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    2005年06月02日

    1999年7月1日(木) 「スモーク・シグナルズ」「ムーンライト・ドライブ」

     創立記念日。去年と同じように12:00になるとすぐに退社し恵比寿に向かう。駅ビルの天麩羅屋で食事をとるのまで昨年と変わりない。

     恵比寿ガーデンシネマで「スモーク・シグナルズ」(no.65)を観る。

     ネイティブ・アメリカンの話で、予告を何度か観て期待していた作品だ。幼い頃に家族を捨てて出て行った父を許せないビクターは、遠い地で父が死んだことを知らされても会いに行こうとしない。

     幼馴染みのトーマスは幼い頃の火事で命を助けてくれた恩人であるためビクターの父を慕っている。しかもその火事で両親を失っているせいで父を憎んでいるビクターをうらやましくさえ思っている。トーマスの勧めでビクターはいやいやながらも二人で父の遺骸を引取りに旅立つ。それは二人にとって初めての居留地を出る旅でもある。

     もはやネイティブとしての尊厳を守ることが危うくなりつつある現代のインディアンの生活を背景にしながら、父親を尊敬できずに成長した主人公が、父の生き方を知り、自らの誇りを取り戻していく映画だ。思ってたより感動的ではなかったが、それでも味わいのある映画だった。子役の二人と青年の二人がよく似ているのがおかしい。

     くる時はどしゃぶりだったが映画館を出る時はすっかりあがっていた。

     渋谷に移動してシネマライズで「ムーンライト・ドライブ」(no.64)を観る。

     とてつもなく危なくてとてつもなく笑える映画だ。

     暴力的なのにシニカルで乾いた笑いに満ちている映画というと、まずタランティーノが思い浮かぶ。最近ではオリバー・ストーンが彼の影響を受けて珍しく「Uターン」という傑作をとっている。本作も「Uターン」のようにカウボーイが闊歩するような田舎町が舞台で、冒頭から笑うに笑えない状況のただなかに観客は放り込まれてしまう。

     単に酔って銃の試し撃ちをしている青年二人の楽しげなシーンが一転して、女房と寝た事を詰め寄り口論となってしまう。主人公クレイはなんとかごまかそうとするが、友人は妻から聞いたと言って銃を取るよう強制する。クレイが拒むと、彼は自分で自分の太股を打ち抜いてから頭を撃って自殺する。

     「こうすれば自殺だとは誰も思わないだろう」。

     思いもかけず仕掛けられた友人の罠に、クレイはなんとか事故に見せかけようとする。そこからとんでもない目に遭い続ける事になる。しかも死体のにおいを嗅付けてきたのか、酒場で知り合った人の良いカウボーイは実は連続殺人鬼(シリアル・キラー)>だったことから、予想もできない方向に事態は展開していく。

     ホラーかとみまごうようなストーリーだが、映画は似つかわしくないタイトルとおり夢のような爽快感とユーモアにあふれた作品となっている。
    posted by アスラン at 02:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画評(1999年) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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