2005年10月04日

第133回芥川賞・直木賞定点観測 終了!

 最新の芥川賞・直木賞の受賞作ならびに受賞作家を覚えていますか?

 7月14日(奇しくもアメリカ独立記念日ですね)に発表があって、かれこれ3ヶ月立ちました(まだ立ってないか)。このブログではその日から川崎・立川の両図書館での受賞作の予約状況の推移を見守ろうと、定点観測を始めました。

 われながら面白い思いつきだと思ったのですが、初めから躓きました。

芥川賞受賞作がまだ出版されていない!


 そんなもんなんですね、芥川賞って。文学が、笙野頼子が嫌う括弧付きの「文学」と見なされてしまうのは、こういう現実を反映しての事だと思います。現実が芸術表現に優先するとは言いませんが、かくも知名度の高い芥川賞において「芸術表現が現実あってのものだ」との認識を新たにするという事は皮肉以外の何者でもありません。

 とは言え、一月も立たない7/29には中村文則「土の中の子供」が店頭に並んでますから、新潮社もやることにそつはないと見えます。

 その後、2作とも順調に予約数を増やしていきましたが、夏休みを越した頃からピークに達したかなという感じがしました。特に立川図書館では夏休みを終えた頃から少しずつ予約数が減っています。川崎の方はそれよりも少し後から減り始めて、今は停滞している感じがしますが、今後大きく増える方に転じる事はなさそうです。

 それで思ったのですが、例えば綿矢りさ・金原ひとみダブル受賞の時と比べるとピークが来るのがかなり早かったように思います。今回の受賞自体があのときとは比べ物にならないほど地味だったという事でしょう。

 特に「土の中の子供」は内容の暗さから、エンタメ好きの読者からは敬遠されているように聞こえています。Web「本の雑誌」の「今月の新刊採点」コーナーで最近取り上げられているのですが、「とにかく暗い!」という紋切り型の批評を見ると、エンターテイメント系を評価する言葉はもつ採点員が純文系には言葉をもたないという事を露呈しています。もちろん「面白いか面白くないか」という軸は重要ですが、それ以外の事が言えないならあえて純文学はまな板にのせないという潔さが必要でしょう。

 それとは対照的に「花まんま」の朱川湊人の人気はなかなかのもので、これが大衆文学の直木賞の底力と言えるのでしょう。最初3冊しかなかった蔵書が、現在では川崎図書館で倍の6冊に増えました。最近テレビ番組で知ったのですが、直木三十五は、当時の年齢をそのまま名前に入れて直木三十というペンネームを用いて、一年経ったら直木三十一、次の年は三十二と改名していきます。三十五以降は変えなかったのですが、このなんとものんきで、かつ自由な発想が、その後の直木賞の受賞作にも少なからず影響を与えているのかもしれません。

 ピークが来たことで定点観測の役目も終えたと思います。あと3ヶ月すると次の芥川賞・直木賞が来ます。その時にまた定点観測するんだろうな〜、きっと。

 
posted by アスラン at 01:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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