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    2005年09月06日

    天国にいちばん近い島 地球の先っぽにある土人島での物語 森村桂

     「ずいぶん暑そうよ、赤道を越えていくのよ」
     「うん」
     私は新聞の広告か何かで、虎屋の羊かんが、赤道を越えても大丈夫だと書いてあったのを思い出した。船で行くとなると、人間サマの方は大丈夫なのだろうか。赤道のあたりは、湯気でも出ているのではないだろうか。少しばかり心配になって来た。


     ちょうど一年前に亡くなった森村桂の小説を読んだ。お弔い読書である。

     死亡記事であらためて読もうと決めて今になってしまった。まったく諸事忙しい貧乏人は困ったものだ。と言うのは言い訳で読みたい本が次々に現れては後回しになった次第。著者にはホント申し訳ない。

     本書は著者の代表作であるだけでなく処女作であり、また出世作と言っていいだろう。それまで本を書いた事のないまことに初なお嬢さんがこの一作で一躍時の人となったのだ。

     時は1964年。東京は高度成長期を迎え、まさにこの年、戦後復興の象徴となるオリンピックが東京で開催された。「10問正解してハワイに行きましょう」という当時としては夢のようなキャッチコピーでアップダウンクイズのテレビ放映が始まったのが前年からの事だ。

     早い話今では伊豆や箱根に行くぐらいポピュラーになったハワイでさえ庶民には高嶺の花だった時代に、著者はニューカレドニアという観光路線もない島に単身向かう。

     飛行機も飛ばない、船もない、そんなところに何故行けたのかが、著者の描く最初の奇跡であり、読者を虜にするエピソードだろう。

     あとがきに書かれているように、当時まともにニューカレドニアに行くには商船(鉱物などを輸送する貿易目的)に乗せてもらわねばならず、渡航費は今の金額で600万円はかかったとある。

     いまやバックパッカーによる貧乏旅行は珍しくないが、日本と現地との経済格差を当てにできるからこそ可能だとも言えるし、何はともあれ観光目的で渡航する安価な手段が確立いればこその貧乏旅行に他ならない。

     当時それを可能にしたのが、著者の言ってみれば無邪気な思い込みだ。作家で不遇な時代の長かった父が幼かった著者に語った童話「天国に一番近い島では人は働かずに幸せに暮らしている」が、著者にとって父亡き後の母との二人きりのつましい生活を支える拠り所となっている。

     その島をニューカレドニアだとしたのも著者の思い込みに過ぎないのだが、思い込みの一念が岩をも通し、ある商社の社長宛に送った切々たる思い「ニューカレドニアに行かせてほしい」という手紙が道なき道を切り拓く事になる。

     切り拓いた道は奇跡かもしれないが著者がたどる道はおよそ開拓者のたどるそれとは思えないほど無邪気な気配に満ちている。

     過酷なはずの船旅も、パーティで出会った人々の外交辞令を真に受けて窮地に立たされた時も、頼りにしていた商社駐在者が勘違いしてその後冷たくされた時も、そして持っていた滞在費が桁外れに高いホテル代に消えてすべてをあきらめて帰る事を決意した時でさえ、どことなく深刻な事態になってしまったという感じがしない。

     だからホントはすぐにでも帰ろうと開き直ったからこそ余裕がうまれ、それが新たな出会いをもたらし、さらに著者の道を切り開く結果になったはずが、著者の文章ではこれもまた奇跡という事になってしまう。

     それは著者の文章の魅力でもあるが同時に限界とも言える

     現実のニューカレドニアは今のような観光客向けの顔を見せておらず島全体が鉱物の赤茶けた色であり、原住民(土人と著者は書いている)の日常は怠惰でだらしないし、商社から派遣されて来た人々は利権の奪い合いする以外に島民にも島の生活にも関心がない。そんな現実を目の当たりにしてなお、著者の文章はニューカレドニアのよいところ、優しさに満ちたところを追い求め選別していく。それは短期滞在者としての著者の正しい選択である事は確かだが、一方でやはり無邪気というしかない。

     一度は父の語った「天国にいちばん近い島」になり損ねたニューカレドニアは、植民としての地位に折り合いをつけた本島の原住民とは違った離島の集落の人々との出会いを経て、著者の想像していた真実の「天国にいちばん近い島」にたどり着く。それは確かに二日も働けばあとは昼寝ばかりしている生活ではあるが、原住民が昔ながらに受け継いできた誇りに満ちた暮らしである。

     その事に気づいた時に、著者にとっての「天国にいちばん近い島」の意味も変わる。ただ父の言葉を信じて、父の面影に出会える事を夢見てはるばる訪ねて来たが、そこには天国があるのではなく、確かに懐かしく確かにかけがえのない土人たちの暮らしがある。それを守りたい守っていて欲しいという想いを抱きながら著者は思いの外長くなったニューカレドニアの旅を終える。

     さて、このエンディングとクライマックスに見覚えはないだろうか?
    そう、TBSで放映している「世界ウルルン滞在記」のアプローチそのものなのだ。まさしく著者はこの手の体験記のパイオニアであり、本作がその後のなんでも体験してみよう式の海外旅行のスタイルを良くも悪くも決定づけてしまったと言ってもいい。そして著者の無邪気さは番組で実際にステイするタレントたちのそれに引き継がれている。強いて言えば40年を経て「土人」に始まる言葉遣いを避ける知恵だけはついた。それ以外は何も変わっていない。短期滞在者として現地に横たわっている諸問題に深入りしないという点でも。

     著者の問題は帰国した日本にこそあったと言ってもいいだろう。あとがきでその後の自分の人生を支えてくれたのは、この時の体験であると書いている。しかも「その後の人生」が暗に過酷なものであったともほのめかしていて、この時の体験がなければ自分はどうなっていたか分からないというような事まで書いていた。

     それは言い知れないパイオニアとしての苦悩だったかもしれないし、本職でもなかったのにその後エッセイや小説に自分の才能をつぎ込まねばならなかった人生の皮肉だったかもしれないし、勘ぐれば無邪気さが災いして自分の生い立ちやら両親と親戚との反目やらを素直に書きすぎたことによるつまづきだったかもしれない。

     あとがきのさびしさ、ひいては64歳の人生を長野の病院で自ら終えたとされる彼女の死のさびしさとは対照的に、小説の中の著者と著者を取りまく原住民たちは永遠に光り輝いている

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    posted by アスラン at 04:24| Comment(0) | TrackBack(2) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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