カテゴリ記事リスト
「マウス・ハント」「a.b.c(アー・ベー・セー)の可能性」(1998年3月7日(土))(08/07)
「PERFECT BLUE」「グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち」(1998年3月8日(日))(08/02)
「ビーン」「オスカー・ワイルド」「世界の始まりの旅」(3月21日(土))(07/21)
「アッスンタ・スピーナ」(淀川長治映画塾にて,1998年3月28日(土))(07/18)
「四月物語」「シーズ・ソー・ラヴリー」(1998年4月4日(土))(07/12)
「FISHING WITH JONE」(第4〜6話)(1998年4月10日(金))(07/10)
「エンド・オブ・バイオレンス」「バンドワゴン」(1998年4月11日(土))(07/03)
「SADA」「F(エフ)」(1998年4月12日(日))(06/23)
「アンナ・カレーニナ」「ゲット・オン・ザ・バス」(1998年4月19日(日))(06/22)
「ディディエ」「恋愛小説家」(1998年4月25日(土))(06/11)
「エイリアン4」「上海グランド」(1998年4月26日(日))(06/11)
「ジャッキー・ブラウン」「ウインター・ゲスト」(1998年4月30日(木))(06/03)
「ディアボロス〜悪魔の扉〜」「リング」「らせん」(1998年5月1日(金))(06/03)
「革命の子供たち」(1998年5月5日(火))(05/25)
「マッド・シティ」(1998年5月10日(日))(05/25)
「シューティング・フィッシュ」「てなもんや商社」(1998年5月16日(土))(04/17)
「スフィア」「ナッシング・トゥ・ルーズ」(1998年5月23日(土))(04/17)
「十二夜」(1998年5月24日(日))(04/03)
「ラブ・レター」「D坂の殺人事件」「卓球温泉」(1998年5月30日(土))(03/26)
「ウワサの真相ワグ・ザ・ドッグ」「山猫(イタリア語版)」(1998年6月7日(日))(03/26)

2006年08月07日

「マウス・ハント」「a.b.c(アー・ベー・セー)の可能性」(1998年3月7日(土))

 日比谷のみゆき座で「マウス・ハント」(no.38)を観に行く。

 10:00の回で40分前に着いたら9:45から窓口を開けるという表示にがっくり。結局早めに開場したが、どうせなら列ができるできないにかかわらず30分前ぐらいから入場させてほしい。

 さて映画の出来はというと、前々から予告篇を見て期待していたどおりでとても面白い

 父の遺産を相続した二人の兄弟が、オンボロ屋敷が著名な建築家の幻の作品として莫大な価値があるとして処分しようとするが、そこには我が物顔で屋敷に居座る賢い一匹のねずみがいた。そこで兄弟とネズミとのバトルが繰り広げられるわけだが、ネズミの可愛らしさ・賢さが本物のネズミと人形(アニマトロニクスというらしい)とCGI(Computer Generated Image)を組み合わせてフルに表現されている。

 大規模なアクションやSFといったジャンルではなく、一見普通の日常世界なのにちょっと変だと思わせるところに特撮が活かされている。賢いネズミの事だからやりかねないと思わせるような、もしくはやったら傑作だなと思われる愛らしい行動を次々とやってのける。

 主人公の兄弟もドタバタコメディだが、一時代前のコメディタッチで非常に小気味良いし、単にオマヌケな二人という設定ではなく、父親を素直に愛している弟と自分の事を愛してくれなかったとすねている兄とが助け合って、最後には受け継いだ製糸工場を立て直すというクリスマス・キャロル風の筋立てが素晴らしい。それもネズミに助けられてというラストは最高。

 唯一欠点はゴキブリのCGI。あれはやりすぎ。

 昼食後、六本木に移動。シネ・ヴィヴァン六本木で「a.b.c(アー・ベー・セー)の可能性」(no.37)を観る。

 フランスの女性監督パスカル・フェランの長篇第2作。

 ストラスブールに住む男女10人の若者の生活をコラージュしながら物語は進行する。とりたてて事件が起る訳ではなく、どこにでもある日常的な悩み(将来の事、恋人の事、子供をつくる事、人付き合いの事)を描いていく。

 この10人の中でも人間関係が入り組んでいて最後のホーム・パーティで彼等が勢揃いしたところで、それが交差したりすれちがったりする。つまり今どきの若者の日常を簡潔に切り取って見せて、ラストで彼等が一年後にどんな可能性を択びとったかを鮮やかに描いて映画は終る。

 ロメール風と言えば言えるが、ちょっとセリフに軽さが足りない。登場人物の何人かが監督自身の哲学をダイレクトに語っているように聞えて映画を私物化し過ぎだ。ロメールのようなシチュエーションへの徹底したこだわりがないのも気にくわない。

↓クリックの応援よろしく!
banner_04.gif
人気ブログランキング
posted by アスラン at 02:13 | Comment(4) | TrackBack(0) | 映画評(1998年) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月02日

「PERFECT BLUE」「グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち」(1998年3月8日(日))

 渋谷のSPACE PART3で「PERFECT BLUE」(no.40)を観る。

 アニメによる初めての本格的サイコ・サスペンス物という異色作。

 アニメファンではないのでよくは分からないが、大手の映画会社のバックアップなしで、単独でこれだけ上質のアニメを作った事に驚いた。企画協力・大友克洋やキャラクター原案・江口寿史などは、無名の作家たちによる映画への精一杯の箔づけだろう。

 ただし妙に生々しいキャラクターが浄瑠璃人形のように動くのになれるのには多少時間がかかる。リアルなアニメというより、まだ現実を忠実に再現しきれていない現時点での仮想現実の世界をモニタしているかのように感じる。それが観ている者の不安をかきたてる。内容がもう一人の自分という多重人格を絡めたサスペンスなので、画面から感じられる仮想現実感がさらに多重化される。

 元々は実写で撮る予定だったらしいが、最終的にはアニメでしかできない表現を駆使して成功している。

 渋谷ジョイシネマで「グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち」(no.39)を観る。

 驚くべきは主人公ウィルを演じたマット・デイモンの才能だ。この素晴らしい映画の脚本が若干28才の彼の手になるものだとは!

 ちょっとブラッド・ピットを若くしたような風貌のマットが演じるウィル・ハンティングは、天才的な才能を持ちながら下町で教育も受けずに埋もれている青年だ。彼は天才だが人間関係を築く能力がなく、どんな人にも垣根を作り決して心を開かない。それどころか彼に近づく人には、精神分析医にように相手の弱点を暴き立て傷つけてしまう。

 そんな彼がロビン・ウィリアムズ扮するセラピストとの対話を通じて暖かい心を取り戻し自分の生き方を見出だし、名前のとおり「希望をつかんで」旅立つ。ロビン・ウィリアムズの演技が抑え目で何時になくいい。

カチンコ
 セラピストと書いているがこれは勘違いだ。ロビン・ウィリアムズの役回りはあくまでマット・デイモンのいらだちの先を歩んできたもう一人の天才だ。若くして天才を示し、それゆえに人間関係を築く事ができない彼がマットに示す「明日」こそが、この作品の爽やかなラストに他ならない。

↓クリックの応援よろしく!
banner_04.gif
人気ブログランキング
posted by アスラン at 17:27 | Comment(0) | TrackBack(1) | 映画評(1998年) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月21日

「ビーン」「オスカー・ワイルド」「世界の始まりの旅」(3月21日(土))

 春分の日。東銀座の松竹セントラル1で「ビーン」(no.43)を観る。

 TVシリーズでおなじみのMr.Beanの映画化。

 ロンドンからロサンゼルスに舞台を広げる事で、本来のビーン一人のパントマイム劇だけでなく他の登場人物との掛け合いになる分、ナンセンスで馬鹿々々しい可笑しさが続かないという不満は残る。

 それでもビーンの面白さは充分伝わるし、折角の映画なのだからテレビシリーズと同じ事はしないで、ビーンが他人と積極的にかかわったらどうなるかという興味深い演出をした監督の意欲は買える。

 シネスイッチ銀座で「オスカー・ワイルド」(no.42)を観る。

 オスカー・ワイルドは19世紀末にロンドンで活躍した詩人・戯曲家・小説家である。しかし同性愛者であったために、道徳が美徳とされたヴィクトリア朝末期にあって、猥褻の罪で裁判で有罪とされ2年間投獄され、出所後3年で亡くなった。

 映画は、この辺りの事情を描いているが、ワイルドが良き夫であり父親でもあり、そして恋人の若者ボジーともプラトニックな繋がりであったとするが、やはり綺麗事にすぎる感じはする。そんなもので猥褻罪に問われるのは不自然だし、ワイルドの相手は生涯にボジーだけではなかったようだ。でも現代なら不道徳だと糾弾されても投獄される事はなかったのにと同情できるようにうまくソフトに演出されている。

 それにしてもあの「幸福の王子」の作者の事だと思うとちょっとショックだ。

 シャンテシネ1で「世界の始まりの旅」(no.41)を観る。

 マノエル・デ・オリヴェイラ監督の作品。前回の「メフィストの誘い」もよく分からなかったが今回も正直言って分からない。

 前半部で眠りに誘われて後半の「父の育った故郷に伯母を尋ねる俳優」のエピソードにも充分感動できなかった。それでも名匠レナード・ベルタのカメラはさすがで、田舎道を走りまわる車から過ぎ去る道や風景を躍動感を伝えながら写し出す。

 サイレント映画として見れば、その美しさは歴然だが、とにかく人物たちがしゃべりすぎるのには辟易する。最近観たキアロスタミの「桜桃の味」の寡黙さとは対照的なロードムービーだ。

↓クリックの応援よろしく!
banner_04.gif
人気ブログランキング
posted by アスラン at 03:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画評(1998年) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月18日

「アッスンタ・スピーナ」(淀川長治映画塾にて,1998年3月28日(土))

 アテネ・フランセで3ヶ月ぶりに淀川長治映画塾が開かれた。淀川さんは少々痩せたように見えたが、講演を始めると元気に話し続けた。

 今回はイタリア映画の魅力についてのお話。アメリカ映画は初めからエンターテイメントを撮り、イタリア映画は初めから芸術映画を撮っていた。

 サイレントの「アッスンタ・スピーナ」(no.44)は、戦後現れたネオ・リアリスモの源流とも言えるリアリスム映画だ。何より驚かされるのは登場人物の背景に描かれるナポリの海の美しさであり、その生々しさである。サイレントと言えばセット撮影が当たり前の時代にいち早くロケを前面に押し立てた前衛性に心がうたれた。

カチンコ
 と何を偉そうに書いていると言われそうだが、淀川さんのガイドがなければサイレントムービーに触手がのびることは滅多にないだろう。今となってはこれが淀川さんの話をじかに聴けた最後だったかな。映画塾が水道橋のアテネ・フランセの3階にある多目的ホールで開催されるようになって最初の方こそ、毎回欠かさず聴きに行くぞと意気込んでいたが、自分の体調や仕事の忙しさなどもあり、半分も行けなかった。

 行くたびにホール前で並ぶ映画ファン、淀川ファンの前に淀川さんは機嫌よく姿を現す。あそこはエレベーターがないため、淀川さんは3階まで人の手を借りずに登ってくる。そこらへんの事情は、本になった「淀川長治映画塾」のあとがきに書かれている。僕が出た最後の方の回では病気のために衰えが誰の目にも明らかであったにもかかわらず、やはりいつものように階段を上がってくる淀川さんをみんな息をひそめて、しかしいつもと変わらない淀川さんの笑顔が現れると、とたんにみんなニコニコと迎えるのが常だった。

↓クリックの応援よろしく!
banner_04.gif
人気ブログランキング
posted by アスラン at 01:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画評(1998年) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月12日

「四月物語」「シーズ・ソー・ラヴリー」(1998年4月4日(土))

 渋谷のシネ・アミューズで「四月物語」(no.46)を観る。

 岩井俊二監督のプライベート・フィルムと言える映画。

 特にストーリがあるわけではなく、東京の大学に通うために上京して一人暮らしを始める女の子(松たか子)が、初めての環境に慣れないでいる心の緊張とときめきをサスペンスとコメディを交えて描いている。

 「ラブレター」と同様、綺麗々々した映像作りがやや紋切り型であるが、松たか子という旬の素材を生かして自由に思い付くままに撮り切っているので好感がもてる。

 シネマライズで「シーズ・ソー・ラヴリー」(no.45)を観る。

 信じがたい程互いを愛し合うモーリーンとエディ二人の純愛ドラマ。

 アパートの隣人にレイプされても、エディが隣人を殺しかねないからといって黙っているモーリーン。エディは彼女の嘘を見破って精神のタガが外れて暴れ回り精神病院に入れられてしまう。10年後に退院した時にはすでにモーリーンは再婚し子供が3人できている。それでもモーリーンは家族を捨ててでもエディと暮すことを選択する。

 エディを演ずるショーン・ペンの狂おしく切ない表情が素晴らしいし、今は亡きジョン・カサテベスの最高の脚本を見事に映像化した息子ニック・カサテベスの手腕も光っている。

↓クリックの応援よろしく!
banner_04.gif
人気ブログランキング
posted by アスラン at 05:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画評(1998年) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月10日

「FISHING WITH JONE」(第4〜6話)(1998年4月10日(金))

 恒例のカラオケ同好会(?)が一部メンバーに連絡が届いてなかったために急遽中止になった。家には、食事はいらない帰りは遅くなるなんていって出てきたので、久々にナイトショーを観る事にした。渋谷へ出て「南雲」で食事。

 先日観た「FISHING WITH JONE」(no.50)の続きの第4〜6話をユーロスペースで観る。

 前の3話の方が馬鹿々々しく面白い。

 渋さが売り物のウィレム・デフォーとジョンが凍り付いた湖の真ん中で釣りをひたすら続けて仕舞に飢え死にしてしまう話は馬鹿におかしいというより、真実味がないのが逆にリアルさを醸し出してほのかにおかしい

 デニス・ホッパーにいたっては、2話分も費したくせに話はまとまりがなくつまらないのだが、デニス・ホッパーがアロハとバミューダという出で立ちでジョンと卓球に興じるシーンを見ただけでも、来た甲斐があったというものだ。

カチンコ
 ここでいうナイトショーというのは、たぶん開始が7時か8時程度だと思う。ユーロスペースではいまだに夜の回をやっているだろうか。とにかく夕食をとって映画を観て、10時過ぎに電車に乗って帰宅という感じだったか。ところでこの頃足繁く通っていたのが手作り豆腐料理の「南雲」。どんぶり鉢いっぱいの五目豆腐や麻婆豆腐というのがボリュームも味も最高で、特に豆腐の味が際だって美味の店だった。

↓クリックの応援よろしく!
banner_04.gif
人気ブログランキング
posted by アスラン at 02:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画評(1998年) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月03日

「エンド・オブ・バイオレンス」「バンドワゴン」(1998年4月11日(土))

 恵比寿ガーデンシネマで「エンド・オブ・バイオレンス」(no.52)を観る。

 ヴィム・ヴェンダースの新作だ。

 1995年の「リスボン物語」でようやく初期の作品のような初々しさを取り戻したヴェンダースが今回選んだ舞台は大都市ロサンゼルス。人知れず忍び寄る都会の暴力がテーマだ。

 思えば「アメリカの友人」「パリ・テキサス」など暴力の意味を問う作品をこれまでにも何本か撮っている。それも直接的な暴力シーンというより内面の恐怖、そしてそれが周囲の人々に与える影響を鋭くクールに描き出す。映画やTVが生み出す暴力シーンが人々の感覚を麻痺させている現状をシニカルに捉え、そこから人々の生き方を変えてしまうファクターをある意味では都会での必然とみている。都会人の愛と孤独こそが暴力を生み出す根源なのだ。

 俳優がどれもいい。「いい人」俳優ビル・プルマンと神経質そうなアンディ・マクダウェル、苦悩する孤独なガブリエル・バーン。極めつけはバーンの帰りを待ち続ける父親に、あの映画監督サミュエル・フラーだ。ラストにひたひたと暖かさが染みわたってくる映画だ。

 新宿に移動。シネマスクエアとうきゅうで「バンドワゴン」(no.51)を観る。

 3階にあがったらミラノ座の窓口でチケットを購入するよう言われた。行くと4館統一の窓口で混雑している。どうもコンピュータによる発券システムを導入したために各館の個別窓口は廃止したようだ。利用する側からは不便以外の何ものでもない。

 映画はタイトルどおりバンドを結成した4人の若者が、メジャーになるためにおんぼろワゴンでドサ回りツアーに出かける物語だ。

 恥ずかしがり家で人前で歌えないボーカル、マザコンでエコロジーかぶれのドラマー、短気でケンカ早いベース、一番ノーマルだと自称するドラッグでラリったリードギターという一癖も二癖もある4人と、クールな伝説のさすらいマネージャとのツアーが奇妙でおかしく、飛び切り楽しい。

 久々で全編楽しい映画を観た。

カチンコ
 その後、この映画が話題にのぼったのを見聞きした事がない。まったく世に知られずに埋もれてしまったのかもしれない。本当に残念だ。年間を通して180本近く中でベストテンに入れるほど小気味よい作品だったのだが…。

↓クリックの応援よろしく!
banner_04.gif
人気ブログランキング
posted by アスラン at 03:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画評(1998年) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月23日

「SADA」「F(エフ)」(1998年4月12日(日))

 丸の内松竹で「SADA」(no.54)を観る。

 監督は大林宜彦

 阿部定事件を題材にした映画は過去に何本も撮られているが、今回は猟奇趣味とかエロティシズムなどは排除して人間・阿部定の純粋な心を描いている。

 大林は阿部定の生き方に、今の日本人が失ってしまった純日本的な情愛の世界を見ている。それは彼自身の夢想であるだけに戯作という一種の実験映画の手法をとらざるを得なかったと思う。

 東劇で「F(エフ)」(no.53)を観る。

 奇しくも今日の2本は解任された奥山和由が仕掛けたシネマ・シャパネスクからの作品。

 娯楽映画の名匠(?)らしく金子修介は手際良くテンポある魅力的なストーリ作りに徹している。監督のコメントに「めぐり逢えたら」を目指したとあるが、まさに「めぐり逢い」「めぐり逢えたら」の世界

 運命的な出会いに引かれて最後には結び付けられる二人。羽田美智子の感情表現はいつも中途半端で紋切り型なのだが、演出の力かスタンダード・ストーリの力か、それなり見られてしまう。ダンサーの熊川哲也が意外と芸達者なのにはビックリ。

 それにしてもヒット作にはならなかったようだが、金子監督には器用貧乏で終って欲しくない。来年の夏には「ガメラ」3部作のラストを撮ってもらいたいものだ。

↓クリックの応援よろしく!
banner_04.gif
人気ブログランキング
posted by アスラン at 12:24 | Comment(2) | TrackBack(0) | 映画評(1998年) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月22日

「アンナ・カレーニナ」「ゲット・オン・ザ・バス」(1998年4月19日(日))

 有楽町スバル座で「アンナ・カレーニナ」(no.56)を観る。

 トルストイの同名の小説の映画化だ。原作は残念ながら読んでないが、厚手の文庫3冊からなる大長編を2時間足らずにまとめたバーナード・ローズ脚本・監督の手腕が光る。

 この手の大河ロマンは、オールスターキャストの紋切り型の映画になりがちだが、この作品はキャスティングも玄人受けする人ばかりだし、演出もオーソドックスを旨としているし、映像も派手々々しくなく品の良さを漂わせている

 何よりソフィー・マルソー演じるアンナの美しさ、若々しさが素晴らしい。禁じられた恋に身を焦がす時の上気した頬と一途な思いを訴えかけるまなざし。「ブレイブハート」の王妃役といい、気高い美しさを感じさせる旬の女優に成長している

 山手線、中央線、総武線と乗り継いでBox東中野で「ゲット・オン・ザ・バス」(no.55)を観る。

 この映画館に来るのは初めてだ。中野というだけで遠くていつもは敬遠していたが、スパイク・リー作品とくれば致し方ない。普通の小さな駅近くのビルの地下にあり、席数102のミニシアターだが、中々立派できれいな劇場だ。ロビーがほとんどない事をのぞけば、意外と広々としている。

 映画はワシントンで黒人のために開かれる「百万人の大行進」にロサンゼルスから丸3日かけて参加するツアーバスに乗り合わせた13人の黒人たちの道中記だ。年齢も職業も生活も全く違う彼等は互いをブラザーと呼び合い、行進に参加するという共通の目的のもとに連帯しあう。しかし当初の高揚感から冷めると、黒人の置かれた現実はバスの中にもはっきりと見えてくる

 裁判所命令で息子を手錠で繋ぎとめる親。孤独な老人。ゲイのカップル。共和党支持の白人意識まるだしの成り上がり。警官に元ストリート・ギャング。バスの中は黒人社会の縮図と化している。しかし様々な現実をあらわにして互いに衝突しながら彼らの心は次第に一つになってゆく。

 彼等の旅は老人の突然の死によって目的を果たせずに終る。しかし老人の死が、老人の残した祈りの言葉が彼等の心に希望を与えてくれる。現実は救いようがないほど暗いのに全編明るくて楽しい。ラストはたまらなく切なくて、たまらなく心が温まる映画だ。

↓クリックの応援よろしく!
banner_04.gif
人気ブログランキング
posted by アスラン at 01:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画評(1998年) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月11日

「ディディエ」「恋愛小説家」(1998年4月25日(土))

 銀座の東劇で「ディディエ」(no.58)を観る。

 友人からあづかった犬のディディエが謎の怪光線をあびて人間になってしまう。別に「マウス・ハント」張りの特撮など一切なく、フランスらしいユーモアの効いたコメディになっている。

 主演と監督をかねているアラン・シャバは本作が監督デビューというコメディアン。愛嬌のあるイヌ顔で、人間になったディディエを快演している。ばかに面白いという程でもなかったが、ちょっと洒落ていて楽しい映画だ。

 みゆき座で「恋愛小説家」(no.57)を観る。

 「タイタニック」に影に隠れてアカデミー賞の最優秀主演女優賞および主演男優賞両方ともとってしまった作品などというだけでうんざりしてしまう。混むに決まっているからだ。案の定40分前でも列が出来ている。やめようかとも思ったが連休に入ったらこれどころじゃないだろうから結局観る事にした。

 売れっ子の恋愛小説家だが極度の潔癖症と辛辣な毒舌で人を寄せ付けない男(ジャック・ニコルソン)と、喘息持ちの息子の看病に明け暮れて自分の幸せをつかめずにいるウェイトレス(ヘレン・ハント)とのラブ・ストーリーだ。

 というより自分勝手で偏見だらけの小説家が、隣人のゲイの絵描きの子犬を預かった事がきっかけとなり、次第に人の心を思いやる人間になっていく物語だ。つまり孤独好きでもなんでもなくて実はいい人だったわけだ、変人は変人なんだけど。

 そういう男をジャック・ニコルソンはかなりうまく演じている。一方ヘレン・ハントも負けずに気丈で幸せ薄い女を見事に演じている。ゲイ役のグレッグ・キニアもいい。暴漢に襲われて顔を傷だらけにされて、おまけに破産して、なさけない顔。その情けなさが顔によく表れている。子犬までが預かってもらった小説家になついてしまう。その情けなさがたまらなくいい

↓クリックの応援よろしく!
banner_04.gif
人気ブログランキング
posted by アスラン at 14:40 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画評(1998年) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「エイリアン4」「上海グランド」(1998年4月26日(日))

 新宿プラザで「エイリアン4」(no.60)を観る。

 前作でエイリアンに寄生されて自らの命を絶ったリプリーはクローン人間として200年後に蘇る、エイリアンとともに。軍は兵器として繁殖させるためにエイリアンをかかえたクローン・リプリーを生み出したのだ。

 今回のリプリーは戦う闘士でもなければ戦う母でもない。エイリアンと融合した半人・半エイリアンの微妙な感情を兼ね備えた人間として描かれる。そのせいかエイリアン自体も第1作の昆虫をモチーフにした不気味さは消え失せ、不気味ではあるが感情をもった一つの生物として描かれている。

 最後に対決するエイリアン・クイーンの子宮から生まれた人型エイリアンは、リプリーを母と慕って追い求める。エイリアン・シリーズは1作ごとにテーマが少しずつ変っているが、2作目から母性と母性のぶつかりあいになり、ついに本作ではエイリアンへの母性という意外なテーマが導入される。

 監督がフランス人のジャン=ピエール・ジュネで、ヨーロッパ人らしい独特な映像に仕上がっている。

 シネマスクエアとうきゅうで「上海グランド」(no.59)を観る。

 アンディ・ラウレスリー・チャンとの2大美男俳優の共演で、暗黒街でのし上がってゆく二人の友情が、同じ女に恋をした事から壊れて、殺し合うまでに対立してしまうというストーリだ。

 大ヒットしたテレビシリーズのリメイクだそうだ。香港人好みの活劇あり、ロマンスあり、コメディありの賑やかで派手な映画だ。またいい男の二人の魅力を最大限生かそうとした映画でもある。

 「ボルサリーノ」のアラン・ドロンとジャン=ポール・ベルモンドをどうしても思い出してしまう。

↓クリックの応援よろしく!
banner_04.gif
人気ブログランキング
posted by アスラン at 14:39 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画評(1998年) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月03日

「ジャッキー・ブラウン」「ウインター・ゲスト」(1998年4月30日(木))

 丸の内ルーブルで「ジャッキー・ブラウン」(no.62)を観る。

 タランティーノの新作だが、「パルプ・フィクション」ほどの骨太な力強さはない。

 ちょっとマニアックな仕上がりで、ジャッキーが警察も密売人のボスもだまして、金を奪いとろうとするところがクライマックスだが、その部分が複雑でわかりにくい。おまけに登場人物それぞれの思惑が錯綜し、それぞれの視点から見た現場のシーンが何度も繰り返されるのも、如何にもマニア好みではあるが少し面白みに欠ける

 すごくサスペンスを感じさせるストーリーの筈なのに雰囲気作りに失敗している感じがする。それと実はジャッキーとマックスのラブロマンスめいたものもあるんだけど、描き方が中途半端なのでラストの別れがあまり効いてこないなぁ。

 シャンテ・シネで「ウインター・ゲスト」(no.61)を観る。

 人は、ひとりでは生きていけない。

 この使い古された言葉の意味を淡々とした日常を生きる4組の人々を通してさりげなく描いている。事件らしい事件は何も起らないが何かが確実に彼らの内面に訪れている。

 それは老いにおびえながらも先立つ友人の葬儀に立ち会う事を日課にしている老婦人たちであったり、見えない未来への入り口を前にたじろいでいる少年たちであったりする。どれも見につまされるというような大其な描き方はしていないが、ひたひたと胸にしみてくる

 特にフィルダ・ローとエマ・トムプソンの演じる親子のやりとりが見事だ。やはり実際に親子だけあって芯が強くて頑固そうなところがよく似ている。

↓クリックの応援よろしく!
banner_04.gif
人気ブログランキング
posted by アスラン at 02:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画評(1998年) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「ディアボロス〜悪魔の扉〜」「リング」「らせん」(1998年5月1日(金))

 丸の内ピカデリーで「ディアボロス〜悪魔の扉〜」(no.65)を観る。

 久々にキアヌ・リーブスが精悍な売り出し中のやり手弁護士を演じている。やはり彼はスーツをビシッと決めた役が似合う。

 アル・パチーノとの共演だが、映画の内容は単なる法廷ものではない。最初は大手弁護士事務所の裏を暴く話かと思ったら、恐怖映画だった。ホラーというより往年の「ローズマリーの赤ちゃん」のような悪魔に魅入られる話だ。

 社会派ドラマと思ってたので拍子抜けした。もちろんホラーとしては「ローズマリー」に遠く及ばない。ラストのオチも一瞬不気味だったが、アル・パチーノの顔が現れる特撮は逆効果。笑ってしまう。

 銀座シネパトス3で「リング/らせん」(no.63,64)の2本立てを観る。

 2本で1700円ならお得だ。この映画館は、晴海通りの地下にあって以前は「にっかつ」のポルノ上映館だった。汚いイメージがあったので避けていたが、今度行ってきれいに改装してあるのでびっくりした。席の座りごこちもいいし、スクリーンも中々みやすい。

 「リング」の方は、多少不気味ではあったが、以前見たビデオの怖さほどではない。映画向けに主人公を男女にしたのだろうが、あまり盛り上げに成功していない。ビデオの謎解きのおもしろさ・サスペンスが描ききれていないので、最後のどんでん返しが生きてこない

 「らせん」の方は、全く怖くはないが、出来としては幾分いい。主人公の男が、事故で失った子供を再び手に入れるために最後に悪魔の誘いにのってしまうところの葛藤がうまく描かれている

↓クリックの応援よろしく!
banner_04.gif
人気ブログランキング
posted by アスラン at 02:08 | Comment(0) | TrackBack(2) | 映画評(1998年) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月25日

「革命の子供たち」(1998年5月5日(火))

 渋谷のシネ・アミューズで「革命の子供たち」(no.67)を観る。

 最近イギリス映画と並んで元気のいいオーストラリア映画だ。

 スターリンに心酔した一人のオーストラリア人の女性がソビエトに招待され、こともあろうにスターリンと寝てしまう。おまけにそれがもとでスターリンは死んでしまう。故郷に戻った彼女はスターリンの子供を産んでしまう。やがて成長した子供は、革命好きの母親の期待を裏切って警察官組合のボスに選ばれてしまう。「しまう」ばっかりだが、そのようになし崩し的に話が転がっていってしまうのだ。

 しかし彼は次第にかつてのスターリンのように独裁ぶりを発揮していく。コメディだが、妙にリアルで妙にブラックな味わいが楽しい。

↓クリックの応援よろしく!
banner_04.gif
人気ブログランキング
posted by アスラン at 01:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画評(1998年) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「マッド・シティ」(1998年5月10日(日))

 渋谷ジョイ・シネマで「マッド・シティ」(no.68)を観る。

 失業を取り消すよう談判にきた博物館の元警備員(ジョン・トラボルタ)がちょっとした事故で持ってきた銃で元同僚を撃ってしまう。そのまま博物館に籠城したために次第に大事件となっていく。さらに居合わせたTVリポーター(ダスティン・ホフマン)が事件を演出し、事件はローカルニュースから全国ネットのトップニュースへと躍り上がる。

 トラボルタの間の抜けたような人物と、ホフマンの人当たりのよさそうで実は抜け目ないあたりがよく出ていて中々おもしろい。しかし新人の女性カメラマンが次第に野心を抱いてホフマンを裏切ってしまうストーリーは、ちょっと紋切り型すぎてよくない。

↓クリックの応援よろしく!
banner_04.gif
人気ブログランキング
posted by アスラン at 01:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画評(1998年) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月17日

「シューティング・フィッシュ」「てなもんや商社」(1998年5月16日(土))

 シネスイッチ銀座で「シューティング・フィッシュ」(no.70)を観る。

 孤児院育ちの主人公二人が豪邸を手に入れる事を夢見てサギを繰り返す。馬鹿々々しいサギばかりだが軽快で楽しい。

 この二人に、アルバイトに雇った女の子がからんで話があらぬ方向に向かう。実は彼女は死んだ父が経営していた施設を取り戻すために二人が貯めた200万ドルがどうしても必要なのだ。この手のストーリーは昔からよくあるが、今風にちょっとアレンジしていて楽しめる。

 今日こそと思ったが「ビヨンド・サイレント」は立ち見で再び観られず。そんなに面白いとも思えないのに何故こんなに混むのか理解に苦しむところだ。

 代わりに松竹セントラル2で「てなもんや商社」(no.69)を観る。

 題名はなんともふざけているが、期待に反してなかなかの出来だ。

 腰掛けで貿易会社に入社した女の子が、中国との取引きで一筋縄でいかない仕事を経験していく事で一人前のOLに成長していく。コメディではあるが、妙に現実感を漂わしながらほのぼのとした雰囲気をうまく映像にしていて、味わいのある映画になっている。

 監督の本木克英は松竹の社員で、助監督を経験して本作で監督デビューした。

カチンコ
 ヒロインは小林聡美。芸達者なのはもちろんだが、この作品のなんともいえない味わいには不可欠な存在だった。新人ながら中国に行かされて、工場視察では歓迎会の席で酒を延々と飲まされたり、地方の工場で作らせた鯉のぼりが片眼だったか3つ目になってたりする。そのいい加減さに怒りまくったり。
 それとこの「てなもんや商社」(もちろんそんな名前の商社ではない)の社員がそうそうたるメンバー。日本語ペラペラの中国人らしき存在の王課長が渡辺謙。部長が柴俊夫。先輩社員が香川照之怪しげな雰囲気のある社員を揃いも揃えたって感じだ。

↓クリックの応援よろしく!
banner_04.gif
人気ブログランキング
posted by アスラン at 03:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画評(1998年) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「スフィア」「ナッシング・トゥ・ルーズ」(1998年5月23日(土))

 丸の内ルーブルで「スフィア」(no.72)を観る。

 深海で発見された謎の宇宙船を調査するために数人の学者が集められた。内部を調べると見た事もない完全なる球形の物体スフィアが見つかる。スフィアに数学者が接触してから調査隊は度重なるアクシデントに見舞われる。

 スフィアとは一体何か?

 まず大きな謎が提示され徐々に恐怖が盛り上がるようサスペンスを挿入していくというオーソドックスで典型的なSFの体裁を貫いている。深海に建造された居住施設の内部での閉塞感をうまく映像表現し、しかも人間関係はしごくクールに演出していく。その中で少々のユーモアをスパイスにしながら、人間の心の暗部を浮き彫りにしていく。

 「レインマン」のバリー・レビンソン監督の演出はここでも健在だ。役者もそろっているし、シャロン・ストーンもなかなか健闘している。

 松竹セントラル1で「ナッシング・トゥ・ルーズ」(no.71)を観る。

 広告会社の重役ニック(ティム・ロビンス)は、上司と妻の不倫現場を目撃して呆然として家を飛び出してしまう。おまけに彼ののった車にちんぴら強盗が乱入してきた事で、彼はぶっちぎれてしまい強盗をのせたままL.A.からアリゾナまで車を疾走させる。

 二人は上司に復讐することで意気投合し、上司の金を盗み出す事にする。お金持ちでエリートがどん底に転落するというよくあるコメディだ。ちょっと馬鹿々々しすぎてつまらないところもあるが、可もなく不可もないといった出来だ。

 出来過ぎのハッピーエンドだし、肩が凝らずに観られることは確かだ。

↓クリックの応援よろしく!
banner_04.gif
人気ブログランキング
posted by アスラン at 03:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画評(1998年) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月03日

「十二夜」(1998年5月24日(日))

 恵比寿ガーデンシネマで「十二夜」(no.73)を観る。

 シェークスピアの同名の喜劇の映画化。

 監督は数々のシェークスピア作品を手掛けてきた舞台演出家トレバー・ナンだ。

 双子の兄妹が海で遭難し離れ離れになる。妹ヴァイオラは兄の行方を求めて他国の公爵に仕えるため男装して小姓となる。男装ゆえ公爵からは愛されず、公爵が愛する令嬢(ヘレム・ボナム・カーター)からは愛を打ち明けられるという設定の可笑しさ。戯曲としての面白さを余さず映像化している。

 ヴァイオラを演じるのは「いつか晴れた日に」で主人公のカップルの恋路を阻むあざとい令嬢役に扮したイモジェン・スタッブス。今回は男装の女性をうまく演じていて似合っている。かえって女性に戻った時の印象の方が嫌味かもしれない。

カチンコ
 例のアカデミー賞受賞作「恋に落ちたシェークスピア」でグゥイネス・パウトロウが男装するアイディアは、本戯曲のヴァイオラのエピソードから取られている。あの作品は様々なシェークスピア作品からのアイディアの引用がある。そうだ。アッテンボローの「ガンジー」で主役を演じたベン・キングスレーが狂言回しの役を怪演している。ヘレム・ボナム・カーターのヴァイオラに女のサガをさらけ出して追い求める姿も喜劇らしくて楽しい。

↓クリックの応援よろしく!
banner_04.gif
人気ブログランキング
posted by アスラン at 03:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画評(1998年) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月26日

「ラブ・レター」「D坂の殺人事件」「卓球温泉」(1998年5月30日(土))

 新宿松竹で「ラブ・レター」(no.76)を観る。

 裏ビデオ屋の店長・五郎(中井喜一)は、頼まれて偽装結婚した中国の女性の遺体を夫として引き取るはめになる。彼女は田舎町のバーで仕事に明け暮れ死んでいった。彼女の唯一の幸せは五郎と巡りあえた事だ。その思いを綴った手紙が五郎ともども観ている者の胸を打つ。

 入管審査の時に一度会っただけの関係なのにただただ五郎に感謝する彼女のすがるような心と、その一途さにたじろぎながら彼女の思いを受け止め、遅すぎた自分を悔やむ五郎。

 核となるストーリーは現代的だが、演出も映像もいたってオーソドックス。古すぎると言ってもいい。前半は一人暮らしのアパートと仕事場を往復する五郎の慎ましい日常をよく描いている。隣人が騒がしいイスラム人だったり、朝は屋台村で多国籍の人々の中でエスニックなチャーハンを食べていたり、かなりリアルな映像が作り出されている。

 後半はつまらない回想シーンや彼女と一緒にいるイメージシーンが多用されてちょっと興ざめだ。

 テアトル新宿で「D坂の殺人事件」(no.75)を観る。

 原作は江戸川乱歩の同名の小説だが、実際には「D坂…」と名作「心理試験」をうまく組み合わせている。また幻の責め絵の作者が「陰獣」の大江春泥というのもファンには楽しく、心憎い脚本だ。

 実相寺昭雄監督の演出も見事だ。蕎麦屋のおかみと本屋の使用人のSMのシーンが安手のポルノ映画を思わせるのを除けば、真田広之扮する贋作師が自ら女装して鏡に写った姿から責め絵を描くシーンなど官能的で怪しげな乱歩作品の魅力を上手に引き伸ばしている。

 新宿コマ東宝で「卓球温泉」(no.74)を観る。

 夫や息子が自分を省みないのに憤って家出した主婦・園子(松坂慶子)が落ち着いた先が、新婚時代に訪れた旅館。今や温泉街自体が寂れてしまっている。

 そこで彼女の発案で卓球に温泉街の再生を賭ける事になる。卓球という目の付け所がいい。どう考えても若者に受けそうなスポーツではないが、温泉街と卓球の歴史を盾にとって、単なるスポーツではなく人と人とのコミュニケーションを生むことが温泉街に欠かせない卓球の意義だと描いている。

 「相手が返せないような思いやりのない球はいけません」

 園子が言い放つ通り、園子と旅館・高田屋の若主人・公平とはラリーを続ける事で心が通い合う。この長めのシーンは退屈するどころか胸がジーンとする良いシーンだが、ラストの夫婦どうし幼馴染みどうしのラリーも全く同じ演出なのは芸がない。全体的には面白く楽しい素敵な映画だけに残念だ。

↓クリックの応援よろしく!
banner_04.gif
人気ブログランキング
posted by アスラン at 01:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画評(1998年) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「ウワサの真相ワグ・ザ・ドッグ」「山猫(イタリア語版)」(1998年6月7日(日))

 日比谷のシャンテ・シネで「ウワサの真相ワグ・ザ・ドッグ」(no.78)を観る。

 大統領のセクハラをもみ消すために、腕利きのもみ消し屋とハリウッドの有名プロデューサーが組んで戦争をでっち上げてしまう

 全編シャレで作られた映画だ。そのせいかデ・ニーロダスティン・ホフマンも肩の力の抜いて演じている。先に観た「スフィア」と同じ監督が作ったとは思えないほどバリー・レビンソンもコメディを楽しんで撮っている。

 ただこういう時事ネタを織り込んだ映画はすぐに風化する。今なら「We Are the World」のパロディにニヤっとできるが、10年後、20年後は何の事かも分からなくなってしまうだろう。

カチンコ
 ほら風化したでしょ。まだ分かるって?マイケルが女装したりしてくれるうちは風化しないか。ってこのネタはすぐに風化するね、きっと。分からない若い人はお父さんお母さんのレコード棚を探そう。きっと一枚ぐらいあるはずだよ、「ウイ・アー・ザ・ワールド〜」

 三百人劇場で「山猫(イタリア語版)」(no.77)を観る。

 言わずと知れたヴィスコンティ監督の代表作だ。

 この劇場の席は座りごこちが最悪なので3時間6分は正直言ってきつかった。しかし映画はとびきりの一級品だ。何どもテレビでやっているので観ている気になっていたが、ちゃんと観るのは今回が初めてだ。

 時代が移り行き、貴族は没落し新興の地主にとって変られる。「山猫」と呼ばれたサリーナ公爵も、時代の波と自らの老いに逆らえずに静かに人生の黄昏を向かえようとしている。その寂しさと貴族の生活の絢爛豪華さとが、対照的に見事に描かれている。

↓クリックの応援よろしく!
banner_04.gif
人気ブログランキング
posted by アスラン at 01:22 | Comment(0) | TrackBack(1) | 映画評(1998年) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。