そこで一応ここまでで基本的な筋書き(ネタバレはしない)と途中までの感想を書いておこうと思う。まず、この作品の主人公は前畑滋子という女性だ。聞き覚えがある人は最近「模倣犯」を読んだ人か、よっぽどの宮部ファンだろう。元はフリーライターで「連続誘拐殺人事件」に深く関わり、犯人の隠れ家であり13体もの被害者の遺体を庭に埋めていた別荘を発見したのも彼女だ(そうだ)。
最初に事件の俗称でしか語られないので、あの「模倣犯」の事かちょっと考え込んだ。それくらい僕の中では記憶があいまいになっている。なにしろ単行本出版の時に読んでいるから。「理由」「火車」と読み継いで宮部熱がもっとも盛り上がっていたころだから、分厚い単行本上下巻も購入して読んだ。ということは結婚する前になる。確かにかなり前だ。
上巻途中に、当時のテレビ番組で犯人に対して滋子が「あなたは安っぽい模倣犯だ」とさげすんだという回想があって、なるほどそういう場面があったなあとかろうじて思い出した。文庫になってから読み返してはいない。実は二度と読み返さないと思う。
つらいのだ。一言で言って「模倣犯」の読後感はよくない。つまらないという意味ではなく、とにかく中盤の展開がツラいのだ。犯人が、ある青年に濡れ衣を着せて殺す。青年の家族は世間から追われるように姿をくらまし離散する。無実の罪が晴れるのは終盤になってからで、家族たちに延々と続く地獄の日々が我が事のように感じられて滅入ってしまった。
とにかくどんな登場人物にも感情移入してしまうのが僕の読書スタイルなので、この手の本に弱い。「ブレイブ・ストーリー」で、ワタルが幻界に行くまでに味わう過酷な現実にもまいったくらいだから、「模倣犯」のような超ド級のツラい作品はとてもじゃないが読めない。同じ主人公を登場させるということは、またもや同じテイストを味わう事になるのか。やはりなりそうなのだ。今回は最愛の子供を亡くした母親が「息子は人の心が見えたのではないか」と滋子を頼って相談に来る。その根拠は、彼の書いた絵が生前には知り得ない現実の事件の場所と人間を描き残していたからだ。
事件とは、ある老夫婦が長女を16年前に殺して自宅に埋めたまま、偶然の火事で死体が見つかるまで誰にも言わずに隠し通していた事件だ。少年の絵には、事件を思わす横たわる死んだ女の子の姿が描かれていた。滋子は子供の死をなげく母親をなだめるために話を聞くだけのつもりだったが、別の絵に魅入られてしまう。それは、あの「連続誘拐殺人事件」の別荘の絵だった。彼女にとって永遠に終わらせることのできない事件の亡霊がふたたび目の前に現れたのだ。
滋子自身の潔癖な性格とジャーナリストとしての矜恃がない交ぜとなって、彼女はどんどんと少年の人生に深入りしていく。少年は本当に超能力をもっていたのか、それとも事件の関係者との何らかの接触があって事実を知り得たのか。もはや届かない少年の声を聴くために、本格的に16年前の事件を調べる事を滋子は決意する。
しかし、それは心優しい少年の孤独な心の暗部に迫ると同時に、事件の犯人や被害者、さらには関係者のさまざまな思惑を超えていくという途方もなく消耗する行為でもある。ただ真実を白日の元にさらすというだけでは、関係者はあまりにも大きな代償を払うことになる。
しかも滋子にとっても、かつての忌まわしい事件を記憶から再生する事でもあり、少年の内面を知れば知るほどかつての事件を棚上げにしてきた自分に直接跳ね返ってくるのは容易に予想される。
どちらにしても滋子は動き出した。ならば僕ら読者も覚悟を強いられるということだ。京極夏彦の小説であれば、得体のしれなさ・心の闇の救いがたさはすべて〈妖怪〉に仮託されるので、ある意味安心して地獄を覗ける。帰りはあるのだ。しかし宮部のこのタイプの小説は行きだけで帰りはない。帰り道は主人公とともに自分で探さなくてはならない。重いなぁ。
宮部みゆきさんは、私もとても好きな作家のひとりです。
『レベル7』や『火車』なんかを読んだのは、10年以上も前になってしまうでしょうかね?
今は、当時自分が読んだ本をせっせと職場に持って行って、職場に「本仲間」を作って貸し出し?しています。
『楽園』は、一気に読みました。
読んでいくうちに、いろんな事がつながっていくんですよね。
『模倣犯』に比べると、ずっとホンワカしているような気が、私はします。
早めに下巻が借りられるといいですね。
そうですか、杞憂だったでしょうかね。
それにしては上巻の終わり方はホンワカとは言えませんよね。なにしろ「ルビコンを渡ってしまった」と滋子が言ってしまうくらいですから。
現在70人待ち。困ったもんです。いっそ古本屋で下巻買っちゃうか。たぶん半額だと思いますから。
関係ないですが桜庭一樹さんの「私の男」が22人待ちです。