのにな。いや、でもいっぺんに1680円のセットを見せられたら、貧乏性なので買い控えてしまったかもしれない。まんまとはまってしまったような気がする。是が非でも読んで元を取らねば…。

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2008年07月07日

漢字伝来 大島正二(岩波新書、2006年)

 いまハリー・ポッターを最初から一気読みしようと気合いを入れているが、それにしても他に何も読まずに一気に読むのはさすがにつらい。合間に息抜きは必要だ。ニール・アームストロングの伝記「ファーストマン」の再挑戦もなかなかはかどらない。父方の先祖の歴史にずっとつきあわされてなんとか乗り越えたのに、次の章が母方の先祖の歴史っていうのはいくらなんでもないんじゃないかなぁ。

 そんななか息抜きとして絶好の本を買った。平凡社新書の「かなづかい入門」(白石良夫)だ。副題が「歴史的仮名遣VS現代仮名遣」となっていて、仮名遣いの歴史や問題点を新書一冊で浮き彫りにしてくれる。とくに帯には「『考へる人』は『考える人』よりえらい?」という扇情的なコピーが入っていて、世に「歴史的仮名遣い」の方が学問的に正しいと主張する人々への牽制となっている。僕が知りたいところもそういう部分だ。何故今さら「歴史的仮名遣い」をあえてする文章家がいるのかが、よく分からない。自分の無知を素直に棚に上げて、歴史と本質をお勉強しましょう。

 そこで、随分前に出たこちらの新書もあわせて読むともっと面白いかもしれない。そもそも仮名遣いというのは、文字を持たない日本人が隣国・中国から文字(漢字)を借りてきたところから始まる。音を借りて「佐久良(さくら)」とか「許己呂(こころ)」と各様になったり、さらには意味を借りて「心」「情」で「こころ」と読ませるようになった、と「かなづかい入門」の冒頭に書かれている。では、そもそも漢字はどのように日本に「伝来」してきたのだろう。ちょうど、仮名遣いが始まり、ひらがな・カタカナができあがるところで終わる「漢字伝来」の物語をこの本でお勉強してみよう。

 第1章 漢字が日本列島にやってきた
 第2章 “漢字文化”の伝来
 第3章 漢字・漢文学習の本格的な開始
 第4章 漢字文化の確立
 第5章 漢文の日本語化が始まる
 第6章 漢字“日本語化”の完成
 第7章補章 日本漢字音と中国原音の関係を知るために


読みたいと思った日:2006/12/23(土)
読みたいと思った処:会社最寄り駅近くの古本屋さん
積ん読?: 立川図書館・川崎図書館に積ん読(「かなづかい入門」に続いて読んでしまおう!)


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2008年06月24日

シックス・センス 生存者 デイヴィッド・ベンジャミン(竹書房文庫,2000)

 ナイト・シャマラン監督の新作「ハプニング」が、この夏に公開される。過激な描写により監督初のR指定だそうだ。予告のワンシーンを見る限り、次々とビルの屋上から飛び降りてしまう人々の姿に一瞬にして目が惹きつけられる。ナイト・シャマラン監督らしいダークファンタジーを感じさせるスタイリッシュなワンシーンだ。

 怖い。いつものように静かに迫ってくる怖さもあるが、今回は外界とは隔絶された狭いエリア、少数の人々に起こる恐怖体験ではなく、かなり大規模なウィルスによる汚染を思わせる〈ハプニング〉が起こるようで、正直今までの作品に寄せてきた期待はしない方がいいみたいだ。

 僕はシャマラン監督作品を「シックス・センス」「アンブレイカブル」「サイン」「ヴィレッジ」とかなりきちんと観てきている。彼の作品になにかしら期待してしまうのは、なんと言っても「シックス・センス」との出会いが衝撃的だったからだ。衝撃的だっただけでなく、映画としても十分に感動できる内容だった。特にラストで主人公の男の子と母親の絆が埋められていくシーンは、その後に来る「映画に隠されたある秘密」への驚き以上に、この映画の出来を左右している。

 その後、不思議な事に一度たりともシャマラン監督は僕の期待を満足させる映画を撮ってはくれない。「アンブレイカブル」にはがっかりした。「サイン」では敵の正体はしょぼいが家族愛の描き方は独特で、監督らしさを取り戻した。「ヴィレッジ」は謎は面白いが内容はあまりなかった。どうやったら「シックス・センス」のようにダークファンタジーと人間ドラマのバランスがとれるのだろう。監督自身「シックス・センス」のような作品をまた撮ろうと思っているのだろうか。そうであれば、また今度も裏切られると知りつつ観に行きたいと思ってしまう。

 そんなとき行きつけの古本屋の105円コーナーで「シックス・センス」の文庫を見つけた。映画のノベライズ本だ。ところが「シックス・センス 生存者」というタイトルが並んで見えた。奇妙に思い、手にとってみて、初めてこの映画に原作があることを知った。しかもこの原作はシリーズになっていた。

 その時すぐに思いついたのは、「シックス・センス」の出来の良さはシャマラン監督の才能だけによるものではなく、原作によるところが大きいのではないかということだった。特に、その後の監督の作品があれこれと奇妙な謎とその種明かしに力が注がれているところをみると、あの母と子の感動的な場面は脚本と原作のどちらの手柄なのか、是が非でも知りたくなった。
読みたいと思った日:2008/6/15
読みたいと思った処:会社最寄り駅近くの古本屋さん
積ん読?: 自宅に積ん読(買っちゃいました。面白ければシリーズ化された続編も読みたい。)


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2008年06月10日

アクロイドを殺したのはだれか ピエール・バイヤール(筑摩書房、2001年)

 先日「アクロイド殺し」を再読して書評を書いた。そこでも書いたが、いまさら「アクロイド…」を読んだ最大の理由は、この本を読みたかったからだ。出版された当時から心の中で〈積ん読〉しておいたのだが、ずいぶん前にいきつけの古本屋で見つけたので購入して自宅に積んでおいた。

 タイトルどおり、この本はクリスティの「アクロイド殺し」を詳細に分析して、〈ほんとうは誰がアクロイドを殺したのか〉と問いかける刺激的な評論だ。著者はフランスの大学教授だそうだ。つまりミステリーの評論ではなく、テクスト論の一応用というわけだ。

 だから横溝正史ブームが起こった70年代に数々書かれた名探偵・金田一耕助の推理が行き当たりばったりで本当は別に犯人がいるのではないかという、いわばブームに乗ったおちゃらかし本とは訳が違う、と思ってぜひ読んでみたかった。もちろん、純粋にミステリー評論の方がおもしろい場合もあるが、こと「アクロイド…」について言えば、メタミステリーの代表作もしくは問題作と言われ続けてきたから、本書でもその点をつまびらかにしてくれると期待したのだ。

 ところが一向に読めない。ウンザリする。飛ばすしかない。しばらくは読む。また飛ばす。ずっと飛ばす。いっそ章の結論をはしょり読みして、次の章を読んでみる。やはり飛ばさなくてはならない。なんだ、読めるところがないじゃないか。

 なんのことか分からないだろう。実は本書は〈学問のため〉という大義名分を水戸黄門の印籠のように振りかざした著者が、無造作に「アクロイド殺し」以外のクリスティ作品のネタばらしをしている。しかもミステリーファンの間でお約束である「ここからネタを割りますよ」という断りはいっさいない。それどころか、「〜というトリックを用いた作品Aや作品B」とか「〜が犯人である作品Cや作品D」といった具合に、無神経にも二三冊まとめてタイトルを列挙していく。おかげで数ページ読むだけで、クリスティの未読の作品5、6冊の犯人が分かってしまった。

 クリスティの作品をいずれは読破したいと野望を抱いている僕としては読書を断念せざるを得なかった。それにしても本の帯に「本国フランスで絶賛!」のような惹句が書いてあったが、ネタばらしの無神経さを指摘した批評家はいなかったのだろうか。いや、たぶんいたはずだ。

 では誰がこの本を読むのか?単なる文学論や言語論を専門にしている人たちは読むだろうが、同時に参考資料として引用されている他のクリスティ作品もネタバレした上で読むのだろうか。だとしたらご苦労なことだ。一読者は、一ミステリーファンは読まないだろう。あとはコアなクリスティファンや評論家しか残っていない。彼らはネタバレされても一向に困らないからだ。ただし僕と同じように著者の無神経さに憤る可能性は高い。やはり著者の同業者だけが内輪でありがたがるだけのようだ。

 それにしても、何故他の作品のネタ割りをしなければならないのか、よくよく考えてもわからない。テクスト論であれば、作家としてのクリスティがどんな作品を残したとか、どんなトリックや犯人の設定を好んだとかは、括弧に括ってしまってよかったのではないか。僕には単なる箔づけにすぎないように思えた。


読みたいと思った日:2006年のいずれか
読みたいと思った処:会社最寄り駅近くの古本屋さん
積ん読?: 自宅に積ん読(ただしクリスティ全作品読破が条件なので、処分しちゃうかも)


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2008年06月04日

はじめまして数学 吉田武(幻冬舎文庫)

 理系に進路を取って今の仕事についたにも関わらず、今もって数学や物理が得意という実感はない。苦手ならばこの道の進んではいないが、元々が広く浅くをもっとに好奇心を広げるだけ広げる性格なので、どちらかというと原理的なことを学ぶ初等数学や初等物理学といった内容にいまだに関心がある。

 アインシュタインの相対論を説明する素人向けの解説本は数多く出ていて、書店で見かけるたびに何冊かは買い求めていた時期があって、つくば大に進んでそのまま巨大加速器で基礎実験を繰り返す高エネルギー研究所に職を求めることになった高校からの友人には、「いいかげんその悪趣味はやめたら」とたしなめられた事がある。わかっちゃいるがやめられない。

 それは何故かと考えるに、やはり自分自身の知識を深めるという事よりも、言葉そのものを自分が求めているということのような気がする。あらゆることの原理を言葉で説明してもらえば、その世界の透明度が増す。それが強いては自分の身の回りの透明度が増すような気がするのだ。抽象的な言い方だが、要は知識ではなく自分の世界に対する関わり方が確固たるものになるということだ。

 この本も書店で見つけた。趣旨は数学の入り口に立っている初心者や数学が苦手のままに大人になってしまった人向けの啓蒙本だ。

全三巻からなる。サブタイトルは以下のとおり。

第1巻「自然数を追え,無限を掴まえろ!」
第2巻「ベクトルをまわせ、ドミノを倒せ!」
第3巻「二階建ての数「分数」の世界」


 第1巻は自然数〜無限までの数の成り立ちをひもとき、加減乗除の仕組みを説明する。第2巻では整数の計算をベクトルで考える。「虚数や“無限を折り畳む”ドミノ倒しの術」などを解説するというなにやら難しそうで、それでいて数学の〈魔術〉のような魅力が潜んでいそうな内容だ。第3巻では小学生にも数学嫌いの大人にも手に余る「二階建ての数」である分数を解説してくれる。

 内容紹介を読んだ範囲では「分数の世界」を解説した第3巻が一番おもしろそうだが、3巻目から読んでも差し支えないのだろうか。それとも三冊いっぺんにかりて、横断的に拾い読みしていけばいいのかもしれない。

読みたいと思った日:2006/12/15
読みたいと思った処:「オリオン書房」立川南口店
積ん読?: 川崎市立図書館に積ん読(立川には第3巻が所蔵されていない)


 

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2008年04月12日

ミステリの名書き出し100選(早川書房編集部 )

 小説の書き出しで印象に残る作品は必ずしも名作とは言えないんじゃないかなあとも思ったが、考え方が逆なのかもしれない。世に数ある名作の中で書き出しから「お見事!」と読者をうならせる作品がある。これは名作である上に心に残るスタンダードとしての地位を獲得するはずだ。漱石の「わが輩は猫である」しかり「坊っちゃん」しかり川端康成の「雪国」しかりだ。

 当たり前の話だが「書き出しは見事だが駄作」はそもそも忘れさられて顧みられない。ならば「数ある名作」から印象的な書き出しの本を選んでいけばいいわけだが、さてミステリーの名作に限ると書き出しがパッと思い付く作品がどれだけあったか。ウールリッチの「幻の女」は確かに忘れ難い。「雪国 」の表現と比較してもいいくらい詩的な文章だ。

 店頭で目次をサッと見たかぎりでは、「名作ミステリー100選」と題しても変わり映えしない気がした。「Yの悲劇」は確かに歴史的名作には違いないが、書き出しがそれほど印象的だったかなあ。とりあえず積ん読こう。

読みたいと思った日:2006/12/15
読みたいと思った処:「オリオン書房」立川南口店
積ん読?: 立川市図書館に積ん読


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2008年03月19日

ほぼ日刊イトイ新聞の謎。 (ほぼ日ブックス #)

 愛用する立川と川崎の図書館いずれを検索してもヒットしない。タイトルがおかしいのかなぁと思って「ほぼ日刊イトイ新聞」で引くとヒットする。なんだ、やっぱり店頭で見つけたときにメモし間違えたんだな。と思ったら「ほぼ日刊イトイ新聞の本」とある。それに出版年がちょっと古いな。「本」と「謎」を間違えるなんてことがありうるか?

 結局、両方とも別のタイトルで存在するようだ。でも二つの図書館で「謎」の方はない。「本」の方は「ほぼ日」が開設されて3年ぐらいたってから、サイトの中身を紹介した解説本だったようだ。。こういう本は「ほぼ日」のいわばガイドブックなので図書館でも必ず購入しそうだ。一方、「謎」の方は開設から8年たって、ということは今年で10年目に突入したわけだが、毎日毎日更新することを主宰者・糸井重里自らが使命づけて始まった、超プライベート感覚の手作り日刊紙が8年の長きにわたって止むことなく続いてきた過程が、〈クロニクル風〉に描かれている(らしい)。

 らしい、というのは、一昨年の12月に携帯にメモったタイトルと、そこからアマゾンで検索してたどった表紙の横長の写真以外に、どこに惹かれたのか一切記憶にないからだ。でも、おもちゃ箱のようにいろんな趣向がぎっしりと、しかも整理されずに雑然とつまった「ほぼ日」を楽しむには、整然と整頓されたガイドブックはふさわしくない。〈クロニクル〉でまるごと「ほぼ日」の日々に触れた方がおもしろそうだ。ひょっとしたら当の記事や文章を読む手間をかけるより、当時のスタッフや読者の盛り上がりや冷め方などの経緯を知った方が、本当のおもしろさが伝わるのかもしれない。

 いまでこそ「言いまつがえ」のようなヒット企画を抱えるサイトだが、開設当初は糸井重里個人のあやしさを反映した奇妙な企画の数々に惹かれて、毎日ちょこちょこと覗き見していた頃を懐かしく思い出す。600ページからなる本書でその頃の思い出が再現される楽しみがありそうだが、でも図書館で借りられないんだよねぇ。やっぱり、「ほぼ日ブックス」の倉庫に積んどくかぁ。

読みたいと思った日:2006/12/15
読みたいと思った処:「オリオン書房」立川南口店
積ん読?: 「ほぼ日ブックス」の倉庫に積ん読


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2008年03月11日

統計数字を疑う なぜ実感とズレるのか? 門倉貴史

 以前、統計の本というより「でたらめさ」についての本を読んだときに、統計学の結論というのは往々にして素人の直感と真逆になることが多いと書いてあったのを思い出した。例えばサイコロで「1ばかりでると、そろそろ1以外の目がでるはずだ」とか、「宝くじで一等が出た場所だから、きっと次の一等も出やすいはず」みたいな直感はよく知られている。直感というか迷信と言ってもいい。とにかく、血液型による性格判断がいくら科学で否定されていようが、ほとんどの人が性格の違いが普遍的に当てはまると大なり小なり信じているように、統計に関わる事象を直感で判断すると、かならずどこかで落とし穴にはまりこむ。

 と言えれば話は簡単なのだが、結構この種の直感が当てになるのは、直感ではなく科学や数学、あるいは理屈で説明されても一向に僕ら素人を納得させない本が多いからだろう。

 そこで、この本だ。統計と一口にいってもいろいろな性格をもった統計があるというのが著者の主張で、それを正しく読みこなすのは難しい。専門家がそういうなら素人はただただ恐れ入るしかない。で、こういう啓蒙本かつノウハウ本で、統計センスをみがきましょう、となるわけだ。

 まあ、この手の本は腐るほど出てるけど、「なぜ実感とずれるのか?」というところが面白そうだ。統計に関する科学書を読んでも書かれてないことが多い。導入部は僕のような素人を惹きつけるのに、最終的には統計学の話になってしまい、正規分布やら推定やらの話になって、なんとなくだまされたような気がするからだ。そんな事をお勉強するために読んできたんじゃないぞと突っ込みを入れたくなるのだ。

 この本が本当に僕の知りたい事を「わかる、わかる」と説得させてくれるかどうか。とにかく読むしかないよね。

読みたいと思った日:2006/12/4
読みたいと思った処:「オリオン書房」立川南口店
積ん読?: 書店に積ん読


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2007年10月02日

僕の心の積ん読リスト追加(2006年11月)

11/29
中庭の出来事 恩田陸

 なんか惹き付けられるタイトルだ。「秘密の花園」だとか「赤い館の秘密」だとか、その他英国の小説やミステリーで数々の舞台を提供してきたのが中庭だ。そこで起きる〈出来事〉なのだから、きっとひめやかで慎み深い死体の一つでも色とりどりの花に埋もれて置き去りにされているに違いない。

 などとタイトルから想像をめぐらしていたら「瀟洒なホテルの中庭」だった。しかも例の映画「Wの悲劇」ばりに、芝居(演劇)の準備風景と絡めた気の効いた設定だ。ただし恩田陸のことだ。設定は凝ってても内容が見かけ倒しということもあるので要注意。

宇宙授業 中川人司

 これもタイトルに惹かれた。というより、よく考えれば書店で本を物色する際には、まずタイトルが自分の胸をキュンとさせるかで手にとる本が決まる。背表紙しか見えなければタイトルのみ。平積みならば装丁の好みや帯の惹起に目がゆくが、ページを開くまではタイトルで選んでいる。

 さて宇宙授業ってなんだろう。「宇宙についての授業」なのか「宇宙での授業」なのか、まれに「宇宙がする授業」か。分からないからパラパラ覗き見してみる。

「人類の宇宙への営みをともに味わってもらおう」というのが著者の執筆の動機のようだ。今や理系ばなれが進んで「宇宙への営み」に関心があるのは一部の物理学者だけなんじゃないだろうか。

 そのせいか素朴だが、子供だけでなく僕らも気になるような章が続く。「宇宙人はいますか?」「見えているものは、すでに古い」「みんな引かれ合っている」「月が大きく見えるとき」「どこから、宇宙なの?」。

 季節柄、月が一年で最も美しく見えるこの時期に「月が大きく見える」理由を著者にご教授ねがうのが愉快そうだ。

11/16
文豪の探偵小説 山前譲編

 例えば坂口安吾が無類のミステリー好きであることはよく知られていて、自身「不連続殺人事件」などのミステリーを書いている。その他の文豪では芥川龍之介に短編であることも聞いたことがある。森鴎外にもあったんじゃないかな。

 小林秀雄の「考えるヒント」の1編に、志賀直哉か誰かが「裁判では罪を裁いて人は裁かない。では被害者の気持ちは誰が代弁するのか」というあらすじの作品があるという事が書かれていた。あれもミステリーと言えるかな。ちょっと違うか。こうなると探偵小説を書いた〈文豪〉とは誰なのか知りたくなって思わず手にとった。つまりは釣られたのだ。

 ちなみに文豪・漱石にはミステリーはない。〈探偵をする主人公〉の話はある。「彼岸過迄」だ。

11/15
マインド・クエスト 意識のミステリー ダン・ロイド

 人間の意識は謎に満ちている。脳の機能の一つ一つはだいぶ解明されてきてはいるようだが、相変わらず意識全体・脳全体となると、鬱蒼とした森のようだ。フロイトの無意識を持ち出すまでもなく、いまだに意識自体がひとつのミステリーだ。

 だから意識の探求というテーマがミステリーになりうる。意識を探求する精神分析や心理学そのものが興味深い題材を豊富に提供してくれる。素人である僕たちには嘘か本当か、学問かただの迷信か、区別できるわけもない。ただ面白ければいいのだ。

「現象学」を中心に最新の科学の成果も交え、スリリングに展開する脳と意識の哲学ミステリー!


 哲学も絡んでくるとなると濃いミステリーになりそうだ。

11/12
文化としての数学 遠山啓

 これってタイトル拾ったとき何が面白かったのかなぁ。今さら見るタイトルからは何もビビビとこない。逆にあまりに平凡だから手にとったのか。いや、やっぱり数学を「文化」としてとらえるという平凡そうに見えて意外な視点に惹かれたのか。そうは言っても合点がいかない。そうだ、きっとオビの文句だと思いついて調べてみると、

数学は人間が創ったものだろうか?“2+2=4”これは人類が存在する遙か以前からの真理ではなかろうか?

などという、数学を〈人生哲学〉としてとらえる著者の言い分に耳を傾けたくなったんだった。爽やかな秋晴れの日は、こういうふうに啓蒙されてもいいかなぁ。

不思議の森のアリス リチャード・マシスン

 梶尾真治「タイムトラベル・ロマンス」を読んで、SF作家のマシスンがこのジャンルの名作を書いていると知ってちょっと気になっていたところに、書店で彼の短編集が平積みになっているのに出くわした。こういうのをシンクロニシティというのだ。

 実は途中まで読んで返してしまった。ダークファンタジーと銘打ったこのシリーズらしく、なかなかどすぐろい得体の知れなさが迫ってくる短編ばかりだ。もっとも恐くて読めなくなったわけではなく、時間切れ・返却日になったからなので、もう一度挑戦したい。いや、でも先に映画「ヘルハウス」の原作の方を読むべきかな。でも、あれは怖いぞ〜。

11/7
エッシャーに魅せられた男たち 野地秩嘉

川崎図書館で検索すると見つからない。立川では見つかる。というわけで〈心の積ん読〉で紹介する前に借りてきてしまった。それで判明したのは、単行本と文庫ではタイトルが変わったようだ。単行本のタイトルは「エッシャーが僕らの夢だった」。検索したら川崎にもちゃんとありました。

 エッシャーは、ちょうどこの文庫を書店で拾った時期にBunkamuraで展覧会を開催していた。相変わらず人気は衰えない。どうしてこんなにも日本人はエッシャー好きなのかということを詳細に書いているが、なにより面白いのはエッシャーにも全然知られていない無名の時代があった(当たり前なのだが)というところから始めている点だ。

 エッシャーも最初は受け入れられない時期があったようだ。冒頭で「妙に俗受けするデザインで安っぽい」というような挑発的な言葉でエッシャーの絵を評価する言葉が書かれていて、俄然興味が湧いてくる。僕自身、エッシャーの絵に惹かれるのはトリッキーな部分なのか、その芸術性なのかよくわからない。たぶんどっちもというのは嘘だ。トリッキーなところに意味なく虜になってしまうのだろう。

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2007年04月02日

図書館に積ん読(逐次更新)

 <図書館に積ん読>は、<心の積ん読>の姉妹編だ。

 <心の積ん読>は書店で見かけたりテレビや雑誌で紹介されていた生きのいい本たちを捕まえては積み重ねている。そして今すぐは読めないけれどいずれ読もうという気持ちが込められている。

 ところが出会って今すぐ読みたいとさっそく借りてきた本は、当然ながら<心の積ん読>対象外だ。特に図書館で書棚をぶらぶらしていて捕まえた本はついつい読めもしないのに借りすぎてしまうことが多い。以下は、読めずに返却してしまった本の数々だ。

 今まではサイドバーに置いていたが、「積ん読本」としてもっとフィーチャーする事にした。括弧内の数字は借りて読んだ%である。

ちくま日本文学全集 永井荷風(0)
 リサイクル図書の「ふらんす物語」を入手したから借りたわけではなくて、この時期ふらふらと散歩したいなぁという気分の表れから借りてきた。「ふらんす物語」の方がシンクロニシティを起こしたのだ。でも綿矢りさ「夢を与える」が回ってきてしまったので、読まずに返却することに。残念!


ウは宇宙船のウ(新版)(5)
『坊っちゃん』の秘密(5)
EXPO’70−驚愕!大阪万国博覧会のすべて−(0)
EXPO70伝説−日本万国博覧会アンオフィシャル・ガイドブック−(0)
映画の中の本屋と図書館(0)
複雑な殺人芸術(0)
ことばの流星群(5)
うわさのベーコン(0)
風の影(下)(20)
現代思想の遭難者たち 増補版(20)
いつかパラソルの下で(0)
DIVE!! 1(0)
姿三四郎(上)(0)
ことばの訓練教室 書く技術(0)
バッテリー 2(5)
ある日どこかで(0)
古代エジプト文化とヒエログリフ(0)
ゲイルズバーグの春を愛す(5)
煙か土か食い物(0)
うまい!日本語を書く12の技術(5)
貼雑年譜(0)
広辞苑は信頼できるか(0)
芭蕉紀行文集(ワイド版岩波文庫)(0)
まちがいだらけの日本語文法(0)
図説 江戸の芭蕉を歩く(20)
新・考えるヒント(0)
バルタン星人はなぜ美しいか(50)
芭蕉の孤高蕪村の自在(30)
言壷(5)
ハリー・ポッターと賢者の石 携帯版(20)
松尾芭蕉 人物叢書(0)
図説東京大空襲 ふくろうの本(5)
砂漠(0)
出口のない海(0)
メンデレーエフ元素の謎を解く 周期表は宇宙を読み解くアルファベット(40)
人類、月に立つ(上)(0)
教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書(30)
よくわかるクジラ論争 捕鯨の未来をひらく(20)
〈図解〉月の神秘 伝説から科学まで(2)
神はサイコロを振らない(10)
自己破産マニュアル
日本文学ふいんき語り
コンタクト(上)
コンタクト(下)
びっくり館の殺人(0)
名探偵推理クイズ 犯人は誰だ?(10)
漱石の測鉛(5)
わが闘争(上)(0)
漱石の孫(0)
ソラリス(2)
アナロジーの罠(20)
浅草紅団,浅草祭(0)
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posted by アスラン at 02:52 | Comment(0) | TrackBack(2) | あっ、これ読みたい | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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