2007年12月06日

ジョン・ディクスン・カーを読んだ男 ウィリアム・ブリテン(2007年12月4日読了)

 「有栖川有栖の密室大図鑑」を読んだ後で、この本に密室トリックが紹介されている作品をぜんぶ読んでやれと企画したことがある。企画を立ててリストを作って、入手可能(というのは僕の場合はまず図書館で借りられるか)をウェブで調べて、ダメな場合は行きつけの古本屋で探し回るところまでは非常に楽しめた。企画を楽しんでいるうちには数冊ぐらい読んだはずだが、すぐにまた思いついた別の企画に取って代わるので、今もって放置したままだ。でも再開する意志は捨てたわけではない。

 実はこの企画には横展開があって、〈密室〉の傑作と世間(この場合はミステリー通の間でという意味だが)で言われている作品もついでに読んでしまおうと、せっせこせっせこと〈密室ミステリー〉ランキングをこれまたウェブで集めてはプリントアウトした。もっかのところこちらの企画も放置状態。さらにさらに、最寄りの図書館もしくはウェブ検索システムで「密室」とタイトルに冠している本を調べてめぼしいものをリストアップしていった。これまた放置。

 でも最寄りの図書館で現物があった「密室殺人傑作選(H.S.サンテッスン編)」は、密室を題材にしたオムニバス短編集なので読みやすく、さっそく借りて読み切った。この中に本書の表題作「ジョン・ディクスン・カーを読んだ男」が入っていた。なかなか魅力的なタイトルだ。こう書かれれば〈読んだ男〉が何をしでかすかは目に見えている。そしてそれは往々にして、皮肉な結末になることもだいたい予想できるというものだ。

 カーの密室トリックを実行しようと思うと、いやカーに限らず〈密室トリック〉を無事成就しようとすると、犯人は当の被害者への憎悪など棚上げにしなければならないほど、全精力を傾けてトリックを遂行しなければならないだろう。ここに描かれているのもそういう男だ。それはやはり滑稽だ。そして結末もとびきり滑稽だ。だからカー作品を貶めているのかと言えば、さにあらず。これほどカー作品への愛情が感じられるパロディーはないだろう。同じくカー作品を愛好する者として、思わず微笑まずにはいられない。

 タイトルの方は忘れる事ができないくらい魅力的なのに、著者の方はいたって影が薄い。いまだに僕には覚えられない著者には、この他にも〈読んだ男シリーズ〉と言えるくらいの連作がある事が分かってびっくりした。と同時にうれしくなった。本書で対象となるミステリー作家を以下に挙げれば、その理由はすぐに分かるだろう。

エラリー・クイーン
レックス・スタウト
アガサ・クリスティ
コナン・ドイル
G・K・チェスタトン
ダシール・ハメット
ジョルジュ・シムノン
ジョン・クリーシー
アイザック・アシモフ


 ミステリー黄金期と言われた時代のそうそうたる顔ぶれにリスペクトしたパロディーばかりだ。かなり一般人にも分かりやすいラインナップなので、多少なりとも古典ミステリーになじんだ人なら、きっと読んでみたくなるに違いない。著者のマニアックな好みなど押しつけていないところがいい。

 パロディ、パロディと書いてきたが、作品それぞれはパスティーシュと言っていいほど、原典の語り口や設定、推理方法を踏襲していて読みごたえもそれぞれに感じられる。たとえば、「エラリー・クイーンを読んだ男」では、「クイーン検察局(エラリー・クイーン)」「犯罪カレンダー(同)」などの短編集の一編だと言っても見劣りしないくらい見事な論理的推理を展開している。

 「アガサ・クリスティを読んだ男」では、田舎町での奇妙な学生たちの奇行が実はクリスティらしいミスディレクションに他ならないのだ。「G・K・チェスタトンを読んだ男」では、教区で起きた自殺が殺人であることを分からず屋の司祭に証明しなければならなくなった神父が主人公だ。この設定などは原作を知る僕らを思わずにやつかせる滑稽な設定だが、その後に展開する推理も原典に負けず堂々たる内容だ。

 「ジョルジュ・シムノンを読んだ男」では、「人は見かけとは違う」という探偵メグレの人間洞察を見事になぞって犯罪を突き止めるのが、シムノン作品を仕事中も手放さない運送屋の男というのがなんとも面白い。まさに「人は見かけに寄らない」を地でいく設定だ。

 極めつけは「読まなかった男」だ。なにを読まなかったのかは、作品を読めばミステリーファンには一目瞭然だろう。いや、ふつうの人でも〈この登場人物ほど迂闊なやつはいない〉とすぐに気づくだろう。しかし、そう思わせるところがまさに著者の手際だ。ミステリー通でない人が読んでも、このきわめてポピュラーな結末が実はポーの短編が原典である事を改めて知る事になるし、ミステリー通ならば〈読まなかった男の不運〉に思わず快哉を叫ぶ事だろう。いずれにしても結果的にポーへのリスペクトに繋がるのだから、著者のねらいは確かだとしか言いようがない。すばらしい!

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posted by アスラン at 13:00| Comment(0) | TrackBack(1) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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