2005年08月29日

1998年9月26日(土) 「愛を乞うひと」「アナスタシア」

 有楽町の日劇東宝で「愛を乞うひと」(no.140)を観る。

 ヒロインの照恵は幼い頃亡くした父のお骨を探し求めている。父には死に別れ、一緒に暮した母は執拗に照恵を折檻した。その悲惨な思い出をぬぐいさるためにも優しかった父の遺骨を求めて遠く父の故郷・台湾に娘と旅立つ

 照恵の子供時代から社会人になるまで子役を含め3人の役者を使い、4人目を原田美枝子が演じる。この事をとっても非常に丁寧な作りをした映画だとわかる。

 久々に日本映画の王道を行くような内容で、照恵が母親にひたすらいじめられるシーンを淡々と映画は写しだしていく。それと交錯するように父との楽しかった思い出や現在の娘一人を抱える母としての照恵の姿を描いていく。

 照恵と二役の原田美枝子の母・豊子の激しい生き方が見事だ。そして子役の2人がいじらしい程可愛い。父に連れられていく幼少の照恵が雨の中、母を振り返る時の呆然とした顔は決して忘れる事ができないし、母にいじめ抜かれても母を愛そうとする照恵の表情もいじらしくて忘れられない。

 こんな直球勝負の演出が出来る平山秀幸監督に拍手したい。なお、この日は初日で、原田美枝子、中井喜一以下3人の照恵役も含めて舞台挨拶あり。役と違った子役の可愛らしさに脱帽。

 日劇プラザで「アナスタシア」(no.139)を観る。

 ロシア皇帝の娘アナスタシアがロシア革命とともに行方不明になる。10年後、記憶を失った孤児アーニャが唯一の手がかり「パリで逢いましょう」というペンダントの言葉に従ってパリへと旅立つ。

 20世紀フォックスがディズニーに負けないアニメを作ろうと意気込んだだけあって見事な出来と言っていい。ただ残念ながらストーリーが古臭い。ラスプーチンにより呪いをかけられたロマノフ王朝の末裔アナスタシアの行く手を再び地獄から舞い戻ったラスプーチンが邪魔をする。この設定はかつての東映アニメ「長靴をはいた猫」そのままだし、おまけにアニメでミュージカルをやるところにもちょっと抵抗を感じてしまう。

 それ以外でも、モーション・キャプチャーで再現した人物の動きや顔の表情、唇の動きなどがどうも出来損ないの人形を思わせる。つまり腹話術の人形に思わず笑ってしまうように、あまりに人間に似せてしまったためにアニメのキャラクターとしての造形美を失っている。これは日本とアメリカの文化の違いなのかもしれないが、どうも今一つなじめなかった。
posted by アスラン at 01:36| Comment(2) | TrackBack(1) | 映画評(1998年) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 『愛を乞うひと』
かなり前、私は本で読みました。
一番最初に読んだ、下田治美さんの作品がこれでした。
読んだ後に映画になることになって、自分が知っている小説が映画化される・・・って、何だかよくわからないミーハー的なうれしさがこみ上げてきたのを覚えています。
結局映画は観ませんでしたが、何だか観たくなりましたよ。
Posted by とも子 at 2005年08月29日 23:17
とも子さん、コメントの返事遅くなりました。
下田治美は一冊も読んでないですね。
「愛を乞うひと」の原作はよさそうですね。なんか好きな映画監督が選んだ原作だと、そのことだけで内容証明付きって感じがします。

ちなみに平山監督はこの後に北村薫の「ターン」も映画化してます。たしかにその時僕も嬉しかった記憶がありますよ。
Posted by アスラン at 2005年09月08日 01:10
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