2008年05月10日

3001年終局への旅 アーサー・C・クラーク(2008/5/4読了)

 前作「2061年宇宙の旅」から気前よく千年ちかくも年月が過ぎ去ってしまった。いよいよ、「起こりうる近未来」ではなくてSFらしいイマジネーションの世界に突入かと思いきや、著者にとっての1000年後の世界とは決して想像のつかない「遠い未来」ではなく、いま現在の最先端の科学理論や研究の萌芽から推し量ることのできる「近未来」に過ぎない。著者の先を見通す見識の深さには驚かされる。

 荒唐無稽なSF的設定を持ち込んでいないことを少しでも読者に理解してもらおうと、巻末には章ごとに描かれた未来技術のバックボーンとなる論文や書籍、研究者の名前など著者の解説とともに挙げられている。著者の律儀なモラリストぶりが過ぎる気もしないではないが、科学に対する誠実さがあるからこそ、千年後の世界をリアリティを失わずに描くことができるのだろう。

 しかし、それはそれとしてやはり1000年後の世界でオデッセイシリーズの〈終局〉を描くからには、それなりのドラマティックな導入が必要だ。すでにおなじみの登場人物たちは死に絶えて、前作・前々作で中心人物だったフロイド博士もとうに姿を消している。唯一、肉体を失い精神エネルギーと化したデビット・ボーマンだけが、おそらくは人類が足を踏み入れることのできない衛星エウロパになんらかの形で存在するはずだ。そしてシリーズを終わらせるためには、再び彼を召還しなければならない。その役目は意外な人物に割り振られた。フランク・プールである。

 あの第一作「2001年宇宙の旅」でボーマンとともにディスカバリー号のクルーとなり、コンピュータのハルによって宇宙のかなたに放り出されてしまった人物だ。プールの最期は原作と映画では描き方が異なることは「2001年…」の書評で触れたが、続編「2010年宇宙の旅」ではキューブリックの演出した映画のシーンをそのまま取り込む形で修正された。映画では、ハルにコントロールされたスペースポッドのアームにプールは叩きつけられ、酸素を供給する管を断たれて呼吸停止になったまま宇宙の藻くずになったはずである。

 しかし本書では、ある理由からプールは蘇生可能な状態で千年も宇宙空間をさまよった設定になっている。そして偶然にも回収されたプールは、3001年の人類のすむ世界で生きることを余儀なくされる。彼の蘇生前の記憶では、あのディスカバリー号のミッションが生々しく残っている。

 千年後の世界では、頭皮埋め込み型の装置を使って声に出さずとも直接対話が可能になっていることを除けば、それほど21世紀の人間たちと変わるところはないように見える。しかし実際には、現在の人類に対する著者の批判が込められた未来が選択されている。モノリスの背後に存在する知的生命体の手で人類が進化を遂げたという事実が広く浸透した結果、宗教の迷妄も民族間の詰まらぬ争いもすべてが終焉を迎えている。千年後の彼らからすれば、21世紀人であるプールは人類史的価値のある貴重な人物であると同時に、迷信や差別・偏見にとらわれた野蛮な時代の証言者にも見える。

 自らの居場所がなくなったと感じるプールは、以前は木星と呼ばれた第二の太陽ルシファー周辺の探査旅行に同行し、そこでボーマンと再会する。それは人類にとって過酷な事実に向き合うことでもあった。

 ここからは、本作の、いや本シリーズの〈終局〉の核心に触れる。ネタバレとも言えるかもしれないが、すでに前作でモノリスの正体や役割についてはあかされているので容易に類推できる事態だろう。いや、なによりこの最終作の冒頭で人類の〈終局〉については強く暗示されている。つまりモノリスは、進化の手助けをするとともに、必要と判断したら「除草」もするのだ。人類は進化に値すると自負できる歴史を歩んできたわけではない。特にモノリスを発見して干渉もした2001年前後では、「除草」に根拠を与える材料は人類史的にたくさんあったと言っていい。そして月面のモノリスも木星の巨大モノリスもエウロパのグレートウォールも、21世紀人の進化状況をいずこにか送信した。

 そこで3001年という西暦の意味が判る。モノリスから創造者へ情報を伝達する片道が約500光年だ。千年経てば指示が返ってくる勘定だ。モノリスが創造者の命令を実行する前に、人類も決断し実行しなければならない。〈神殺し〉だ。この方法が、宇宙人と人類の対決を描いた有名なハリウッド映画のクライマックスと同じなのだが偶然だそうだ。

 タイトルが「宇宙の旅」にならって「終局の旅」と訳されたのだと思ったら、よくよく表紙を見たら「終局への旅」だった。なるほど機能を停止したモノリスは月面からも地球上からもエウロパからも姿を消した。そのことに創造者が気づくのが、また500年後だ。まさに「終局への旅」に、我々人類は一歩を踏み出したのだ。

人気ブログランキング

↓クリックの応援よろしく!
banner_04.gif
posted by アスラン at 17:07| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/96268559
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。