2007年11月14日

果断 隠蔽捜査2 今野敏

 前作「隠蔽捜査」は確かNHK−BSの「週間ブックレビュー」の年末の特番で、目黒考二さんがもう一人と野球のベストナインを決める要領でその年のベストの小説を決めていったのをみて、まずは読んでみようと思い立った作品だった。読み始めると目黒さんオススメだけあって掛け値なくおもしろく、中だるみすることなくあっという間に読了してしまった。

 なにがおもしろいかというと、警察組織の頂点を目指すキャリアを主人公に据えているところだ。官僚であることを鼻にかけ、他人を省みない。なにより一般市民は警察に協力する事が当たり前だと考えている。なにからなにまでイヤな奴だ。東大法学部出身で、大学と言えば東大しかなく、息子にも東大に入ることを強要する。娘の結婚相手は警察のやはりキャリア官僚で、娘に「私があの人と結婚すると都合がいいのか」と皮肉られると「まあ、そうだな」と本音を口にして娘からそっぽを向かれる。そもそも女は高学歴である必要がないという、フェミニストからやり玉にあげられそうなことを平気で考えている。

 こんなやつが主人公でなぜおもしろいかというと、本音と建て前を使い分ける人物でないからだ。つまり心底本音で考えて、本音しか口にしない。自身には、官僚としてやるべきことをやれば自ずと国のため、国民のためになるという信念がある。原理原則を曲げない男なのだ。

 当然ながら、官僚らしくもあるが官僚らしくない。官僚とは上向きと下向きとで、自分の信念を曲げて本音と建て前を使い分けるからだ。いや、多くの人間がそうやって身を処しているはずだ。官僚に限ったことではない。だからこの主人公・竜崎こそが変わっているのだ。そして誰もが「変人だ」「変わっている」と言う。しかしこの変人が縦割り社会の警察組織の中で非常に魅力的に生き生きと描かれる。そこがおもしろい。胸がすく。痛快だ。

 前回は警察庁の官房長官付き総務課長という地位だったが、浪人中の息子が麻薬に手を出してしまったことを知って自ら上申したうえで、降格人事で高輪署の署長になった。署長と言えば、キャリアがまず現場の研修の総仕上げとしてつくいわば腰掛けの役職だが、自分は官僚としてのキャリアを積んできているから、若造だった以前よりも何かをやれるのではないかと思う。ところが署長には一日じゅう膨大な量の書類に目を通して決済をするという事務労働が待ち受けていて、竜崎を途方にくれさせる。

 所轄の連中も新しい署長に対して腫れ物にでもさわるような対応をしているのがわかる。自分のような存在を快く思っていないのだろうと竜崎は推察するが、そんなことにわだかまっている暇はない。自分なりにどんどんと必要なことと必要でないことを選別し、やりやすいように合理的に署長の仕事を修正してしまい、まわりの者を戸惑わさせる。

 そんなときに管内で強盗事件が発生し、高輪署の隣の管轄で犯人のメンバー2名が逮捕される。それは高輪署のキンパイ(緊急配備)をすり抜けたことを意味した。警察組織としては高輪署の大失態だということになると、副署長に聞かされて竜崎は憮然とする。そんな無駄なあら探しをしてどうする。同じ警察につかまったのだから、それでいいではないのか。

 ところが、さっそく方面本部の管理官が激した声で電話をかけてくる。しかも説明に来いと言う。忙しいから行かれないと言うとたちまち乗り込んできて、署員を全員集めて訓辞を垂れるという。つまりは嫌がらせだ。そこでも竜崎の対応は原則に貫かれていて揺らがない。しかし、あまりの要求に業を煮やして、幼なじみで警視庁のキャリアでライバルでもある警視庁の伊丹刑事部長に電話をして、管理官を引き取らせる。本人はさぞかし胸がすくかと思いきや、本来は上下関係からいって逆らえない管理官を、権力を利用して撃退したことに後悔する。

 キンパイ中に起こった小料理屋のいざこざが、実は強盗事件の残り1名の犯人の立てこもりと判明してから、竜崎の署長としての手腕が問われる事件へと発展していく。捜査一課特殊班(SIT)とテロ対策特殊部隊SATとの主導権争いにも、刻々と変わっていく状況に応じて臨機応変にSITからSATへと権限を委譲していく。結局SATが犯人を射殺して人質の夫婦を無事救出して事件は一応の解決を見る。ところが犯人の所持する拳銃には残弾がなかったことから、竜崎と伊丹はマスコミからも警察内部からも責任を問われる事になる。

 判断ミスはなかったと自信をもって言えるが、マスコミへのスケープゴートを差しだそうとする警察組織の対応に、竜崎は自分のさらなる異動を覚悟する。この窮地をいかに切り抜けるかに読者はハラハラさせられるのはもちろんだが、一方で「なぜ犯人の銃に弾がなかったか」という点に新たな真実が判明する終盤の意外な展開も面白い。

 しかしもっと面白いのは竜崎の内面だ。顔には出さないが、内面は動揺していたのだ。事件の最中に妻が血を吐いて警察病院に緊急入院してしまったからだ。日頃から家庭や家族のことは妻に任せきり。しかし妻がしっかりと守ってくれたからこそ、自分は心おきなく官僚としての職務を全うできた。それが妻の入院で呆然となるほど竜崎を脅かす。そこが面白い。

 前作でもそうだったが、誰よりも危機管理の意識が徹底している竜崎が家族のこととなるとどうしていいかわからなくなる。妻の病状が最大の心配だが、就職活動に追われる娘も気になる。ましてや東大を目指すと宣言した息子から「アニメの仕事をしたい」と言われてまったく理解できず、息子からDVDを手渡されてとにかく観ることを約束させられるところは非常に愉快だ。

 DVDが宮崎駿の「風の谷のナウシカ」(タイトルは書かれないが内容の描写からそうと知れる)であり、そこで子供の観る物と侮っていた自分の無知を即座に改めるシーンはご都合主義と言えなくもない。だが、警察官僚のヒーローでありながら仕事を離れると途方にくれる一夫・一父親に過ぎないというギャップこそが、竜崎のキャラクターに単なる官僚ではない〈変人〉としての魅力ある人物像を与えている。

 極めつけはなんといっても妻とのやりとりだ。いよいよ地方への異動を覚悟する竜崎が、入院中の妻を前にして心配をかけないように何も話さずに署に戻ろうすると、妻はすかさず次のように言うのだ。この夫婦である限り、まだまだ「隠蔽捜査」シリーズは続くだろうし、読みたくなるヒーロー物であり続けるだろう。

「異動が決まったら、早めに教えてくださいね」
こいつにはかなわない。(P.248)


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posted by アスラン at 03:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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