「セミコロン」についての本の書評、後半戦だ。「はじめに」の訳文でケチがついて、1章からは共著者のものと思われる訳文で持ち直した結果、実は最後まで面白く読めた。後半からの訳文にちょっと不安を覚えたのだけれど、それはある理由から問題が回避されている事もわかった。それについては後述する。それよりも書評(その1)では「はじめに」の文章を過剰に論ったおかげで、実はその後の文章の見通しがよくなった。この序章は、論文などでは国際的な標準となっているintroductionあるいはabstractの役目を担っている。だから、序章で聞き覚えのあるフレーズが、その後の章で詳しく展開されるという趣向になっている。ある意味、序章を味わいしつくしたが故に、各章の流れや著者の主張があたまに入りやすくなったのだから、不幸中の幸いとも言える。
[本書の目次]
はじめに 言葉のルールをめぐる愛憎
1章 音楽を奏でるように:セミコロンの誕生
2章 科学的規則を目指して:英文法戦争
3章 ファッションアイテムからトラブルメーカーへ
4章 ゆるい条文と自制心:句読点ひとつでボストン中が大混乱
5章 解釈に伴う偏見と慈悲
6章 ルールを岩に刻み込む 現代の試み
7章 セミコロンの達人たち
8章 切なる訴え、単なる気取り:セミコロンを使うのはひけらかし?
おわりに ルール違反?
1章の冒頭に書かれているように、セミコロンは15世紀終盤(1494年)にイタリアで誕生したらしい。ちょうど(その1)で1章の冒頭を引き写しておいたので、再掲する。
1494年、イタリアのベネチアでセミコロンは生まれた。コンマとコロンの中間ほどの休止(ポーズ)を示そうとした記号であり、その血筋は、コンマ[,]とコロン[:]が合わさったその形に表れている。セミコロンが生まれたのは、文章の書き方に創意工夫が凝らされた時代、句読点の使い方に規則などなく、読み手の側でも新たな句読点を考案しては捨て去ってというのが普通だった頃のこと。当時の文書には(手書き・印刷を問わず)句読点をあれこれ工夫して試していた後が残っており、その試行錯誤を行っていた15世紀の知識人はイタリア人文主義者という名で知られている。人文主義者たちは文章の流麗さに重きを置き、ギリシャ・ローマの古典を研究して文書化し直すことを呼びかけた。それにより暗黒の中世を脱却し「文芸復興(ルネサンス)」を果たそうとしたのだ。そうした目標のもと、人文主義者は新たな文書を出版するとともに、古典のテクストも字句や句読点を書き改めて新たに出版した。
当時の人文主義者たちが、知識・教養の見直しを図る目的で文章の改良を試みるなか、セミコロンは様々な試行錯誤の一つとして生み出された。コンマとコロンの中間に位置するようなポーズとしてつくり出されたので、形が「血筋」を示していると書かれているが、「英語ライティングルールブック(第2版)」によると、「カンマ<セミコロン<ピリオド」の順にポーズの強弱が成立しているので、なぜコロンが出てくるのかは不可解だ。一番ありそうなのは、コロン自体も当時と今とでは役割が違っていたという事かもしれない。
詳しい事は分からないが、現在に伝わるセミコロンを様々にデザインしたフォントを並べて、著者がユニークな寸評を披露する記述は非常に楽しい。元々の元祖セミコロン(Bembo)では「きゅっと巻いたスタイルで尻尾はとげのようにシャープ、その上では見事な球体が宙に掲げられている」と描写されているのに対し、Poliphilusはカジュアルな見た目で「まるでキース・ヘリングのキャラクター」のようだと言う。言われてみれば確かにそう見えるのが面白い。また、セミコロンはピリオドとカンマを取り合わせたと言われるが、Jensonは「シンプルな流れ星」と描写されるように球体ではなく星形になっていて、かなり変わったデザインだ。
600年も前に誕生したセミコロンは、カンマとピリオド、コロンしかなかった文章表現に様々な「間(ま)」を与える記号として重宝された。他に数多あった試作品とは違って、セミコロンは後世に残った。すると19世紀になって、科学の名の下にあらゆる学問を科学として扱う事が求められる時代が到来し、句読点たちも科学的規則のまな板にのせられる事となった。「はじめに」に書かれていたが、文法家たちはこぞってカンマなどの句読点の使い方を厳密に規則化しようとしたが、すでに誕生から400年も経ってしまっているのであれば、様々な慣用を無視することはできなくなっていた。19世紀当時の文法書ピーター・ブリオンズ(文法書の名前だよね、それとも文法家の名前?)では、規則に続いて言い訳めいた慣用(本書では「好み」と書かれている)が、やや小さめの活字で書かれている。著者は「マトリョーシカ式」と呼んでいるが、なるほど掲載された画像には、言い訳の言い訳がさらに小さめの活字で書かれていて、この本の読者(僕の事だ)には判読不能なほど小さい。
このブリオンズには、コンマだけでも25個の規則および例外(慣用、好み)が並んでいるそうだ。この時代の文法家の悩みは、科学に基づいた句読点の規則と、現実に即した慣用(好み)との「緊張関係」に如何に折り合いをつけるかにあったようだ。これは日本語でもおなじみの光景だろう。「日本語に正書法はない」としばしば言われるが、それでも仮名遣いや送り仮名に関する規則などは、旧文部省主導で世に送り出されている。そこには例外が本則を上回る分量で記述され、慣用的な表記などもたいていは否定されずに認められている事が多い。これが後世に禍根を残す事になっているのは多くの人の知るところだろう。19世紀の英語の文法家一人一人は、この悩ましい状況に対処しようとしては非難され、そして力尽きた。19世紀の半ばになると括弧がやり玉に挙げられ、つづいてコロンも「優れた書き手が用いることはもはや極めて稀である」とか「子どもに使わせるべきではない」とまで言われるようになったと書かれている。
そして1840年代に流行のトップに躍り出たのがセミコロンだった。コロンの用法のほとんどと、コンマの用法の相当数をセミコロンが担う事になったからだ。「もはやセミコロンではありえない。全体(*コロンのこと)がなくなってしまえば半分(セミ)たりえない」と、ある文法家がコロンの行く末を案じるまでになってしまった。しかし結局は「論理」が勝利を収める。「通例コンマが使われる並列表現の区切りにセミコロンを用いることが本質的に規則違反であるわけではない。」という論理が優先され、コンマもしくはセミコロンで区切る、もしくは区切り記号を使わないという流れが確定してしまう。
セミコロンは変貌を遂げた。18世紀末までは休止の記号だった。19世紀初頭には、文法家がこの休止を「文の区切りを明確化する手段」と説明するようになる。句読法はもっぱら文法に付き従うものであって、韻律的・音楽的な特徴は副次的だとされた。19世紀半ばには、新世代の文法家に導かれながら、文法は自然科学のモデルのそろりそろりと近づいた。その規則は英語の観察から導出され、児童生徒に教えられた。その際、子どもにも同様の観察を行わせ、一般性の高い結論を規則の形で導き出させる演習が行われたのだ。
してみると、コロン存亡の危機が、今のような「より具体的な事柄や説明を記述する際に使う」という独特な用法をコロンに与えたという事になるのだろうか。そこらへんの事情は本書には書かれていないが、もしそうだとすると非常に興味深い。それはともかくとして、外様だったセミコロンはファッションリーダーにまで上り詰める事になった。しかし、そこからトラブルメーカーに転落するという構図は、まさに今どきのYouTuberのしでかす悪事を見ているかのようだ(もちろん、セミコロン自身に罪はないのだが…)。
4章では、「はじめに」にも取り上げられていたセミコロンのトラブルが詳しく書かれている。セミコロン一つのせいでボストン市民が夜間に酒を飲むのを禁じられるという事態が、6年も続いたというエピソードだ。
オリジナルの条文(1875年)
That no sale of spirituous or intoxicating liquor shall be made between the hours of 11 at night and 6 in the morning, nor during the Lord's day, except that if the licensee is also licensed as an Innholder he may supply such liquor to guests who have resorted to his house for food and lodging.
「セミコロン版」の条文(1880年)
That no sale of spirituous or intoxicating liquor shall be made between the hours of 11 at night and 6 in the morning; nor during the Lord's day, except that if the licensee is also licensed as an Innholder he may supply such liquor to guests who have resorted to his house for food and lodging.
事情はかなり込み入ってるので詳しくは本書を読んでもらうとして、ボストン市で元々想定されていたオリジナルの条文と、それを引き写した形で条例として定められた条文とでは、カンマとセミコロンが1個だけ置き換わっているという点に注目してほしい。これがどういう効果をもたらすかと言えば、さきほどの「カンマ<セミコロン<ピリオド」の順に区切りの強弱が変わるため、並列関係の解釈が大きく変わることになる。以下に、それぞれの条文の構造を比べてみよう。
オリジナルの条文の並列関係
(between the hours of 11 at night and 6 in the morning,
nor
during the Lord's day,)
└except that if the licensee is also licensed as an Innholder he may supply such liquor to guests who have resorted to his house for food and lodging.
「セミコロン版」の条文の並列関係
between the hours of 11 at night and 6 in the morning;
nor
during the Lord's day, except that if the licensee is also licensed as an Innholder he may supply such liquor to guests who have resorted to his house for food and lodging.
オリジナルの条文の構造は、最初のカンマと2番目のカンマとがnorの並列部分の範囲を確定している。と同時に、2番目のカンマ直後のexceptで始まる副詞句は、norの並列構造全体に掛かる事になる。しかし、norの直前がセミコロンに変わる事によって事態は大きく変化してしまう。カンマよりも強力なセミコロンで大きな区切れが出来てしまうために、exceptで始まる副詞句はセミコロンを越えて前方に影響を及ぼす事ができず、後半のduring the Lord's dayにしか掛からなくなってしまうのだ。その結果、この条文の除外項目「ただし販売免許保有者が宿泊施設の免許も有する場合、食事ならびに宿泊のために施設を利用する客への酒類提供はその限りでない」は安息日にしか適用されず、ボストン市民は平日の11時を過ぎると無条件で酒が飲めなくなってしまったわけだ。
この事例などは、セミコロンの混乱を面白おかしく語る上での典型的なエピソードとなったが、面白いではすまされない悲劇を生み出したのも、またセミコロンであった。1927年にニュージャージー州で二人の男に殺人罪の判決が下されたときの陪審員たちの評決記録は、次のようなものだった。
[評決と判決勧告]
We find the defendant, Salvatore Merra, guilty of murder in the first degree, and the defendant, Salvatore Rannelli, guilty of murder in the first degree and recommend life imprisonment at hard labor.
どこにもセミコロンは見あたらないが、見あたらない事が物議を醸すことになった。これも先ほどのボストン市の条例と同じく、二人の被告に第一級殺人による有罪が宣告される並列関係に対して、and recommend life imprisonment at hard labor(重労働を伴う終身刑を勧告する)という補足部分が、両被告についての勧告なのか、それとも二人目のみの勧告なのかが問題になった。判事は後者だと考えた。するとどうなるかと言うと、当時のニュージャージー州の第一級殺人は死刑か終身刑だったので、一人目は死刑、二人目は終身刑という、見過ごす事のできない差が出来てしまった。当然ながら弁護人は二人とも終身刑とすべきだと主張した。その理由としてセミコロンが登場する。
[弁護人の主張]
We find the defendant, Salvatore Merra, guilty of murder in the first degree; and the defendant, Salvatore Rannelli, guilty of murder in the first degree and recommend life imprisonment at hard labor.
もし一人目に「終身刑を勧告する」が当てはまらないとするならば、最初のandの直前はカンマではなくセミコロンでなくてはならないはずだというのが、弁護人の主張だ。だが、裁判官を説得するには至らず、上訴裁判所(日本の最高裁判所にあたる)でも「裁判官たちは2名を除いて皆一様に死刑判決を支持」した。ここからは本書の記述(著者のせいか訳文のせいか分からないが)が込み入って分かりにくいので、ちょっと詳細に追っていく。
「サミュエル・ケイリッシュ判事は反対意見を述べるなかで、最初に記録された評決は次のように書かれていたと指摘した。」と書かれているが、流れとしては死刑判決を支持しなかった2名のうちの一人がケイリッシュ判事という事だろうか。判事の名前が突然出てくるので、どちら側に与するものか分からない。「反対意見」と書かれているが、死刑判決に反対とも、上訴(つまり死刑判決に対する不服申し立て)に反対とも、いずれにも読める。いよいよもって分からない。まあ、「次のように書かれていた」の中身を見れば分かるのだろうと思うかもしれないが、カンマを取ったり付けたりという微妙な話のまっただ中なので、もう少し読者に寄せて分かりやすく書いて(訳して)ほしいものだ。とにかくケイリッシュ判事が言う「最初に記録された評決」はこうだ。
[最初に記録された評決]
We find the defendant Salvatore Merra guilty of murder in the first degree and the defendant Salvatore Rannelli guilty of murder in the first degree, and recommend life imprisonment at hard labor.
被告人サルバドール・メラは第一級殺人で有罪及び被告人サルバトーレ・ランネリは第一級殺人で有罪、そして重労働を伴う終身刑を勧告する。
うーむ。おそらくケイリッシュ判事は死刑判決に反対なのだろう。訳文では、ことさら「、そして」と書く事で、前半の「A及びB」とは分離されてるように書いている。つまりBだけが終身刑を勧告されてはいないというニュアンスを強調している事になるらしいのだが、「、そして…」なんて言い方が日本語らしくないのでなんとも言えない。
ただ、この直後に、評決を下した陪審員に個別に確認したという話が続き、陪審員は口々に以下のように言ったらしい。ここは原文がないので、訳文を引用する。
「私は被告人サルバトーレ・メラを第一級殺人事件で有罪とし被告人サルバトーレ・ランネリを第一級殺人で有罪とし重労働を伴う終身刑を勧告します」
あれれ?どういう事?さきほどの「最初に記録された評決」の原文には、両被告に終身刑を勧告したというニュアンスが含まれていたが、この陪審員の口調にはそれが感じられない。この文章の流れでは、陪審員が「両被告を終身刑に勧告する」と言ってないと辻褄が合わない。でも、そうは読めない。何故か。これって本多勝一さんに登場してもらう格好の素材ではないのか。
(a)「私は被告人サルバトーレ・メラを第一級殺人事件で有罪とし、被告人サルバトーレ・ランネリを第一級殺人で有罪とし重労働を伴う終身刑を勧告します」(メラは死刑、ランネリは終身刑)
(b)「私は被告人サルバトーレ・メラを第一級殺人事件で有罪とし被告人サルバトーレ・ランネリを第一級殺人で有罪とし、重労働を伴う終身刑を勧告します」(メラ、ランネリともに終身刑)
読点がないと(a)(b)どちらにも読める。どちらにも読める答え方を陪審員全員がしたということなのかもしれないが、微妙な話題がさらに輪を掛けて分かりにくくなっている事だけは指摘しておきたい。
とりあえず、もう一度、コロンとandとセミコロンの使い分けがどうなっているのかを最初の評決から見ていこう。
[評決と判決勧告]の構造
We find
the defendant guilty of murder in the first degree,
└(, Salvatore Merra,)
and
the defendant guilty of murder in the first degree
└(, Salvatore Rannelli,)
and
recommend life imprisonment at hard labor.
the defendantに同格表現として名前が挿入されているため、前後にカンマが使われている。それを外側に出すと、結局はfindを動詞としたSVOC型の文のOCの部分が、最初のandで並列になっている。2番目のandはfindの文とrecommendの文の並列を表すはずで、recommendの方はweが省略されている。だから普通に考えれば前半の評決に対して、後半が勧告しているのであって、二番目の被告だけに勧告するなどという意味にはならない。
ただ、余分なのは最初のandの直前のカンマだろう。「英語ライティングルールブック」でも出てきたが「A,B,C, and D」のようなandの直前のカンマはオックスフォード・カンマと呼ばれ、現在では列挙するA,B,C,Dなどにandが使われている場合に使われる。上記の評決でも、最初のandの直前にカンマがあるせいで、2番目のand以下が二番目の被告の評決とひとまとまりに感じられる。
[評決と判決勧告]の構造(その2)
We find
the defendant guilty of murder in the first degree,
and
the defendant guilty of murder in the first degree and recommend life imprisonment at hard labor.
(*同格表現は省略)
もちろん、この解釈はweを主語として共有した重文構造にならないので、理屈に合わない。ただ、理屈に合わないからこそ、この本で取り上げたような悲惨なエピソードを後世に残す事になったのかもしれない。そして、その意味では、andの直前がセミコロンであろうと、やはり理屈に合わない。
[弁護人の主張]の構造
We find
the defendant guilty of murder in the first degree;
and the defendant guilty of murder in the first degree and recommend life imprisonment at hard labor.
(*同格表現は省略)
セミコロンがあれば前後の区切りとして十分なのに、andもあるのは冗長だ。セミコロンに変えた事でカンマよりもハッキリと前後が分かれる。一般に「カンマはandの代わりに使われる」と考えられる(と「英語ライティングルールブック」に書いてあった)。だとすると、やはり2番目のandはセミコロンを越えて前方に影響を与える事はできなくなるため、2番目のand以下も二番目の被告の評決とひとまとまりになる。文構造はいびつだが、「セミコロンならば反論はできないが、カンマだから反論できる」という弁護人の主張につながる。
そして、いよいよ最初に記録された評決の出番だ。
[最初に記録された評決]の構造
We find
the defendant Salvatore Merra guilty of murder in the first degree
and
the defendant Salvatore Rannelli guilty of murder in the first degree,
and
recommend life imprisonment at hard labor.
「最初の記録された」とされる評決がもっとも簡潔にして要を得ているというのは、なんとも皮肉な事だ。まるで数々の評決案を推敲してできたかのような文章だ。同格表現として括りだしたカンマも、最初のandの直前のカンマも無い。カンマは2番目のandの直前にのみ打たれている。これによって被告の評決文(findの文)の中にある並列部分のandと、評決文と勧告文との並列を示すandと、それぞれの役割が明確になっている。
この洗練された評決を引き写す際に、不要なカンマを加えて必要なカンマを取った者がいたのだ。そのせいで人一人の命が簡単に失われることとなった。このエピソードにはおまけがある。上訴裁判所の裁判長は「死刑判決」を支持するだけでなく、評決文を「是正」した。それがどんなに愚かな行為であるかは、本書を読んで噛みしめて欲しい。
セミコロンの歴史的なトラブルの話は本書の一つの山場だが、もう一つ大きな山場が後半に控えている。これについては、さらに(その3)で詳しく書こうと思う。(つづく)
セミコロン - セシリア・ワトソン, 萩澤大輝, 倉林秀男