カテゴリ記事リスト
「遥かなる帰郷」「ボクサー」(1998年6月13日(土))(03/14)
「ラストサマー」「ブルース・ブラザース2000」「モル・フランダース」(1998年6月20日(土))(03/14)
「アサシンズ」「孤独の絆」(1998年6月21日(日))(03/05)
「大いなる遺産」「ディープ・インパクト」(1998年6月27日(土))(03/05)
「絆−きずなー」「レインメーカー」(1998年6月28日(日))(02/21)
「ガタカ」「ドライ・クリーニング」(1998年7月1日(水))(02/21)
「ミステリアスピカソ・天才の秘密」「フラッド」「ツイン・タウン」(1998年7月4日(土))(02/11)
「ジューンブライド 6月19日の花嫁」「Uターン」(1998年7月5日(日))(02/11)
「裸足のトンカ」「ムトゥ 踊るマハラジャ」(1998年7月6日(月))(01/22)
「コレクター」「中国の鳥人」(1998年7月11日(土))(01/10)
「ビヨンド・サイレンス」(1998年7月12日(日)(01/10)
「普通じゃない」「ウィッシュマスター」「ジャッカル」(1998年7月25日(土))(12/19)
「L.A.コンフィデンシャル」「悪魔を憐れむ歌」(1998年7月27日(月))(12/19)
「ボンベイ」「不夜城」「ゴジラ(日本語吹き替え版)」(1998年7月28日(火))(12/11)
「ライア」「初恋」(1998年7月29日(水))(12/11)
「愚か者・傷だらけの天使」(1998年7月30日(木))(12/03)
「追跡者」「真夜中のサバナ」(1998年7月31日(金))(12/03)
1998年8月2日(日) 「ザ・ブレイク」「ラブ・ジョーンズ」(11/25)
1998年8月8日(土) 「スウィートヒアアフター」(11/25)
1998年8月9日(日) 「孤独な場所で」「グラン・ブルー<オリジナル・バージョン>」(11/21)

2006年03月14日

「遥かなる帰郷」「ボクサー」(1998年6月13日(土))

 シネスイッチ銀座で「遥かなる帰郷」(no.80)を観る。

 映画はアウシュヴィッツ収容所が解放されるところから始まる。

 アウシュヴィッツという歴史上の事実を、観る者すべてが共有していることを前提としている。そしてその後もアウシュヴィッツの地獄を直接描く事はない

 主人公が解放されてからも着続ける囚人服や服につけられた番号と同じ番号を刻印された二の腕が静かにアウシュヴィッツの非人間性を浮かび上がらせる。主人公たちが帰郷するまでの長くつらい旅は、彼らから奪っていった人間的な心を回復する旅でもあった。

 帰郷した主人公プリーモを待ち受けていたのは、おだやかな朝食だ。その静かさがかえって観る者の胸を打つ。

 シャンテシネで<「ボクサー」(no.79)を観る。

 今日の2本は偶然にも歴史的事実を背景にしている。こちらは北アイルランドの話だ。

 アイルランド解放をめざしてテロ活動を続けるIRA。その元メンバーのダニーが14年ぶりに釈放され、かつての恋人で今は親友の妻となっているマギーと再度愛し合うようになる。マギーの夫が服役中のIRAメンバーであるため、IRA幹部から圧力がかかる。しかし故郷も彼女も捨てられない。そんな一途なラブ・ストーリーと北アイルランドの現実とがうまく絡ませて描かれている。

 特に再度ボクシングに打ち込むダニーのファイトシーンはアイルランド自体の緊迫した状況とうまくマッチして緊張感ある場面となっている。

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「ラストサマー」「ブルース・ブラザース2000」「モル・フランダース」(1998年6月20日(土))

 松竹セントラル1で「ラストサマー」(no.83)を観る。

 例の「スクリーム」の脚本家ケビン・ウィリアムスンが書いた新感覚ショッキング・ミステリーだ。

 観ていると別に新感覚というほどの目新しさはないが、いわゆる次々に殺人鬼が殺しまくるだけのホラー映画ではなく、犯人探しのミステリーの要素を組み合わせたところがミソだ。昔の「夕暮れにベルが鳴る」だとか「サスペリア」のようなサイコ・サスペンスの要素もちゃっかり取り入れている。

 いずれにしてもこの種の映画は犯人がばれてからは手品の種明かしのように極端につまらなくなる。

 丸の内ピカデリー1で「ブルース・ブラザース2000」(no.82)を観る。

 これまた例の映画の続編である。パンフレットを読むと前作の登場人物が同じ役で何人も出ているようで、前作を観ていると楽しめるような作り方をしている。残念ながら前作を観ていないのでその点は評価できない。

 とにかくおバカなバンド連中がまわりをかき回しながらドサ回りを続けていくのだが、ハチャメチャながらブラックでクールな笑いを基調としているので中々粋で楽しい。音楽は一流ミュージシャン総出演で文句なしだ。

 シャンテ・シネ2で「モル・フランダース」(no.81)を観る。

 原作がダニエル・デフォー。あの「ロビンソン・クルーソー」の作者だ。18世紀の作品なので内容はちょっと古臭い。

 牢獄で生まれ、娼婦や人妻、泥棒、囚人などを経て最後には裕福になったという波乱万丈の生涯をおくった女性の話。映像も割りとセオリー通りだし、演出もオーソドックス。

 モーガン・フリーマンは何をやらせてもうまいが、主役のロビン・ライトはエラが張った骨張った顔をしていて、あまりコスチューム劇が向いている顔つきではない。

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2006年03月05日

「アサシンズ」「孤独の絆」(1998年6月21日(日))

 渋谷のシネ・アミューズで「アサシンズ」(no.85)を観る。

 盗みに入った部屋の持ち主が、実は長年暗殺を生業としてきた老人で、主人公の青年は彼から後継者として見込まれ暗殺の手解きを受ける事になる。しかし青年は自分一人では精神的に勤まらないと考えて、老人の目を盗んで友人の弟である少年に老人から教わった事を手解きしてしまう。

 殺す相手を目の前にして老人が殺しの方法を伝授するシーンが非常に残酷で怖い。人のよさそうな老人が一変して青年に「相手の口に向かって撃て」と怒鳴る。すでに相手は血まみれで命乞いをしている。これらのシーンはあまりに直接すぎてショッキングだ。

 逆に精神的に追い詰められた青年が夜眠れずにひたすらテレビをザッピングするシーンは現代的ではあるが、これまた観ていて楽しいシーンではない。全編緊張を強いられる映画だ。

  スペイン坂のいきつけのイタリア料理屋で昼食。その後新宿に移動してシネマ・ミラノで「孤独の絆」(no.84)を観る。

 高校の時、よく来た小振りの映画館だ。その当時は名画座だったが。

 兄の罪をかぶって刑務所に入った弟ジョーイが6年ぶりに出所して兄の家にもどる。刑務所でひどい仕打ちをうけて感情表現がなかなか出来ないが、次第に人間性を取り戻して過去を清算して人生をやり直そうとする。

 二度と刑務所に戻りたくないというジョーイの周辺は、あまりにも絶望的に貧困や暴力や麻薬に満ち溢れているが、クライマックスの惨劇とは打って変わって、明るいラストがうれしい

 ジョーイ役のティム・ロスが実にすばらしい演技をしている。また、あの「ゲーム」に出て来た謎の女役のデボラ・カラ・アンガーも兄の妻を好演している。彼女はヤクザな生活に疲れ切った顔がよく似合う。

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「大いなる遺産」「ディープ・インパクト」(1998年6月27日(土))

 日劇プラザで「大いなる遺産」(no.87)を観る。

 原作がディケンズだそうだが、枠組みだけ残して設定を現代風に変えているので、まったく古めかしくない。

 小さな漁村で貧しく育った主人公フィンが偶然に出会った脱獄囚や資産家の老婦人、資産家の美しい姪と出会ったことで大きく人生が変っていく。特にエステラとの出会いは、初めから老婦人が予言したように報われることがなく、少年をやがて大人へと成長させる

 ナイーブなイーサン・ホーク。ハッと息をのむ美しさのグウィネス・パウトロウ。強烈な印象を残して姿を消す脱獄囚のデ・ニーロ。グロテスクで残酷な老婦人のアン・バンクロフト

 ベストキャストにみずみずしい映像。70年代風の叙情的な音楽。フィンの切ない気持ちが胸にせまる映画だ。

 東劇で「ディープ・インパクト」(no.86)を観る。

 「ピースメーカー」に続くミミ・レダー監督の第2作。

 監督いわく「人間ドラマ」の言葉どおり、決してSFXを売り物にする映画ではない。特撮は単なるスペクタクルではなく、さまざまな人々のドラマを演出する。

 母と別れた父を許せないヒロインのニュースレポーターは、父母と幼いころ暮した海岸沿いの家で父と和解し、抱きあった二人を小惑星の衝突で起きた大津波が無情にも呑み込んでいく。

 二つに割れた彗星の大きい方を命をかけて爆破しようとするメサイア号の乗組員は家族とお別れの交信をする。眼を負傷したモナシュは、妻から生まれたばかりの子供を見せられ、隣の仲間からそっと「子供が笑ってるぞ」と教えられる言葉を頼りに見えるふりをする。「あぁ、笑ってるな、ぼうや」。そして交信は途絶える。

 エピソードの一つ一つが胸を熱くさせる。「ピースメーカー」ではクール一辺倒だったが、今回はクールかつハート・ウォーミングな映画となっている。

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2006年02月21日

「絆−きずなー」「レインメーカー」(1998年6月28日(日))

 日劇東宝で「絆−きずなー」(no.89)を観る。

 タイトルどおり絆をめぐる映画だ。それは「家族の絆を断ち切られた者たちの絆」だ。

 幼い頃両親をなくし施設で育った伊勢が、一緒に暮した仲間・慎二と千佳子との絆であるし、生みの父ではなく母の再婚相手の育ての父との愛情で結ばれた絆でもあり、里子に出されて今では有名なヴァイオリニストとなっている妹との血で繋がれた絆でもある。さらには両親を死に追いやった実の父との憎しみで固められた絆でもある。

 そして何よりも大事な絆を守ろうと命を賭ける男の姿を簡潔な演出と映像で描いている。感情をできるだけ押さえた演出が、かえってよりクライマックスをドラマチックにさせている。

カチンコ
 バイオリニストの妹役に今やテレビ番組にも多数出演している川井郁子本人が出演している。映画はもちろん初出演。と言ってもバイオリニストそのままの場面と、数カットのドラマ上の演技があるだけ。役所広司や渡辺謙など重厚な配役だけに、実はちょっと彼女の部分だけドラマを作れない物足りなさがあった。

 丸の内ピカデリー1で「レインメーカー」(no.88)を観る。

 「グッド・ウィル・ハンティング」でデビューしたマット・デイモンの2作目。

 さわやかで正義感の強い若き弁護士を好演している。正義感の押し売りではなく、弱者に対する暖かい思いやりに裏打ちされた演技に好感をもてる。

 パートナーのダニー・デビートとのコメディタッチも楽しいし、就職先の悪徳弁護士と評判のミッキー・ロークも今回は渋くてなかなかいい。残念ながら相手側の弁護士役のジョン・ボイドは、どうみても一流の辣腕弁護士には見えないし、ヘマばかりやらかしているのでクライマックスの逆転劇も今一つ盛り上がりに欠ける。

 だがコッポラの演出の手腕は確かで、従来の法廷ものからうけるような重圧感はないが、全編さわやかで暖かみのあり、最後には胸のすく法廷ものに仕上げている。

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「ガタカ」「ドライ・クリーニング」(1998年7月1日(水))

 創立記念日で半ドン。川崎から恵比寿に直行して昼食後、恵比寿ガーデンシネマで「ガタカ」(no.91)を観る。

 平日の昼間だが映画サービスデーと重なったので結構混んでいる。

 近未来では遺伝子操作が進み、優良な遺伝子から生み出された一部の人間のみがエリートとなり、その他の人間は不適格者として差別されている。心臓に欠陥を持つ不適格者ビンセントはエリートとして生き抜くため、企業や警察の眼を欺き続ける。適格者でありながら事故で半身不随になったユージーンは、自らの野心を満たすためにビンセントを自分の身代わりに仕立て上げようとする。

 「大いなる遺産」のイーサン・ホーク演じる強い意志とナイーブさが同居するビンセントと、「オスカー・ワイルド」のジュード・ロウ演じるコンプレックスと嫉妬に苛まれたユージーン。二人の奇妙な友情と嫉妬がぶつかり合う

 身元を隠すために全身の皮膚を毎晩こすり落としたり、爪を削ったり、血液を指先に仕込んだりと、近未来の単調で無機質な世界に非常に肉体的なイメージを持ち込んでいて、人間とは何なのかの暗喩ともなっている。

 ただし近未来の描き方が多少紋切り型で面白みに欠ける。

 渋谷に移動してル・シネマで「ドライ・クリーニング」(no.90)を観る。

 「ポネット」がいよいよ今週で終わるのでロビーはごった返していた。そんなにして観たい映画だとはどうしても思えないが…。

 「ドライ・クリーニング」の方は20人程度の入り。しかしこちらはなかなかいい映画だと思う。題材も非常に映画的だ。

 小さな町で暮すクリーニング店の夫婦。そろそろ倦怠期を迎え、妻は平凡な町も真面目一方の夫も飽き々々している。ある日ナイト・クラブで働くゲイの美青年を家に引き入れたことで危ない三角関係が始まる。

 女性監督だけに生活に疲れていた妻が青年に魅れるようになって生き生きとしていく心情が見事に描けている。夫はと言えば、妻の気持ちを繋ぎ止めたいがために青年を追い出す事ができない。ところがやがて夫自身も強烈な青年の誘いに魅せられるようになる。

 平凡な暮しが少しずつ崩れていく怖さを淡々と描いている。

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2006年02月11日

「ミステリアスピカソ・天才の秘密」「フラッド」「ツイン・タウン」(1998年7月4日(土))

 ル・シネマのモーニングショーで「ミステリアスピカソ・天才の秘密」(no.94)を観る。

 1956年にアンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督によって撮られた映画だ。

 通常のドキュメンタリー映画ではなく、ピカソが作品を描く過程をそのまま撮影したものだ。ピカソがマジックインキで紙の上を描き、それを裏側から撮影していく。短時間のうちに絶妙なタッチであのピカソの絵が出来上がっていく過程を余すところなく観ることができる。

 さらに油絵のような重ね塗りを再現するために手法を変えようとピカソが提案する。幾つか筆を加える度に席を立ってカメラが撮影する。それを繰り返すことで数時間かけた絵は、映画では10分ほどで完成する。

 完成させては何ども何ども破壊して元絵を塗り込めていくクライマックスシーンは、サスペンスに満ち満ちていて観る者を興奮させる。

カチンコ
 画面はピカソのタッチを記録する以外は、暗いスタジオの中に浮かび上がる異形の人ピカソ本人の横顔を映し出すだけ。スキンヘッドにランニング姿という出で立ちのピカソの圧倒的な存在感が際だつ。その一方でピカソの自由自在なタッチによるクライマックスでは、ここで完成じゃないのか?と思える構図でとどまる事なく何度も何度も元絵を塗り込めていく。元あった形ある人物も風景も抽象化されては消され再び描きだされ、思わず場内には笑いが立ちこめる。

 渋谷公会堂で「フラッド」(no.93)の試写会。

 提供が吉原製油なので冗談で油がもらえると言っていたが本当にサラダ油が1本づつ配られた。小さいポーチしかもたない女の子が持て余していた。

 フラッドとは洪水の事。「ツイスター」のような災害パニックものかと思ったら、非常事態の街で起る現金強奪をめぐるサスペンスものだった。CGなどの特撮は極力排除して、実際に作り出した水没間近の街を人々が右往左往するところのリアルさがみどころだ。

 ただし肝心のストーリーは今一つ盛り上がりに欠けるし、ラストの幾つかのどんでん返しもサスペンスが足りない

 シネマライズに寄ると「ムトゥ踊るマハラジャ」の方は外まで行列ができている。「ツイン・タウン」(no.92)はすいているようだ。

 ウェールズの田舎町の相当変わった人々。その中でも特に変わっている悪ガキ兄弟が起こすハチャメチャな大騒動を描いている。非常にブラックな笑いで、中には笑えないユーモアもあって今一つ楽しめない。

 兄弟の二人が「ウェールズ名物」を言い合う予告編が最高だっただけにちょっと期待外れだった。

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posted by アスラン at 01:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画評(1998年) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「ジューンブライド 6月19日の花嫁」「Uターン」(1998年7月5日(日))

 丸の内松竹で「ジューンブライド 6月19日の花嫁」(no.96)を観る。

 原作は乃南アサの推理小説。

 記憶喪失で過去を失った池野千尋の過去を繋ぎ留めるものは6月19日という日付だけ。過去を手繰りよせると、さらにその先に別の過去があり別の千尋がいる。一体本当の彼女はどれか?彼女が本当に愛した相手は誰なのか?

 描くは、あの大森一樹だが、大した事のない映画だ。富田靖子の演じる千尋に恐怖感がないので観ていて少しも怖くない。サスペンスのないサスペンス映画。登場人物すべてに緊張感がない。つまらない。退屈な映画。

 大森さん、どうしちゃったの?

 松竹セントラル3で「Uターン」(no.95)を観る。

 僕にとっては最低の監督オリバー・ストーンにしては見せる映画を作った。

 よそ者をうけつけないアリゾナの砂漠の街で「Uターン可」の標識を無視したばかりにショーン・ペン演じるやくざなギャンブラーは、抜け出す事の出来ないアリ地獄のような現実をさまようことになる。

 ストーリーも強烈。出てくるキャラクターも欲望に満ちて悪魔的でこれまた強烈。惨めで情けない目に会いっ放しのギャンブラーをショーン・ペンが見事に演じている。最近の彼は最高だ

 これでメディアが「ストーン・スタイル」などと持ち上げるつまらないイメージカットの挿入がなければ文句はないのだが…。
(ブログ「大いなる遡行」より転載)


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2006年01月22日

「裸足のトンカ」「ムトゥ 踊るマハラジャ」(1998年7月6日(月))

 通院日。思ったより早く診察が終わったので、飯田橋から渋谷に移動。パルコパート3内のFANGOでサンドイッチとアイスティーで昼食。

 そのままSPACE PART3に上がって「裸足のトンカ」(no.98)を観る。

 良い映画というのは結構あるもんだが、美しい映画は少ない。これは美しい映画だ

 スプリンターとしての限界を感じている主人公が空港からの高速道路わきを駆け抜ける少女トンカの美しさに魅せられてしまう。トンカは高速わきのコカコーラの広告塔の中で暮している自由人。そんな何ものにも囚われないトンカの言葉や仕草に刺激されてスプリンターはトンカを愛するようになり、走る意欲も取り戻していく。

 すべてが美しく暖かい。ラストで死んでしまったトンカの面影をなぞるように空港を疾走するトンカの妹の姿がスプリンターと僕らの胸を打つ。

 ついに話題の映画「ムトゥ 踊るマハラジャ」(no.97)をシネマライズで観る。

 予想にたがわず爆発的な勢いをもった娯楽映画だ。

 踊りのシーンはインド舞踊でもありM.ジャクソンばりのブレイクダンスでもあり、ミュージカルでもある。アクションシーンはまるでカンフー映画だ。ジャッキー・チェンやブルース・リーを思わせる殺陣もある。

 とにかくあらゆる要素をすべて取り込んだ映画で、これでもかこれでもかというくらいに盛り込んでいる。やり過ぎという言葉はこの映画に限ってはあり得ない。かつての植木等の「無責任男シリーズ」のようなエネルギーが感じられる。

 何をやっても許されるというより、これほど大胆な映画作りが出来るインド映画の幸せな状況が想像できて羨ましくなった。
(ブログ「大いなる遡行」2005/11/02記事より転載)


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2006年01月10日

「コレクター」「中国の鳥人」(1998年7月11日(土))

 新宿武蔵野館で「コレクター」(no.100)を観る。

 新宿駅近くの武蔵野館ビルの7Fのシアター。3階のシネマ・カリテは何度も行っているが武蔵野館は初めてだ。ビルの1フロア全部を使って広々としてグレーのモノトーンで統一したシックでおしゃれな映画館だ。席もゆったりとして見やすい。いい映画館だ。

 映画は美人で才媛の若い女性ばかりを誘拐し殺害する連続猟奇殺人を描いたサイコ・サスペンスだ。姪を誘拐されて管轄外の土地へ単身乗り込んでいくワシントンD.Cの刑事にモーガン・フリーマン。唯一犯人の拘束から逃れて犯人逮捕に協力する女医に「ノーマ・ジーンとマリリン」のアシュレイ・ジャッド

 ジャッドが好演していて、ベテランのフリーマンの演技にひけをとらない。わずか3週間で終えてしまうのはもったいない映画だ。ただ惜しむらくはサスペンス十分な題材でありながらラストにもってくるまでの伏線の提示の仕方があまり親切ではないのと、登場人物の描き込みが不足しているのとで、ラストの衝撃が弱められている

カチンコ
 アシュレイ・ジャッド(キネ旬ではアシュレー・ジャドだった)はまだ売り出し中だったが、この当時ホンダのCMにも出ていて愛嬌のある人好きのする役者だった。この作品の演技が買われたのか、その後「ダブル・ジョパディー」では復讐する女を演じたりしていたが、本来はもっと笑顔が似合う役柄がいいのではと思っていた。「恋する遺伝子」はちょっと風変わりなラブコメだったが、彼女の笑顔が見られる価値ある一作だ。

 テアトル新宿で「中国の鳥人」(no.99)を観る。

 原作は椎名誠の短編小説

 ヒスイを輸入するため中国の雲南省の奥地にむかったサラリーマンと見張り役のヤクザと中国人通訳の一行の奇妙な珍道中。

 そしてたどり着いた村は電気も来ていない自給自足で暮している素朴な少数民族の村だった。そこには空を飛ぶ人(鳥人)の伝説は今なお生きている。都会の息詰まるような喧騒と、現代が失ってしまった村人の素朴さ・純朴さとがダイレクトに対比される。現代人にはちょっとほろ苦くてあたたかで美しい映画だ。

 ただラストの鳥人のCGは余計だった。
(ブログ「大いなる遡行」2005/11/01記事より転載)


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「ビヨンド・サイレンス」(1998年7月12日(日)

 銀座テアトル西友で「ビヨンド・サイレンス」(no.101)を観る。

 いつ行っても混んでいたが流石に11週目ともなると空いてきた。

 聾者の両親のもとで聞える耳を持って生まれてきた少女の成長物語。叔母の影響でクラリネットを学ぶが、父は幼い頃のトラウマから娘の行動を理解しようとしない。かつて「音のない世界で」というドキュメンタリでも聾者の豊かな世界を描いていたが、ここでも聾者の父が娘に「おまえが聾者で生まれてくれていたら」という台詞(手話)が観る者の心をえぐる。

 8歳のララ役の女の子が、ちょっと大人びていてしかも愛らしい顔付きがいい。聾の両親を自らの手話で精一杯助けている雰囲気がよく伝わってくる。

 後で知ったが、両親役は本当の聾の俳優というので驚ろいた。聾の俳優が存在すること自体も知らなかった。日本では聾の俳優を使った映画は思いあたらないので、この点はだいぶ遅れているのかもしれない。
(ブログ「大いなる遡行」2005/10/29記事より転載)


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2005年12月19日

「普通じゃない」「ウィッシュマスター」「ジャッカル」(1998年7月25日(土))

 今日から夏休み。
 シャンテ・シネで「普通じゃない」(no.104)を観る。

 昨年からのイギリス映画ブームを引き起こした「トレインスポッティング」のダニー・ボイル監督がハリウッドに進出して撮った作品だ。残念ながら昨年一番のこの話題作は見損なった。

 「普通じゃない」はハリウッドらしく明るいラブストーリーだが、ストーリー展開はやはりアメリカらしくない。洒落ていてちょっと毒のあるユーモアに満ちている。映像もアメリカの田舎道なのにヨーロッパ風の雰囲気があり、初めてアメリカにも紅葉の季節があると感じることができる。

 ユアン・マクレガーの純情さとキャメロン・ディアスの小生意気な愛らしさも、ハリウッド映画に絶えて久しいもので、清々しく見終えた。

 松竹セントラル2で「ウィッシュマスター」(no.103)を観る。

 製作総指揮のウェス・クレイヴンは例の「スクリーム」のスマッシュヒットで、続々とホラー映画を大量生産しているようだ。僕は新人作家だと思っていたが、元々はあの「エルム街の悪夢」で今の地位を築いたベテランだと知った。

 こんどの作品はサイコホラーではなく、言ってもみれば日本の妖怪・幽霊ものにあたる。アラジンで有名な妖精ジンは本当は邪悪な存在で、願い事を聞くかわりにその人の魂を奪ってしまう。また3つ目の願い事が成就されると悪魔の世界の扉が開いてしまうという。

 低予算で作ったB級映画といった感じ。それなりに楽しめるが、主役の女の子があまり可憐ではないのと演技が下手なのとで、泣きわめく顔に興ざめしてしまい、なかなか感情移入しにくい。

 日比谷映画で「ジャッカル」(no.102)を観る。

 あの「ジャッカルの日」のリメイクらしいが内容も雰囲気も全く違う。前作は緊張感のある良質のサスペンスだったが、今回はそのパロディを観ているようだ。

 ブルース・ウィルス演じるジャッカルは冷酷で完全無欠なテロリストではなく、大きな武器とコンピュータのマニアに過ぎない。しかも次々と捜査の網をかいくぐる変装が噴飯もので、思わず笑ってしまう。

 対するリチャード・ギア扮する元IRAの闘士の方はおよそテロリストとは思えない「いい人」といった感じ。救いはストーリーに膨らみを与えているロシア情報局の女性少佐の存在だ。荒唐無稽なストーリーに彼女の生き方が唯一リアリティを与えている。
(ブログ「大いなる遡行」2005/10/28記事より転載)


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「L.A.コンフィデンシャル」「悪魔を憐れむ歌」(1998年7月27日(月))

 みゆき座で「L.A.コンフィデンシャル」(no.106)を観る。

 これは前評判どおり文句なしの出来。

 がむしゃらで友情に熱く信念をもった刑事ホワイト(ラッセル・クロウ)とエリートで野心家のエド(ガイ・ピアース)。およそ相容れることがない二人が、真実を求め巨悪を暴くために一緒に犯人を追い袖める。そこに悪徳刑事とも言える無頼漢ヴィンセンズ(ケビン・スペイシー)が絡んでくる。
 ギャングとハリウッドという影と光を合わせ持つ60年代のL.A.を見事に描き切り、その中で様々な思惑を抱えた人々が描かれ、サスペンスに複雑な陰影を与えている

 重い題材ながらラストは壮快で、心憎い演出がされている。

カチンコ
 原作はジェイムズ・エルロイの同名の小説。L.A.闇の三部作とも言われ現実の50年代ロサンゼルスをより闇の部分を拡大して再構成した作品らしい。どうも原作の方が濃い内容のようだが、本作も十分濃い映画だった。今から考えるとラッセル・クロウとケビン・スペイシーという二人だけでも配役の濃さは感じられるだろう。

 東劇で「悪魔を憐れむ歌」(no.105)を観る。

 デンゼル・ワシントンが知的で冷静な敏腕刑事に扮している。彼が、死刑に追いやった凶悪犯から抜け出て人から人へと移動していく悪魔(堕天使)に付け狙われる。

 なんというかアイディアだけで終わってしまった映画。人に触れるだけで悪魔が移動するという思い付きはよかったが、次々とリレーのように前の人の背中にタッチしながら女性を追うシーンは何が怖いのか少しも分からない。

 登場人物の描き方も平板。ドナルド・サザーランドの警部補もせっかくの名優を活かした配役とは思えない。

カチンコ
 なぜ「悪魔を憐れむ歌」というタイトルなのか、見た当時は分からなかった。洋楽は不得意のせいなのだがローリング・ストーンズの同名の曲名からとられている。実際に作中でも使われていたのか僕には残念ながら分からない。詞の内容が映画のモチーフに活かされていたのかも知れない。よくある事だが黒澤の「生きる」を例として引くまでもなく、対位法と言って悲しい場面にうれしい曲をつけたりという手法もあるから、この場合もストーンズの曲は題名ほど怖い曲ではないのかもしれない。
(ブログ「大いなる遡行」2005/10/26記事より転載)


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2005年12月11日

「ボンベイ」「不夜城」「ゴジラ(日本語吹き替え版)」(1998年7月28日(火))

 銀座テアトル西友で「ボンベイ」(no.109)を観る。

 「ムトゥ踊るマハラジャ」に続き、今年話題のマサラ・ムービー(あらゆる要素を取り入れた娯楽映画の意味だそうだ)だ。

 内容は歌あり恋あり戦いありだが、「ムトゥ」のように荒唐無稽で娯楽に徹したものではなく、かなりシリアスな内容だ。元々ヒンズーとイスラムとの宗教の違いを乗り越えて愛し合う男女が主役で、前半はコメディだが、後半は宗教絡みで実際に起ったボンベイの暴動に翻弄される主人公一家を描いている。

 音楽は「ムトゥ」と同じA.R.ラフマーンという人で、中々楽しめる。しかしこれだけ内容があると結構長さが気になる。盛り沢山も「ムトゥ」のようなハチャメチャ映画では気にならなかったが、今回は途中でややだれた。

カチンコ
 この年はマサラ・ムービー元年とも言うべき年で、芸術映画しか紹介されていなかったインド映画が娯楽映画を中心に公開されるようになった。その後この傾向は続くのかと思われたが、ブームは意外と早く終わってしまったようだ。やはりあか抜けない印象はぬぐえないからだろうか。

 松竹セントラル1で「不夜城」(no.108)を観る。

 招待券が当たったのでタダで観られるのはうれしい。「不夜城」というタイトルが出るまでのカメラワークがものすごく凝っている。冒頭で舞台の『歌舞伎町』がどんなところかをさりげなくしかし巧妙に見せつけている。

 やはり見慣れた歌舞伎町とは違う。ロケであるにもかかわらず日本らしくなくなるのは、香港の監督と撮影監督のゆえだろう。あたかもチャイニーズマフィアが暗躍しそうな街の雰囲気を作り出しているからおもしろい。

 ストーリー自体はふくらみがあるとは言えないが、金城武という役者の魅力をうまく引き出している。残念ながら相手役の山本未来が釣り合うくらいの魅力に欠ける。

カチンコ
 新宿駅から歩いて歌舞伎町の歓楽街に向かう。映画好きにはおなじみのコースだ。昼間に歩けばなんて事はない。そこがチャイニーズマフィアとヤクザと椎名桔平と金城武たちがぶつかり合う怪しげな街に変えられていて、笑ってしまう。ただし夜歩くならば話は別だ。映画を見て帰りが遅くなると、盛んに客引きに声をかけられる。酒も飲まない風俗もゴメンだという人間には映画以外に用はない。早々に退散するにしくはない。

 マリオンでYさんと待ち合わせて、日劇東宝で「ゴジラ(日本語吹き替え版)」(no.107)を観る。

 吹き替えの方を観るのは一緒に観るYさんの要望で、主役のマシュー・ブロデリックの吹き替え声優・森川智之の声を録音するためだ。だから僕のポータブルMDプレイヤーを持ち込んで、そっくり録音した。そのために最終回に入場したのでほとんどガラガラだったから、ほぼ雑音なしでクリアに録音出来た。

 問題のゴジラらしきものは、かろうじて背ビレがその痕跡を残すのみで正面から観るとT-REXとしか見えない。おまけに大量に生まれるミニゴジラは背ビレすらない(ミニラですらない!)。

 登場人物にも初代の「ゴジラ」の時のような緊張感はなく、アイディアはおもしろいがストーリーを作ることの出来ないローランド・エメリッヒ監督の限界がよく出ている。ラストで去っていくジャン・レノの後ろ姿に、「カサブランカ」で描かれたアメリカ人から見た紋切り型のフランス人が今更ながら描かれて思わず失笑してしまった。

 それはそれとしてゴジラはゴジラ。やはりゴジラファンとしては歓迎すべき事だと思う。次はぜひキングコングと戦わせて欲しい。

カチンコ
 残念ながらと言うか当然ながらというか、続編はできなかった。従来のゴジラファンがそっぽを向いたからなのか、東宝が一度で懲りたのか。とにかくキングコングやキングギドラとバトルを繰り広げる事はなかった。もっともゴジラや日本の特撮全般に対する愛が感じられないエメリッヒには、ゴジラという恐竜が存在する事は想像できてもキングギドラという宇宙怪獣が存在する映画は撮れなかったに違いない。
(ブログ「大いなる遡行」2005/10/24記事より転載)


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「ライア」「初恋」(1998年7月29日(水))

 シネセゾン渋谷で「ライア」(no.111)を観る。

 娼婦が殺されバラバラ死体で発見される。ティム・ロス扮する富豪の息子が疑われ嘘発見器に掛けられるが、彼自身が心理学を専攻していたので巧妙なやり口でなかなか正体を明かさない。

 しかも追い詰める側の刑事が娼婦と顔見知りで、妻に対する憎しみのはけ口を求めて娼婦に乱暴していた事実が明らかになる。逆に嘘発見器にかけられ取り乱す刑事。ラストで意外な形で真相は明かされるが、全貌は分からずじまいだ。

 どうもプログラムの解説を読むと、登場人物もストーリーもカメラワークも仕掛けだらけだったようで、繰り返し見ないと全貌は見えてこないようだ。言って見れば「氷の微笑」のエンディングのようなもので今一つピンとこなかった。

 シネアミューズで「初恋」(no.110)を観る。

 ウォン・カーウァイがプロデュースで、金城武、カレン・モク主演と聞いて「天使の涙」のような作品を想像していたが、エリック・コット監督のプライベート・フィルムのような感じで、映画の構成はハチャメチャだ。

 監督のコットは元々はラップ・ミュージシャン出身なので、軽快な音楽にのせてコラージュしたビデオ・クリップ風の映像と、即興劇のようないくつかの短編を織りまぜたような構成になっている。

 斬新というほど新しくないし面白いとも言えない。カレン・モクと金城も別々のエピソードに登場して共演することもないので、期待していただけに「初恋」の題名にだまされた気分だ。
(ブログ「大いなる遡行」2005/10/21記事より転載)


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2005年12月03日

「愚か者・傷だらけの天使」(1998年7月30日(木))

 シネ・ヴィヴァン六本木で「愚か者・傷だらけの天使」(no.112)を観る。

 前作「傷だらけの天使」は豊川悦司主演で話題になったが見ていなかった。TVシリーズの「傷だらけの天使」の印象がいまだに僕の中には強烈に残っているので、なんとなく焼き直しを見る気がしなかったのだ。

 今回は前作の外伝にあたる。豊川と前作でコンビを組んだ真木蔵人が主演で、二人が出会う前の話だ。東京で一人暮らしをして、仕事は続かない、何をやってもうまくいかない。そのくせ人一倍お人好し。そんな久という駄目な男を真木蔵人がこれ以上ないというほど好演している。

 というより真木の3枚目の資質をうまく見抜いた阪本順治監督の力量というべきだろうか。日本映画でこんな楽しい作品を観たのは久々だ。今人気の鈴木一真も出ているし、おすすめの映画だ。

カチンコ
 真木蔵人はその後、北野武映画の常連になる。特に「BROTHER」の彼は、ちょうどこの「傷だらけの天使」シリーズのぶっきぼうでどこか憎めないキャラクターの演技が活かされているように思える。
(ブログ「大いなる遡行」2005/10/20記事より転載)


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「追跡者」「真夜中のサバナ」(1998年7月31日(金))

 新宿ジョイシネマ3で「追跡者」(no.114)を観る。

 この映画館はよく行くシネマスクエアとうきゅうの隣りの建物で、中はやや古びていて一世代前の映画館という感じ。とりたてて悪くもなければよくもない。

 映画はあの「逃亡者」の続編。前作はハリソン・フォードを観る映画だったが、今回はタイトルどおり追いかける側の刑事トミー・リー・ジョーンズが主役だ。大スターに頼らず、渋い演技で定評のある彼を主役に据えて続編を撮るということは、かなり脚本の出来がいいんだろうなと想像していたがそのとおり。

 ベテランの連邦保安官としての存在感を冒頭から嫌というほど見せつけてくれる。逃亡者も今回は元CIA工作員(ウェズリー・スナイプス)で、言わばプロ対プロのチェイスが全編描かれて刑事ものの醍醐味を感じさせてくれる。

 昨今のアクション物みたいにちゃらちゃらしていないから、おもわず「いい仕事してますね」と声を掛けたくなるような映画だ。

カチンコ
 相手役のウェズリー・スナイプスは、本作と「ワン・ナイト・スタンド」で強い印象を残した。強面で屈強な肉体を持つ表向きの印象と違ってかいま見せる人なつっこさのギャップが素敵だ。その後「ブレイド」シリーズで完全に日本でもブレイクしたが、ブレイド役自体がまさにスナイプスのキャラを活かすためにあるかのような、人間味を隠し持つバンパイヤと人間の混血児という設定なのだ。

 昼食後、恵比寿に移動。恵比寿ガーデンシネマで「真夜中のサバナ」(no.113)を観る。

 アメリカでもっとも美しい町とうたわれたサバナで実際に起った殺人事件を描いている。サバナは観光名所となる古くて豪華な邸宅が立ち並び、そこに住む人々も奇妙で妖しげな魅力に満ちている。頭にアブを飼っている発明家、首輪だけの架空の犬を散歩させる男、若い男娼を邸宅に同居させている富豪の骨董商などなど。

 話は、富豪の愛人だった男娼が富豪宅で銃で撃たれて発見され、富豪が逮捕され裁判沙汰になるというもの。でも裁判物というより、サバナというまるで生き物のように妖しげに蠢く町を描き出した映画になっている。

 今回もクリント・イーストウッドはそつなく監督をこなしているが、どうもこれといって特徴のない映画になっている。本人が出ていないのも残念だ。
(ブログ「大いなる遡行」2005/10/19記事より転載)


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2005年11月25日

1998年8月2日(日) 「ザ・ブレイク」「ラブ・ジョーンズ」

 シネスイッチ銀座で「ザ・ブレイク」(no.116)を観る。

 日本で言えばまさに高倉健主演の映画になるだろう。

 IRAの闘士だった主人公は、仲間と一緒に刑務所から脱獄する。そして逃亡の先はニューヨーク。過去をすべて捨て去り、移民街の皿洗いに身をやつして孤独に暮している。しかし仕事先で知り合った男が祖国グアテマラのために独裁者の暗殺を企てていると知り、その男の妹を愛するがゆえに自らの危険もかえりみず暗殺に協力する。

 主人公役のスティーブン・レイが、ちょっと近年の映画では見掛けないほど暗い影を表情に湛えている。言ってみれば女のために命を捨てる典型的な仁侠物だけれども、スティーブン・レイの並々ならぬ孤独な陰影と、女や友人にのみ見せるクールな優しさとが、淡々とした緊張感ある映像とともに描かれて、最後まで目を離すことができなかった。

 愛する者を守ることを貫き死んでいく主人公の最後が悲しい

 シネ・ラ・セットで「ラブ・ジョーンズ」(no.115)を観る。

 「相手に恋い焦がれるあまりどうすることもできない気持ち」の事を”ラブ・ジョーンズ”と言うらしい。

 これはまさに好きなのにうまく気持ちを伝えあえないカップルの物語。

 自分の気持ちの強さを持て余して、つい距離をとろうとしたり他の女性と付き合ったりするダリウス。恋人と別れたばかりで、なかなか次の恋に本気になれないニーナ。黒人のカップルのラブストーリー。

 しかもスラムとは一切無縁の中流階級どうし。かたや小説家志望の詩人でかたやカメラマン志望。彼らを結び付けたきっかけは、詩を読み上げるナイトクラブでダリウスが出会ったばかりのニーナに即興で詩を捧げたこと。

 ラストではニーナが別れたダリウスに詩を捧げるためにニューヨークからシカゴに戻ってくる。非常に粋な映画だ。

カチンコ
 2本ともジャンルは違うが玄人好みの作品だったか。これを一日で見るのはちょっとつらいかも。地味だしね。どちらも今やビデオで借りられるかどうか。「ラブ・ジョーンズ」の方は粋だけど、ちょっとモチーフに頼りすぎてストーリーが弱い気がした。同じNYの粋なラブストーリーでも「ワン・ナイト・スタンド」の方が切れ味があってオススメだ。
 「ザ・ブレイク」の方は僕だったらそう好きなジャンルじゃないから普通じゃ見ないかな。でも変な話、自分が書いたこの感想を改めて読んだら、スティーブン・レイの孤独な顔つきを見たくなってしまった。
(ブログ「大いなる遡行」2005/10/18記事より転載)


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1998年8月8日(土) 「スウィートヒアアフター」

 渋谷のシネマライズで「スウィートヒアアフター」(no.117)を観る。

 カナダのアトム・エゴヤン監督の作品。

 小さな田舎町で子供たちを乗せたスクールバスが凍結した道路から逸れて湖へと転落する。悲しみに包まれた町を訪れた一人の弁護士が被害者の親たちを一件一件訪ねて訴訟を起こすよう説き伏せていく。

 しかしそこであらわになるのは、賠償金に換える事のできない親たちの悲しみだけでなく、小さな町という閉鎖的な空間での複雑な人間関係と、それぞれの家庭の事情である。そこには弁護士一人が追及できる正義や真実を越えた事実があり、決して裁判では解決する事ができない事を思い知らされる。

 町に静かな時が訪れるのは、ただ一人生き残った女の子の嘘の証言によって裁判を終えてからというのも何とも皮肉で癒されぬ思いが残る。
(ブログ「大いなる遡行」2005/10/17記事より転載)


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2005年11月21日

1998年8月9日(日) 「孤独な場所で」「グラン・ブルー<オリジナル・バージョン>」

 シネ・ヴィヴァン六本木で「孤独な場所で」(no.119)を観る。

 これはニコラス・レイ回顧展と銘打って、彼のハリウッド時代の代表作を上映する中の1本だ。

 ニコラス・レイと言えば何といってもジェームス・ディーンをスターダムに押し上げた「理由なき反抗」が有名だが、それ以外は観た事がない。ハリウッドでもかなり異端児だったと言われたらしいが、今回の「孤独な‥」もハリウッド映画らしからぬ雰囲気を湛えた作品。

 ハンフリー・ボガードが、激怒すると相手を殺しかねない精神不安定な脚本家を演じている。彼と、偶然出会った隣人の女性とのラブ・ストーリーだが、ヒッチコックとはひと味違うリアルなサスペンスと恐怖に満ち、ヒッチコックとは全然異なりハッピーエンドで終わらない。それでいて十分ロマンスを感じさせる作品に仕上がっている。

 シネスイッチ銀座で「グラン・ブルー<オリジナル・バージョン>」(no.118)を観る。

 10周年という節目に夏向きの映画の再映となってかなり混雑していた。

 「オリジナル・バージョン」とは、最初に上映した際の編集バージョンという意味だ。当初撮り上がった映画は3時間を越えていて、映画会社からの命令で監督自ら2時間ちょっとに編集した。

 3時間版は「完全版」と称して数年前上映された。その時観た感想は「最初の1時間は完璧だが、後半は編集した方がいい」というものだった。今回観た感想を言うと、削った事で主人公のマイヨールと恋人とが親密になってから心がすれ違っていく過程が分かりにくくなっている。

 だから最後に恋人を振り切って潜ろうとするマイヨールに、恋人が泣きながら「私の愛を見てきて」と送り出すシーンも「完全版」より感情移入しにくい。やっぱり「完全版」の方がよかったなんて言い出すところをみると、僕もついにこの映画のとりこになってしまったのかな
(ブログ「大いなる遡行」2005/10/14記事より転載)


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