2008年03月07日

ボーンコレクター ジェフリー・ディーヴァー(2008/2/28読了、再読)

 

 「石の猿」をようやく読み終えた。最近出版された文庫で、ではない。単行本で、だ。子供が生まれる前に購入して添い寝の合間に読んでやろうと思ったが、そんな生やさしい状況ではないと気づき、そのまましまい込んでしまった。ということは3年越しの読書というわけだ。

 リンカーン・ライムシリーズの最新刊「ウオッチメイカー」が昨年でた。第7作だそうだ。「石の猿」を入れて未読が4冊になった。そろそろお楽しみを潰していく頃合いだと思って「石の猿」を読み切った余力で、いや、勢いをもらって間隔をあけずに第5作「魔術師」に取りかかった。

 「魔術師」は読み出してすぐに、従来の無我夢中で読ませるものとはちょっと異質なものを感じたが、それについては改めて書きたい。それよりライムシリーズの面白さを久々に堪能している最中に、NHK‐BS「週刊ブックレビュー」の合評コーナーで最新作が取り上げられ、紹介者や司会の児玉清が絶賛するなか、石田衣良が突き放すような一言を口にしていたのがひっかかった。

 彼曰わく「作者が一流のエンターテインメントを書く作家である事は言うまでない。しかしおなじ作家として読み進めていくと、どうも作者のこれでもかこれでもかというサービス精神が煩わしくなってくる」。なるほどそんなものかと少々意表をつかれた。面白いという事にほとんどの読者は異論がないと思っていたからだ。

 となると、そもそも僕は何が面白くてこのシリーズを欠かさず読もうと決めたのだろう。その答えは本書「ボーンコレクター」を再読する以外に見つからない。思い込みが激しい性分なので、「魔術師」と平行して、以前から購入してあった中古の文庫上下巻を読み出してしまった。

 今回再読してみていろいろとわかったことがある。そして石田衣良が言ってたことがなんとなくわかるような気がした。本シリーズはジャンルから言えば確かにミステリーではあるが、必ずしもミステリーの枠組みに収まる内容ではない。真のジャンルはエンターテインメントだろう。僕らは、サービス精神がきわめて旺盛な著者ディーヴァーによって綿密に計算しつくされたショーを見ている観客に過ぎないのかもしれない。

 ちょっと話が横道にそれるが、RPGゲームの「ファイナルファンタジー」がドラクエと並んで世間のゲーム好きを楽しませていた頃、その強烈なストーリー性と精細なムービーの多用から、あれはゲームというより映画だという一部のコアなゲーマーからの批判があった。そういう側面が確かにFFにはあるが、それが僕のようにゲーム感覚で参加できる映画を良しとするファンの心をつかんだはずだ。

 このリンカーン・ライムシリーズ、いやディーヴァーのいずれの作品にもFFと共通した特徴がある。読者が想像力を働かせる余地が、著者によって絶妙にコントロールされているという点だ。

 例えば最新科学を担保にしたライムの演繹推理は、どれもこれも本格ミステリーとしてはフェアとは言えない。現場で見つかった微細証拠物件を分析して犯人やアジトを個別化(特定)する手際は、錬金術のような驚きを読者にもたらすが、何が飛び出てくるかは著者の心づもり次第だ。そして飛び出た証拠から意表を突く推理を引き出す姿は、まさに現代版シャーロック・ホームズそのものだ。

 ホームズは犬のように荒れ野を駆け巡り、地べたに額をすりつけながら手がかりを追い、みずから微細な証拠を分類しては次の事件に対処すべくファイリングを欠かさない。一方で、依頼人やワトソンの手や足や服に残された痕跡から論理的というよりは多分に心理的な推理を行い、大胆に飛躍した結論を引き出す。今なお読み継がれながらパロディも多数書かれるのは、恣意的な演繹を許容する探偵と著者との共犯関係に原因がある。つまり、ホームズの人を食った探偵法はエンターテインメントにおいて著者コナン・ドイルが仕組んだ演出にすぎない。

 後続する現代の探偵が同じ手法を使えば、時代錯誤あるいは荒唐無稽と笑われるだろう。ところが、ライムシリーズではまさに同じ探偵法を作品に持ち込んでいる。キャビネットのファイルは全米規模のデータベースに代わり、虫メガネは静電プリンターに、フラスコとビーカーはガスクロマトグラフに姿を変えた。しかし現代科学による鑑識技術の脅威がひととおり頭に入れば、あとはオーソドックスな探偵が控えているだけだ。もちろん、これはけなしているのでは決してない。ホームズを現代に召還するにはこれ以外にないというくらい、見事に設定を置き換えている。

 一方で、理解不能な猟奇殺人を繰り返す犯人を追いつめていくために、ライムとその仲間たちは部屋の壁にポスターを裏にして張り付け、鑑識から洗い出したこと、調査中のことを書き出していく。犯人像や動機などのすべてはこの中にあらかじめ書き込まれているか、やがて書き加えられる。一見するとフェアな手がかりの提示方法に見えるが、ここから一つ一つのプロファイルに意味を与えるのも、意味を与えるタイミングを見計らっているのもやはり著者だ。

 だって小説なんだから当たり前だろうとに思われるかもしれないが、語り手と著者は通常イコールではない。著者の思い通りに登場人物が動くのではなく、物語の必然があって人物は動き、語り手が描写する。著者の思惑が透けて見えるような小説は、石田衣良のような玄人には〈あざとい小説〉に見えるだろう。

 しかし、FFのようなRPGでも使い道の判らないアイテム(たとえば鍵や呪文)は、持ち物リストに名を連ねて出番が来るのを待っているではないか。これと同様に、ポスターに書かれた証拠もひたすら出番がくるのを待っているのだ。また、あちこち歩き回ったあげくに次に訪れるべき村や洞窟がひとつしかないように、提示された謎を解き明かす場所もタイミングも著者がぬかりなく用意している。「ぬかりなく」というのは、「読者を飽きさせることなく」という意味と同義だ。

 これと似た構造をもったベストセラーを最近読んでいる。かの「ダヴィンチ・コード」がそういうパターンのミステリーだった。あの本には謎を真剣に考えさせようという著者の意図は感じられない。次に主人公が訪れる観光地に付き従いさえすれば、読者は直前に与えられた謎の答をあっさりと手に入れる。要するに読者は、著者が主宰したミステリーツアーに参加している乗客にすぎない。

 しかし同じ構造を持っているとはいえ、ディーヴァーの作品と「ダヴィンチ・コード」ではレベルが違う。「ダヴィンチ・コード」がほとんど伏線を持たず直線的に謎・回答・次の謎・回答というように単純かつ単調に進行するのに対して、本書に事前に仕組まれた伏線は複雑を極める。そこに読者があれこれと想像力を働かせる余地が十分にある。錯綜した伏線を小出しにしていく効果は絶大だ。だからこそ終盤のどんでん返しに読者は毎回毎回あっと言わされることになる。

 人を驚かす事を主眼に据えたエンターテインメントの宿命ゆえに、今回の再読では残念ながら初読時の〈どんでん返しへの驚き〉を味わうことは叶わなかったが、だからこそ本シリーズのもうひとつの魅力を存分に味わう事ができた。それはリンカーン・ライムとアメリア・サックスの間で紡ぎ出されるドラマだ。

 鑑識現場で起きた事故によって四肢麻痺となったライムは、かなり特異なケースではあるが一種の〈安楽椅子探偵〉と言える。通例、手足となってくれる助手や相棒が必要となるが、それが偶然〈ボーン・コレクター〉の最初の犯行現場に駆けつけて、ライムが「適切」だと評価する現場保存措置を迅速に行った警邏課勤務の女性巡査サックスだった。

 著者の手際が見事なのは、サックスが自らの事情で警邏課から内勤に転属する日に猟奇事件に出会わせ、その結果としてライムの手足となってやっかいな鑑識作業を手伝わされる、という手の込んだ段取りを踏んでいる点だ。ライムの捜査のためならなんでもやる強引さや人の心を無視した冷酷さに、サックスは反感を持つ。その結果、上司に申し出て一民間人のライムが捜査の実質的な指揮を取っていることの〈不可解さ〉を露わにする。つまり、「警察が探偵に協力を求める」という古典的なミステリーに付き物の不自然さのハードルを、あえて指摘した上で越える手続きをきちんと踏んでいるわけだ。

 しかし二人をコンビとして組み合わせた手の込んだ段取りは、決して安楽椅子探偵の要請のみから来るわけではない。未来を悲観して自殺願望を持つライムと、惨めな過去を消しさりたいサックスという、人生に複雑な陰影を抱える二人を運命的に出会わせることで、単なる相棒ではなく、より深い精神的交流を果たすパートナーとして著者は描いていく。

 本作をシリーズ化する意図が最初から著者にあったかどうかはわからないが、少なくとも数作で終わらせるにはあまりに魅力的な設定だったのは確かだ。その後の二人の関係の推移を追っていくとそれがよくわかる。

 ミステリーの仕掛け自体は、石田衣良の指摘どおり次第にあざとさが鼻につくところがでてきたにしても、ライムとサックスのドラマだけは、著者が愛情をもって丁寧に描いているように思える。そして、これこそが、僕がこのシリーズを手放さない一番の理由に違いない。

↓クリックの応援よろしく!
banner_04.gif
人気ブログランキング
posted by アスラン at 12:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/88596089
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。