2007年12月09日

一瞬の風になれ 3(ドン) 佐藤多佳子

 〈部活小説〉と僕が名付けた本作もついに最終巻。1巻、2巻と読了するたびに感想を書いてきたから、実はもうあまり書くことはない。サッカーの才能に限界を感じて挫折した主人公・神谷は、天才スプリンターの友人・連の誘いもあって、自覚もないままに高校生活を陸上部に賭けることを選んだ。その3年間の記録がそれぞれ1巻ずつで描かれる。

 1巻目では、新人ながら4継(400メートルリレー)に出場して、なにがなにやら分からないうちに試合が終わってしまい、終わってみればタイムうんぬんよりも「走るということ」「4人で走るということ」の奇跡のような〈一瞬〉を体感して、初めて神谷はサッカーを捨てて陸上部に入った事への迷いを振り切る。こんな面白い競技だったのかぁという神谷の思いは、〈一瞬の風〉を切り取った見事な著者の描写によって読者である僕らにもシンクロした。

 2巻目では、当然ながら2年生として鍛えに鍛える時期を迎え、途端に〈一瞬の風〉とは無縁の単調で重苦しい練習風景に読者もつきあうことになる。しかも「やればやるだけ成果がでる」というほど甘い競技ではなく、神谷は何をどう鍛えるかの計画を立てて地道な練習をひたすら続けていく。しかし試合での結果はじれったくなるほど一進一退を繰り返す。肉体のコンディション作りだけでなく、メンタルな面での成長が実はなによりも重要なことを神谷は一試合一試合を経験するごとに実感せざるをえない。

 ここらへんから、ただ〈好きだから走る〉ではいられない微妙な問題を様々に抱え込むことになる。部長としての責任・禁じられている部内恋愛そして天才サッカー選手である兄の事故だ。挫折することを知らないかのようなまぶしい存在であった兄の事故に直面して、神谷自身も〈走る事への一途さ〉が奪われそうになる。しばらく部活から遠ざかっていた神谷が、恋人を始め仲間たちが走っている大会に引き寄せられて次第に〈走る事への情熱〉を取り戻していく2巻の終盤は感動的ではあるが、〈部活小説〉として僕が期待していた内容からすると少々ドラマティックすぎる展開ではないかなぁ。僕は普通の高校生の3年間の成長が見たいのだ。

 そして3巻目。いよいよ残された時間は高校3年の一年。いや半年か。受験を控えた最終年度は夏を終えれば事実上の引退。しかも予選大会を勝ち抜かねば先は無くなる。その時点で3年間の陸上生活が終わる。緊張ばかりして試合がせまるとトイレに駆け込んでばかりいた神谷と、好き嫌いが多くて食が細いし練習嫌いでもあった連の姿はそこにはない。一人ずつで走る時は互いにライバルになり、リレーを走る時にはかけがえのないベストな仲間になっていた。

 連・神谷に次ぐ3番目のベストランナーである一年生が入部して4継は優勝をねらえるメンバーがそろった。ただし自分本位が目立つ問題児で1巻目の連同様に肉離れを起こしてしまう。〈爆弾〉を抱えながらも、かつてない高みにのぼろうとみんなで団結して突き進む展開は、非常にスリリングでもありドラマティックだ。しかも普通の高校生が部活という限定した世界の中で限界に挑もうとする姿は、まさに〈部活小説〉のドラマとしてふさわしい。文句ない展開だ。あとはいけるところまでいく。それだけだ。その彼らの後ろ姿を、読者である僕も最後まで見届けよう。〈一瞬の風〉になった彼らの物語はそこで終わる。

「一緒に走ろう。4継もマイルも」
すると、連の顔にさっと明るい笑みが浮かんだ。
「だろ?」
と連は言った。
「そうだろ?」
そうだよ。
それが、おまえの気持ちなら、俺も付き合う。とことん付き合う。春高陸上部として臨む最後の総体路線、最後の試合―地区、県、南関東、そして本戦。
 そう、どの試合も、全部最後になる。二度と走ることがない。どこまで行けるかは、俺たち次第。(P.55)


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posted by アスラン at 04:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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