2005年09月01日

1998年9月20日(日) 「ダロウェイ夫人」「スプリガン」

 神保町の岩波ホールで「ダロウェイ夫人」(no.137)を観る。

 このホールに来るのは久し振りだ。良質の映画をゆっくり観る事ができるのは確かだが、芸術面を重視するあまり娯楽としての映画を軽んじているような提供の仕方をするこのホールの雰囲気が今一つなじめない。

 映画は英国のヴァージニア・ウルフ原作の映画化。

 老いたダロウェイ夫人が若き日の華やかな時代を回想し、自らの人生を顧みる。若き日は大胆で生き生きとしていたのに、今ではつまらないパーティの成功にあれやこれやと気をつかっている。

 私の生き方は正しかったのか。今の私は既に屍同様なのではないのか。そんな心情を実際の台詞に独白を差し挟む事で描いていく。

 原作は読んでいないが、ダロウェイ夫人とは面識もないある戦争帰りの若者が精神を病み自殺したという話が偶然夫人の耳に入りショックを受けるというエピソードが、この映画のクライマックスだ。しかし、どうもその描き方はあまり分かりやすいとは言えない。原作を読んでいるのならまだしも、映画としてはもう一工夫欲しいところだ。

 有楽町に移動。マリオン9Fの日劇東宝で「スプリガン」(no.136)を観る。

 大友克洋・総監修のアニメだ。

 ノアの方舟が発見され、ペンタゴンの特殊工作部隊が狙ってくる。これに立ち向かうのが古代遺跡を封印する特殊工作員スプリガンだ。こちらも原作があるが要領よくまとめてあってあまり説明的でないのがいい

 大友が監修しているだけあって人物も風景も見応えがあるが、「AKIRA」のようなサイバーパンクではないので、絵としてはちょっとおとなしい感じ。ただ陰影のつけ方、ソフトフォーカスや粒子の粗いフィルムで撮影したような画面の質感などが独特だ。

 しかもズームや移動、モンタージュなどなど映画的な手法を局限まで使い込み、さらに霧や砂煙や爆風などをCGで味付けして、非常に実験的な映画という感じがした。
posted by アスラン at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画評(1998年) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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