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2014年11月25日

2014年11月の新刊

 もう11月も終わりが見えてきた。なのに、いまさらの「11月の新刊」。しかも「10月の新刊」は出しそびれてしまった。12月の新刊紹介はすでにおなじみの大洋社のHPで掲載されているというのに。それもこれも、本を読むよりも折り紙を折ることに血道を上げてしまったからなのだが、それはまた別の機会にお話させてもらうことにして、とにもかくにも「2014年11月の新刊」から、読みたい本をピックアップしてみよう。

11/07 007 白紙委任状(下) ジェフリー・ディーヴァー(文春文庫) 648
11/07 007 白紙委任状(上) ジェフリー・ディーヴァー(文春文庫) 648
11/07 それをお金で買いますか 市場主義の限界 マイケル・サンデル(ハヤカワ文庫NF) 864
11/07 毒殺者 折原一(文春文庫) 756
11/10 言葉なんかおぼえるんじゃなかった 田村隆一(ちくま文庫) 950
11/10 増補 夢の遠近法 山尾悠子(ちくま文庫) 972
11/10 娘と私 獅子文六(ちくま文庫) 1512
11/21 いま見てはいけない デュ・モーリア傑作集 ダフネ・デュ・モーリア(創元推理文庫) 1296
11/25 「AV男優」という職業 水野スミレ(角川文庫) 605
11/25 ナミヤ雑貨店の奇蹟 東野圭吾(角川文庫) 734
11/28 O・ヘンリー・ザ・ベスト(1) 賢者の贈物 O・ヘンリー(新潮文庫) 529
11/28 言語小説集 井上ひさし(新潮文庫) 497
11/28 失踪当時の服装は【新訳版】 ヒラリー・ウォー(創元推理文庫) 1080
11/28 吹雪の山荘 リレーミステリ 笠井潔ほか(創元推理文庫) 1080
11/28 日本文学100年の名作(4) 1944−1953 木の都 池内紀(新潮文庫) 810
11/28 飛ぶ教室 エーリッヒ・ケストナー(新潮文庫) 594


 ジェフリー・ディーヴァー「007 白紙委任状(上)(下) 」。すでに店頭に並んでいる。最近はディーバーの作品はすべて単行本で読了済みなので、文庫については特にどうという欲求はないのだけれど、いずれ再読用に古本で安くなった文庫を買い集めているから、無関心ではいられない。と言っても、集め出した最初の頃はなかなか古本屋で安いリンカーン・ライムシリーズが入手できずにやきもきさせられたが、今は割と新しめの作品も安価で手に入る。それもこれも、著者ディーヴァーがシリーズ途中から宗旨替えして作品を短期間で発表するようになったことが影響しているように思う。僕としてはライムシリーズをメインの楽しみに据えて、キャサリーン・ダンスシリーズで繋いでいければ言う事はない。ああ、本作は、かのジェームス・ボンドが活躍するスパイ物に著者が果敢に挑戦した一作だ。映画でも確かに超人的な諜報部員ではあるけれど、本作のボンドはさらに超人的だ。映画の歴代のボンド役の俳優を思い浮かべながら本作を読むと、どれにも当てはまらない。他の著作同様楽しく読めたけれど、映画の中のゆるゆる感が足りないのは残念だ。

 マイケル・サンデル「それをお金で買いますか 市場主義の限界 」。こちらも店頭に並んでいる。が、平積みを手にとっていない。あれほどテレビ講義の影響でサンデル熱に浮かされたというのに。でもきっと、ちょっと見開きを読んでみたら、再び魔法にかかってしまうんだろうな。いや、そんなことを考えたら、すぐに書店に駆け込みたくなってきた。

 折原一「毒殺者 」。こちらも中毒性が高い。最近(と言っても半年は前かな)読んだのは、雪山で遭難した、とある会社の山岳部のベテランメンバーの死を描いた作品だった。そうだ、「遭難者」だ。故人を偲んだ追悼集と追悼集別冊の二分冊からなる単行本の趣向が珍しいので、図書館で見たときから気になっていたが、文庫化にあたって一冊にまとめられた。それもつまらないなと思って図書館で単行本を借りて読んでしまった。今度もそうしようかと思って検索したが、図書館の蔵書にはない。もしやと思って調べたら改題していた。1992年出版の「仮面劇」というのが原題だ。しかし、やっかいな事には今回の文庫は「改訂改題して復刊」したそうなのだ。うーむ、やはり図書館に入るのを待って文庫の方を借りるか。悩ましい。

 田村隆一「言葉なんかおぼえるんじゃなかった 」。田村さんと言うと、ミステリーファンにとっては海外の本格ミステリー作品の数々を訳してきた翻訳家というイメージだ。クイーンやクリスティなどの作品名がすぐに思い浮かぶ。ただ、その後、文芸評論関連の本を読むと、日本の現代詩のパイオニアと位置づけられる作家であることを知る。かといって、詩を読む習慣がない僕としては、今ひとつ田村さんのすごさを実感する機会がなかった。本書は若者へのメッセージとともに代表作が掲載されているお得な作品のようだ。

 山尾悠子「増補 夢の遠近法 」。なぜ今回ピックアップしたのか覚えていない。おそらく「夢の遠近法」とうタイトルに惹かれたのだと思う。もっと言えば「増補」という付け足しにも、そそるものを感じたのだろう。「増補 夢の遠近法」という魅惑的なタイトルに導かれて、難解だとも言われる見知らぬ著者の「幻想的な」諸作品に触れてみたいと思う。

 獅子文六「娘と私 」。NHK朝のテレビ小説の第一作の原作。第一作は「おはなはん」だと勘違いしていた。その後の「信子とおばあちゃん」の原作も獅子文六だ。この「私」は著者自身をモデルにした父である。父と娘とのふれあいがテーマになるのは、小津安二郎の数々の名作を思い浮かべればわかるように、この時代ならでは事だろう。ここで描かれる家族は、戦争の影響を引きずってどこかしら後ろ向きの気分を漂わせる父や祖父母の世代と、前向きに生きようとしている若い世代とのいたわり合いがテーマになるだろう。その後に来る高度成長時代まっただ中を生きる家族には、そんな微妙な空気は存在しない。ホームドラマという言葉で象徴されるようなエネルギッシュで、ただただ家族全員が一つの目標に向かって前進するかのような作品が大量に生産されることになる。だからこそ、僕らは小津の、あるいは獅子文六の描く、もはや失われてしまった家族のつながりを再確認するために読むのだろう。

 ダフネ・デュ・モーリア「いま見てはいけない デュ・モーリア傑作集 」。「レベッカ」と「鳥」、このヒッチコックの二つの名作の原作者であるダフネの短編集。前回の短編集に「鳥」が収録されているので、今回の「傑作集」の目玉は何かと思ったら、表題作「いま見てはいけない」という短篇がニコラス・ローグ監督の「赤い影」の原作なのだそうだ。残念ながらローグの映画は見たことがないので原作に対する惹きにはならないのだが、「赤い影」には名優ドナルド・サザーランド(「24」シリーズ主演のキーファーのお父上)と、「天国から来たチャンピオン」でヒロインを務めたジュリー・クリスティが出ている。まずは映画の方を見たくなってきた。

 水野スミレ「「AV男優」という職業 」。綺羅星のごとく現れては消えていったAV女優の総数は数え尽くせないほどだが、AV男優と呼ばれる存在はあまりにも少ないと聞いたことがある。この本では、そんな稀有な職業を生業とした男性たちの日々が明らかになる。当然ながら、同性から一度は羨ましがられ、知れば知るほど過酷な職業である事を思い知らされる。その中で非常に特異な体験と経験を積んできた彼らの言葉は、どう響いてくるのだろう。

 東野圭吾「ナミヤ雑貨店の奇蹟 」。書店に足を運ぶたびに著者の新刊の平積みを見ない日はないのだけれど、このタイトルが目に付く新刊コーナーにならんだときには、あれ、ミステリーじゃないの?と惹きつけられた覚えがある。どうやら心温まるファンタジーのようだ。いや、ファンタジーのような設定でありながら、本格ミステリーお約束の〈真実〉が待ち受けているのかもしれないが、感動作であることは確かなようだ。

 O・ヘンリー「O・ヘンリー・ザ・ベスト(1) 賢者の贈物 」。新潮文庫の「O・ヘンリー短編集」全4巻は大切に持っている。あれを超える作品集はなかなか出ないと思うけれど、ベストとか傑作選とか言われると、ついつい手が伸びてしまう。この作品集はどのようなラインナップなのだろう。訳者も気になる。大久保康雄さんの訳は申し分ないけれど、そろそろ新しい訳で読んでみたいという事も確かだ。「停電の夜に」を訳した小川高義の手際をぜひ拝読したい。

 井上ひさし「言語小説集 」。名作家、名戯曲家であると同時に言葉の達人として一家言あった作家でもあった著者が、特に日本語を題材に書いた短篇が七編も収録されている。内容紹介を読むだけで読みたくなってくる。

 ヒラリー・ウォー「失踪当時の服装は【新訳版】 」。二度読んでる。二度目は犯人を知った上で読む「再読」のはずだが、犯人の名も忘れてるし、内容もほぼ覚えてなかった。ただし、なんというか良質のサスペンスドラマを見せられているかのようなじわじわとしたスリラーの感触が味わえたのだけは覚えている。ああ、真相が衝撃的というよりは別の意味でショックだった。新訳が出るならばもう一度読んでみてもいい作品だ。

 笠井潔ほか「吹雪の山荘 リレーミステリ 」。雑誌「ミステリーズ」の企画でリレー式に書き継いでいく趣向を実現したのが本作だ。作家陣は、笠井潔・岩崎正吾・北村薫・若竹七海・法月綸太郎・巽昌章の六名。クリスティーの「そして誰もいなくなった」ばりの設定である「吹雪の山荘」を舞台に、作家が実名で登場して、別の作家の創造した探偵と共演したりする。ミステリー愛好家たちの興味を掻き立てる一作だ。

 池内紀「日本文学100年の名作(4) 1944−1953 木の都 」。第一巻を購入していながら、ついうかうかしていたら、あっという間に第四巻が出てしまう。ぜひ買いそろえたいと思っているのだが、購入するだけで詰んでおいたら古本屋でも安く買えてしまうだろう。リアルタイムで読んでいきたい、などと思ったが、そうはうまくはいかない。何故か今年に限っては僕に読書の秋は訪れなかったようだ。すでに冬。忙しい師走も来て、さて、もう一度夜長を読書で過ごす落ち着いた日々を取り戻さなければ。

 エーリッヒ・ケストナー「飛ぶ教室 」。ふーむ。なんか、これ、書架にあるはず。講談社文庫か何かで新訳が出た際に購入したはず。この有名な児童文学を僕はまだ一度も読んだ事がない。それはあまりに情けないと思って購入したんだけれど、やっぱり読んでない。そうこうするうちに再び文庫がでる。今度は新潮文庫からだ。じゃあ、新潮文庫で読めばよかったのか。失敗した。しかも、訳者が池内紀さんだ。うーむ。これを機会に家にある蔵書を読むべきか、それとも今回の新刊か。なんとも悩ましい。
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2014年09月25日

2014年9月の新刊

遅ればせながら、ようやく8月の文庫新刊について記事を書き上げた。9月もすでに初旬を過ぎようと
している。中秋の名月も終わった。当日は見られず、翌日の冴えた夜空にのぼる「ほぼ満月、完全すぎる
スーパームーン」を見て満足した。さあ、この勢いで9月の新刊を書き上げよう。
いつものように、大洋社調べ。

09/04 翻訳ガール 千梨らく(宝島社文庫) 626
09/10 「思考」を育てる100の講義 森博嗣(だいわ文庫) 734
09/10 「私小説」を読む 蓮實重彦(講談社文芸文庫) 1836
09/10 小林カツ代の野菜のおかず大集合 小林カツ代(だいわ文庫) 648
09/11 チャタレー夫人の恋人 D・H・ロレンス(光文社古典新訳文庫) 未定
09/25 深泥丘奇談・続 綾辻行人(角川文庫) 648
09/25 預言 ダニエル・キイス(ダニエル・キイス文庫) 1296
09/27 ソロモンの偽証 第II部 決意(下) 宮部みゆき(新潮文庫) 810
09/27 ソロモンの偽証 第II部 決意(上) 宮部みゆき(新潮文庫) 853
09/27 にんじん ルナール(新潮文庫) 594
09/27 ポアンカレ予想を解いた数学者 ドナル・オシア(新潮文庫) 853
09/27 人生問題集 春日武彦(新潮文庫) 562
09/27 麦藁帽子 日本文学100年の名作(2)(仮) 池内紀(新潮文庫) 767


 最近、大手の書店で新刊の文庫を見ていると、3分の2ぐらいが僕と無関係の新刊だ。
従来からある時代小説とか、ハウツー本のたぐいとか、流行作家の書く小説とかも、一握りのお気に入りを除くと読まない。最近では、ラノベの出版数が尋常じゃないので、この分だと僕が年老いた頃には、平積みになる本の海から砂金のようにお気に入りを探す羽目になりそうだ。いや、そもそも、その頃には紙の本がじり貧という事もあるのかもしれないが…。

 千梨らく「翻訳ガール 」。いきなり、まったく見知らぬ著者の書く作品。どうやらラノベ調ではないかと思われる。なぜチョイスしたかというと、「翻訳」というキーワードに惹かれたからだ。主人公に翻訳家もしくは翻訳を目指す若い女性を据える事によって、どんな出来事が起きるのか。翻訳家らしいエピソードはどのように盛り込まれるのか。期待値が上がる。つい最近、書店で見たのだが、よく分からない。前作があるようで、ならばそこから読むのが妥当なのかもしれない。調べました。「翻訳会社『タナカ家』の災難」というのが前作のようだ。しかもこの前作も今回の作品も、宝島社文庫「日本ラブストーリー」大賞シリーズと銘打った中の一冊。ということは、千梨らくという作家は「日本ラブストーリー」大賞なるものを受賞したのだろうかと思って、さらにWikiで調べると、大賞ではなく「エンタテインメント特別賞」を受賞している模様(受賞作は「惚れ草」)。さて、どうしたものか。いや、初志貫徹。「翻訳会社『タナカ家』の災難」から、でお願いします。

 森博嗣「「思考」を育てる100の講義 」。著者のデビュー作になるのだろうか、「すべてがFになる」。1996年の講談社ノベルスだ。当時、本格ミステリーの新たなムーブメント真っ盛りで、北村薫や綾辻行人や宮部みゆきなど、僕が「発見」したと息巻いていた80年代の新人達が大きく育ち、次の面白い新人作家はいないかと思って、たまたま目に留まったのが「すべてがFになる」。理系の人間ならばすぐにピンとくるタイトルなので興味をもったのかもしれない。とにかくノベルスを買って読んでみたんだろうな。そして、その問題作の結末に?????を5つどころか、10個ぐらいつけて会社の同僚で同じようにミステリー好きの女性に読んでもらったら、やはり同じような感想。以後、多作で知られるベテラン作家に育ったのに、二冊目を読む事はなかった。でも、最近、ちょっとした事で、著者個人の考え方の方に関心を覚えた。個人的な問題を解く鍵があるかもしれないと、人づてに聞いたので、何を読むかを探っている。なにしろいっぱいあるので。とりあえず、出会いを悪くした「すべてがFになる」も再読しながら、エッセイの方も読んでみたい。

 蓮實重彦「「私小説」を読む 」。読んだ記憶はある。が、どうやら実にはならなかったようだ。藤枝静男の「欣求浄土」を取り上げていたような記憶があり、読もうとおもったが、これもまた読み果たしていない。どうやら、僕には小説をきちんと読み継いでいく根気が足りないようだ。なのに、こういった評論を何故読むのかとも思うのだが、やはり何事にもミーハーなしぐさから抜ける事はできない。AKBや特撮や、将棋や、折り紙や、宇宙や数学についての関心と同様に、文学や映画についてもミーハーなアプローチが必要不可欠なようだ。

 小林カツ代「小林カツ代の野菜のおかず大集合 」。小林カツ代さん、本当にお疲れ様でした。安らかにお眠りください。たぶん、僕の母親もNHKの料理本を買ったり、「今日の料理」とかで、カツ代さんのレシピを参考に食卓の献立を考えることもしばしばあったと思います。僕はというと、育ち盛りで、頭の中は、とんかつやすき焼きやカレーの事で夢中で、安くて手軽にできて「しかも美味しい」という工夫のメニューみたいなのには、あまり関心がなかったようにも思います。今、まさに母親にならって、息子の朝食やら弁当の中身に頭を悩ます主夫をやってみて、親の苦労を身に染みて感じています。文庫なので、美味しそうな料理の写真がないのがちょっと寂しいですが、非常に役に立ちそうな料理本です。

 D・H・ロレンス「チャタレー夫人の恋人 」。「言わずとしれた」と書きたいところだが、今や文学自体が滅びようとしているのに、かつては、その内容の猥褻さが裁判で争われて、出版社と翻訳した伊藤整とが実刑にとわれた作品だ。当時は猥褻だと指摘された部分を伏せ字にして再出版して、近年伏せ字を戻した完全版が出版されて今に至っている。でも、猥褻かどうかだけに興味をもったとしても、今や「公序良俗」の意味合いが1960年当時とかなり変わってしまっている。それよりもロレンスがこの作品を発表した1928年当時が、階級を超えた者どうしの恋愛、さらには不倫という事について、まだまだ今と違ってタブーだったという点が問われるべきだ。歴史的な意味は専門家に任せるとして、僕ら一読者の関心は、今人気の「昼顔」のような昼メロの原点が、ここにあるのでは?というところから入っていけばいいんじゃないだろうか。

 綾辻行人「深泥丘奇談・続 」。綾辻の本格ミステリーは出来るだけ読むようにしている。館シリーズも「暗黒館」以降は読んでいない。いや、「暗黒館」が長すぎて手を付けられずにいる。最近では、よい綾辻フォロワーではなくなりつつある。「アナザー」は読んだが、続編やスピンオフも手を付けていない。いや、そもそも綾辻のホラー小説は「殺人鬼」のような本格ミステリーとの掛け合わせでない限りは、熱心な読者にはなれないというのが正直なところだ。これも、怪談専門誌『幽』に連載されているシリーズのようだ。うーむ。先日も久々にテレビの謎解き番組の回答者として元気な姿を見せてくれたが、本格ミステリーの新作をひっさげて「すずらん本屋堂」にでもゲスト出演してくれないだろうか。

 ダニエル・キイス「預言 」。キイスさんが亡くなった。お弔い読書をするつもりだ。だが、やはりなんと言っても「『アルジャーノンに花束を』をもう一度読む」というのが僕にとってふさわしい気がするのだ。なにしろ、文庫の「アルジャーノン」が未読のまま、本棚のたくさんの蔵書の中に収まっているからだ。という話は、別の記事になんどか書いた。「24人のビリー・ミリガン」を会社近くの105円コーナーで見かけたら、いや、108円コーナーで見かけたら、そちらも入手するとして、さて、久々の新刊になるであろう「予言」とは一体どんな本だろう。「テロリストたちの狂気に満ちた暴力と洗脳。」とか「一人の女性の魂の苦境に9・11以後の狂い、壊れていく世界を映し出す、唯一無二の物語。 」などという惹句があらすじに書かれている。「アルジャーノン」以降、キイスさんはずいぶんと遙か遠くを歩いていってしまったようだ。もはや、「アルジャーノン」のように透き通るような気持ちで読む読後感は味わえないのだろうか。

 宮部みゆき「ソロモンの偽証 第II部 決意(上)(下) 」。「ソロモンの偽証」の単行本はいまだに図書館で借りる事はできず、第1部、第2部、第3部と物語は進んでいく。一体どんな物語を紡いでいるのか。それを文庫では上下2巻ずつで出版しているというのだから、第3部までで6巻も読み継がねばならない。
今こそ、文庫版の入荷をまって、図書館で予約してやろうと思い立ったのだが、川崎も立川も、一向に文庫を購入するそぶりをみせない。単行本を買いすぎて文庫に注力する予算がないという事だろうか。残念ながら、もう少し見て見ぬ振りをしておくしかなさそうだ。

 ルナール「にんじん 」。大昔に読んだ。中学生になってからというもの、それまでのジュブナイルを卒業して、近所の本屋でも、文庫棚をあさっては、中学生でも読めそうな名作のたぐいを買って読んでいた。とにかく、何を読めばいいのか分からず、一方で「面白い」というだけの基準では読書の意味がないときまじめに思い込み、割とつまらない本ばかり読んでいた。いや、幼い読者にとっては「つまらない」としか思えない本ばかりを読んでいた。なにしろ中学生になりたての少年少女に「老人と海」を読ませて何が面白いというのだろう。もちろん、今ならば読み返す度に、日々老いに近づく自分の身の上と照らしては思うところが増えていく読書が堪能できるだろう。さて、「にんじん」は今読むとどんな感想を持つのだろうか。

 ドナル・オシア「ポアンカレ予想を解いた数学者 」。ポアンカレ予想を証明した事件について書かれたノンフィクションには、すでに「ポアンカレ予想−世紀の謎を掛けた数学者、解き明かした数学者−」がある。著者はジョージ・G.スピーロ。先に「ケプラー予想−四百年の難問が解けるまで−」を書いている。科学ジャーナリストだそうだ。「ケプラー予想」はすでに購入してある。理由は訳者がサイモン・シンの著作すべてを翻訳している青木薫さんだからだ。ただし「ポアンカレ予想」の方は訳者4名、監修者2名という大変怪しげな翻訳なので、ちょっと信用がおけない。ただし、本書にも問題がないではない。著者ドナル・オシアさんは数学科の教授。そういう専門家が書いた本が一般向けに面白いかどうか。なかなか難しい選択だ。

 春日武彦「人生問題集 」。著者は精神科医にしてたくさんの著述をものしている。あいにくどの本のご厄介にはあずかっていないが、本の雑誌に連載中の吉野朔美のマンガにちょくちょく読書仲間として現れる。描かれる姿がトレンチコートに帽子といった、ハードボイルド小説に描かれる探偵のように、である。本書は、ただのお悩み相談本ではなく、人生問題について精神科医の春日さんと、歌人・穂村弘さんが考えていくという趣向らしい。なかなかに面白そうな取り合わせだ。

 池内紀「麦藁帽子 日本文学100年の名作(2)(仮) 」。ああ、また忘れていた。これから、ほぼ10ヶ月にわたって1冊ずつ出版されていくのではないかと思う。ならば、巻1を購入した僕としては、すでに読み終わってなければいけないというわけだ。新刊本の山の中からえり出しておかねば。もうまもなく巻の2が店頭にのぼる。

 以上、9月の新刊はこれで終了。でも、もう僕がフォローしなくても、すでにあれもこれも店頭の平積み本として手に取れるのだから、僕が紹介するまでもない事も確かだ。さあ、いよいよ読書の秋の開幕だ。
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2014年09月08日

2014年8月の新刊

わー、すでに8月も終盤。この時期は、週末は子供を連れて夏休みの思い出作り、平日は学童に通う子供のための弁当作りに追われて、忙しいです。8月の文庫新刊もピックアップしてあったのに、コメントを書く暇がない。いっそのことリストアップしただけでお茶を濁してしまおうかしら。とにかく、がんばって書き上げます。いつもの大洋社調べ。

08/上 オカルト業界の取材をしたら、こうなった 三浦悦子(彩図社文庫) 669
08/上 文豪たちが書いた 泣ける名作短編集 彩図社文芸部(彩図社文庫) 640
08/06 錯覚の科学 クリストファー・チャブリス(文春文庫) 907
08/06 将棋自戦記コレクション 後藤元気(ちくま文庫) 1296
08/06 水底フェスタ 辻村深月(文春文庫) 648
08/06 生きがいは愛しあうことだけ 早川義夫(ちくま文庫) 734
08/21 明暗 夏目漱石(集英社文庫) 未定
08/23 美妙 書斎は戦場なり 嵐山光三郎(中公文庫) 1028
08/23 評伝 北一輝(2)明治国体論に抗して 松本健一(中公文庫) 1080
08/28 シンメトリーの地図帳 マーカス・デュ・ソートイ(新潮文庫) 1069
08/28 ソロモンの偽証 第I部 事件(下) 宮部みゆき(新潮文庫) 853
08/28 ソロモンの偽証 第I部 事件(上) 宮部みゆき(新潮文庫) 853
08/28 夢見る部屋 日本文学100年の名作(1)(仮) 池内紀(新潮文庫) 767
08/28 明治天皇という人 松本健一(新潮文庫) 907
08/29 シャーロック・ホームズ最後の挨拶【新訳版】 アーサー・コナン・ドイル(創元推理文庫) 907



すでに8月終盤になって、きっと書き上げる頃には9月に入ってしまっているだろうな。というわけで、店頭で平積みになっているのを手にとって見た本も多く、さらには購入してしまったものもあります。なので、そんなことも触れながらコメントを書きます。

 三浦悦子「オカルト業界の取材をしたら、こうなった」。オカルトといえば森達也さんのオカルト業界の人たちを取材したノンフィクションが印象に残っている。こういうのはUFOなどと同様で、話題を徹底的におもしろがるというエンタメの一つとしてアプローチするか、あるいは信用する側の熱狂的な思いが本全体を貫いているか、そして残りはオカルトのうさん臭さをあげつらって彼らの嘘を暴いてやるという底意地の悪い醒めたまなざしのいずれかになるのではないだろうか。実際に店頭で見た限り、タイトル通りの「(日本の)オカルト業界」の裏側を探った本のようだ。オカルトそのものの是非を語る本では無く、いちおうオカルトを商売にしている人たち、会社などをターゲットにしているので、初めからある程度うさんくさい商売だという偏見が著者にあることだけは確かだ。だから、そういう視点に満足する人しか読まない本だと思う。とはいえ、ゴシップ的なアプローチでも他になければ読んでみたくなるのが、ミーハーな僕のスタンスだ。

 彩図社文芸部「文豪たちが書いた 泣ける名作短編集」。ちょっと表紙が?という感じで、内容をみるとさらに?という感じだ。例えば芥川龍之介の「夏蜜柑」が泣ける名作かというと、今どきの若い読者にとっては大いに疑問だろう。昔、「サラダ記念日」の俵万智さんが編んだ「くだものだもの」という洒落たアンソロジーがあったが、その中に置かれた「夏蜜柑」は、まさに作品自体に著者のニヒリズムが反映していて、読む人のモラルの許容量が試されてしまうところがあるなぁと思ったものだけれど、でも夏蜜柑という「くだもの」が印象的な小道具としてもちいられていることは紛れもなくて、その意味ではアンソロジーに収録されるにたる短篇だった。「泣ける名作」と野放図に思い込んだ「文芸部」は、さてどういう見識を持って選択したのだろうか。

 クリストファー・チャブリス 「錯覚の科学」。そうそう、平積みになっているのを見かけたのだけれど、なんと手にとってない。その理由はというとタイトルが地味。著者名に聞き覚えがない。表紙にも特徴がない。などが挙げられる。いわゆる「錯覚」というと、トリックアートなどに見られる錯視を思い浮かべてしまうが、「記憶の錯覚」「理解の錯覚」「自信の錯覚」「理由の錯覚」「隠れた才能の錯覚」という6つの心理的錯覚を取り上げているようだ。例えば記憶を取り出す時に、体験をリプレイしながら取り出す。その際に他人の体験の記憶も同じプロセスを経るために、あたかも自分の体験だと思い込んでしまうことがおきる。こういうエピソードを紹介されると、途端に読みたくなってくる。さて、著者の説明の手際はどうだろうか。

 後藤元気「将棋自戦記コレクション」。最近はやりの「観る将」(指さないで観るだけのファン)ではないが、息子と違って腕前はへぼなので「ほぼ観る将」の僕は、観るだけでなく「読む将」でもある。自戦記というのは自分の対局を自ら振り返って書いたプロ棋士たちの文章だ。必ずしも勝った対局について書くわけではないので、つくづく将棋とは容赦のないゲームだと思う。対局の最後に自ら「負けました」と宣言させられ、終わってもその場から立ち去る事なく、勝者を相手に自分がいかにして負けたかを詳細に分析する感想戦を行い、負けた一手(敗着)を明らかにせずには悔し涙の酒を飲む事もできない。一刻も早く忘れ去ってしまおうにも、プロ棋士の記憶は尋常ではないので、とうてい忘れる事はできない。その上に自戦記などを書かされるのだから、その文章には棋士の人生そのものが乗り移ってしまう。と、まあちょっと大げさに書いてみたけれど、それに近いものが透けて見えてくるように感じるのが、このコレクションの醍醐味だろう。

 辻村深月「水底フェスタ」。「ゼロ、ハチ、ナナ、ナナ」が直木賞候補作になったあたりから、逆に読まなくなってしまった。最初の頃のように「ぼくのメジャースプーン」や「凍りのくじら」、そして「名前探しの放課後」のような少年や少女を主人公に据えたちょっとダークなファンタジーが好きなんだな。「水底フェスタ」はどんな話なんだろう。店頭で手に取った気がするんだけど、いまいち、引きがこなかったのだろうか。amazonの口コミを調べてみたが「あぁぁぁ」、これは言わぬが花。それでもかえって興味が湧いてくるかも。

 早川義夫「生きがいは愛しあうことだけ」。著者は、あの「サルビアの花」で有名なシンガソングライターだ。先日もNHKプレミアムのフォークソング特集で熱唱していた。僕はフォークブームの端っこに引っかかって、やがて怒濤のように押し寄せるニューミュージックの波の最前線にいた。だからフォークといってもいわゆる叙情派フォークが主たるもので、かぐや姫やグレープ、小椋佳に井上陽水といった面々に影響を受けまくっていた。それより前の学生運動にリンクしたメッセージ性の強いフォークソングは、自分にとっては襟を正すべき先輩たちの歌だった。敬愛はあったが、熱狂はしなかった。そして今、彼らは僕より少し先を老いながらも生きている、歩いている。彼らの言葉や歌がかつて以上に胸に響いてこないわけがないのだ。訥々とした歌い方なのに思いっきり哀愁を帯びていた「サルビアの花」が、今も「愛し合う」ことを誠実に受け止めている著者の一つのエッセイのように聞こえてきた。

 夏目漱石「明暗」。ぶ、分厚い! 店頭で見かけた集英社文庫の「漱石コレクション」の掉尾を飾る漱石未刊の遺作は、予想以上に分厚い。なんだろう、文字が大きいからか、紙質のせいか。なのに760円というお値打ち価格。思わず買ってしまいました。明暗に限らず漱石の作品は筑摩書房の全集とちくま文庫の全集とを両方とも実家に蓄えているのだけれど、それでも簡便に読める最新の文庫なら買ってしまおう。つい先月に「道草」も買ってしまったはずなんだけどね。

 嵐山光三郎「美妙 書斎は戦場なり」。山田美妙の評伝。確か、単行本が出たときに図書館で借りてきたのだけれど、読まずに返してしまったようだ。山田美妙というと、尾崎紅葉、石橋思案などとともに硯友社を結成して、文学運動をさかんにした明治の作家の一人だ。ただし尾崎紅葉が「金色夜叉」という後世に残る大作をものしたのと比べると、美妙の作品はこれといったものはなく、作家としては〈微妙〉な存在だ。ただ、文学史などを見ると、いち早く言文一致体を模索した人物として名が挙がってくる。以前見た文体では、地の文は美文(文語調)だけれど、文末表現を変えてみたり、文の切れ目に句点を挿入してみたりと、今からみればおかしな文体だけれども、明治の美文を得意とする作家たちがどのように新しい表現を切り開けばいいかを、最前線で考えていた先駆者だった。そのあまりに知られていない人生を、嵐山さんが描くとどう人物が立ち上がってくるのか、興味深い。

 松本健一「評伝 北一輝(2)明治国体論に抗して」。もちろん第2巻から読みたいのではなく、通して読もうかと思うのだが、著者は以前に北一輝について書いてなかっただろうか。そう思ってWikiをたどると、何度も書いて本を出してもいる。いや、これはもう、江藤淳にとっての漱石と同等の意味をもつぐらいだ。生涯を掛けて、一人の人間の思想を受け止めようとしている。僕はどちらかと言えば、右寄りの思想に関心をもってこなかったために、北一輝のようなナショナリズムについて考えざるをえなかった人物の思想をトレースすることが少なかった。わかりやすく書いてくれる人と言えば、著者をおいてはいないのかもしれない。

 マーカス・デュ・ソートイ「シンメトリーの地図帳」。以前から「素数の音楽」というタイトルの本が気になってはいた。新潮クレスト・ブックスという非常におしゃれな装丁のシリーズの一冊として出版されている。例えば「朗読者」とか「停電の夜に」などの、これまた独特な味わいをもった小説が含まれていて、実は「素数の音楽」という作品も、数学を題材として取り込んではいるが、小説なのだとずっと思ってきた。今回の作品も数学ノンフィクションとあるように「素数の音楽」もノンフィクション作品である。となると、途端に読んでみたくなった。すでに「素数の音楽」も文庫化されている。こちらから順に、だろうか。

 宮部みゆき「ソロモンの偽証 第I部 事件(上)(下)」。宮部みゆきの新作ミステリーは、スタートダッシュに遅れをとると、図書館の予約待ちがはけるのは1年越しになる。いや、宮部みゆきクラスは2年越しだろうか。現在、2012年に出版された単行本が、立川図書館で12冊64人待ち(5.3人/冊)、川崎図書館で39冊319人(8.2人/冊)だ。どちらの図書館も文庫は未入荷。きっと宮部みゆきだから蔵書になると思うのだが、そのときを逃さず予約すれば、早めに読めるかも。でも、とりあえず単行本をそろそろ予約しておくか。

池内紀「夢見る部屋 日本文学100年の名作(1)(仮)」。「(仮)」ではなくなりました。出版されて店頭にもならび、そして買ってしまいました。全10巻の予定なのかな。ラインナップを見ると、

荒畑寒村「父親」/森鴎外「寒山拾得」/佐藤春夫「指紋」/谷崎潤一郎「小さな王国」/宮地嘉六「ある職工の手記」/芥川龍之介「妙な話」/内田百閨u件」/長谷川如是閑「象やの粂さん」/宇野浩二「夢見る部屋」/稲垣足穂「黄漠奇聞」/江戸川乱歩「二銭銅貨」

新潮文庫創刊当時から10年間にわたって発表された小説が、非常にバリエーションに富んだ作家たちを取り合わせて編集されている。もう立派な装丁の文学全集は流行らないけれど、文庫で読めるならばお手軽だ。がんばって読まないと、すぐに色あせて積ん読か、買わずにやめてしまいそうだ。読書の秋到来が絶好の機会になるぞ。

 松本健一「明治天皇という人」。あれ、松本健一さん、今月2冊目だ。明治天皇についても評伝を書いていたのか。単行本の口コミと読むと、明治天皇に対する尊敬(敬愛)が感じられないので、面白みに欠けると感想を述べている読者がいる。それもそうだろうが、明治天皇の実像を描くのが困難なために、ある程度神格化されたエピソードで固めるというお手軽な明治天皇論も多い。敬愛しないぐらい、どうってことない。要は評論として感心させられるかどうかだけが重要なんだし。

 アーサー・コナン・ドイル「シャーロック・ホームズ最後の挨拶【新訳版】」。深町真理子さん翻訳による新訳版がでてから、何冊か買ったと思うのだが、中断している。最初の「冒険」はじっくりと読んだ。次は「回想」なんだけれど、「銀星号事件」を読んでは、行方不明になった銀星号の捜索にホームズが遅ればせながら乗り出して関係者から話を聞き出すところから、なかなか先に進まず、再び中断。おかげで調教師の妻が「カレー味の肉料理」を馬房に詰めている亭主にもっていったという話がつよく頭に印象づけられていく。そろそろ、前に進まねば。では、僕は次に「緋色の研究」から手にいれるべきなのかな。

で、結局9月に入るどころか、一週すぎてしまった。9月の新刊も早々にチョイスしないと。
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2014年07月17日

2014年7月の新刊

なんだか、あっという間に夏が押し寄せてきてしまった。そうこうするうちに7月の新刊も7月どころか7月半ばを過ぎて、いまさらのようにアップする仕儀となった。まあ、暑くて死にそうだからいいか。いつものように大洋社HP調べ。このHPでも次の8月分の新刊リストがなかなか掲載されない。と思って念のため確認したら、15日付けで掲載されていました。失礼しました。

07/09 かんたん短歌の作り方 ショートソングの教科書 枡野浩一(ちくま文庫) 864
07/09 自然とギリシャ人・科学と人間性 エルヴィン・シュレーディンガー(ちくま学芸文庫) 1080
07/10 やわらかな遺伝子 マット・リドレー(ハヤカワ文庫NF) 972
07/10 刑務所なう。 堀江貴文(文春文庫) 1112
07/10 三つの棺〔新訳版〕 ジョン・ディクスン・カー(ハヤカワ・ミステリ文庫) 972
07/10 日日の麺麭/風貌 小山清作品集 小山清(講談社文芸文庫) 1620
07/10 郵便配達は二度ベルを鳴らす ケイン(光文社古典新訳文庫) 未定
07/11 THEGREENMILE(下) スティーヴン・キング(小学館文庫) 972
07/11 THEGREENMILE(上) スティーヴン・キング(小学館文庫) 972
07/18 若い藝術家の肖像 ジェイムズ・ジョイス(集英社文庫) 未定
07/22 テニスコートの殺人 ジョン・ディクスン・カー(創元推理文庫) 972
07/25 文学とは何か 加藤周一(角川ソフィア文庫) 778
07/30 MM9−destruction− 山本弘(創元SF文庫) 1058
07/30 ギリシャ棺の謎 エラリー・クイーン(創元推理文庫) 1188
07/下 ぼくはアスベルガー症候群 権田真吾(彩図社文庫) 580


 枡野浩一「かんたん短歌の作り方 ショートソングの教科書」。枡野さんは現在BSフジで放映中の「原宿ブックカフェ」に、珈琲歌人という肩書きで登場している。スポンサーのネスレが自社のコーヒーマシンを導入しているカフェ(たぶん原宿ブックカフェか)で、コーヒーを飲みながら短冊に一首詠む彼の姿が映し出される。そこで詠まれる、短歌というにはあまりに普段着の言葉と日常のささやかな機微を読み込んだつぶやきにも似た言葉は、かつての石川啄木がそうだったように、そして俵万智さんがまたそうだったように、僕ら忙しい現代人の心の隙間にひそやかに咲く。彼を知ったのは偶然で、たぶん何もしらずに昨年のナツイチのAKBのブックカバーが欲しくて「石川くん」を買っていた事も後で気づいたくらいだ(ということは、まだ未読)。しかも、息子が小学生になってから将棋をやるようになり、僕も次第に将棋の面白さに取り憑かれ、将棋漫画の「ひらけ駒!」を愛読するようになって、ふと作者の私小説でもあるだろうこの作品に出てくる、悩める小学生の息子・宝くんのお父さんは何故出てこないのだろうか、などといらぬ詮索をしてたどり着いた地点も、また偶然でしかない。でも、着実に僕は枡野さんのつぶやくような言葉の近くにいる。

 エルヴィン・シュレーディンガー「自然とギリシャ人・科学と人間性」。言わずと知れた量子力学のパイオニアの一人。波動力学を提唱してシューレ−ディンガー方程式を発表した。でも何よりも彼を、同じ物理学者達の中でも知らしめる事になったのは「シュレーディンガーの猫」という思考実験だ。量子力学は従来の、いや今でも現実に僕らが認知している世界を支配する力学からは想像できないくらいの奇妙な世界観に満ちあふれている。だから、そこには科学に対する哲学的なアプローチが求められるとも言える。近年、量子力学の成果が素人の関心事になるように、めざましい観測結果やそこから引き出される圧倒的な理論に魅了される事が多くなった。進歩に興味が引かれれば引かれるほど、パイオニアたちの声により一層耳を傾けたいとお思う。

 マット・リドレー「やわらかな遺伝子」。どんな本か全く知らないが、タイトルがいいのでおもわず拾ってしまった。単行本の解説によると、遺伝子は生物のすべて(将来を含めたすべて)を制約するものではなくて、もっと柔軟な装置なのだそうだ。遺伝子の研究では「氏か育ちか」という論争があるそうだ。つまり個体が持っている機能や特性が先天的なものなのか、あるいは後天的に獲得したものなのかという点だ。従来の遺伝子(DNA)理論では、遺伝子がプログラムそのものであって、先天的に組み込まれているというイメージだったが、リドレー氏の考え方では遺伝子はスイッチそのものであって、オンになる事で新たな遺伝子群が動き出す。環境に適応した改造を適宜行う柔軟な装置というイメージだそうだ。そうであれば「氏か育ちか」という対立項は無効になるのだろう。

 堀江貴文「刑務所なう。」。えーと、彼の獄中記を読んでなかっただろうか。「宮崎美子のすずらん堂書店
」という番組でトークゲストに彼が出演したので、獄中に経験したあれやこれやを面白く聞いた。彼が犯した罪に関して不愉快な思いをした人も少なくないと思うけれど、僕自身は直接的にも間接的にも被害を被ってはいないし、元々は世の中を動かすための「正論」しか言えない性分の人間に違いないと思っているので、今更ながらに彼の言動を読んだり聞いたりするのは楽しい。とっても明快な思考で明快な答えをバシバシ出していく才能は天性のものだと思う。そんな彼が今何を考えて、何をしているのかが気になっている人も、これまた「少なくない」のではないだろうか。手始めに、野放しにするとすぐにトップスピードに乗ってしまう異才の人物が、刑務所という限定空間に入ると、どうパーソナルスペースを作りあげていくのか、どうソーシャルコミュニティを作りあげていくのか、すっごく興味深い。忘れていた。読まねば。

 ジョン・ディクスン・カー「三つの棺〔新訳版〕」。いよいよカーの代表作中の代表作の新訳が登場だ。カーと言えば不可能犯罪、とりわけ密室トリックで有名だが、本作は密室トリック愛好家なら知らない人はいないだろうというくらいの作品だ。なにしろ、密室トリックが連続して出現する。なんだ、そんなの珍しくないじゃないかと思うのは、ここ二、三十年の新本格ミステリーのムーブメントに慣れ親しんでいる人たちの言い分だろう。読者へのサービス満点のエンターテインメントとしてのミステリーが大量に生産されて、「密室が多すぎる」という設定がありきたりなものになってしまったからだ。だが、いわゆるミステリー黄金期と位置づけられる1930年近辺の作品では、カーでさえも一つの作品に複数の密室を仕込むなどという贅沢な趣向はほとんどなかったはずだ。だからこそ「三つの棺」は密室トリック作品のランキングの常連であるわけだが、それ以外にも作中の探偵であるフェル博士が密室談義と読者に向かって語りかけるという、一種のメタ小説になっているところも、カー作品のというより、数あるミステリーの中でも特異な位置を占める作品となっている。とはいえ、あの「帽子収集狂事件」の謎解きもよくよく分析しなければ理解できなかったように、いまだに本作のトリック(特に2番目の密室)の謎解きが理解できない。今回の新訳でカーの複雑な伏線の構成をようやく解明できるのではないかと、いまから楽しみだ。

 小山清「日日の麺麭/風貌 小山清作品集」。小山清と言えば、「ビブリア古書堂の事件手帖」の記念すべき第一作の中の「小山清『落穂拾ひ・聖アンデルセン』」の回で取り上げられた作家だ。太宰に才能を認められながらも、晩年は病に苦しみ55歳にして自死している。そんな彼が若き日に生み出した短編は、その後に彼を待ち受けている人生の残酷さの一片も感じさせない。貧しい生活苦の中でも、将来への野心と未来への希望を語る前向きな言葉に満ちている。

 ケイン「郵便配達は二度ベルを鳴らす」。ミステリーの傑作として名高い。何度も映画化され、かのルキノ・ヴィスコンティさえ映画化している。なのに、だ。一度も映画を観ていないし、本も読んでいない。何故だろう?いや、ヴィスコンティを愛する一映画ファンでもあったのに、これはなんたる事だろう。なんとなくタイトルからミステリーのジャンルとしての「ハードボイルド物」と思い込んだせいかもしれない。今はともかく、若い頃はごりごりの本格推理小説が好きで、ハードボイルドを毛嫌いしていた。今はそうでもないが、結局その姿勢がチャンドラーやハメットなどを読みすごしてきている。そろそろ、今回の新作でケインの名作を味わってみてもいい頃だろう。

スティーヴン・キング「THEGREENMILE(上)(下)」。あの「グリーンマイル」が上下巻となって再刊される。いや、新潮文庫ではなく小学館文庫で、だ。そもそも、この「グリーンマイル」という作品はやっかいな小説だ。慣例ではキングの長編は単行本が最初に出て、やがて文庫化されるものなのに、最初から文庫で出版された。ただし、本国で原作が売られた時の趣向を踏襲して、文庫が分冊されて順次発売されて全六冊で完結という出版形態をとった。キングの新作を購入するという趣味はなかったが、当時は話題になった販売形態は、ファンの足下を見るかのような割高な買い物をさせるやり方だと、一部に批判があったように思う。僕もそう感じた一人だが、なにより6回も待たされては買い、待たされては買うというのが面倒くさいのと、もっと言えば、一作品に6冊も場所を占有されるのが、なんとも嫌だった。その後、「ショーシャンクの空に」のフランク・ダラボンの手にかかってきっちりと作り込まれた映画が大ヒットし、原作の6分冊は大量に書店に出回るとともに、やがては古本屋にばらけた形で拡散した。そうなると、ますますこの全六冊の「グリーンマイル」は読みにくい作品となる。よくよく考えれば、図書館で1作品にも拘わらず6冊の割り当てを一挙に消費してしまうのだ。それが、今回すっきりと上下巻にまとめられたのは喜ばしい。

 ジェイムズ・ジョイス「若い藝術家の肖像」。あれ?なぜジョイスを拾ったんだろう?特に愛読作家というわけでもないのに。あれかなぁ。丸谷才一さんに対するお弔い読書かな。と言っても、最近亡くなったわけではないから、関係ないか。とにもかくにも丸谷さんの翻訳でジョイスが文庫で読める。ちょっとあんちょこを読んだら、この作品はジョイスの半自伝的小説だそうだ。改めて、いまさらジョイスを読もうとするならば、手こずりそうにない、この作品がちょうどいいのかもしれない。

 ジョン・ディクスン・カー「テニスコートの殺人」。「曲がった蝶番」以来のフェル博士シリーズの新訳だ。最近はヘンリ・メリヴェール卿シリーズかアンリ・バンコランシリーズが続いている印象が強いでの、ようやくフェル博士に登場ねがって、おどろおどろしい物語に陽気な花を咲かせてほしい。「テニスコートの謎(旧版はこういうタイトルだった)」は割と好きな話だったような気がするのだが、残念ながら記憶がはっきりとしない。カーの長編にはそういう事がよくある。読んだ先から忘れてしまうのだ。だから、もう一度読む事が意外と楽しかったりする。もしかして、そうだからこそ、いまだに絶版になっては、そのたびに復刊するという稀有はミステリーの大家なのだろう。

 加藤周一「文学とは何か」。以前読んだ「現代倫理学入門」の著者だと勘違いして拾ってしまった。かの本の著者は加藤尚武氏だった。しかし、そもそもタイトルまたは著者への関心でピックアップしているので「文学とは何か」という今更ながらの大上段のタイトルに吸い寄せられてしまった。加藤周一とは何者か?僕の読書は狭くて偏っているのか、それとも専門的すぎて近寄れなかったのか。医学留学生としてフランスに渡り、それを機に外から日本の文化や文学などについての批評をするようになった評論家である。いわば、江藤淳や柄谷行人、蓮實重彦などのその後歩んだ道の先人とも言える。ただし、それにしてはあまり彼らの著作の文脈には加藤周一の名前は現れなかったような気がする。Wikiの語録をざっと見る限り、断定的な物言いがカチンとくるのだが、一方でamazonのフォロワーの意見では「文体が非常に論理的で明晰」と言われている。決して難解な文章ではない、とも。では、遅ればせながらお近づきにならせていただこうか。

 山本弘「MM9−destruction−」。もちろん「神は沈黙せず」を読んで以来、愛読作家の一人としているけれど、長編のSFについてはそれほど量産しているわけでもなく、時々気がついては面白そうだと読んでいる程度にすぎない。と学会会長でもあるので、トンデモ本関連の本も一冊読んだし。そして、この日本の怪獣ものにオマージュを捧げたかのようなSF「MM9」のシリーズも注目はしているのだが、まだ読んでいない。僕は「神は沈黙せず」的なトリッキーなSFファンタジーに魅せられてきたので、「去年はいい年になるだろう」も大変面白かった。それとは違って「MM9」はかなりリアル度が増した近未来の「今そこに怪獣がいる世界」を描いたもののようなので、今ひとつ「読もう」という踏ん切りがついていない。いっそシリーズが完結したら一気に読破しようなどと思ってはみたもの、SFってシリーズが延々と続く場合が多いので、そろそろ潮時かもしれない。

 エラリー・クイーン「ギリシャ棺の謎」。こちらは創元推理文庫の中村有希訳の方だ。印象としては従来のエラリー・クイーンの、やや硬質な文体を踏襲しつつも、女性らしい気遣いが感じられる柔らかな文章に変わった。女性だと、クイーンの理屈っぽい謎解きのくだりなどは合わないのではないかと思ったのだが、違和感は感じられなかった。それより従来から持ち越しになってきた翻訳の細かな誤りやわかりにくさ、あるいは古くささが払拭された事の方が重要だ。ただし、それもこれも角川文庫で越前敏弥版の国名シリーズの刊行が始まるまでの感想だ。クイーンの悲劇四部作が完結して、その勢いをそのままに国名シリーズまでも翻訳してしまうという一大プロジェクトに、僕は魅せられてしまった。しかも越前さんは、ぐずぐずすると、本家本元である創元推理文庫で一歩も二歩も先んじている国名シリーズの新訳に対して、すぐにでも打ち切りになる危険性を回避するために、見事な戦略であっという間に追いつき追い抜いてしまった。先月には角川文庫版の「アメリカ銃の秘密」が出たばかりで、創元推理文庫版の「ギリシャ棺」は一周(1冊)遅れだ。この分だと創元推理文庫の新訳は、越前版国名シリーズをすべて読み終えてからになりそうだ。できれば越前さんには後期クイーン作品の代表作だけでもいいから継続して翻訳してほしいものだ。

 権田真吾「ぼくはアスベルガー症候群」。最近は発達障害に関する新書などはよく見かけるようになったが、発達障害をもつ人による実体験を書き綴った内容の本は、それなりの単行本でないと読むことができない。もちろん漫画家になった当人が書くマンガなどは何種類か存在する。障害の困難さを笑い飛ばそう、笑ってもらいながらも同時に健常者に理解してもらおうという狙いは、ある程度成功しているだろうが、やはり現実を生きていくための切実な体験談も知りたい。これは結構、期待している。
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2014年06月27日

2014年6月の新刊

06/05 宮崎駿ワールド大研究 別冊宝島編集部(宝島SUGOI文庫) 756
06/06 駄作 ジェシー・ケラーマン(ハヤカワ・ミステリ文庫) 1080
06/06 評伝 ナンシー関「心に一人のナンシーを」 横田増生(朝日文庫) 878
06/10 プラグマティズムの帰結 リチャード・ローティ(ちくま学芸文庫) 1836
06/10 公園/卒業式 小島信夫初期作品集 小島信夫(講談社文芸文庫) 1728
06/10 小林秀雄の思ひ出 郡司勝義(文春学藝ライブラリー) 1663
06/10 誰かに教えたい名短篇 北村薫(ちくま文庫) 972
06/10 本が多すぎる 酒井順子(文春文庫) 983
06/12 ハックルベリー・フィンの冒険(下) トウェイン(光文社古典新訳文庫) 未定
06/12 ハックルベリー・フィンの冒険(上) トウェイン(光文社古典新訳文庫) 未定
06/12 推理作家協会賞全集91 本格ミステリの現在(上) 笠井潔(双葉文庫) 750
06/12 推理作家協会賞全集92 本格ミステリの現在(下) 笠井潔(双葉文庫) 730
06/12 推理作家協会賞全集93 ホラー小説大全 ドラキュラからキングまで 風間賢二(双葉文庫) 710
06/13 ぼくには数字が風景に見える ダニエル・タメット(講談社文庫) 未定
06/23 からごころ 日本精神の逆説 長谷川三千子(中公文庫) 972
06/25 アメリカ銃の秘密 エラリー・クイーン(角川文庫) 821
06/26 道草 夏目漱石(集英社文庫) 未定
06/27 森見登美彦の京都ぐるぐる案内 森見登美彦(新潮文庫) 未定
06/27 晴天の迷いクジラ 窪美澄(新潮文庫) 680
06/27 文人の食アンソロジー(仮) 嵐山光三郎(新潮文庫) 未定


 別冊宝島編集部「宮崎駿ワールド大研究」。ムック本のコーナーに行くと、そそられるタイトルが結構ならんでいたりする。でも買えない。なんだってムック本ってあんなに高いんだろう。本格ミステリー好きで、かつ「密室」好きでもあるので、「有栖川有栖の」と冠が施されている密室ミステリーに関するムックが再刊されているのに飛び上がった。よく見ると改めて内容を一新したもののようだ。欲しいなぁ。でも1600円ぐらいするんだよ。雑誌コーナーに混ざっていながら、この1500〜2000円という価格帯は贅沢品を買うに等しい。覚悟を必要とする。結局、指をくわえるしかない。かといっていくら待っても図書館で借りられるあてがないのが、ムック本のうさんくさいところだ。公的には書籍・雑誌の仲間と見なされていない。宝島から出版されるムックの多数もそういう扱いをされる事が多いのだが、文庫になってしまうと途端に図書館でも蔵書対象にしてくれる。僕にしても買いやすい値段帯に落ち着くので、おもわず飛びついてしまうわけだ。
「コロンボ」「金田一耕助」「ホームズ」「北村薫」「京極夏彦」「エラリークイーン」といったガイドブックが文庫としてならんでいるが、引退を表明した宮崎駿さんのガイドブックも欲しいかも。

 ジェシー・ケラーマン「駄作」。ケラーマンという名前に覚えがあるので、ついチェックリストに挙げてしまったけれど、有名なのはフェイ・ケラーマン。その息子さんの作品なのだそうだ。店頭ですでに平積みされていたので手に取ったのだけれど、他人の未発表原稿を自分の作品として出版してしまうという、けっこうありがちなストーリー。でも「本書には奇想天外な展開があることをあらかじめ警告します」という但し書きがあるので、そうか「シックスセンス」のようなトリックが仕掛けられているのかなぁとも思ったが、あの手の作品の場合は「結末は誰にも話さないでください」というのが常套句。という事で本当に「奇想天外な展開」になるのであれば、これはもうミステリーではないな。それで思い出した。以前読んだデイヴィッド・アンブローズの小説が、まさしくそんな「あれれ?」という展開のトンデモ本だった。そうそう「偶然のラビリンス」だ。まあ、今回の作品がそれと同じというわけではないかもしれないが、「奇想天外な展開」にちょっとそそられるなぁ。

 横田増生「評伝 ナンシー関「心に一人のナンシーを」。ナンシー関。どの雑誌にもなんらかの形でナンシー関の消しゴム印のデザイン画が掲載されていたので、なんとなく名前は覚えたが、特に強い関心もなかったので、「ああ、面白いね」ぐらいにスルーしていた。いざ、若くして亡くなってみると、あの、いつでも見ることの出来た軽快な芸能批評をもう二度と味わえないのだなと、身勝手な郷愁を感じている。彼女はいったいどんな出自で、どんな人生を全うしたのか、いや全うせずに急逝したのか、知りたくなっている。「伝えたい事などない」と自らの作品について言い切ったという、彼女の言葉に作品に人生に出会ってみよう。

 リチャード・ローティ「プラグマティズムの帰結」。ローティってあれかなぁ、ハーバード大のサンデルさんとなんか関係なかったっけ、などと思ってチェックいれたんだけど、あれはジョン・ロールズだった。「ロ」しかあってないじゃないか。ただ、プラグマティズムについては、社会人になった頃に鶴見俊輔さんの「アメリカ哲学」という本でちょっとおさらいした事があったので、それが30年の時を経て、どう結論づけられたのかと「タイトルにそそられた」わけ。でも店頭で既に売られているのをちょっと見てみたんだけど、素人には歯が立たないかも。結構厚くて文字がギュッと詰まっている。そんなに言い尽くさないと「プラグマティズム」は終わらないのかなぁ。

 小島信夫「公園/卒業式 小島信夫初期作品集」。決してなじみ深い作家ではないのだけれど、高橋源一郎さんが尊敬し、「こういうふうに書きたい」とまで思ってべた褒めしている作家なので、一度は読んでみたいと思って本を借りては読み切らずに返却する、の繰り返しだ。彼の作品は実は「抱擁家族」を購入して書棚に積んでおいたはずだ。これは誰の受け売りだったか。もしかしたら吉本隆明「マスイメージ論」だったような気もするし、あるいは蓮實重彦「反=日本語論」だったかもしれない。でも、そのときも読み切れなかったのは、結局自分はそれほど小説というジャンルが好きというほどではなく、関心が続かないという点が挙げられる。ミステリーは未だにジャンルとしては関心がつながっているし、ノンフィクションも好きだし、評論なども好き。特に本の本のような自己言及的な解説本には目がない。でも、作家に対する愛着は人並みにはあるので、好きな現代作家も昔の作家の小説も好きだ。でも、なかなか続かない。一冊読めばお腹がくちて、当分は読まなくていいかなぁと思ってしまう。そんな感じだ。でも、小島信夫さんの作品は、まだ一度もそこまでたどり着いていない。きっと文章(文体)に秘密があるんだよね。文体を味わうには、ちょっとしたきっかけと、ゆとりが必要。のんびり時間に追われる事なく、私小説風なストーリーがあってないような雰囲気のある映画をミニシアターで観る時の気分に似ている。それを味わうだけのゆとりが、今の自分には欠けている。あぁ、三日ほど自分のためだけに休んで、「小島信夫初期作品集」を読んでみたい。

 郡司勝義「小林秀雄の思ひ出」。これも単行本を借りて読めずに返してしまった本だ。郡司さんは、以前「ノーサイド」という雑誌に小林秀雄の最晩年の様子を描いたエッセイを寄稿していた。そこには晩年に一度は中断してしまったベルグソン論「感想」をやり直したいという意思を表明する小林秀雄の様子が描かれている。残念ながらその願いは果たされず小林はガンに倒れた。郡司さんはベルグソンと格闘していた際に読み込んでいた岩波文庫版の「時間と自由」を譲り受けた。それは余りに読み直したために型崩れして、一部が落丁して失われていた。「もし残りが見つかったら、それも頂戴したい」と言いおいて辞去したら、日を置いて呼び出されて残りが見つかったと差し出された。奥様が「そんなぼろぼろのものではなく新しいのを差し上げたら」と言ったら、「これはそういうものではない。これは一種の地図のようなものなのだ。」と言ったそうだ。それをうかつに譲り受けた郡司さんは大変に恐縮したと書いている。郡司さんも2007年に鬼籍に入ったと調べてわかった。あの〈地図〉でもある「時間と自由」は一体どうなったのだろう。

 北村薫「誰かに教えたい名短篇」。先月も一冊出たばかりだ。あれはなんていうタイトルだったっけ?なんか似たようなタイトルだった気がする。調べてみたら「教えたくなる名短篇 」だって。今度は「誰かに教えたい」か。いや、これってわざとでしょ。きっと今でも北村薫と名が付けば買いあさる追っかけファンにとっては、絶対に「名短篇」シリーズをだぶって買ってしまった経験があるに違いない。さらに先々月にも「読まずにいられぬ名短篇」というタイトルで一冊出ている。三連チャンかぁ。それに確か北村薫さん本人のエッセイ「書かずにはいられない」が出ている。うーむ。これはもはや神経衰弱ゲームと言っていいのでは?

 酒井順子「本が多すぎる」。本に関するエッセイなんて山ほど出してるんでしょ。まだ未読だけど、超ぶあつい書評本「本の本」だって自宅の本棚に鎮座してるし。と思ったら、あれは斉藤美奈子著だった。調べてみたけれど、タイトルで判別する限り、書評本は書いてなさそうだ。どうやら冒頭に書かれていた「本は好きだけれど、読書は苦手だ」というのは嘘ではないようだ。本は好きだからこそ、本との出会いが別の本を呼ぶという「本がつながる喜び」を書き綴ったエッセイ。なんだ、僕が今書いている文章もほとんど、そんな感じなんですけど。

 トウェイン「ハックルベリー・フィンの冒険(上)(下)」。いきなり「トウェイン」という作家名が書かれているのを見ると、あの「トムソーヤの冒険」の作者であり、アメリカ合衆国の国民作家でもあるマーク・トウェインだとは気づかないんですけど。今回だって「ハックルベリー・フィン」の知名度に支えられて、ようやく「ああ、マーク・トウェインなのか」と気づく始末。だからなんだっていう話でもないんだけど、いや、いまさらハックルベリー・フィンの新訳が供給されてもなぁという気分でもある。だって角川文庫からトウェイン完訳コレクションと銘打って大久保博さん訳が出版されているじゃない。あれを確か古本屋で入手してあるんじゃなかったかな。いや、中学か高校の頃にどちらも読んでいるので、特に「ハックリベリー・フィンの冒険」の面白さは心に残っているから、いつか再読してやろうと思っているわけなんだけど、さらに新訳が出てしまうと心に迷いが生じてしまうではないか。蔵書を読むべきか、新刊を図書館で借りて読むべきか。うーむ。

 笠井潔・編「推理作家協会賞全集91 本格ミステリの現在(上)」
 笠井潔・編「推理作家協会賞全集92 本格ミステリの現在(下)」
以上、二冊まとめて。笠井さんというと「ミネルヴァの梟は黄昏に飛びたつか?」が雑誌に長期連載されていて、同名のタイトルで括られるミステリー評論のシリーズが何冊も出版されている。僕もその中の一冊を読んで、特にエラリー・クイーンの著作に見られるメタ・ロジックの問題についていろいろと考えさせられた。ただ、それ以前に「本格ミステリの現在」という著作が出版されていたのは知らなかったよ。どういう内容なんだろうと思って調べてみたら、ああ、こいつもオムニバスだったか。大洋社の文庫発売予定一覧は非常に重宝しているので大きな声で文句は言えないけれど、著者なのか編者なのか区別が付くようにしていただくとありがたいです。ぜひ、ご一考くださいませ。
内容だけれども、綾辻行人から始まった新本格ミステリーのムーブメントの全体像をとらえるために、代表的な16人の作家についての評論となっている。以下、目次を掲載しよう。何より自分が読みたいというモチベーションを上げるために、だ。
(上巻)
竹本健治論―尾を喰う蛇は“絶対”を夢見る(千街晶之)
笠井潔論―大量死と密室(法月綸太郎)
島田荘司論―挑発する皮膚(法月綸太郎)
東野圭吾論―愛があるから鞭打つのか(北村薫)
綾辻行人論―館幻想(涛岡寿子)
折原一論―決算後の風景(田中博)
法月綸太郎論―「二」の悲劇(巽昌章)
有栖川有栖論―楽園が罅割れるとき(千街晶之)
(下巻)
宮部みゆき論―語りと灯(涛岡寿子)
我孫子武丸論―メタ・ヒューマニズム序説(夏来健次)
北村薫論―可憐なる巫女たちの物語(加納朋子)
山口雅也論―パンキー・ファントムに柩はいらない(有栖川有栖)
麻耶雄嵩論―形式の大破局(佳多山大地)
井上夢人論―意識・身体・小説・現実(田中博)
二階堂黎人論―怪人のいる風景(鷹城宏)
京極夏彦論―フロイトの「古井戸」(武田信明)


 風間賢二「推理作家協会賞全集93 ホラー小説大全 ドラキュラからキングまで」。これは地元の行きつけの図書館で見かけた事がある。基本、ホラーは苦手なんだけれど、怖い物見たさのミーハー的興味はある。ホラー映画の名作と言われるものを一時期レンタルして見ようとした事がある。何故って、映画館通いをしていた頃にも、ホラー映画はほぼよけていたからだ。「呪怨」などもその後レンタルしてなんとか見たけれど、あれを映画館で観るのは不可能だ。文章になれば読めるだろうと思うだろうが、文章の方が後に頭の中から怖い場面が離れなくなってしまうので、なおさら心して掛からないといけない。こんな本を読むと、きっとホラー小説の「読みたいリスト」を作ってしまいそうだ。いや、きっと作るだろうな。そうして、冷や汗をかきまくる夏の夜が続くのだろう。小野不由美の「屍鬼」を読んだ、あの夏のように。

 ダニエル・タメット「ぼくには数字が風景に見える」。サヴァン症候群というと、例の映画「レイン・マン」でダスティン・ホフマンが演じた、人並み外れた記憶力を持つ男のように特異な才能を発揮する事が多い障害の事だ。このタメットという人は、文字が色や形に見えてくるらしい。それだけでなく、発達障害の一つであるアスペルガーでもあり、そのために現在にたどり着くまでにいろいろと大変だったわけだ。「大変だった」と書くと他人事のように聞こえてしまうが、個人的には発達障害は僕にとっても他人事ではすまされない関わりがあるので、この本は非常に関心がある。以前に単行本で借りたのだが、ちょっとサヴァンの話なのかアスペルガーの話なのかというところで、僕の方の関心のポイントがずれてしまい、読了できずに返してしまった。もう一度ぜひチャレンジしたい。

 長谷川三千子「からごころ 日本精神の逆説」。長谷川さんは「バベルの謎−ヤハウィストの冒険−」の著者だ。これは複数介在するであろう作り手の狙いを分析する事で、聖書成立の謎を明らかにする非常にエキサイティングな評論だった。今度は、あの「からごころ」がテーマだ。〈あの〉というのは本居宣長が「さかしら」だと批判した「唐心(からごころ)」だからだ。これが、エキサイティングな批評にならないわけがあろうか。小林秀雄は本居宣長の墓を見て「やまとごころ」のなんたるかを、どう本居宣長の言葉から引き出そうかと腐心したわけだが、この著者はまったく逆向きのアプローチをとることによって、結局は小林秀雄と同じ到達点に、あるいはその先に立とうという刺激的な試みに違いない(推測が入ってますけどね、まだ未読だから)。なんか楽しみになってきた。

 エラリー・クイーン「アメリカ銃の秘密」。えーと、すでに先日買っちゃいました。このブログでもすでに「アメリカ銃」については書評とネタバレ分析とを思う存分書いた。その上で、何を新訳で読む事があるか、などと野暮な事をいってはいけない。この角川の国名シリーズは、翻訳があの越前敏弥だし、解説が「エラリー・クイーン・パーフェクト・ガイド」の飯城勇三なのだ。訳にもそこらにはないドライな切れ味があるし、あとがきには既に手垢のついた情報を並べるなんて事は金輪際ない。またまた一度で二度も三度も美味しいエラリー・クイーンの新訳が誕生した事になる。えーと。だから、読まなくちゃね。実はすでに「ギリシャ棺」「エジプト十字架」そして今度の「アメリカ銃」と三冊も未読状態。どうしましょう。「フレンチ白粉」の読後感想と分析を書くのが先だと思って、ついつい読み控えしてしまったのだ。馬鹿な事をしたもんだ。もうそろそろなんとかしよう。

 夏目漱石「道草」。集英社文庫の漱石コレクションもいよいよ大詰め。あとは未刊の大作「明暗」を残すのみとなる。解説が谷根千に暮らした文豪達に詳しいノンフィクション作家の森まゆみさんで、鑑賞が古書店経営者にして小説家の出久根達郎さんという取り合わせも、新潮文庫や岩波文庫などとはひと味違う工夫だろう。集英社文庫版は活字も大きいし、ごてごてした注も少ないので読みやすい。おすすめです。と言って、自分で買うかというと悩みどころだ。きっとずるずると漱石コレクションを集めまくってしまいそうだから。昨日、書店で見かけて中身をあらためた。前から思っているのだが、集英社文庫で出している明治・大正・昭和の文豪たちの作品はお値打ちだ。価格が安い上に、年表が充実している。下段に写真が入っているし。漱石の現存している写真は少なくて、たぶんほとんどの有名な写真は、この年表に収まっているはずだ。

 森見登美彦「森見登美彦の京都ぐるぐる案内」。「太陽の塔」で日本ファンタジーノベル大賞を受賞して作家デビュー。「夜は短し歩けよ乙女」で大いにブレイクした感のあった森見さんだけれども、最近は話題になることが少ないように感じているのは僕の勝手な思い込みだろうか。思い込みならば失礼だとおもって、念のためにWikiってみた(とは言わないんだよね、ググってみたとはいうけど。念のため)。なんと体調を悪くして1年半近く作家活動を休止していたそうだ。なんか森見さんの作品に登場する主人公の男性(たぶん著者自身が投影されている)をイメージする限り、京都の学生向けの下宿住まいで不健康な生活をしている線の細さと優柔不断さが感じられた。まさか本当に健康を害する目にあっていたとは。でも活動を再開したのは何よりです。森見さん独自の視点での、勝手知ったる京都観光案内は楽しそうだ。

 窪美澄「晴天の迷いクジラ」。個人的には、今現在もっとも信頼が置けて、次作が文句なしに期待できる作家だ。「ふがいない僕は空を見た」の読後、本屋大賞の候補作にノミネートされているのを知り、大賞を確信したのだが、受賞を逃してがっかりした。いや、がっかりしたというのは嘘だが、代わりの受賞作が「謎解きはディナーの後で」だったのには、本屋大賞の限界が見えて落胆したというのが正しい。だって全国の書店員が「今何を読めばいいか」というお客様に、なにはさておき「この本がオススメです!」と言えそうな本でなければいけないわけだ。僕のようにきっと勧められて内容にがっかりはしないけれど、なんとなく「これはどうかなぁ」と疑問符が付くお客もいるだろうけれど、「ふがいない僕は…」を勧めて、あとで「なんて本を紹介してくれたんだ、あんな内容だとは思ってなかった」と言われる危険性をあらかじめ回避してしまうのが、本屋大賞の、あえて「限界」と言わせてもらおう。それくらい「ふがいない僕は…」はもっともっと読んでもらっていい作品だ。当然なことに、その次回作である「晴天の迷いクジラ」も傑作です。

 嵐山光三郎「文人の食アンソロジー(仮)」。嵐山さんと言えば「文人悪食」「 文人暴食」で、文豪達の悪食(あくじき)の数々を暴いて、僕ら読者を唖然とさせてくれたが、今回の「食アンソロジー」とはどんな趣向なのだろうか。新潮文庫のサイトをのぞいても紹介が見当たらない。どうやら6月も7月も出ないのかも。では、また改めてこの新刊記事で紹介できるだろう。
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2014年06月05日

2014年5月の新刊

もう6月に入ってしまった。なのに6月の新刊どころか5月の新刊についても記事にしなかった。
忙しかった?いや、どうやら本人の五月病だろうか。仕事の五月病+プライベートの五月病の二重苦。なんのこっちゃ、わからん?自分自身でも自分の事をうまく説明できないので、まあ怠惰な生活に明け暮れてしまった。そろそろ、締めてかからないと。では、超遅ればせながら5月の新刊から。

05/09 キス・キス〔新訳版〕 ロアルド・ダール(ハヤカワ・ミステリ文庫) 864
05/28 岩合光昭のネコ 岩合光昭(新潮文庫) 724
05/28 にゃんそろじー 中川翔子(新潮文庫) 637
05/08 読まずにいられぬ名短篇 北村薫(ちくま文庫) 972
05/09 遭難者 折原一(文春文庫) 605
05/09 世界堂書店 米澤穂信(文春文庫) 778


 ロアルド・ダールの著作は読んだ事が無い。「あなたに似た人」というミステリーのタイトルだけは店頭で見かけた事があるが、やはり読んだ事はない。まったく無縁の作家かと思ったら、例のジョニー・デップの映画「チョコレート工場の秘密」の原作者だという事で、児童文学者としての方が名高いのだと初めてしった。けれど、やはり映画も原作も見たり読んだりしていないので、一切関わりがない作家なのだと納得しようと思ったら、なんと映画「チキ・チキ・バン・バン(1968年英)」の脚本を担当しているではないか。あれほど、子供の頃に映画館で観たくて観たくて親にせがんだのに果たせず、後年いい年齢になったからようやく観ることができたという、僕にとって思い入れの深い作品の創作者の一人だ。関わりがあるじゃない。俄然読みたくなってきた。「キス・キス」はダールの短編集なので、入門編としては格好の一冊になるだろう。

 「岩合光昭のネコ」。4月の新刊で発売されなかったらしい。最近店頭で手にとってみた。よくよく考えれば文庫の写真集なんだよね。猫好きなのに何故買わなかったんだぁ。と思って昨日、会社帰りに書店によってしげしげと眺めてきた。ほ、欲しい。でも、岩合さんの猫写真集(新潮文庫)は、すでに5冊目なんだよね。最新刊がベストなんだろうか、などと考えてたら、ちょっと気持ちが買い控えの方に傾いてきた。

 それより、隣に平積みされた中川翔子編の「にゃんそろじー」の方が気になってきた。これは6月新刊かと思ってもう一度確認したら、岩合さんの写真集と同日発売。しかも同じ新潮文庫だ。これは狙ったなぁ。アニオタで生き様自体マニアックとしか思えない彼女の編んだアンソロジーなので、ノーマークでしたが、急遽リストアップしてきました。目次を観ると漱石の短編「猫の墓」から始まって、そうそうたる文豪の猫愛に貫かれた短編が勢揃いしていて、これは思わず「買い!」だと思ったのだけれど、気の迷いって事もあるかもしれないので、昨日は買わずに帰宅。でも、おそらく買うだろうな。すでにタイトルの「にゃんそろじー」の呪縛から逃れられなくなっている。

 北村薫「読まずにいられぬ名短篇」。こちらもちくま文庫からシリーズ化されている企画。どんなラインナップかと昨日確認してきたのだけれど、当たり前かもしれないが、どれも知らない作品ばかり。それと、このシリーズは、今回が4冊目になるのかな。読むとしたら最初から読むべきではないか、などと思いついたら、買う対象、読む対象としては後列にひかえるような気がしてきた。最近、北村さんの著作の方を熱心に読んでないなぁ。最近出たエッセイが確か「読まずにいられない」みたいなタイトルではなかっただろうか。こっちをぜひ読まなければ。

 折原一「遭難者」。これって読んでなかったかなぁ。立川の行きつけの図書館の書架にある。折原さんの叙述トリックミステリーは、例えば「黒い森」のように、前から読むと富士山の樹海で落ち合う約束をした男性視点のパート。後ろから読むと女性視点のパートのように、仕掛けで読者をそそるような構成をとる作品が少なくない。この「遭難者」は、山で起きた遭難事件を悼んだ友人たちの回想記が別冊として付いている。借りた記憶があるんだけれど、読み終えた記憶がない。今回の文庫化では別冊を取り込んで再構成したものだそうだ。折原さんの作品は「驚愕の」と冠がつくトリックで読ませる作品が多い反面、人物の内面が平板で作品毎の区別がないので、どれを読んだかすぐに忘れてしまう。まあ、気づいて読みたくなったら読めばいいんであって、前作読み倒す必要はあまり感じない。「遭難者」、これはちょっとそそられますが、図書館で借りるとしようかな。

 米澤穂信「世界堂書店」。つい最近、「満願」で山本周五郎賞を受賞した米沢さんが編者のアンソロジー。「英米仏のみならず、フィンランド、台湾、ギリシャなどなど」とか、「あらゆるジャンルを横断する」とか、つまりは全方位的に、この地上にあらわれた最新の小説の美味しいところをギュッとまとめて詰め合わせたという事だろうか。当然ながら特に小説好きというわけではない僕にはなじみのない作家とタイトルがならぶので、もうこれは「遠まわりする雛」などを物する作家としてのセンスを信用するしかない。いやぁ、それにしても世の中、本が多すぎる。
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2014年03月27日

2014年4月の新刊

 毎度おなじみ新刊紹介(大洋社の文庫発売一覧調べ)です。うっかりして、マエセツを書いてない事に気づきました。そろそろ桜が咲き出して、ようやくに春の訪れを実感しだしたと思ったら、今日は小雨がそぼ降る寒い朝になりました。三寒四温なんて便利な言葉を昔の人は考えてくれたので、ついつい紋切り型の言葉をつなぎ合わせていけば、これまた毎年のように、春先にかわされる挨拶文ができあがりました。
 これでよし、と。

04/25 訓読みのはなし 笹原宏之(角川ソフィア文庫) 821
04/18 行人 夏目漱石(集英社文庫) 未定
04/24 華氏451度〔新訳版〕 レイ・ブラッドベリ(ハヤカワ文庫SF) 972
04/08 縦横無尽の文章レッスン 村田喜代子(朝日文庫) 734
04/30 岩合光昭のネコ 岩合光昭(新潮文庫) 未定
04/30 僕は9歳のときから死と向きあってきた 柳田邦男(新潮文庫) 680
04/30 転迷 隠蔽捜査(4) 今野敏(新潮文庫) 724
04/下 リッジウェイ家の女(仮) リチャード・マシスン(扶桑社ミステリー) 未定
04/10 おもひでぽろぽろ シネマ・コミック(6) 岡本螢(文春ジブリ文庫) 1620


 笹原宏之「訓読みのはなし」。同著者同タイトルの新書が2008年に光文社新書から出ている。これが角川から再出版されるという事だろうか。最近、仮名遣いに関する新書が出版されたので買って読んでいるんだけれど、仮名の使い方には日本語が書き言葉にどう読みを当ててきたかという歴史と密接な関係があるという出だしになっていて、何をいまさらという人もいるだろうけれど、改めてそう把握しなおさないと、あたり前としてやり過ごしてきた日本語の読み(音)も仮名(形)の持つ意味全体を十分に知る事など出来ない。訓と音という分け方も、僕らは学校教育として習っているからなんとなく知っているの過ぎない。ちょっとでも深く考えると、途端に躓く事ばかりがわき起こってくる。うーむ、この本は気になるけれど、いや待てよ。光文社の新書の方を僕はすでに買って寝かしてるんじゃないだろうか?

 夏目漱石「行人」。集英社文庫は毎月のように漱石コレクションを増やしていく。今は「彼岸過迄」が店頭に置かれている。解説・三浦雅士、鑑賞・島田雅彦という豪華な取り合わせだ。「彼岸過迄」は漱石作品中、最も現代的な評価が高い作品とされている。「都市で暮らす孤独な人々」の内面を先取りしている作品だからだろう。オムニバス形式の連作になっているところも、今でいうところの「日常の謎」型のミステリーとしても読めるところも、今の若い読者が読みやすい作品だと思う。それと比べると「行人」は、「こころ」や「彼岸過前」のようにわかりやすい作品ではない。日常の謎ではなく、どうしても愛すべき人の心が信じられずに自滅していく現代人を描いている。鬱々としたストーリーと結末がつかない構成も、晩年の漱石にしてはいびつな作品だ。だが、漱石の長編はどれ一つとってもやり過ごす事ができない。「行人」というタイトルが意味深で、もう何度も読んできたにも関わらず、今もって「行人」というタイトルが意味するところに納得のいく説明をした評論や解説と出くわした事がないような気がする。だからか。腑に落ちない僕は、またまた読み直してしまうわけだ。

 レイ・ブラッドベリ「華氏451度〔新訳版〕」。まだ多感な時期に深夜にやっていた同名の映画を見た体験が、あとあとまで心に刻まれる事になった。映画好きになっていっぱしのフリークを気取るようになって、ようやくその映画が名匠フランソワ・トリュフォーの作品だと知ったわけだ。とにかく、禁書により本自体を読む事も所有する事もできないという近未来SFの設定に魅力を感じたし、人間としてのアイデンティティを揺さぶられるほどの衝撃を受けた。その後、ペーパーバックでブラッドベリの本作を手に入れて、どうにかこうにか読んだ。いや、最後まで読んだのかな。主人公の男性の仕事がファイヤーマンなんだけれど、いわゆる消防士ではなくて、本を焼くのが仕事。本が燃える時に温度が「華氏451度」なんだそうだが、それよりも原作の序盤に何度も現れる本を焼くための器具に装填された燃料がkeroseneという言葉で出てくるのが、とっても印象に残っている。とにかく新訳で読めると思うと、今から楽しみだ。

 村田喜代子「縦横無尽の文章レッスン」。村田喜代子というと、黒澤明監督の最晩年の作品「八月の狂詩曲」の原作者という事だけしか知らない。映画を見た原作者が、原作とはあまりにかけ離れたストーリーに、映画化を許可した事を後悔したという話が伝わっている。僕は「八月の狂詩曲」から初めて黒澤映画を同時代の映画作家の作品として味わえた幸せに浸って映画館を出てきた記憶しかないので、原作者には悪いけれど、すでに作者の手から離れた作品が異なるメディアで花咲くためには、まったく違った想像力を要するのは当たり前なのだと自覚していただきたいと思った。とはいえ、村田さんの作品をいずれは読んでみたいとは思っていたのだが、この「文章レッスン」の文庫化は絶好の機会になりそうだ。

 岩合光昭「岩合光昭のネコ」。岩合さんと言えば「猫」。猫の写真と言えば岩合さん。というくらい切っても切り離せない関係なのだが、いよいよ猫好きが高じて猫ボケ状態になってしまったのだろうか。「ニッポンの猫」などとまどろっこしい事を言わずに、「岩合光昭のネコ」という、もう誰にも有無を言わせないネコへの愛情全開のタイトルになっている。すごいなぁ。岩合さんの猫の写真は、躍動感にあふれているとか、かわいらしいとか、そんなありきたりな枠にとらわれてはいない。もう、なんというか、あの街中にあふれるダラダラ寝そべっては我が世の春を興じきっている猫そのものを、そのまま「ハイ、これがネコです」と見せてくれているのだ。だから血統書付きの飼い猫をかわいがる猫好きよりも、僕みたいに「猫に呼ばれる」事を期待している猫人(ねこびと)たちを引き寄せる、怪しげな魅力に満ちているのだ。

 柳田邦男「僕は9歳のときから死と向きあってきた」。僕は著者の一連のガン治療をテーマにした著作が好きだ。どうやらノンフィクション作家としての著者の力量を評価しているというよりは、僕の子供の頃からのトラウマを解消してくれた恩人として評価しているみたいだ。だから、実はNHKの記者から解説委員という経歴を持つ著者の文体が、非常に精度はあるけれど意外と単調で地味なゆえに、テーマによっては読みづらいのではないかと、かねがね思ってきた。でも「恩人」にそんなひどい事は言えない。言わないで済むには「読まない」というのが礼儀というものだろう。特にガン治療の最前線への関心が終末治療へ移り、さらに医学ではなく死にゆく人々たちへの関心に移っていった時に、僕は彼の著作に向き合えなくなった。特に自分自身、この歳になると親兄弟の病や死に寄り添う事になる。渦中にある自分にとって、著者の「生と死」を見つめ続ける作品は重すぎた。でも、もういいだろう。父が亡くなり、昨年兄が逝った。物言えぬ母が残されているが、いまこそ、僕には著者の真摯な言葉が必要な時かもしれない。

 今野敏「転迷 隠蔽捜査(4)」。つい最近、第一作「隠蔽捜査」を図書館で借りて再読した。テレビドラマが進行中で、それはそれで楽しんで見ているのだが、主人公の竜崎ってこんなに愚直な男だったっけ?と思わずにいられないほど、杉本哲太版竜崎はなかなかのいい奴なのだ。「変人」と言われるほどの変わり者には見えない。だが久しぶりに読んだ第一作ではっきりと思い出した。嫌な奴なのだ。エリート官僚である事が鼻につくほど、自分の生き方に自信がある。だから、まわりと軋轢を生む。そういう男がエリート官僚としても「変人」であるところに、このシリーズの面白さがある。というわけで、この終末に第二作「果断」も借りてきてしまった。本当は文庫で揃えたいところだが、人気シリーズなのでブックオフでもまだ400円程度する。
もうしばらくは単行本とつきあう事になりそうだ。

 リチャード・マシスン「リッジウェイ家の女(仮)」。これは「2014年3月の新刊」で紹介した「リチャード・マシスン短編集(仮)」の事だろう。どうやら今月下旬には間に合わなかったようだ。相変わらず「(仮)」がとれていないが、ましなタイトルがついた。短編集のラインナップはどうなるか、そろそろ情報を仕入れようと扶桑社のHPにアクセスしてみたが、ここは近刊情報がまったくないなぁ。いや、今月出す予定だったんだから、新刊情報として挙がっていてもおかしくないのに。というわけで、これ以上、この本について書く事はない。

 岡本螢「おもひでぽろぽろ シネマ・コミック(6)」。同名のジブリアニメに関するあれこれを集めた本。「おもいでぽろぽろ」ではなく「おもひでぽろぽろ」だったんだ。このアニメはテレビ放映で断片的にしか見てこなかったので、それほど思い入れはないけれど、どの場面から見てもエンディングに至る淡々とした情感に包まれてしまって、結局最後まで見てしまう。やはり高畑勲監督の演出のうまさが際立っている。ところで、この本の岡本螢って誰だろう?と思ってWikiなどを調べてみたら、原作者だった。というか元々は同名の漫画が存在して、その漫画の原作者が岡本螢さんだった(絵は刀根夕子)。ジブリアニメの功罪の一つに、原作が一気に目立たなくなるという点があるんじゃないかな。原作ともどもWINWINの関係になる事はあまりなくて、ほぼ原作はジブリアニメに飲み込まれてしまう。ただし、今回の作品は原作者がジブリに企画を持ち込んだという話なので、それほど問題ではないのかもしれない。でも、あらためて原作であるマンガを読んでみたい。といってもなぁ、買わなきゃダメか。
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2014年03月05日

2014年3月の新刊

 記録的な大雪を二週連続で経験した。東京で生まれ育って50年を超えるが、こんな事は未だかつてない。子供の頃には自分の長靴が埋まるほどの大雪(当時の自分にとっての)を体験したが、今の自分の印象と比較する事はできない。とにかく大変な冬だった。いや、まだ終わったと安心はできない。なにせ風は身を切るように冷たい。早く春になってほしい。いや、春になって欲しくない(花粉症がつらいから)。でも、やっぱり寒いのはイ・ヤ・ダ〜。

 とりあえず、先を急ごう。最近はこればっかりが取り柄のブログではあるが、大洋社調べ。3月の新刊チェックだ。
03/06  シャーロック・ホームズ全集 緋色の習作 アーサー・コナン・ドイル(河出文庫) 683
03/06  シャーロック・ホームズ全集シャ−ロック・ホ−ムズの冒険 アーサー・コナン・ドイル(河出文庫) 998
03/07  心理学的にありえない(下)  アダム・ファウアー(文春文庫)  819
03/07  心理学的にありえない(上) アダム・ファウアー(文春文庫) 819
03/10  バルセロナ、秘数3 中沢新一(講談社学術文庫) 未定
03/10  柄谷行人インタヴューズ2002−2013 柄谷行人(講談社文芸文庫) 1890
03/12  サクラ咲く 辻村深月(光文社文庫) 未定
03/20  ばらばら死体の夜 桜庭一樹(集英社文庫) 未定
03/25 霧越邸殺人事件(下) 綾辻行人(角川文庫) 588
03/25 霧越邸殺人事件(上) 綾辻行人(角川文庫) 546
03/28  黄昏の岸 暁の天 十二国記 小野不由美(新潮文庫) 746
03/下  リチャード・マシスン短編集(仮) リチャード・マシスン(扶桑社ミステリー) 未定


 アーサー・コナン・ドイル「シャ−ロック・ホ−ムズの冒険」。河出文庫でもシャーロック・ホームズ全集を出す。以前ならば、新潮文庫の延原謙訳全10巻が名著として知られていたが、さすがに古びたか。以前、会社の同僚から聞いた話を蒸し返すが、同僚の友人の息子で、中学生の男の子に読書感想文用に「シャーロック・ホームズの冒険」を勧めたが、差別的な表現に辟易したらしい。創元推理文庫の深町眞理子訳では、そういうところを現代風に脱色(ロンダリング)してある。気づいていれば、新訳の方を勧めるべきだった。光文社文庫では日暮雅通訳、角川文庫では石田文子訳だ。これらの訳を比べてみるのも面白いかもしれないが、まあ、やめておこう。

 アーサー・コナン・ドイル「緋色の習作」。ああ、そうか。やっと気がついた。河出文庫の全集は新訳とは言えない。以前に河出書房で出した単行本サイズの全集をそのまま文庫化したようだ。全集出版当時(1997年ごろ)に「緋色の習作」というタイトルがミステリーファンの興味を煽った。通常「緋色の研究」と呼称される同書が、なにゆえ「習作」となるか。原作のタイトルが「A study in scarlet」で、このstudyが「研究」ではふさわしくなくて「習作」の方がぴったりくるというのがタイトルの主張するところらしい。ふーむ、やっぱりよく分からないなぁ。

 アダム・ファウアー 「心理学的にありえない(上)(下)」 。うちの書棚に「数学的にありえない」の上下巻が眠っている。いや、つい最近まで上巻か下巻のいずれかがダブっていたので3冊が眠っていたのだが、さすがに部屋が本でうずもれてきたのでダブりは整理した。しかし相変わらず「数学的…」は眠ったままだ。そこへきて「心理学的」と来ましたか。これはとっとと蔵書を読むしかないな。すると、またまた一年後には「数学的…」に代わって「心理学的…」が眠る事になるかも。だからちっとも蔵書は減らないのだ。

 中沢新一「バルセロナ、秘数3」。先月「ミクロコスモス」の第一巻が発売されたばかりで、次は本書で、さらに今月は「ミクロコスモス2」が出るらしい。最近ずいぶんと中沢さんの著書はもてはやされているようだ。ようやく時代が著者に追いついたのか。著者が時代に合わせてきたのか。吉本・江藤二大巨頭亡き後に、彼らの衣鉢を継ぐのはナカザワくんとタカハシくんではないだろうか。フフフ。

 「柄谷行人インタヴューズ2002−2013」。カラタニさんは結構メディアに露出するのが好きなんだ。評論家同士が対談するのはよくあるけれど、インタビュー(「インタヴューズ」というのはずいぶん気どった表現だなぁ)をこれほど長期にわたって受け続けるのは、よっぽどの出たがりなんだと思う。そういえば最近の「文学界」だったか、いとうせいこうと対談していたし。

 辻村深月「サクラ咲く」。著者の作品を最後に読んだのは2011年の「オーダーメイド殺人クラブ」のようだ。どうやら直木賞をとってしまったので、純粋なミステリー以外の作風が混在してきたので、少し彼女の作品に力を注ぐのをやめてしまったようだ。家にも未読の初期作品があることだし、もう少し著者の作品へのフットワークをあげていきたいところだ。

 桜庭一樹「ばらばら死体の夜」。彼女が無類の読書好きな作家であるのは、よく存じ上げている。だから読書日記は好んで読ませてもらっているが、意外なほど作品の方は読んでいない。「私の男」と「青年のための読書クラブ」だけと言うのは、あまりに情けない読み方か。どうやら玄人受けする物語というところが、いまひとつ馴染めないのかもしれない。こんなに本を読んでいながらも、実はそれほど小説への愛着がないのかも。とは言え、無視しがたい作家ではある。今回のタイトルはちょっとそそられるではないか。

 綾辻行人「霧越邸殺人事件(上)(下)」。初出は1990年だそうだ。すでに24年前か。まだ大御所と言われる歳ではないだろうが、ベテラン作家というべきなんだろうな。この本が最初は新潮社で出版され、その後、新潮文庫に入り、四半世紀を経て今度は角川文庫入りを果たしている。どうしても綾辻というと講談社文庫か新潮文庫のイメージが強いが、角川文庫も著者の久々のスマッシュヒットホラー「アナザー」を文庫化したので、もうちょっと強力なラインナップを揃えたいというところだろう。最近、講談社文庫は「館シリーズ」を新装改訂版として続々と出版しているのを、次第に指をくわえて見ていられなくなった。久々に著者が躍動していた頃の作品をもう一度読み直してみるとしようか。

 小野不由美「黄昏の岸 暁の天 十二国記」。最近、書店で見かけたアラフォーかアラフィフぐらいの女性二人の会話。十二国記新潮文庫版を手にとって「この、完全版って何よ」と言っていた。どうやら十二国記は講談社X文庫ホワイトハート版で読んでいるような口ぶりだった。それでいて「同じ本を出しながら完全版って意味わからないね」という趣旨らしい事はわかった。実は新潮文庫にはシリーズNo.0(ゼロ)にあたる小説がひっそりと刊行されていた事に気づいてないのだ。「魔性の子」というのがそれだが、X文庫ホワイトハート版十二国記が刊行されていた当時は「十二国記」という冠をかぶせることは許されず、本当にひっそりと隠棲した作品だった。何しろその後「屍鬼」でホラー作家としても名をはせる事になった著者だからこそ、この作品をホラー小説だと思って手を出さなかった人も多いのではないか。僕自身もそうだった。ところが読んでみれば、紛れもない「十二国記」外伝だ。だからこそ、ついに新潮文庫版が刊行されて、名実ともに完全版「十二国記」ができあがるというわけだ。そして今月発売の「黄昏の岸 暁の天」に続いて短編集「華胥の幽夢」が出版されたら、ついに僕らファンが待ち望んだ新作長編の登場だ。

 「リチャード・マシスン短編集(仮)」。昨年、マシスンが亡くなったので、追悼記念出版と言えるだろう。どんなラインナップになるのか、出版元の扶桑社サイトにも情報が皆無なので分からない。映画「ヘルハウス」あるいは映画「激突!」のいずれも原作者であるというだけで、僕などは著者をリスペクトしてしまった。最近ではウィル・スミスが主演した映画「アイ・アム・レジェンド」の原作者という方が通りがいいだろう。原作は「地球最後の男」というタイトルで、こちらも読んだ。あとはダークファンタジー短編集と銘打った「不思議の森のアリス」にはスピルバーグの映画「トワイライト・ゾーン」の一編に採用されたストーリー「二万フィートの悪夢」まで入っていて、どれだけ昔から僕らを震え上がるほど感動させてくれてきたかが、よく分かった。
 扶桑社ミステリーには「奇術師の密室」「深夜の逃亡者」「縮みゆく男」の三冊がラインナップされ、うち「縮みゆく男」を除いた2冊は買いおいてある。今回の短編集も含めて「おくやみ読書」をするには、いい頃合いだろう。
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2014年02月12日

2014年2月の新刊

 急に寒くなってきた。かと思うと3月中旬〜下旬の陽気でジャケットとマフラーがじゃまくさくなったりする。しかし乾燥はいっそう度合いを増して、子供も親もノロウィルスやインフルエンザの猛威にやられまいかと汲々となる。「冬来たりなば春遠からじ」という言葉は、僕にとっては偉そうなご託ではなく、「エースをねらえ2」で宗方コーチの死から立ち直っていくヒロイン岡ひろみの、真正面を揺るぐことなく見すえた必死の姿を思い出させる言葉だ。早く息子にも僕らにも「春よ来い」。
 それではいつものように大洋社調べの文庫新刊案内より。

02/06 伊能忠敬 童門冬二(河出文庫) 882
02/06 街場のマンガ論 内田樹(小学館文庫) 650
02/06 手紙魔まみ、夏の引っ越し(ウサギ連れ) 穂村弘(小学館文庫) 700
02/06 将棋エッセイコレクション 後藤元気(ちくま文庫) 1050
02/06 生きることの発明 片山恭一(小学館文庫) 500
02/07 もっと厭な物語 夏目漱石(文春文庫) 630
02/07 映画を作りながら考えたこと 高畑勲(文春ジブリ文庫) 735
02/10 青天有月 エセー(講談社文芸文庫) 松浦寿輝 168
02/10 柄谷行人インタヴューズ1977−2001 柄谷行人(講談社文芸文庫) 1995
02/14 カジュアル・ベイカンシー(1) J.K.ローリング(講談社文庫) 未定
02/14 カジュアル・ベイカンシー(2) J.K.ローリング(講談社文庫) 未定
02/14 愛と日本語の惑乱 清水義範(講談社文庫) 未定
02/14 金閣寺の燃やし方 酒井順子(講談社文庫) 未定
02/14 坑夫 夏目漱石(岩波文庫) 693
02/20 彼岸過迄 夏目漱石(集英社文庫) 未定
02/21 SYNC なぜ自然はシンクロしたがるのか スティーヴン・ストロガッツ(ハヤカワ文庫NF) 987
02/21 空襲警報 コニー・ウィリス(ハヤカワ文庫SF) 882
02/25 夢違 恩田陸(角川文庫) 780
02/27 書物愛 海外篇 紀田順一郎(創元ライブラリ) 1050
02/27 書物愛 日本篇 紀田順一郎(創元ライブラリ) 1050
02/28 これはペンです 円城塔(新潮文庫) 452
02/28 木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか(下) 増田俊也(新潮文庫) 788
02/28 木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか(上) 増田俊也(新潮文庫) 746
02/下 ミクロコスモス(1) 中沢新一(中公文庫) 735


 童門冬二「伊能忠敬」。以前、「からくり儀右衛門」と呼ばれた偉人・田中久重の伝記「 小説田中久重−明治維新を動かした天才技術者−」を読んだ事がある。あの作品とどこかでつながっているんだろうか。田中久重は東芝の創業者であり、日本が技術大国の道へ至るために必要不可欠な第一歩を刻んだであろう不世出の人物の一人である。彼が若き日に「からくり儀右衛門」と呼ばれて地元久留米では有名だったというお話はNHKの少年ドラマでなじんでいた。そのドラマの中で、儀右衛門は日本全図を作るために訪れた伊能忠敬と出会っている。もちろんフィクションだろうが、大きな夢のあるエピソードだった。そのドラマの記憶があるせいか、伊能忠敬の生き方にも人一倍ロマンを感じてしまう。童門さんの伝記小説が面白いかどうかは、また別の話だ。

 内田樹「街場のマンガ論」。恥ずかしながら、この売れっ子哲学者の著者を一冊も読んだことがない。「街場」というのが彼を語るキーワードになっていそうなので、「街場の〜」をとっかかりにするのがいいようだ。「街場の現代思想」が代表作のようだが、「マンガ論」で今どきのマンガをどう料理するのか、お手並みを拝見してみたい。

 穂村弘「手紙魔まみ、夏の引っ越し(ウサギ連れ)」。不思議なタイトルだ。五七五のリズムに乗っているから、短歌の前半を切り取ってタイトルにしているのだろうか。最初の五(字余り)の意味がわからない。シュールだ。「夏の引っ越し」は暑さとともにすがすがしさがイメージされる。続く「ウサギ連れ」のイメージが効いてるからかもしれない。だが、抑制をかけるためだろうか。この連は括弧でくくられて控えめだ。何が狙いなのかは、穂村ワールド(エッセイ)にひたってみなければ分からない。

 後藤元気「将棋エッセイコレクション」。後藤元気という名前は最近、携帯でプロ棋士の対局を観戦する「モバイル将棋中継」の欄外のコメント欄で見かけた。将棋ライターだそうだ。将棋というのは非常に難解なゲームで、野球が「プロのようにはプレイできないが、見て理解するのは誰でもできる」というものではない。将棋に限って言えば「プロのようには(将棋を)指せないし、プロの試合を見ても分からない」。もちろん、まったく分からないとは言わないが、ただ見ているだけだと、プロの一手一手の意味を理解する事など出来ない。だから、解説が絶対に必要となる。では誰が解説をするかと言えば、同業者の「プロ棋士」が筆頭に挙げられるが、次は「棋士」になれなかった人が多い。将棋ライターの多くは、年齢制限により棋士になり損ねた人が将棋界の脇を固めているという事のようだ。なにはともあれ、将棋の本が文庫で出回る事も稀少だということが、ファンになって3面目というにわか将棋ファンにも身に染みているので、ぜひ読んでみたい。
 
 片山恭一「生きることの発明」。気取ったタイトルは相変わらずだが、以前のような「あざとい」オーラは感じられない。何のことだって。ほら、「世界の中心で、愛を叫ぶ」の作者ですよ。「セカチュウ」がドラマに映画に大ブームになった際に色気を出して読んではみたものに、タイトルほどには面白さは感じられなかった。で、別に久しぶりに読みたくなったというわけでもないが、タイトルに合わせて著者の創作にも進展があったのか、少し気になったまでのこと。

 夏目漱石「もっと厭な物語」。えーと、当然ながら夏目漱石さんが新作を書いたわけではない。こんなしょうも無いタイトルをつけるわけもないし。たぶん、「夢十夜」を中心にしたオムニバス短編集といったところだろうか。それはそれとして、漱石の新刊ともなると、やはり一度は書店で手にとって読んでみたくなるというものだ。

 高畑勲「映画を作りながら考えたこと」。世間では引退した宮崎駿さんの最新作「風立ちぬ」の海外映画祭の賞取りが取りざたされているが、高畑さんも5年ぶりの新作をようやくものして、あれこれとテレビや出版物で「名作」かどうかで物議を醸している。僕はと言えば、すでに「ホーホケキョ となりの山田くん」を映画館で観て、改めて高畑さんのすごさを実感しているので、彼が5年を掛けて今更ながら老け込まずに「本気」を出せる作家なんだということで充分です。あぁ、いますぐでも映画館に観に行きたかったが、週末は育児で時間がないのだ。せめて彼の著作で我慢しよう。

 柄谷行人「柄谷行人インタヴューズ1977−2001」。あぁ、そうか。勝手に対談集だと思ってしまった。インタヴュー集なんて出るんだ。ふつうこういうのって、文章の体裁を撮り直して、話し言葉文体の著作になるのかと思ったんだけど、あくまでインタビュー集として出すのは、評論家としては珍しいんじゃないかな。それだけ、結構人に自分の事を聞いてもらうのが好きな人なんだろうかな。

 J.K.ローリング「カジュアル・ベイカンシー(1)(2)」。つい最近だけど、著者本人がハリーポッターシリーズを振り返って、ハリーとハーマイオニーが結ばれるべきだったと言ったそうだ。もし、そうだったらその後のストーリーに大きな変化があるだろうか。まずはメインストーリーに影響はないだろう。後半はダンブルドアなどのハリーが生まれる前からの因縁に端を発する物語が核となっているから。あえて言えば、もしハリーとハーマイオニーが結ばれる設定だったならば、ロンは死すべき運命だったと思う。そうなるとしたら、彼の家族たちとハリーとの親密な関係がかなり損なわれる。その点ではシリーズ全編にわたる親しみやすさが失われる可能性がある。まあ、別のお話と言ってもいいだろう。もう済んだ話だ。すでにハリーポッターは伝説と化した。

清水義範「愛と日本語の惑乱」。清水義範は日本語を教える達人でもあるので、小説やエッセイにも日本語の乱れを題材にしておもしろおかしくとりあげた作品がある。これもその手の小説なのかな。やや揶揄する程度ならば「おもしろおかしい」のだけれど、それが例の「美しい日本語」を脅かすかのような文化論者の手つきで操作されると、途端に面白くなくなる。彼の作品は概して好きだが、教師的なモラリストの側面を出してくるとついていけなくなる。

 酒井順子「金閣寺の燃やし方」。三島由紀夫論だろうか。「金閣寺を燃やす」となればそういう事になる。いや、もう一人いた。水上勉だ。この二人をまな板にのせた文芸評論なのだそうだ。うーむ。ちょっと懐疑的。最近、彼女の「ユーミンの罪」という新書を読んだ。いや、途中まで読んで放棄した。理由は詳しくは述べないが、根拠はありそうだけれど「それってあなたの思い込みでしょ」と思える決めつけが多かったからだ。あの手際で三島作品を批評するのはちょっとやりきれない。「負け犬」分析は自分でまいたタネを刈り取っているだけだから、「どうぞご自由に」という気軽な気持ちで読めたんだけどね。

 夏目漱石「坑夫」「彼岸過迄」。集英社文庫から出ている漱石コレクション。あえて言うが、新作ではない。未発表作品が見つかったのは断じてない。昔から有名で昔からよく読まれてきた長編だ。ただし、集英社文庫ではラインナップから落ちていた。それを〈漱石コレクション〉と銘打って順次刊行するようだ。特に面白みのある企画ではないが、僕の愛読する「坑夫」が新刊で出るのであれば買っておこうという気になる。すでに実家に置き去りにしてきたちくま文庫の全集版では字が見にくくなっているからだ。新しい本を手元に置いておきたいし。

 スティーヴン・ストロガッツ「SYNC なぜ自然はシンクロしたがるのか」。自然科学ノンフィクション本だ。
シンクロ(SYNC)という不思議な現象を解説した本らしい。どんなに楽しい本なのかは、書店に平積みになる日を楽しみにしよう。

 コニー・ウィリス「空襲警報」。最近とみにコニー・ウィリスの著作が刊行されている。先月か先々月にも取り上げてなかっただろうか。ああ、そうか「ザ・ベスト・オブ・コニー・ウィリス」と銘打ったベスト短編集が二冊に分かれて出版されたようだ。前回が「混沌ホテル」だった。今回が「空襲警報」か。しまった、急に読みたくなったので、川崎市立図書館で予約をかけたら、もう10人もならんでいる。1冊に10人。一応予約したけれど、立川市立図書館に入るところをつかまえよう。

 恩田陸「夢違」。夢をデータ化できるようになり、夢判断が現実のものとなったという設定で起きるサスペンスだそうだ。恩田さんは設定した仮想世界に引き込む手際は最高。中盤のひっぱりもまずまず。だが、結末の付け方にいつも疑問を感じる事が多いのは何故だろう。この前読んだ本もそうだった。なんていうタイトルだっけ?ああ、「きのうの世界(上・下) 」だ。あれも完全に引き込まれた。大昔にやったアドベンチャーゲーム「月下夢幻譚」のような世界観が感じられた。なのに、だ。結末が正直肩すかしだったんだよなぁ。

 紀田順一郎「書物愛」海外篇および「書物愛」日本篇の二冊。図書館の予約システムで調べると「ときに至福、ときに悲惨、書物に憑かれた人生の諸相。書物の達人が選び抜いたアンソロジー。」という惹句が目に飛びこんできた。どうやら「書物愛」を描いた短編集を海外と国内からそれぞれ選んできたようだ。紀田さんがおそるべき書物愛の持ち主であり、集めてきた短編もただ本好きの主人公を据えた小説というより、作家自身が書物に取り憑かれていて心の内を登場人物に仮託したような作品ばかりを選んできたのではないだろうか。それを、さらに読書愛好者が読むという何重にも思い入れが重なりあったラビリンスがそこに生まれる。

 円城塔「これはペンです」。芥川賞を取る前から当然ながら名前も作品も目についていたけれども、今ひとつ触手が伸びない。非常に頭が冴えた人が書いたインテリ文学だと思えてしまうからだろうか。もちろん偏見には違いないが、でも冒頭から「読者」を置き去りにして自らの関心に終始してしまうと、なかなか距離感がつかめなくなる。特に最近は時間をかけてじっくりと読むという事ができなくなっているので(もちろん、これは僕個人の事情なので作家には何の落ち度もない)、もう少し読者に優しい作品であってくれればと思う。いや、これは実は芥川賞受賞作「道化師の蝶」を読んだ事さえ忘れていて、だから内容について思い出せもしない自分を正当化しようとしているに過ぎない。だから、こんなつまらない事をあえて書くよりもきちんと円城塔についての感想を言える作品であって欲しい。

 増田俊也「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか(上)(下)」。結構話題になったので一度は借りてみた。もちろん単行本だけれども。だが、読み出してみて木村政彦を知らなかった僕はなかなか序盤の文章にのめり込む事ができなかった。もちろん当時の男の子なら当たり前ではあるがプロレスには興味があった。古本屋で「ゴング」を立ち読みしては、今でいうならカルト的なレスラーたちに魅了された。もちろん「タイガーマスク」にあおられていたせいもあるし、ジャイアント馬場もアントニオ猪木もプロレスラーとして人気を誇っていた時期であったせいでもある。その頃、すでに力道山は伝説の人で、破天荒なエピソードばかりが耳に入ってきたが、それ以上に惹きつけられる存在ではなかった。そんな力道山その人ではなく、別の人物、それもおそらくは若い読者の大半にとって無名のレスラーの評伝でもある。それがそんなに面白い理由を本当は知りたいのだけれど、文庫ならば今度こそ序盤を乗り切れるだろうか。

 中沢新一「ミクロコスモス(1)」。ようやく今月の最後の一冊。ちょっと多めに拾いすぎたか。でも、良質な書店をぶらぶらゆっくりと品定めする余裕もなくなってきているので、せめて仮想的な個人書店を立ち上げて、平積みとなった新刊を矯めつ眇めつ眺めていたい。この本は中沢新一さんの著書。思えば中沢さんの著作をきちんと読む機会はあまりなかった。あの「アースダイバー」だけは東京の地勢を読み解く面白さに意表を突かれた。だが、知っている土地だからこその面白さであって、「大阪アースダイバー」の方には手を出していない。「ミクロコスモス」は本業の文化人類学の長編評論ではない。新聞や雑誌などに載った「評論やエッセイ、講義録など」を集めたものだそうだ。
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2014年01月14日

2014年1月の新刊

 仕事納め、大掃除、冬休みに入った子供の相手と、次々にあわただしく日々が過ぎていく年の瀬。元日は思いっきり寝坊していると、親が「新年のあいさつ」をするからと起こしに来て、お節料理と、日ごろは飲まない日本酒とで、ゆっくりと過ごした実家での「こたつのような」ぬくぬくとしたお正月は、もう僕の記憶の中にしかない。今は、僕の用意したお節やお雑煮や刺身を我が物顔に食べまくる息子の姿に、幼いころの自分の姿を重ねてみる自分がいる。

 あっという間に正月も終わり、いつものように仕事始めを迎える。仕方ない。まずは、いつものように大洋社のHP「Book Index」調べの新刊チェックからブログ始めとしようか。

01/08 永久運動の夢 アーサー・オードヒューム(ちくま学芸文庫) 1470
01/09 論理哲学論考 ヴィトゲンシュタイン(光文社古典新訳文庫) 未定
01/10 偶然の科学 ダンカン・ワッツ(ハヤカワ文庫NF) 882
01/15 岡本太郎という思想 赤坂憲雄(講談社文庫) 未定
01/15 黒猫館の殺人〈新装改訂版〉 綾辻行人(講談社文庫) 未定
01/24 ザ・ベスト・オブ・コニー・ウィリス 混沌ホテル コニー・ウィリス(ハヤカワ文庫SF) 882
01/24 無伴奏ソナタ〔新訳版〕 オースン・スコット・カード(ハヤカワ文庫SF) 1050
01/29 殺人者と恐喝者 カーター・ディクスン(創元推理文庫) 903


 正月の書店は、どこかよそよそしい顔をして落ち着かない。平積みになっているのは、ありきたりのベストセラーと、こたつにぬくぬくとくるまってテレビに興じるためのテレビ番組雑誌や子供用の雑誌などなど。出版社も冬休みを見越して動きを止めてしまうので、一月の中ごろにならないと平静を取り戻さない。それにしても、クリスマスの12月25日以来、ずっと気にかけているのは「ビブリア古書堂の事件手帖」の新作のゆくえだ。第5作となる新刊がクリスマスに合わせて出版される。前回の「新刊調べ」ではそうなっていた。きっとクリスマスネタのお話が含まれるに違いないと考えたのだが、どうやら邪推だったらしい。いま公式サイトにアクセスすると、いつの間にか1月24日発売予定に変わっている。久々に発売が待ち遠しいシリーズ本となっている。

 ヴィトゲンシュタイン「論理哲学論考」。ニーチェの「善悪の彼岸」のように、断片的な箴言に満ちた著作。柄谷行人が「探究T」「探究U」で、行き詰った思考の隘路を抜け出るために本書で著者が言及している「言語ゲーム」に注目していた。僕もわからないなりに、この著作の印象的で魅力的な、でも難解な言葉たちに好んで惑わされたくなる。

 ダンカン・ワッツ「偶然の科学」。最近、とみに自然科学のノンフィクションの文庫が刊行されている。「四色問題」が出て、翌月には「ケプラー予想」が出た。こういう本に目がないので逐一買ってしまいそうで怖い。「四色問題」は、あの茂木さんが丁寧に翻訳していると知り、俄然興味が湧いて買ってしまった。「ケプラー」も「ポアンカレ」も「リーマン」も、いま店頭で出くわしたら買ってしまいそうだ。ところで「偶然の科学」はタイトルに惹かれてピックアップ。どんな本なんだろうとググってみると、なんと松岡正剛の千夜一夜で取り上げられている。あの有名な「自分に近い6人の他人」の逸話を紹介したのも本書の著者なんだそうだ。この記事のアップをぐずぐずしていたら、一昨日書店の店頭で見つけてしまった。なかなか硬派な内容だが面白そうだ。

 赤坂憲雄「岡本太郎という思想」。岡本太郎と言ったら僕らの世代ではなにより「太陽の塔」をデザインしたアーティストだ。東京オリンピックが1964年のではなくて「おもてなし」の2020年のになっていくように、万国博と言えば「愛知万博」の記憶に塗り替えられていくのは仕方ないが、僕らの世代にとっては絶対的に「エキスポ70」の大阪万博しかありえない。その中でも絶対的シンボルだったのが太陽の塔であり、「人類の進歩と調和」というあの当時なら許せた理想を見事に体現していた。その岡本太郎という人物も思想も、実は意外なほど知っていない。あの頃の僕ら少年(だけでなく多くの大人も)にとってはかなりの変人に見えた岡本太郎が今生きていたら、引っ張りだこの人気者になっていただろう。そろそろ「岡本太郎」の内面を知っておくべきだ。

 綾辻行人「黒猫館の殺人〈新装改訂版〉」。僕が最初に彼の「館シリーズ」を発見したのが、1987年9月刊行の「十角館の殺人」ノベルス版だった。あれから丸26年もたってしまったわけだ。保存版にしていたはずのノベルスも結婚を機に実家を出る際にうっぱらってしまった。文庫版で買いなおす余裕はなかったのでそのままになってしまったけれど、この新装改訂版をぼちぼち買い集めるころ合いなんだろうか。この新装改訂版という企画は、26年も経って、その後文庫も順次発売された名作ではあるが、今の若い世代には「忘れられた名作」になりつつあることを鑑みて企画されたという位置づけになるはずだ。僕のように最初から綾辻のファンだった人間には、あまり関係のない企画だけれど、さすがに僕も26年前に購入して何度も読み直した作品であっても、そろそろ記憶を新たにしておくべきシリーズだとも言える。

「ザ・ベスト・オブ・コニー・ウィリス 混沌ホテル」。特に詳しい作家ではない。とにかく「航路」がすごかったのだ。このミステリーとSFが等分に合体したかのような絶妙なリアリティを伴った作品の核心に、僕は心底衝撃を受けた。そして結末にそこはかとなく悲しいヒロインの運命に涙が止まらなかった。こんな不思議な感動はおいそれとは手に入らない。そんな作品を書く著者なのだから、今に至るもポスト「航路」となる著作をまだ一冊も読んでない自分の怠惰を、そろそろ責めるべきだろうな。

オースン・スコット・カード「無伴奏ソナタ〔新訳版〕」。「エンダーのゲーム」の吹き替え版の予告がさかんにテレビで流れている。この予告編を見る限り、ただいま上映中の映画はかなり苦戦しているのではないだろうか。そもそもカードのひどくシニカルな筆致をそのまま映像化するのは難しいと思う。「エンダーのゲーム」はそのなかでもわかりやすい方の部類だろう。この「無伴奏ソナタ」のある種悪趣味ととられかねないニヒリズムの極北に、SFで描かれるヒーローのごくごく未来的な孤独が誠実に描かれていく。カードの著作につきあうという事は、それなりに覚悟が強いられる事に他ならない。

 カーター・ディクスン「殺人者と恐喝者」。これはすでに読んだはず。いや、読んでないけれど、単行本は実家に大切に保管されている。いや、もしや我が家の書棚に移動済みか。まあ、いい。たとえどこにあろうとも、どんな話であるかはまったく思い出せない。なんたって「殺人者と恐喝者」という平凡なタイトルだ。内容に想像がつかないし、面白そうだとも思えない。でも、逆に扇情的ではないタイトルに興味津々になってもいいかもしれない。なんたってカーター・ディクスン作品なんですもの。
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2013年12月10日

2013年12月の新刊

 暑いだとか寒いだとか言っているうちに、あっという間に師走だ。立川駅南口のシンボルとなっているケヤキの木にも毎年恒例のイルミネーションが点灯した。北口の方は、モノレール下の多目的通行スペースの並木がきれいにイルミネーションで飾られて、高島屋脇にはおしゃれなクリスマスツリーが人目を奪っている。もう何年も前からここにあったんだろうけれど、南口住民には気づきにくい。びっくりした。7時PMちょうどに居合わせたらラストクリスマスの音色が流れてきた。結構演出効いていてカップルたちの気分を盛り上げていた。以上、立川地元民のプチ情報。
では、いつものように大洋社のHP「Book Index」調べの新刊チェック。

12/03 シニアの読書生活 鷲田小彌太(文芸社文庫) 630
12/04 聖書の常識 山本七平(文春学藝ライブラリー) 1407
12/04 かわいそうだね? 綿矢りさ(文春文庫) 525
12/05 5分で読める!ひと駅ストーリー 冬の記憶 西口編 『このミステリーがすごい!』編集部(宝島社文庫) 680
12/05 5分で読める!ひと駅ストーリー 冬の記憶 東口編 『このミステリーがすごい!』編集部(宝島社文庫) 680
12/05 いつまでも考える、ひたすら考える 保坂和志(草思社文庫) 672
12/05 生命40億年全史(上) リチャード・フォーティ(草思社文庫) 945
12/05 生命40億年全史(下) リチャード・フォーティ(草思社文庫) 945
12/10 ぼくは本屋のおやじさん 早川義夫(ちくま文庫) 756
12/10 大山康晴の晩節 河口俊彦(ちくま文庫) 945
12/13 門【漱石コレクション】 夏目漱石(集英社文庫) 未定
12/17 存在と時間(4) ハイデガー(岩波文庫) 1260
12/20 予期せぬ結末(3)(仮) リチャード・マシスン(扶桑社ミステリー)
12/25 ケプラー予想 四百年の難問が解けるまで ジョージ・G・スピーロ(新潮文庫) 987
12/25 ビブリア古書堂の事件手帖(5) 三上延(メディアワークス文庫) 578
12/25 マザーズ 金原ひとみ(新潮文庫) 830
12/25 華胥の幽夢 十二国記 小野不由美(新潮文庫) 662
12/25 直観を磨くもの(仮) 小林秀雄(新潮文庫) 704
12/25 話し言葉の日本語 井上ひさし(新潮文庫) 662


 鷲田小彌太「シニアの読書生活」。シニアってどの年代かな。いわゆる初老と言われる年代をさしているのだろうか。僕も近づいているような気がする。「読書生活」と構えて言われても、すでに日常的に読書生活を始めているので、おそらくきっと「シニアのリタイア生活」みたいな心構えで読書をライフスタイルの中に組み込みましょうという事のような気がする。うーん、いるのだろうか、僕に。僕の決めていることと言えば、時代小説の大作などは、歳をとってから読めばいいかなと思っているんだけれど、意外と外見と中身とではどんどんずれが大きくなっていくようで、僕が子供の頃、学生の頃に想像していたような老年はまだまだ訪れそうにない。だったら今のとおり、好きなものを好きなだけ読めばいいじゃん。

 山本七平「聖書の常識」。ちょっと気になっているのはイザヤ・ベンダサン名義で書いた「日本人とユダヤ人」だ。もう、僕が気づいた頃には、これがユダヤ人と自称している著者が書いたいわゆる偽書であることは明白な状況になっていた。ああ、確か6歳違いの兄の本棚にもあったような気がしたな。勉強好きというわけでもない兄が読んでいたくらいだから(読み切ったかどうかは疑わしいが)、出版当時(1970年)は結構売れたんだろう。まあ、とにかくユダヤ人作家を騙った事で山本七平という人物が山師のように見えてしまって、まだ一冊も読んでない。読まなくてもいいかもしれないが、まあ、一冊くらいはつきあってみてもいいだろう。

 綿矢りさ「かわいそうだね?」。えーと、デビュー作からずっとつかず離れず読んできている。「夢を与える」は、なかなかすごい話だった。「蹴りたい背中」で芥川賞を受賞した時はまだ高校生で文学少女然としていたので、「蹴りたい背中」のちょっと変態的な内面を持った女子高生という、一種の私小説のような作品に意表をつかれた人も多かったに違いない。でも「インストール」を読めば、芥川賞は伊達じゃないんだとわかるくらい、独自な内面と文体をもった、でも女の子だった。それが女子大生になり、今や何歳になったのかわからないくらい普通の女流作家に成長し、「夢を与える」を書いても違和感のない作家となった。だから今度は「かわいそうだね?」だね。おっと、そういえば「勝手にふるえてろ」があったんだっけ。図書館で借りて、読み切らずに返してしまったんだった。いやぁ、ファンのような顔をするのはおこがましい。もうちょっときちんと読んでいかねば。 「5分で読める!ひと駅ストーリー 冬の記憶」の二冊。タイトルの不思議さに惹かれた。だいたい電車の中は読書好きにとって貴重な読書タイムを与えてくれる空間だ。数駅乗って乗り換えなんて事もよくあるので5分で読めるというショートショートの気の利いた短編集というのは面白い。だけど、何故「西口編」と「東口編」に分かれているんだろう。そこに何か仕掛けを感じたのは僕だけだろうか。となると二冊両方読む事に意味があるのかもしれない。かといって買うほどの気持ちはないんだけどねぇ。

 保坂和志「いつまでも考える、ひたすら考える」。先日「未明の闘争」を借りて大切に2週間保管したまま返却してしまった。ジェフリー・ディーヴァーの新作「シャドウ・ストーカー」を始め、待ち続けた本が同時多発的に手元に届いてしまった結果、「未明の…」はあきらめた。小説論・文体論を書くほどの理論派の著者が、いわば無造作に推敲していないかのような文体で書き綴った、やわらかな小説。そんな話が耳に入ったので読みたいと思って予約したのに手放した。それはそれとしてまたの機会に譲ろう。とりあえずは書店の平積みで新刊に出逢うところから始めよう。12/5なんだけど、いまだ見当たらず。

 「生命40億年全史(上)(下)」。これって確か単行本が出たときに読みたいと思った本の文庫化だ。通常は人間が気づいてきた歴史とか、生命とは言ってるけれど、主に人類への進化をゴールにしたような進化史が当たり前のように描かれてきたけれど、この本は「生命」というものがどこでどのように発生して、人類もその通過点として、どのように変化していくかを見すえた形での「生命史」。これは、今まであるようでなかったなぁと、単行本を見て感じた。文庫になったのなら文庫で読みたいところだが、駄目なら単行本を借りればいいや。

 早川義夫「ぼくは本屋のおやじさん」。アレアレアの(といっても立川のジモティ以外は分からないだろうが)オリオン書房(といっても、やはり立川住民以外は慣れ親しまない本屋名だろうけれど)に、書店員が選んだ企画本のコーナーがあって、その一冊として選ばれた作品。僕自身もこのセンスのいいチョイスの中から、フォークシンガーとして知られた早川義夫さんが書いたエッセイの面白さに触れたいと思った。

 河口俊彦「大山康晴の晩節」。将棋ファンという新たな趣味の道が開けてしまってからというもの、将棋関連の書籍が刊行されると気になってしかたがない。今一番気になっているのは将棋連盟発行のムック本だ。谷川浩司、羽生善治、森内俊之までは順当としてVol.4が、あの「ひふみん」もとい、加藤一二三九段なのだ。フジテレビの「アウト×デラックス」を見ている人なら、どんなに飛び抜けたキャラなのか分かると思うが、実は将棋界では功成り名成りを遂げた「すっごい人物」なのだ。そのムック本は思った以上に「ひふみん」ワールドにかなりのページを割いた、実に異例な内容になっている。ほ、欲しい…。なんと谷川さんをスキップして羽生さんムックを買い、森内さんのを買うかどうか迷っているというのに、もう「次に買いそろえるなら加藤九段の方かな」などと、まっとうな将棋ファンからすれば不埒な事を考えている。ああ、「大山康晴の晩節」の話だった。川口俊彦という方は将棋界では知らぬ者がいないほどの将棋ライターであり、多数の著作をものしている。自身が元々は棋士だった。著者のエッセイをすでに新潮文庫で一冊持っているのだから、まずはそちらを読んでからだな。なんと言っても将棋関連の本は多い。多すぎる。

 「門【漱石コレクション】」(集英社文庫)。集英社文庫は、これまでに漱石の長編を一通り文庫にしてきたのじゃなかっただっけ?いや、違うのかな。どうやら「門」は今回が初めてのようだ。「漱石コレクション」というシリーズ名は、今回から付けたように思うが、さて何か変わったところが出てくるのかな。

 「存在と時間(4)」(岩波文庫)。まあ、あきらめが悪い人間としては、いまだに、この難解な哲学書を読む機会をうかがっている。この世紀末的な状況、人類としての閉塞感の漂う現代において、「ハイデガーを読まないでいいのか」とたえず問いかけられている気がするのは僕だけでしょうか?いや、単なるミーハー魂にすぎません。

 「予期せぬ結末(3)(仮)」。何故(3)なのか。すでに(1)(2)が刊行されているのだろうか。あれ?ひょっとして「リチャード・マシスン他」なのかな。マシスンが今年なくなったばかりなので、追悼の意味で未刊の作品を出版するのかと思ったのだけれど、そういう気の利いた企画ではなさそうだ。マシスンさん。「ヘルハウス」の原作者。すばらしいホラーをありがとう。合掌。

 ジョージ・G・スピーロ「ケプラー予想 四百年の難問が解けるまで」。著者は置いておくとして、翻訳が青木薫さんなんだよね。サイモン・シンの著作はすべて彼女の訳。僕はシンの作品同様に青木さんの訳に絶大の信頼を置いている。だから、「買います」と言いたいところなんだけれど、最近は、軒並み科学や数学のノンフィクションの文庫化を進めているようで、つい最近も茂木さんが訳した「四色問題」を購入したばかり。「ケプラー予想」も、となると、もうあきらかに買いすぎだ。財布の中身が寂しくなるだけではない。本が増えている事を家の者に感づかれてしまう。そもそも本当に読むのか、などなど。問題は山積みだ。

 三上延「ビブリア古書堂の事件手帖(5)」。まあ、いろいろ紹介してはいるが、今月の目玉はなんといってもこれだろう。剛力彩芽とAKIRAとでテレビドラマ化されたのをいい機会に、原作を今年読破した。文学作品を題材にしたミステリーのたぐいはたくさんあるけれど、この作品はあまり真正面から文学好きだけを対象に書き込む事はせずに、気軽に楽しめる。だけれど、作品のチョイスはなかなかに文学好きの人たちの好奇心をくすぐるようなセンスの良さを見せている。クリスマスに刊行。何か今回取り上げる文学作品に仕掛けがあるのだろうか。

 金原ひとみ「マザーズ」。以前に、借りようと思ったのはどういう経緯からだったろう。だれかの書評本で紹介されていたはずだ。いわゆる新聞の書評では厳しい事も書かれていたように思うが、芥川賞受賞作「蛇とピアス」以来の金原作品との邂逅になる。そういえば今月の新刊リストには、ダブル受賞で世間を賑わせた綿やりさの新作も含まれている。

 小野不由美「華胥の幽夢 十二国記」。ふーむ、ずいぶん出版されてしまった。これは長編が書かれなくなって久しく、十二国記ファンをやきもきさせ続けた挙げ句に、ようやく著者が重い腰を上げて書き上げた短編集。泰の国の麒麟「泰麒(たいき)」の過酷な運命が過酷なまま放置されて、次の長編で良き結末を待ち望んでいたファンを嘲笑うかのように(まあ、そんなに意地の悪い著者ではないにしろ、待てど暮らせどのファンの思いは皆同じ)、短編集が出て肩すかしを食らわせられたのが2001年の事。あれからすでに10年以上が経過している。本作が出版されれば、いよいよ新潮文庫「十二国記」完全版のオリジナル長編の登場だ。

 小林秀雄「直観を磨くもの(仮)」。はて、一体何を今度は切り売りして、新潮社は小林秀雄で稼ぐつもりなのだろうか。と口汚くののしったとしても、中身は小林秀雄その人の文章。買ってしまうんだろうな。でも表題からすると、前作「人間の建設」同様、対談集なのかもしれない。いっそのこと、全集を文庫化するということは無理なのかな。いや、無理だろうね、やっぱり。
 
 井上ひさし/平田オリザ「話し言葉の日本語」。Book Indexでは井上ひさしさんしか著者名に記されてなかったが、どうやら調べてみると劇作家の平田さんの共著。というか、紹介文を読むと「対話集」となっているので、対談の間違いかと思ったのだけれど、やはり対話集。たぶん話し言葉について書きたい事を書いて、相手の原稿を読んだ上で次を書き継ぐみたいなリレー論文的な事だろうか。いずれにしても「話し言葉」に焦点を絞った日本語評論ってありそうで結構ないので、二人の言葉の達人の話にはちょっと興味がある。
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2013年11月11日

2013年11月の新刊

ようやく。ホントにようやく涼しくなってきた。もとい。すみません。書き出してからアップするまで時間が掛かりすぎて、涼しいどころか寒いです。寒くなってしまいました。
 今年は猛暑やゲリラ豪雨や台風などに悩まされてきたが、ここに来て読書の進み具合が速くなってきた。なんとなく今だったどこまでもどこまでも読書に集中できるような気がする。僕ら読書好きにとっては、「どんな時に秋を感じるか」というと、いくらでも本を読んでいられるという時期をさすんじゃないだろうか。

では、大洋社のHP「Book Index」調べの新刊チェック。

11/01 言葉の誕生を科学する(河出文庫) 小川洋子 672
11/01 淀川長治の映画ベスト100+アルファ(河出文庫) 淀川長治 693
11/01 新装版 なんとなく、クリスタル(河出文庫) 田中康夫 798
11/06 短歌という爆弾(小学館文庫) 穂村弘 560
11/06 文章心得帖(ちくま学芸文庫) 鶴見俊輔 945
11/06 幾何学の基礎をなす仮説について(ちくま学芸文庫) B・リーマン 1050
11/06 ハッとする!折り紙入門(ちくま文庫) 布施知子 819
11/06 小説 永井荷風(ちくま文庫) 小島政二郎 1155
11/08 エンダーのゲーム〔新訳版〕(上)(ハヤカワ文庫SF) オースン・スコット・カード 777
11/08 エンダーのゲーム〔新訳版〕(下)(ハヤカワ文庫SF) オースン・スコット・カード  777
11/08 ピグマリオン(光文社古典新訳文庫) バーナード・ショー  未定
11/08 桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活(文春文庫) 奥泉光  704
11/08 ロードサイド・クロス(上)(文春文庫) ジェフリー・ディーヴァー  777
11/08 ロードサイド・クロス(下)(文春文庫) ジェフリー・ディーヴァー  777
11/08 風の帰る場所〈ロッキングオン〉ナウシカから千尋までの軌跡(文春ジブリ文庫) 宮崎駿  998
11/15 現代語訳 徒然草(岩波現代文庫)  嵐山光三郎  未定
11/20 樽【新訳版】(創元推理文庫) F・W・クロフツ  987
11/28 四色問題(新潮文庫) ロビン・ウィルソン  746
11/28 夜歩く【新訳版】(創元推理文庫) ジョン・ディクスン・カー  777


 まずは「言葉の誕生を科学する」。作家の小川洋子さん単独の著書になっているけれど、学者でもない彼女にしては「らしくない」。種を明かせば、すでに刊行されている文庫を見ると言語学者との対話形式になっていた。目次を読んだけれど、今ひとつ狙いがよくわからない。どういう企画なんだろう。学者は言語起源の研究が専門なんだけれど、それに小川さんが関心を示している拠り所がよく分からない。でも、後半に発達障害をもつ児童の問題が取り上げられていて、少し気になってきた。

 淀川さんが亡くなって久しい。亡くなってからというものの、淀川さんの事を振り返る機会もそう多くはなくなってしまったが、ときおり繰り返しのように「淀川長治の〜」と冠をつけた映画ガイド本が発売されると、もうどんな切り口をしようとも新しい事は何一つないというのに、やはり手にとって淀川さんの映画への熱い思いにあふれた文章に触れる事に快楽を感じてしまう。1996年だったか、まだ僕が熱心に映画館に通い詰めていた頃に、日頃からあまりほめた事にないウッディ・アレンにもかかわらず「世界中がアイ・ラブ・ユー」はほめていたなぁ。あれはエドワード・ノートンがお気に入りだったからだなぁ、などと当時を振り返るのも楽しい。

 「新装版 なんとなく、クリスタル」。個人的には今回の新刊の中では最も興味が湧いている1冊。だって「なんとなくクリスタル」と言えば、80年代当時のファッションや風俗をカタログ的に封じ込めた、かなり異色な小説だったわけで、今「新装版」として売り出すという事は、なにかしら当時の詳細な注を現代版に改訂したのだろうか、などと想像がかき立てられる。それにしても、ほとんどに店が今は残ってないんじゃないかなぁと心配したりする。本当に何か面白い本になっているのだろうか。

 「短歌という爆弾」は先月の紹介した穂村弘のエッセイ。11月にずれ込んだようだ。解説は10月分を見て下さい。

 鶴見俊輔「文章心得帖」。鶴見俊輔さんと言えば、会社員に成り立ての頃に、講談社学術文庫から出た「プラグマティズム」を読んだのが、後にも先にも一番印象に残っている。「プラグマティズム」という実践的な考え方が、なんとなくこれから縛られていく会社員の生活を乗り越えていくための一つの原理的な手段になるんじゃないかなぁと感じた。まあ、それを研修中の課題(新聞作り)に記事として埋め込んだら、「単純だなぁ」と同じ研修グループの奴らにあきれられた。本当に信じていたわけでもないが、何かを嘘でも信じてみる必要は感じていたという事だ。

 「幾何学の基礎をなす仮説について」は数学者のリーマンの著作。これって、いわゆるリーマン幾何学について説明した論文だろう。これを元にしてアインシュタインは一般相対性理論の原理的証明にたどり着く事ができた。だからって数学者でもない僕が読む事ができるわけでもない。でも、ちょびっとだけ関心があるとだけは言っておこう。

 「ハッとする!折り紙入門」。えーと、昔ながらの定番の折り紙ではなく、いわゆる創作折り紙と言われる、画期的で斬新な折り紙が好きで、例の綾辻行人が「館シリーズ」で登場させた若き探偵が織り上げる「5本指の悪魔」みたいにハッとさせられる折り紙を紹介してくれるのだろうか。女性の折り紙作家なので、ちょっと期待しているのとは違う作風なのかもしれないが、とにかく一読してみたい。

 小島政二郎「小説 永井荷風」。著者はまったく存じ上げません。Wikipediaを読んでも小説家としての作品は読んだことがないどころか、タイトルも知らない。でも、この作品は当時雑誌連絡を本にして出版しようとしたら、永井荷風の遺族からクレームがついてお蔵入りしたといういわく付きの小説らしい。僕は単純に永井荷風の伝記なのかなと思って興味をもっただけです。

 「エンダーのゲーム〔新訳版〕」。へー、エンダーシリーズはいっぱいあるけれど、今後も次々と新訳になって出版されるんだろうか。何故いまごろ「エンダーのゲーム」が突然新訳なんだろうと思った。オーソン・スコット・カードは、例の「消えた子供たち」で一躍注目されたSF小説の大家。僕自身は本の雑誌の年間ランキングで目黒考二さんが絶賛していたからこそ読んで驚いて、そしてそこからカードの著作を読みあさった。そこまで経てようやくカードって、すでにすごい作家だったんだなぁと実感した。「消えた子供たち」という作品は、大成した作家の作品という感じがしなくて、力のある新人作家が見事に感動的なドラマを作りあげたなぁという感じで読んでいた。読み継いだ作品の中には「ピアノ・ソナタ」のような、なんというか単純な善悪で色分けできない孤高の存在としての「人間」が描かれていて、一体この著者の心の拠り所ってどこらへんにあるんだろうかと非常に考えさせられた。人間、いや人類の怖さを描き続けた書き手と言っていいだろう。

 もちろん「エンダーのゲーム」にもそういうところは表れているが、でもやはりこのシリーズのおもしろさは、「エンダー」という少年の成長物語とその後に続く過酷な運命に対する尽きせぬ興味にある。内容的にはわかりやすい。元々同名の短編があったはずだ。初心者はそちらから読む方が取っつきがいい。長編はただ長くしただけでなく、結末が変わっていたと記憶する。ちなみに「エンダーのゲーム」が突然新訳になる理由は、ハリウッド映画として近々ロードショーされるからだそうだ。書棚で眠っている「消えた子供たち」も含めて、この秋に久々に「エンダーのゲーム」読んでみようかな。

 「ピグマリオン」とくると、必ず映画「マイ・フェア・レディ」の原作だと紋切り型の応答が浮かんでくる。所詮バーナード・ショーの作品の一つとして読んだ事のない人間にとっては、無意味なうんちくに過ぎない。もちろん僕も一作として読んでないから同類だ。同類であるけれど、やはりこの「うんちく」は口についてしまう。あるいは頭の中に浮かぶのを止められない。ならばいっそ「ピグマリオン」を読んでしまえばいいのだ。当然ながら「ピグマリオン」と「マイ・フェア・レディ」がそっくりそのままというわけではないので、あのミュージカル同様の感慨が得られる小説ではない。という事も、もちろん「うんちく」の一つとして知っているに過ぎない。

 奥泉光「桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活」。これはすでに単行本で読んだので、いまさらという気はするのだが、どうにも「桑潟幸一」通称クワコーが助教授から准教授になってからというもの、あまりにお手軽なシリーズものに変化してしまったのが残念だ。シリーズ第一作「モーダルな事象−桑潟幸一助教授のスタイリッシュな生活−」を読んだかぎりの印象では、著者にシリーズ化するつもりは感じられない。おバカな助教授クワコーが、ある無名の詩人の未発表作品に関わることで底の見えない人間の闇の深さにおびえることになる。なんとなく、あまりの衝撃的な結末に読後しばらくは悪夢にとりつかれることになった「フリッカー、あるいは映画の魔」という作品に似た雰囲気を感じた。ところが「准教授」になってシリーズ物として再登場するや、本当にクワコーの人生は「スタイリッシュな生活」になってしまった。これはもしかしたら「謎解きはディナーのあとで」の大当たりに影響されたのかもしれない。

 「ロードサイド・クロス」。ジェフリー・ディーヴァーが産んだ一番の名探偵は、なんと言ってもリンカーン・ライムだ。しかしその次となると、やはり今一番活きの良い主人公はキャサリーン・ダンスだろう。リンカーン・ライムは究極の安楽椅子探偵であり、シャーロック・ホームズの正当なる継承者とも言える存在。それに伍する事ができるダンスは、女性であり、人間嘘発見器とも称される特殊技能の持ち主だ。対面した人間が見せる仕草や言葉などから、どんな偽りも見抜いてしまう。すばらしい。なら、相手にする犯人はたちどころに捕まえてしまうのではないか。と思うとさにあらず。あの天才的分析家ライムをして、なんども裏をかかれて危うい目にあったように、ディーヴァーは毎回毎回主人公たちを上回るような悪の天才を用意してくる。そのヒヤヒヤ感がたまらない。

 「風の帰る場所〈ロッキングオン〉ナウシカから千尋までの軌跡」。どんな本だったかネットで確認したら見覚えのある表紙。そうだ、宮崎駿さんへのインタビュー集だったな。会社で購入したんだが、すでに廃却してしまったはず。返す返すも惜しいことをした。それにしても文春ジブリ文庫が悩ましい。宮崎駿作品が次々と文庫の中に封じ込められていく。すでにどの作品もストーリーと映像が一体化して頭の中に刷り込まれているからこそ、文庫の中でスライスされた画像でも、あたかも登場人物の声もBGMも動きもすべてが再生されていくかのようだ。できれば全巻揃えたいところだが、今のところ予算が…。では一冊だけ選ぶとしたら、ナウシカでしょうか、それともトトロ? いやいや、本当に好きなのはラピュタでしょ。でも千と千尋も捨てがたい。いやいや、なによりポニョの叙情詩に心を揺さぶられたのではなかったか。えーい、とりあえずポニョまで待とう!

 「現代語訳 徒然草」です。いっこうに読み切った事がない作品だけれど、今回の現代語訳は、あの嵐山光三郎さんです。どんな文豪でさえも、この人の手にかかると格調の高さがなくなってしまい、いわゆる下世話な庶民の目線まで落とされてしまう。漱石しかり鴎外しかり、そしてあの芭蕉しかり。では、著者ともっとも人生が似通っているような兼好法師を、どのように料理しているのだろうか。興味深いです。

 クロフツの「樽」なんだけれど、つい最近(といってももう8年前になるのか)ハヤカワミステリ文庫で新訳になったばかりだ。それが今度は創元推理文庫でようやく新訳が出版される。なぜクロフツが今更注目されるのか。いや今更ではない。警察組織の群像ドラマがもてはやされる今だからこそ、あるいは観光地タイアップのトラベルミステリー全盛の今だからこそ、その先駆け(パイオニア)とも言えるクロフツ作品を再評価する時期に来ているのかもしれない。
 
一時期は確かに脚光を浴びていた「四色問題」。だが、その後300年以上の長い年月に数学者たちを魅了してきた「フェルマーの大定理」が証明され、そして近年、やはり現代数学者にとっての最難問の一つ「ポアンカレ予想」が見事に証明されて、あっという間に「四色問題」は過去のものとなった。何故か。もちろんドラマがないからだ。数学者はともかくとして僕ら素人が引きつけられるのは、設問の分かりやすさ(あるいは美しさ)とともに、それにまつわる人間ドラマだ。だって、どうせどんなにかみ砕いたところで僕ら凡人に分かる解法ではないのだ。その雰囲気をなんとなく味わいながらも、解けるまでに至った数々の挫折や悲劇や意外な運命などに触れたい。それが、「フェルマー」にも「ポアンカレ予想」にもあった。だが、「四色問題」に何があっただろう。設問の分かりやすさは他の難問と比較して群を抜いてわかりやすく、しかも美しい。だが、コンピューターによる証明には人間くささが感じられない。そんな僕ら読者の過ちを諭してくれるような内容を期待したい。あぁ、でも翻訳が茂木健一郎さんなんだ。ちょっと信用がおけないなぁ。

 トリはディクスン・カーの処女作「夜歩く」の新訳だ。一体、この作品、最近だけでの何度読んだ事だろう。ディクスン・カーの全作踏破を目指して、まず再読したけれど、あと長編を7冊ぐらい残したところで、最近の創元推理文庫のカー新訳の動きに従って再び「夜歩く」を読みなおした。そこでなんとなくカーの作品の読み方についてようやく手がかりをつかんだような気がした。長編を60作ぐらい読み終えたにもかかわらず、今更かと言われそうだが、まったくその通り。だから、この新訳版が出たら、もう一度この処女作を解体してカーの秘密を解き明かしたい。
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2013年10月21日

2013年10月の新刊

「9月新刊」を10月に入って紹介し、引き続いてすでに10月半ばになってしまっているけれど、大洋社のHP「Book Index」調べの新刊チェック。

10/08 短歌という爆弾 穂村弘(小学館文庫) 560
10/10 考えるよろこび 江藤淳(講談社文芸文庫) 1470
10/10 近代以前 江藤淳(文春学藝ライブラリー) 1491
10/10 じつは、わたくしこういうものです クラフト・エヴィング商會(文春文庫) 1092
10/16 小暮写眞館(上) 宮部みゆき(講談社文庫) 未定
10/16 小暮写眞館(下) 宮部みゆき(講談社文庫) 未定
10/16 歌うクジラ(上) 村上龍(講談社文庫) 未定
10/16 歌うクジラ(下) 村上龍(講談社文庫) 未定
10/16 スナフキンノート トーベ・ヤンソン(講談社文庫) 400
10/29 飲めば都 北村薫(新潮文庫) 662
10/29 ビューティフル・マインド(上)天才数学者の絶望と奇跡 シルヴィア・ナサー(新潮文庫) 788
10/29 ビューティフル・マインド(下)天才数学者の絶望と奇跡 シルヴィア・ナサー(新潮文庫) 788


 現代的で、それでいてポップな感覚の短歌を書く歌人(勝手なイメージです)の穂村弘さんの「短歌という爆弾」。どんな本なのかよくわからない。でも言ってみれば短歌版・荒川洋治のエッセイみたいな本じゃないかな。だって、そもそもこの人のことを僕に教えてくれたのが、高橋源一郎さんだったし。彼の本で紹介されていたのがこの本だったような気がするし、その気になって借りて読んだのも、これだったような気がする。でも結局最後までは読めなかった。だから徹底的とはいわないけれど、もう一度「穂村弘」って人のことを知りたいんです。ところで、全然脈絡ない話なんだけど、ずっとこの人のこと「タネムラさん」だと思っていました。なんと「ホムラ」。三文字なんですね。名前からくる印象が全然違うんですけど…。

 江藤淳の文庫が2冊もでる。「考えるよろこび」と「近代以前」。どちらも未読。というか「近代以前」は1985年に単行本が出版されたきり、ながらく文庫化もされなかったようだ。「考えるよろこび」のほうは、どうやら1960年代の講演集だって。僕としては江藤淳の「漱石とその時代」がいつ文庫化されるのだろうかと心待ちにしているのだ。いや、もうこれはウンベルト・エーコの「薔薇の名前」の文庫化とどちらが先かというアポリア(難問)となって僕の頭の中に納まっている。どちらが先でもいいから、とっとと出してください。

 「じつは、わたくしこういうものです」。どんな本でしたっけ? クラフト・エヴィング商會の本は、デビュー作はタイトルに惹かれて買ったはず。でも読みきった記憶がない。その後、同じような趣旨、いやコンセプト、いや方法論かな。そうだ、方法論が同じ本が何冊も積っていった。なんか書店に新作が並ぶたびに、タイトルを見て「ああ、やってるやってる」と妙に納得してしまって。でも読んでない。この本も2002年に出版された、クラフト・エヴィング商會5冊目の本の文庫化のようです。どんな本かは、やはり書店で手にとってみないと、あらすじで理解するのは難しいかな。とにかく書店で見てみるべき。そうして、やっぱり安心して読まないような気がするけど…。

 「小暮写眞館」by宮部みゆき。ついにこの日が来てしまった。うちの二階の、主に子供とママの蔵書が置かれている廊下の本棚に、ママが気まぐれに買って本人さえも読まない分厚い単行本が置かれている。本の価値は読まれないかぎり、ないに等しい。なんて言われたら、僕ら愛書家のほぼ100%に近い人たちは自殺を考えてしまうだろうけれど、それでもたまには読んでないことを確認するためにカバーがかかりっぱなしで忘れられた身奇麗な単行本に手をとることが、年に一二度はあってしかるべきではないだろうか。だって僕なんか、年に十回ぐらいは読みたいなぁと手に取っているのだから。それにBSでドラマ化されて、会社のミステリー好きの同僚から、逐一そのドラマのいい点とわるい点をインプットさせられてからというもの、絶対ドラマの再放送に間に合う程度には読みきってやろうなどと考えていたのだよ。なのに、いまやおいしそうな文庫が書店をにぎわせている。あぁ、もう、これはもう、文庫への果てなき欲望を抑えるためにも、家の単行本を読まねば、だよ。

 「歌うクジラ」は言わずと知れた村上龍の2010年の近未来長編。SFファンタジーとカテゴライズすればいいんだろうか。宇宙エレベーターとかがクライマックスに印象的に出てくるあたりは、村上龍の通俗的な好奇心が健在である事を示しているけれど、新出島(しんでじま)に住む主人公の少年が、島で被差別的な扱いを受けながら生きてきた粘液を出す男との奇妙な二人三脚で終着地を目指して逃走を続ける。ロードムービー的と言えば言えるし、なんか不思議な魅力がただよっている。かつては両村上と称されたはずの片方は、ノーベル賞候補作家という肩書きをしょってしまったが、時代がスピードを速めて変わりつつあっても、不思議な事にもうひとりの村上さんは、かつてもいまも変わる事なく、時代の好奇心の最前線を歩いているようだ。

 「スナフキン ノート」ってなんだろうと期待していたら、実は先日店頭に並んだのを見てしまった。本当にノートでした。文庫サイズのノートなので手帳代わり、メモ帳代わりという事だろう。ムーミンの原作の挿絵を元にスナフキンばかりを集めて、それぞれのページの端に置かれている。大親友のムーミンとのツーショットもある。やはり単独のキャラとしてはスナフキンが一番なんだな。二番は?そりゃムーミン、ではなくてニュロニョロでしょ。次は「ニョロニョロ ノート」をお願いします。

 北村薫「飲めば都」。多作な作家というわけではないけれど、すっかり直木賞作家という肩書きをもって流行作家の仲間入りをしてしまった北村さん。少しずつ作品が枝分かれしていろんな出口ができてしまっている。かつては単行本も文庫もおさえておくほどの追っかけぶりを示していたのは、綾辻行人と北村薫の二人だったのだが、いまや「ああ、出てるな」と書店で見かけてタイトルを控えるぐらい。図書館でもすぐには借りなくなったりしている。これではいけない。あの頃の情熱をもう一度取り戻さねば。

 「ビューティフル・マインド」は映画化された作品。天才数学者を描いた作品というと、なによりマット・デイモンの出世作「グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち」が真っ先に思い浮かぶが、この作品もラッセル・クロウがただのワイルドなバカ役者ではなく役者バカであることを見せつけた作品だと僕は思う。見てないけれど…。それよりジェニファー・コネリーが出ていたんだっけ。なら見てみたいなぁ。映画の話ではなかった。この本は実在の天才数学者ジョン・ナッシュを描いた人間ドラマだそうだ。
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2013年10月07日

2013年9月の新刊

ちょっと遅ればせながら大洋社のHP「Book Index」調べの新刊チェック。

09/03 夜の真義を(上) マイケル・コックス(文春文庫) 840
09/03 夜の真義を(下) マイケル・コックス(文春文庫) 735
09/04 異体字の世界 最新版 旧字・俗字・略字の漢字百科 小池和夫(河出文庫) 798
09/10 饗宴 プラトン(光文社古典新訳文庫) 未定
09/10 数学序説 吉田洋一(ちくま学芸文庫) 1575
09/10 白土三平論 四方田犬彦(ちくま文庫) 1050
09/18 数学が生まれる物語 第六週 図形 志賀浩二(岩波現代文庫) 1008
09/18 存在と時間(3) ハイデガー(岩波文庫) 1323
09/18 ジェイン・エア(上) シャーロット・ブロンテ(岩波文庫) 1071
09/25 グランド・ミステリー 奥泉光(角川文庫) 1050
09/25 エジプト十字架の秘密 エラリー・クイーン(角川文庫) 940
09/25 刑事マルティン・ベック 笑う警官 ペール・ヴァール(角川文庫) 945
09/28 図南の翼 十二国記 小野不由美(新潮文庫) 704
09/28 素数の音楽 マーカス・デュ・ソートイ(新潮文庫) 935


「夜の真義を(上・下)」は越前敏弥さんが翻訳した海外ミステリー。ご本人も絶賛している独特な雰囲気のミステリーだと思った。思ったというのは、一度いや二度かな、立川の図書館で借りたことがあるからだ。もちろん単行本で。でも、2度ともあえなく未読返却。内容がどうのこうのではなく、非常に忙しくて上下巻に渡るような長編を読む構えが持てなかったのだ。文庫化したとは店頭に平積みになっても気づかなかった。単行本とまったく同じカバーデザインだったので、新刊だと思わなかったし、越前訳という事も忘れていた。これは是が非でも読みたい。できれば文庫で。でも無理だろうな。単行本が揃っている図書館ではなかなか文庫に手が回らないので蔵書にならないのだ。

「異体字の世界」は個人的な関心から読みたい。僕の会社の先輩に「サイトウさん」がいたのだが、この「サイ」の字が変わっていて、まさに「斉」の異体字だったのだ。「斉」の異体字はえらくたくさんあるらしい。JISコードとしてコンピューター上で表示できるのは、ほんの一握り。表記できない名前をもった人はお気の毒というしかない。SMAPの草なぎ君しかり、中国のトウ小平しかりだ。異体字は何故存在するのか。どれだけあるのか。

 「饗宴」はプラトンの対話文学。プラトンは一度でいいから一つの作品を読み切ってみたいと思っていた。もちろん全部読むなんて事は考えてない。一作品でいい。たしか「饗宴」は小林秀雄の「考えるヒント」で引用されていた話だったんじゃないだろうか。では読まねばなるまい。

 「数学序説」は、かの培風館で1970年あたりに出版された高校生/大学生向けの数学の啓蒙書だ。最近、「基本の1,2,3」という数論の手ほどきのような本を読んだばかりなので、この本の内容は手応え充分に思える。すでに店頭で見つけて読んでみたいと思った。でも、文庫で借りられないんだろうな、やっぱり。

 「白土三平論」。四方田さんの評論だから読めば面白いはず。そう思って読んだ「ブルース・リー」の評論が以外とつまらなかったんだよね。ブルース・リーに個人的に溺れた身としては、四方田さんの評論に描かれるブルース・リーが、あの彼と同一人物とはどうしても思えなかったんだ。その点、白土三平にはそんなに思い入れはない。「カムイ外伝」を子供の頃に児童館で読んで、かなり衝撃を受けた。「えた・ひにん」(どちらも今の仮名漢字変換では変換できない)と呼ばれた被差別民たちの真実を描いていたからだ。そういう土俗的な歴史を描いていたからこそ前衛芸術と大衆芸術との間を往復できた希有な漫画家だ。でも僕がまっさきに思うのは、「サスケ」の作者なんだよね。そこんところの僕の思い入れに、四方田さんの評論は応えてくれるんだろうか。

 「数学が生まれる物語 」は第六週というだけあって、すでに6巻目という事だろう。こんなに続く数学の連作って珍しくないだろうか。どんな内容なのか、全然しらないのだけれど、とにかくおさえておこう。

 岩波文庫の新訳「存在と時間」も3巻目に突入。どうやっても読めないと思う。誰が書いても読めない。いや、越前さんが訳せば読めるかも。でも訳すわけないか。アマゾンの口コミを読むと「読みやすい」と絶賛されている。それなら期待してみるか。でも無理だな。私という存在が「現存在」だというのを理解するだけでもお手上げなんだ。

 「ジェイン・エア」は自宅に古本の全一冊がある。だから岩波で読む必要があるのかないのか。新訳なのかな?「ジェイン・エア」に関心があるのは、お姉さんのエミリー・ブロンテが書いた「嵐が丘」の新訳を新潮文庫で読んだからだ。同じ姉妹が「お姉さんが書けるのなら、あたしだって書けるはず」と言ったかどうかは知らないが、同じような大河小説を書いてしまって、それも名作として世に残ってしまった。作者シャーロット・ブロンテは、この一作を書いた翌年には病気で亡くなってしまったそうだ。ブロンテ姉妹(末っ子も文才があったらしい)の物語の方が数段、興味深いかもしれない。

 「グランド・ミステリー」は奥泉さんの長編歴史ミステリーだ。だと思う。まだ読んでないし。ずいぶん前に「鳥類学者のファンタジア」という分厚い単行本をながらく蔵書に抱えていた。かなり前に立川図書館のリサイクル本でただでもらってきたものだ。ただより高いものはない。もらってろくに読んだためしがない。モチベーションがなかなかあがらないのだ。こんな事なら別の人にもらってもらえばよかった。そのうち蔵書が増えすぎて手放してしまった。この前、自宅近くのブックオフが閉店して、閉店セールで文庫の「鳥類学者のファンタジア」を見つけた。最後の最後まで残っていて、なんと200円程度で手に入れられたはずなのに、トラウマが残っていたのか購入しなかった。次に行ったら消えていた。そうとなると惜しくなる。「グランド・ミステリー」は文庫になると読みたくなった。やはり新刊の分厚い文庫は魅力がある。でも予算がないので、急遽図書館で単行本を借りてきて、今自宅にある。読むかなぁ、読まねえだろうなぁ(って、このネタに気づく人はほとんどいないだろう)。

 「エジプト十字架の秘密」はすでに購入済み。なんと「ギリシャ棺の秘密」を読み控えているうちに、次が出てしまうなんて。越前版クイーンをまっさきに読まないでどうするんだ。読み控えている理由は、「フレンチ」「オランダ」と順調に読んだのはいいが、まだ書評として感想をまとめてないからだ。ぜひともクイーンの国名シリーズは一作・一作詳細な感想を書きたい。となると、またフレンチから再読しないと。そうなると、また次がでてしまうのでは?と思って越前さんのブログに行ってみたら衝撃的な事実が判明。なんと予定では「エジプト」までしか出版の約束が取り付けられていなかったんだそうだ。てっきり国名シリーズ全作は出す事になっているのだと思った。でも幸いな事に、同シリーズがかなり好評なので、残りの作品も出版される事に決まった。「中途の家」まで出すという情報(同作は国名シリーズではない)は、とびきりの目玉情報と言える。次作は来年6月の予定だそうだ。そこまでにすべてを読んで感想を書き綴らねば。

 「笑う警官」はタイトルは有名なんだけれど読んでない。警察小説として名高い作品だ。「笑う警官」と言えば、近頃再々再々……視聴した「ダーティハリー2」を何故か思い出してしまう。別に何も関係はないんだけれど、このタイトルを店頭で見るにつけ、映画の方の犯人のイメージにつながってしまう。ここいらで悪しきイメージをこれ以上引きずらないように、読み切ってしまおうか。

 「図南の翼」は十二国記の中でも何故か別格と言っていいほど、読んで爽快な気分に浸れるスペシャル版だ。シリーズを通して読んでいるファンにとっては、読後の満腹感は充分であっても、報われない登場人物たちの気持ちに感情移入してきた分、結末の重さにいたたまれなくなる事も多い。でも、この作品だけは大丈夫。なにしろ北上二郎さんの折り紙付きの作品だからだ。そして、この新潮文庫の完全版十二国記の本作でも、解説を書いているのが北上さんその人だ。これもぜひとも読まねばなるまい。読書の秋近し!

 最後は「素数の音楽」。これはなんだったかなぁ。よく覚えてないんだけど、「新潮クレスト・ブックス」という、非常に装丁は癒やされるのだけど、今ひとつ読みにくい叢書の中の一冊だった。その証拠にまだ一冊も読んでない。あの当時読みに読まれたはずの「朗読者」だって、家の本棚に古本が埋もれているはずなのに、いまだ読んでいない。自慢にもならないが。あらためてあらすじを探してみたら「リーマン予想」という文字が読めた。そうか、そういう題材だったか。やはり、静かに秋の夜長に読みたくなった。
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2013年05月23日

2013年6月の新刊

大洋社のHP「Book Index」調べの新刊チェック。

久々に文章を投稿する。
仕事が正念場だったことやプライベートでよんどころな事情ができた事が諸々あって、ブログは開店休業に追い込まれた。丸一年とまではいかないが、9ヶ月程度は休んでいたことになる。
ちょうど昨年の8月25日に人類初のムーンウォーカーでアポロ11号の船長であったニール・アームストロングさんがなくなった際に、哀悼を表して一文を書き記したのが最後だった。

この9ヶ月間に決して読書まで休業状態だったわけではなく、ペースは落ちたが読んではいた。ただし書評を書くという作業はストップしていたので、リハビリが必要だ。まずは新刊案内のチェック。

06/7 一神教 VS 多神教 岸田秀(朝日文庫) 756
06/7 『こころ』で読みなおす漱石文学 石原千秋(朝日文庫) 660
06/14 大人にはわからない日本文学史 高橋源一郎(岩波現代文庫) 903
06/14 存在と時間(2) ハイデガー(岩波文庫)  1323
06/25 夢をつなぐ 宇宙飛行士・山崎直子の四〇八八日 山崎直子(角川文庫) 500
06/25 ギリシャ棺の秘密 エラリー・クイーン(角川文庫(海外)) 940
06/26 丕緒の鳥 十二国記 小野不由美(新潮文庫) 578


こんな感じだ。とりとめがないのはいつものこと。小説よりもノンフィクションや書評・評論についつい関心が向いてしまう。

岸田秀というと高校から浪人時代を経て大学に入った頃に「ものぐさ精神分析」という本に大変にお世話になった。なんだか大学に入ったとたんに精神的におかしくなった。地に足が付かない状態で大学に通う期間が数ヶ月続いた。今なら医者に訴える事も考えただろうが、そのときは自分がなんとなく後ろ向きになるばっかりで誰にも相談できなくなっていた。その時に一生懸命読んだ記憶がある。それ以前に友人に勧められて読んではいたが、おもしろいというだけで自分の身の上に当てはめて考える事が起こりうるとは思わなかった。その時期にはまってからいつの間にか忘れられた存在となった。読むかどうかは別にしても、店頭でちょっと中身を見てみるくらいはいいだろう。

石原千秋さんはテクスト論を武器に日本の近代文学を研究する大学教授であり、評論家だ。特に漱石に関する評論が多い。当初はあまり説得力がなく、反論したい文章も多かった。テクスト論の根幹には「作者を埒外に置く」という基本姿勢があるのにも関わらず、特定の作家(漱石)にこだわるのは矛盾している。絶対、漱石にこだわる内的理由があるはずで、それを押し殺したような評論はつまらない。だが、石原さんの中で象牙の塔で売れない、誰も読まないような本を書いては研究者たちしか関心を持たないような議論をするのではなく、もっとオープンな視点で自由に漱石を論じたいという欲求が高まった時期を経たらしく、最近の彼の本は少しだけ信用がおけるようになった。まあ、偉そうにいう資格が僕にあるわけではないが、少なくとも漱石を好きで読み継ぐという事にかけては、何も専門家に負い目を感じる必要はないのだ。「『こころ』で読みなおす漱石文学」は、まさに格好の評論と言える。

「大人にはわからない日本文学史」は読んだはずなんだけどな。荒川洋治,加藤典洋,関川夏央, 高橋源一郎,平田オリザの6人が「ことばのために」というテーマで一人一冊ずつアイディアを持ち寄って自由に書いたシリーズがあった。これも読んだはずだが、文庫になったのを機にもう一度読んでみよう。だが、あれ?中身をよく覚えてない。読んだはずだが、高橋源一郎さんの著作は小説も評論もエッセイもすべて文学への好奇心と、かつての古びた文学史を新しく現代に再生するという姿勢が一貫しているせいか、どれを読んだのか忘れてしまうことも多い。あっ!思い出した。残念。単行本を僕は持っているんだった。持っているのに安心して読み損ねている。残念というのは文庫を買って読む機会を損ねたということだ。文庫が出る前に、あるいは出たのをいい機会に、本棚の奥から引っ張り出してさっさと読んでしまおう。

「存在と時間」。もちろん読む気などない。いや読んでみたい下心はかつてはあったはずだが、岩波文庫の旧版は挫折。代わりに竹田青嗣さんの「ハイデガー入門」(講談社選書メチエ)を読んでお茶を濁した事はある。フッサールやメルロ・ポンティの現象学には並々ならぬ関心を抱いていた時期があったので、ハイデガーをつまみ食いするのは竹田さんの文章に感化された当時の自分にとっては当たり前の事だったが、やはり用語の難しさがあって当然のごとく挫折する。その「存在と時間」が新たな訳で岩波文庫に再登場するのは意義深い事だろう。だが、やっぱり挫折するんだろうな。

「夢をつなぐ」は女性宇宙飛行士・山崎直子さんの宇宙滞在生活を自ら書いたエッセイだ。「はやぶさ」の奇跡が僕にもう一度宇宙に対する好奇心を新たにさせてくれた。ならば、パイオニアたちの栄光をいつまでも振り返るのではなく、今まさに最前線で活躍している宇宙飛行士たちの現実に関心をもたないでどうするというのだ。

そして今月の終わりでは久しぶりに幸せな読書体験が待ち受けている。角川文庫版の新しく若々しいエラリーによる、生き生きとした国名シリーズの頂点とも言える一作「ギリシャ棺の秘密」を越前敏弥さんの翻訳で読める幸せが今から待ち遠しい。それと、いわずとしれた小野不由美の代表作「十二国記」の新作がいよいよ満を持して登場。いったい前作「華胥の幽夢」(短編集)から僕らファンはどれくらいじらされたのだろう。なんと2001年だ。あれから12年も待ってしまったのか。北村薫の「円紫さんと私」シリーズ同様、いくつか僕も待たされてはあきらめざるをえない作品がこれからまたひとつと増えていくのかもしれないが、とにかくは、夫ともどもじらすことにかけては手加減のない彼女の作品をこれからも待ち続けるとしよう。
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2012年08月16日

2012年9月の新刊

大洋社のHP「Book Index」調べの新刊チェック。

公私ともに少し忙しくなって、新刊チェックもおろそかになってしまっていた。6月の新刊をリストアップして、7月、8月については記事に出来なかったが、その間に

06/27 月の影 影の海(下) 小野不由美(新潮社・新潮文庫) 546
06/27 月の影 影の海(上) 小野不由美(新潮社・新潮文庫) 546
06/27 魔性の子 新装版 小野不由美(新潮社・新潮文庫) 704
07/21 黒死荘の殺人 カーター・ディクスン(東京創元社・創元推理文庫) 1008


 こんな感じで奮発して購入三昧。小野不由美「十二国記」シリーズは既に一揃えしてあるけれども、やはり今回の〈完全版〉を謳った新潮文庫版を揃えておきたくなった。今後、新刊が新潮文庫で出るのであればなおさら。しかも背表紙がひとつながりになってデザイン画が現れる趣向なので取りこぼしはできない。まんまと出版社の作戦にはまってしまった。

 「黒死荘の殺人」は、ハヤカワ・ミステリでいうところの「プレーグ・コートの殺人」だ。H.M.卿の初登場作品であり、出だしから興味津々。やはり探偵が違うと気分が華やぐ。実は「皇帝のかぎたばこ入れ(新訳版)」もずいぶん前に買ってあるのだけれど、予想以上に手強い。手強いというのは読みにくいという事だ。すでにトリックと犯人を知っているという事もあるけれども、なんとなく探偵がいないノンジャンル作品という事が「読みにくさ」を醸し出しているような気がする。どうやら「黒死荘の殺人」の方を先に読んでしまいそうだ。

 さて、来月の新刊をチェックしてみると、7月、8月が低調だっただけに読書の秋に向けて動きが出てきている。

09/03 ハリー・ポッター文庫3 ハリー・ポッターと秘密の部屋(2−1) J・K・ローリング(静山社・静山社文庫) 651
09/03 ハリー・ポッター文庫4 ハリー・ポッターと秘密の部屋(2−2) J・K・ローリング(静山社・静山社文庫) 609
09/03 ハリー・ポッター文庫5 ハリー・ポッターとアズカバンの囚人(3−1) J・K・ローリング(静山社・静山社文庫) 672
09/03 ハリー・ポッター文庫6 ハリー・ポッターとアズカバンの囚人(3−2) J・K・ローリング(静山社・静山社文庫)
09/06 瞬きよりも速く〔新装版〕 レイ・ブラッドベリ(早川書房・ハヤカワ文庫SF) 1029
09/06 太陽の黄金の林檎〔新装版〕 レイ・ブラッドベリ(早川書房・ハヤカワ文庫SF) 987
09/10 夏目漱石論 蓮實重彦(講談社・講談社文芸文庫) 1470
09/27 フランス白粉の謎【新訳版】 エラリー・クイーン(東京創元社・創元推理文庫) 1029
09/28 風の海 迷宮の岸(十二国記) 小野不由美(新潮社・新潮文庫) 662


 ハリー・ポッター文庫は7月から刊行されているが、どの程度売れているのだろうか。僕などは一応ハリー・ポッターファンを自認しているので集めてみたい気もするのだが、そうなると軽装版の扱いをどうするかが迷いの種だ。あの分厚い初版の単行本たちを持ちたがる人はいないだろう。あの本には付録の「なんとか通信」のペラ1枚がついていて、主な登場人物などが紹介されていた。軽装版にはそれがない。ないけれども「べらぼうな重さ」も消え失せた。日本の住宅事情を考えると全7シリーズで第三シリーズから上下二巻になっているハリー・ポッターを全巻揃えるとなれば、やはり軽装版が手頃だ。

 それにしても、なかなか手頃な値段では手に入らないので、地道にブックオフで買い求めてきた。ようやく「死の秘宝(上下)」を昨年手に入れたが、何故か「謎のプリンス」が手に入らない。文庫版が出版される頃には大量に放出されるものと期待して、もう少し我慢しておこう。

 近ごろ亡くなったレイ・ブラッドベリを追悼して新装版が次々と出版されるようだ。ハヤカワ・ミステリの翻訳はどうだかわからないが、ぜひともこの際、創元推理文庫の方は新刊ではなく新訳で出版して欲しい。どれから?もちろん「ウは宇宙のウ」から。何故かは以前にエッセイ欄に書いたので、関心のある方はどうぞ。

 蓮實重彦氏の「夏目漱石論」が、ちくまから再刊?いや、違うか。実家に置きっぱなしになっている漱石本の数々の中に所蔵されている文庫は、今は無き福武文庫版だった。そうか、ベネッセになってしまったために絶版状態だったんだな。何か書き換えがあるわけでもなさそうだ。再出版にあたっての「まえがき」だけでも読みたいな。「雨(水)」と「赤」のイメージが、ポストモダンな批評らしく印象に残っている。そして恐ろしい程に、それ以外の本質が記憶に残らないのもポストモダン批評の特徴でもあった。

 そしてようやく真打ち登場!エラリー・クイーンの国名シリーズ第二弾。「フレンチ白粉の謎」の新訳だ。前作[ローマ帽子の謎」も新訳になって、今までモヤモヤし続けた不満が解消してクイーンらしい作品だと納得できた。今度の「フレンチ白粉」は僕自身のランキングの中でも5本の指に入るほどのお気に入りだ。これが新訳でどうリフレッシュされるのか。なんとも待ち遠しい。

 そして十二国記シリーズ長編第二弾「風の海 迷宮の岸」が出る。まずいぞ。こんなペースで完全版を買っては積み、買っては積みしていったら、死蔵してしまいかねない。頑張れ〜。読書の秋はもうすぐだ。
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2012年06月11日

十二国記シリーズ、ついに新潮文庫にお引っ越し

 ちょっと前から「2012年6月の新刊」という記事へのアクセスが高い事になんとなく気づいてはいたんだよねぇ。だけど、うかつにも「何故か」とは考えなかった。登録してある「ブロガーの本棚」がまったくここの書評を掲載してくれなくなった事の方が気になって、気になって。

 でも、そのうち、ようやく「6月の新刊」へのアクセス数が多い理由が分かりました。今月末に小野不由美の「魔性の子(新装版)」と十二国記シリーズの第一作「月の影影の海(上・下)」が刊行されるからなんだ。つまりは昔からの十二国記ファンが〈そわそわ〉し出したわけで、それを知ったら僕自身もそわそわしてきた。

 新潮文庫のHPにあたってみたら、なんと十二国記の公式サイトが出来ている。そして、予定通り6月27日に3冊が刊行される。公式には7月1日発売なんだそうだが、店頭には今月の27日に並ぶと担当者がツィートしているので間違いないだろう。

 だけど、「6月の新刊」の記事でも書いたけれども、これは問題作だ。元々ラノベとして登場した十二国記シリーズは、「図南の翼」で北上次郎(目黒考二)さんが本の雑誌で絶賛したようにラノベのジャンルを越えて人気を博した。その後は、小野不由美という作家の力量は「屍鬼」などで十分に証明されたのだけれど、講談社文庫の扱いは、ラノベブランドであるX文庫から講談社文庫へ格上げするだけの鈍いものとなった。その後、新作がX文庫と講談社文庫の両方から同時発売されたのだけれど、それ以外に小野不由美ブランドの作品がX文庫にも講談社文庫からも刊行される事はなかった。

 一般に遅筆なのか寡作の作家として知られる小野不由美さんではあるが、ひとたび作品ができあがれば、圧倒的な存在感で読む者の心を捉えてしまう。それは元来がホラーが苦手な僕が、ひと夏をそれこそ震え上がりながら「屍鬼」を読み切った事からも証明されよう。

 そして、今度の新潮文庫からの出版は、ただ単に十二国記の旧作を講談社文庫と競合するかたちで出版するだけではない。新作も何年かぶりに新潮文庫から書き下ろしで出版される(未確認だが、たぶん講談社からは出ない。少なくともすぐには出ない)。と言うことは、旧作は版権の関係で講談社文庫にも権利が残るが、新作を含めて十二国記シリーズは新潮文庫に完全に「お引っ越し」したと言っていいだろう。

 そうなると前々から気になっていたのが「魔性の子」の取扱いだ。これは新潮文庫の表紙からも一目では分からないようになっていたので、ずっとホラーだと思って読み控えていたが、読んでみれば十二国記のサブエピソードであることはファンならば一目瞭然だ。でもおそらくは権利の問題で、講談社の手前[十二国記」とは名乗れないのだろうと思っていた。予想通り、今回の新装版には[十二国記」の文字が刷り込まれるそうだ。

 さらにビックリなのは、これまでラノベで表紙と挿絵を描いてきたイラストレーターが引き続き新潮文庫版・十二国記でも表紙と挿絵を担当する。だから本編の「月の影影の海」だけでなく「魔性の子」も、あのおなじみのイメージのイラストにリデザインされている。ファンとしては、これで長年の胸のつかえが降りたというものだ。

 そういえば講談社文庫は、X文庫から講談社文庫に格上げした際に、あのラノベっぽいファンタジー色が強いイラストも挿絵も廃した。そういう点でも著者の新潮文庫へのシリーズ移籍を覚悟させる諸々があったのではないだろうか。もちろん邪推ですけど…。

 とにかく問題作なのは間違いない。これは「僕にとって」の問題作でもある。すでに家の書棚にはX文庫でそろえた全作品が大切に保管されている。いつ新作が出ても、旧作にアクセスするための用意でもある。でも、まさか新潮文庫で出るとは思ってなかったし、装丁は変わるし、なんか背表紙も一通り揃えると絵柄で出てくるという「ずっこい企画」が隠されているそうだし、これは”買い”でしょうか。うーむ、そんな予算あるかなぁ。これから続々と出てくるみたいだし。少なくとも「魔性の子」は買うよねぇ、絶対。困ったなぁ。
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2012年05月17日

2012年6月の新刊

大洋社のHP「Book Index」調べの新刊チェック。

 来月の新刊について語る前に、今月(2012年5月)の新刊についてはどんな収穫かと言えば、つい先日(5/11)に発売となった

連環宇宙 ロバート・チャールズ・ウィルスン(東京創元社・創元SF文庫)

の川崎市立図書館での予約に成功。現在、書籍準備待ちだが、なんと3番目の好位置だ。その前に「時間封鎖」「無限宇宙」を再読しておこうと気合いをいれているところだ。

06/08 追撃の森 ジェフリー・ディーヴァー(文藝春秋・文春文庫) 990
06/21 シャーロック・ホームズの復活 アーサー・コナン・ドイル(東京創元社・創元推理文庫) 987
06/26 迷宮の淵から ヴァル・マクダーミド(集英社・集英社文庫)
06/27 月の影 影の海(上) 小野不由美(新潮社・新潮文庫) 546
06/27 月の影 影の海(下) 小野不由美(新潮社・新潮文庫) 546
06/27 魔性の子(新装版) 小野不由美(新潮社・新潮文庫) 704


 今回はミステリーとダークファンタジーだけになってしまった。

 ジェフリー・ディーヴァーは昨年はキャサリン・ダンスシリーズの「ロードサイド・クロス」、今年に入って「007白紙委任状」を読んだ。後者は映画の企画ではなく、単に原作者イアン・フレミング協会(?)からの依頼で書き上げたノンシリーズものだ。どちらももちろん面白かったが、そろそろリンカーン・ライムが読みたい。でも果たして「追撃の森」とは?どうやらシリーズ物ではないらしいが、いつものように期待するとしよう。

 深町眞理子さんの新訳の一冊がまた刊行された。「シャーロック・ホームズの復活」。前作のラストでライヘンバッハの滝から宿敵モリアティ教授とともに姿を消したホームズが帰ってくる。もう何度も読んだストーリーだが、もう一度訳文に息吹が吹き込まれた文章で読みたい。そう思いながらも、深町訳で「冒険」を読んだきり滞っている。とりあえず「回想のシャーロック・ホームズ」から読まねば。あれって、購入済みなんだよな、確か。

 そして何故かマクダーミドの「迷宮の淵から」がリエントリーされている。そうか、最近、何故か「迷宮の淵から」で、このブログにたどり着くアクセスが多いなと思ったら、先月の予定どおりに出版されなかったのか。では、今回こそはちゃんと出版してください、集英社殿。

 あとは、小野不由美だ。問題作だな、これは。
当初、ラノベの作家だった小野不由美の活躍の場は講談社X文庫ホワイトハートだった。それが「十二国記」シリーズで名を挙げ、新潮社の「屍鬼」でブレイクした。講談社などは「十二国記」シリーズをすべてX文庫から講談社文庫に格上げしたし、新潮は「屍鬼」を文庫化した際に「新潮文庫の100冊」の常連にした。なかなかの遅筆家で新作が出ない小野不由美の取り合いが始まったのだった。
今回、ついに「十二国記」を新潮文庫に収録する段取りになったようだ。そもそも「魔性の子」は知る人ぞ知る「十二国記」外伝とも言える作品なのだ。講談社の手前、シリーズ名を謳えなかったのだろうが、今回新装版を出すところを見ると、一気にシリーズ物の一冊として喧伝するのかもしれない。
文章に手が入るのかどうかも含めて、これらは注目だな。
そして新作が書かれた場合は、どういう出版の手順になるのだろうか。やはり問題だな、これは。
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2012年04月20日

2012年5月の新刊

大洋社のHP「Book Index」調べの新刊チェック。
久しぶりの新刊チェックだ。ブログ更新も久しぶり。とにかく忙しくていまだ春が来てない感じだったが、ようやく先日抜け出せた。立て直しを図りたいが、それにはまず読書計画の立て直しが先かもしれない。
年度が変わった事で、いろいろな読書計画も見直していきたい。
まあ、そんな個人的な感慨はさておき、来月の新刊文庫の見どころはなんだろう。

5/10 ヘーゲル「精神現象学」入門 加藤尚武(講談社・講談社学術文庫)
5/11 連環宇宙 ロバート・チャールズ・ウィルスン(東京創元社・創元SF文庫)
5/18 迷宮の淵から ヴァル・マクダーミド(集英社文庫)
5/19 皇帝のかぎ煙草入れ【新訳版】 ジョン・ディクスン・カー(東京創元社・創元推理文庫) 777
5/上 東京ディープ散歩 町田忍(アスペクト・アスペクト文庫) 700
5/下 作家の本棚 ヒヨコ舎(アスペクト・アスペクト文庫) 800


 加藤尚武さんは、数年前からのサンデルブームで別の倫理の入門書を読んでみたくなって「現代倫理学入門」という本を読んだ事があるので、読み心地や読みごたえについては勝手知ったるところだ。ヘーゲルの著作をじかに読む気力はすでにないので、良きガイド役にうまく案内してもらいたい。

「連環宇宙」は、あのR.C.ウィルソンの新作。「あの」というのは本の雑誌社の雑誌「本の雑誌」の文庫専門書評コーナーで、アマチュア書評人5名がそろって5つ星を与えた「時間封鎖」で一躍名をはせた海外SF作家という意味の「あの」だ。それ以来、僕も新刊がでるたびにお付き合いしている。SFというとなにやら僕には難しいハードルがあることが多いのだが、この作家についてはミステリー要素が強い事もあって、読ませてくれる。今回も当然読みたい。

 マクダーミドもちょっとした縁があって、新作読みが続いている。なかなか濃い人間模様が本来でいえば趣味ではないのだが、「ちょっとした縁」は腐れ縁となり、今回も図書館で借りられれば読んでみたい。まだ一度も書評らしきものを書いてもいないので、今度の作品で少し感想を書いてみよう。

「皇帝のかぎ煙草入れ」は、本格ミステリーの大家ディクスン・カーの代表作といっていい。カーにしては珍しくケレンが少なく不可能犯罪でもない。正当な本格ミステリーと言える。それが返って珍品の部類に入るのはカーらしらが少ないからだが、ミステリーの女王クリスティをうならせるには十分の王道トリックだった事もあって、本格ミステリーファンのあいだでは有名な作品だろう。僕は最初に読んだ際の印象が最悪で、長い間評価してこなかった。どういう理由かというと、最後の謎解きの2ページほどに落丁があったのだ。ミステリーではネタばらしの次に最悪の結末だろう。その後の再読で作品の良さは分かっているのだが、今回の新訳で初読の楽しみは取り戻せないまでも、仕切り直しの新鮮さを味わいたい。

「東京ディープ散歩」「作家の本棚」はいずれもアスペクト文庫からの新刊。どんな内容になるのかは分からないが、わからなくてもタイトルから僕の好きそうな内容になることは十分に感じられる。
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2012年02月16日

平積みに魅せられて(2011月12月号)

 年末年始は怒濤のようにスケジュールが詰まっていて、当然ながら諸事つまらない事からどんどんどんどん置き去りになってしまう。一方で期末に近づくに連れて、仕事の忙しさは加速度的に激しくなっていく。となると終電近くに立川駅に降り立ち、そのまま家路につくのではなく、夜の12時までやっているオリオン書房アレアレア店に立ち寄って、平積みを楽しむ事だけがささやかな楽しみだと言っていい。

 というわけで、以下の平積みリストにもアレアレア店はなんども登場する。しかも日付が入っていない。こそこそとタイトルを書店で携帯に写し取る(誤解を招く言い方だ。決して撮影している訳ではない。携帯でメモを取っているだけです)際に、日付と店名を書き込む約束になっているのにその余裕すらなかったに違いない。だって店内に赴くとまもなく閉店まぎわの「蛍の光」が流れてしまうからだ。こちらも慌てて店内を経巡り、魅惑的な平積みを見つけては、とるものもとりあえずタイトルだけ書き取る。そんな当時の状況がメモに封じ込められているわけだ。やれやれ。

[2011/12/21武蔵小杉・北野ブックランド]
 タイムマシンのつくりかた ポール・デイヴィス(草思社文庫)
 忘れられる過去 荒川洋治(朝日文庫)


 「タイムマシンのつくりかた」はれっきとした科学ノンフィクションだ。こういうタイトルのSFオムニバスなどが結構あるので、僕も最初は表紙を見て??と思った。別にSFならSFでも良いんだけど、どんな面白い物語が読めるのかと思えば、最新の現代物理学理論で、今考え得る「タイムマシンとは何か」を紐解いてくれる。かつて講談社のブルーバックスで分かったような分からないような宙づり気分を味わった。あれをもう一度、もうちょっと大人向きに、でも素人に分かるように楽しく堪能させてほしいものだ。

 「忘れられる過去」。荒川洋治さんのエッセイは、言葉の持つ真の力に気づかせてくれる。そんな感じがする。例えば高橋源一郎さんの書評本は、本そのもの、小説そのもの、あるいは作家そのものに直接関わらせてくれて、僕らに文学の楽しさを教えてくれるのだが、荒川さんの方法論はそれとは全然違う。なんだか、僕は荒川さんの文章を読むと、勇気のようなもの、希望のようなものを受け取る事ができる。それはたとえ荒川さんが現代詩の状況を憂えて鋭く現代詩に切り込んでいくときでさえ、荒川さんのような人がいれば、別に心配するにはあたらないんじゃないだろうか、などと思ってしまう。

[2011/12/??オリオン書房アレアレア店]
 ミステリアスデイズ
 失踪入門 人生はやりなおせる! 吾妻ひでお(徳間文庫)


 不思議だ。たしかに「ミステリアスデイズ」と書いてある。自分が書いた(正確には携帯で打った)のだ。でも、今となってはどんな本か全然覚えていない。どうせウェブで検索すればたちどころに著者も出版社も値段もわかるはずだ。そうなんだよね…。でも、どうやら今現在に至るも、「ミステリアスデイズ」というタイトルの本は出版されていない。そういえばカタカナで打ってはあるが、本当は英語で書いてあったような気がする。でも、ヒットしない。やっぱり疲れて寝ぼけてたのだろうか?

 「失踪入門」は、今や失踪専門家ともいえる漫画家・吾妻ひでおさんの実用書です。失踪の方法を手ほどきしてくれるのかな?副題が「人生はやりなおせる!」をあるから、失踪するくらいであれば、人生のやり直しの方がまだましということだろうか?読みたいなぁと取り上げたが、自宅の書棚に吾妻さんの「失踪日記」が何気なく待ちぼうけを食っているのに気がついた。まずは手元の書籍を消化しないとね。


[2011/12/??オリオン書房アレアレア店]
 徒然草REMIX 酒井順子(新潮社)
 舟を編む 三浦しをん(光文社)
 謎解き名作ミステリ講座 佳多山大地(講談社)


「徒然草REMIX」は、あの「負け犬の遠吠え」の作者による「自意識の人・兼好」のガイドブック。遠吠えを聞かされるよりも楽しそうだ。


「舟を編む」。すでに昨年12月に予約したけれど、時すでに遅く、いまだ91人待ちの状況。辞書の編纂の話なんて全く知らなかったし。本屋大賞の候補だったって知らなかったし。早く読みたいなぁ。


「謎解き名作ミステリ講座」は装丁はしごく地味なんだけれど、内容には惹きつけられる。古今東西のミステリを講義してくれるのだが、この「古今東西」には最近のリアリティあふれるミステリーではなく、ドイルに始まる名作を多く取り上げている。アイリッシュの代表作「幻の女」の講義なんて、この後におよんで滅多に聞けるものではない。ああ、楽しみだ。と、まだ予約してなかった。


[2011/12/?鹿島田・北野書店]
 詩羽のいる街 山本弘(角川文庫)
 透明人間の告白(上・下) H・F・セイント(河出文庫)


山本弘は、昨年「去年はいい年になるだろう」と「アリスへの決別」の2冊を読んだ。「神は沈黙せず」同様、期待をはずさないシュアな面白SFを提供してくれる。なんと言うか、絶妙なオタク成分が注入されていながら、素人にもわかりやすい「科学ノンフィクション」的な肩の凝らないSFエンターテイメントと言えばいいのだろうか。きっと「詩羽のいる街」も楽しめそうだ。


「透明人間の告白」は以前は新潮文庫で出版されていた。その本の帯に「本の雑誌が選ぶ30年間のベスト30」の第一位に選ばれたと堂々と書かれていた。その新潮文庫本上下2巻が、会社最寄りの古本屋で210で購入できる。ずっと気になっていたけれども買うのをためらっていた。そうしたら河出文庫で新刊が出版された。たしか椎名誠が解説を書いている。いや、これはもう読めということだろう。さっそく売れそびれていた上下巻を購入しました。あとは、いつ読むか、だ。
 

[2011/12/02立川・オリオン書房サザン店]
 電化文学列伝 長嶋有(講談社文庫)
 アンティキテラ 古代ギリシアのコンピュータ ジョー・マーチャント(文春文庫)



「電化文学列伝」。「作品中の家電製品の描かれ方を軸に文学を語る」という方法は、家電という切り口が目新しいけれど、小道具から作品全体を読み解く映画評論などを考えると従来からあった方法論だと思う。でも、やはり家電という身近な存在に僕らの生活は慣れすぎていて、こういう風にとりあげてくれると、あらためて家電と人間との関係性から現代の人間の本質が浮かび上がってくるのだと思える。


「アンティキテラ 古代ギリシアのコンピュータ」は、あらすじを読み出すと「ああ、SFエンターテイメントか、いやファンタジーかな」などと思うのだが、末尾に科学ノンフィクションと書かれている。あれ?これって現実の話なの?いやぁ、一気に昔のUFOやミステリーサークルやキャトル・ミューティレーションなどにはまっていた時代を思い起こしてしまった。でも、まじめにノンフィクションなんだよね。とにかく読むしかない…か。
posted by アスラン at 19:13 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | あっ、これ読みたい | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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