2008年02月05日

そして世界に不確定性がもたらされた ハイゼンベルクの物理学革命 デイヴィッド・リンドリー(2008/1/26読了)

 表紙のタイトルのレイアウトがちょっと変。パッと見に文字の間隔や上下が不揃いだ。特に「不確定性が」の「定」の字が他の字より上に少しだけずれている。なぜかというと表紙に物理学者たちの集合写真がデザインされていて、題字が彼らの顔にかぶらないように配置されているからだ。

 しかもよく見ると一人一人の顔の横には名前が書かれている。英語ではあるが名前と顔を照らし合わせるだけでも飽きない。そうそうたる顔ぶれだ。アインシュタイン、ボーア、パウリ、ハイゼンベルグ、キューリー夫人、プランクなどなど量子力学のパイオニアたちが一同に会した会議の集合写真だ。きわめつけは、主役の3人ボーアとハイゼンベルクとアインシュタインの顔が丸で囲んである事だ。イタズラ心をそそられる装丁だ。

 本書は、量子力学が誕生し認知されるまでに関わったパイオニアたちの人間くさいドラマを描いている。この種のノンフィクションには珍しく、数式や図のたぐいは一切掲載されていない。それがいいことかどうかは判断が分かれるだろう。量子力学の草創期の問題を細かく説明されても素人にはなかなか解らない。しかし多少なりとも式や図があれば解った気になれるかもしれない。

 ただし、本書で説明されている事は、どれもこれも物理学を学んだものにはおなじみの内容だろう。たとえば相対論で有名なアインシュタインが見いだした〈ブラウン運動の理論付け〉や〈光電効果〉と呼ばれる光を粒子ととらえる考え方などは一度は学んでいるはずだ。さらには、原子の周りを電子が特定の軌道で回っている(つまり量子化されている)というボーアの原子モデルも教科書でおなじみのはずだ。そして、これらの理論が〈量子力学〉と呼ばれることになる大きな流れを作るに至ったのだが、その過程にどんなドラマがあったかは教科書には到底書かれていない。

 教科書には量子力学についての確定した考え方・主張だけが分かりやすく説明されているが、〈正しそう〉に見える考え方でも当時は本当にそれが正しいのかあるいはまだ不十分なのか物理学者たちの間でも意見が分かれた。量子力学の前提は古典論の考え方を否定するか大きく修正しないかぎり受け入れがたいものだったからだ。

 あの二十世紀が生んだ天才アインシュタインをもってしても、その迷妄から逃れられなかった。量子力学を最後まで認めることができなかったアインシュタインは、何年にもわたってボーアとハイゼンベルクに間違いを認めさせようと挑戦した。例の思考実験である。

 この部分は、「ハイゼンベルクの顕微鏡」を読んでいたのでかなりなじみがあったのだが、本書では文章だけで説明しているので初めて知る人にはチンプンカンプンかもしれない。特に最後にアインシュタインが仕掛けた「2つの量子が正反対の方向に飛び出る実験」では、一方を観測すればもう一方は完全に挙動を予測できるので不確定性理論は成立しないと言う。この実験の真の意味するところは素人にはなかなか解りにくい。

 そういう意味で言えば「ハイゼンベルクの顕微鏡」をメインに読んで、こちらは副読本として読むといいかもしれない。量子力学の内容はともかくとして、誕生当時の学者たちのせめぎ合い・軋轢などが非常に泥臭く描かれていて面白い。一つには古典論信者と量子力学信者との対立があり、量子力学信者の中にも基礎付けにこだわる学者と実用性を優先する学者との思惑の違いがあった。アインシュタインは古典論にこだわり量子力学の根拠に疑義をとなえたが、ボーアは量子力学推進派であるとともに基礎付けにこだわった理論家だった。ハイゼンベルグはと言えば、両巨匠のようなこだわりはなく量子力学の可能性にだけ注意を払った。他の多数の物理学者も同様だった。

 本書ではそれぞれの物理学者の人間性や信条を描く事に焦点が当てられている。そこに、学者である前に人間であることの悲喜劇があって興味深い。一例を挙げると、量子力学の思想的バックボーンであり続けたボーアの論文や講演は哲学的な深遠さはあっても明解さに欠け、実用的であればよしとする多数の物理学者からはやがて疎まれる事になる。ハイゼンベルクすら後年は袂を分かっている。

 「不確定性」という用語も当時のハイゼンベルクにとっては不本意だった。彼は〈観測において位置と速度を同時には決定できない〉という革新的な主張をいろいろな言葉を使って表現しようとしてぴったりな言葉がなかなか見つからなかった。そして〈非決定〉という言葉を使おうとしてボーアから止められ「不確定性」という言葉で妥協させられる。ボーアにしてみれば、因果律に支配される古典論者には到底受け入れがたい〈非決定〉などという過激で行き過ぎな言葉は認めがたかったようだ。

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posted by アスラン at 02:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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