2008年01月15日

吉本隆明1945ー2007 高沢秀次(2008/1/10読了)

 驚くべき作品だ。これほど吉本隆明の思想に全的に取り組んで統一的視野で批判を加えた「吉本隆明論」はあとにも先にもないのではないか。

 「全的」などともったいぶった言い方をしたのは、そうでも言わない限り〈知の巨人〉吉本隆明の広範囲にわたる作品と思想を捉えることなど、誰にもおいそれとはできないからだ。本書のすごいところは、終戦の年(1945年)から現在(2007年)に至るまでの吉本隆明の思想的営為を詳細に辿りつつ、特異な現代詩人として現れた彼が転向論や花田清輝との論争などを経て、団塊の世代と言われる当時の若者たちの教祖にまで祭り上げられる60年代をピークに、その後自らの思想的課題を失い「悪戦苦闘」(著者)した挙げ句に思想家(思想)としての強度を衰弱させていく過程を浮き彫りにしていくところだ。

 面白いのは70年前半に社会構造が変動し、もはや左翼としての戦後の課題が機能しなくなったと吉本自身が語っている文章を取り上げ、その時点を境に吉本の悪戦苦闘も思想的衰弱も始まるのだと、本人の文章を逆手にとった分析を著者は展開するところだろう。しかし全共闘世代から10年遅れた著者のさらに10年遅れて生まれた僕からすると、70年以降の吉本の著作こそが面白いのであって、著者の言葉にあえて合わせれば〈悪戦苦闘〉こそが新しかったのだ。

 著者は吉本思想の功罪を語るのではなく、〈罪〉のみを諸作品からえぐり出す。それは戦後から今に至るまで圧倒的な影響力をもち続ける吉本の言葉が人を酔わせ時に殺しもする事に、思想的にNoを突きつけるための著者の戦略的批評と言える。「人を殺しもする」の念頭にあるのは、有名な花田・吉本論争の論敵であった花田清輝だ。戦中派代表の吉本は戦前派代表である花田の〈戦争〉の片付け方に噛みついた。戦中の自らの生き方を否定せざるを得なかった吉本にとって、花田の余裕あるレトリックは格好の批判対象になった。それゆえに切実なモチベーションを戦後問題に賭した吉本の尋常ならざる批評精神の強度の前に、花田の〈余裕〉はたじろがざるを得なかった、と著者は分析する。

 「花田には花田の批評のスタイルがあり、吉本との論争の敗北がなければ花開いた思想の通路があったのではないか」と、花田思想の可能性を著者はあとがきで夢想している。それゆえに吉本の相手を傷つけずにおかない〈思想としての病〉をえぐりだして、今なお十分に検討されることのない吉本思想の限界点あるいは誤りを指摘していく。

 残念ながら60年代の全共闘世代に与えたとされる〈酔い〉については、僕の世代に共有することができない。まして著者がピークと見なす60年代の吉本思想の課題については、特にどうという思い入れがもてない。そのせいか左翼としての吉本思想の検討や、それにまつわる80年代の埴谷雄高とのいわゆる「アンアン論争」なども、事実関係を洗い出して是非をただしているだけのように見えて、今ひとつ納得ができない。

 それより、太宰治の戦争責任を吉本が特権的に免罪したとする〈太宰治という罠〉という章の内容は非常に面白く読めた。確かに吉本の批評の中で太宰作品の魅力を率直に書いた文章に出会う事がたびたびある。宮沢賢治や折口信夫の思想に惹かれるのはうなずけるが、太宰と吉本にはあまり共通点が感じられないため、以前から吉本の〈太宰好き〉は腑に落ちなかった。だから、この部分の批評はかなり読み応えがあった。

 本書のモチベーションであった吉本思想の〈酔い〉あるいは毒をえぐり出す作業は、かなりの部分で成功しているように思える。吉本個人の資質と吉本思想の核を明確化する事で、思想としてのクリティカルポイントを一通り暴き出しているからだ。だがしかし、本書のモチベーションに疑わしいところがあるとすれば、著者自身の〈酔い〉が周到に消されている点だ。明らかに著者本人も60年代までの吉本思想の毒に当てられた一人のはずだ。そうでなければ、好きでもない人物の思想にこれほどのめり込んで検討を加えるなど考えられない。

 おそらくは著者は、思想の遠近法の消失点にあたる部分を隠している。そう思えてならない。だとすれば、「昭和の知識人」を検討するという著者のライフワークを名目に、一思想家を苛烈に批判し尽くす必然性がどこにあるのだろう。また必然性が著者にあるならば、著者はその部分をまず語り尽くさねばならない。

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posted by アスラン at 16:29| Comment(2) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
著者が吉本にのめりこんだことがあったはず、と言いますが、そんなことはないでしょう。社民党、共産党の共鳴者なら、当時から現在まで一貫して吉本は苛立ちの対象だったのだから、かなうことなら全否定したいわけです。あなたの論法が成り立つなら、立花隆は田中角栄にほれた時期があったことになるじゃないですか。
Posted by たきろう at 2008年12月01日 13:36
たきろうさん、コメントにお答えします。

まず「著者が吉本にのめりこんだことがあったはず、と言いますが」と書かれていますが、そんなことを僕は書いていません。もし、もう一度読み直すお暇があれば再読してみてください。

それだけであなたのコメントに対する返答としては必要十分であると思いますが、蛇足ながら付け加えると「著者も(吉本)の酔いにあてられた」あるいは「毒にあてられた」一人であるだろうと書きました。これは著者が吉本思想にかぶれた時期があったはず、などということをいいたいのではありません。著者はさかんに吉本思想の毒に当てられた人々のことを書きますが、自分のことを棚にあげて当時の思想的状況を描いているところが僕がこの著者の態度として公平を欠いていると思ったわけです。

 要するに、まず著者自身の寄ってたつところを明らかにしなければ、あなたの主張を鵜呑みするわけにはいかないよ、と指摘したかったわけです。ですが、もう一言言えば、著者が「共産党の共鳴者」だから、吉本を批判しつくして当然だなどという、つまらない帰結を知りたかったわけでもありません。
Posted by アスラン at 2008年12月02日 10:17
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