2005年05月27日

1999年7月24日(火) 「ラン・ローラ・ラン」「インディアナポリスの夏」

 今日から短い夏休み(4連休)。渋谷シネマライズで「ラン・ローラ・ラン」(no.78)を観る。

 予告が印象的だったがアニメが挿入されると聞いていて、映画としてはあまり期待していなかった。が、これが予想外に面白い

 ヤクの運び屋のマニは売人と取り引きした大金を地下鉄に置き忘れてしまう。窮地に追い込まれたマニは恋人ローラに電話して助けを求める。

 「俺のことを愛してるなら20分で10万マルクをつくってくれ」。

 10万マルクがどの程度の金額がわからないがとにかく大金らしい。それを20分でつくれと頼む方も頼む方だが、せっぱつまってベルリンの街を疾走するローラもローラだ。しかしこんな荒唐無稽で極端な状況に異議を差し挟ませないほど強烈な力で観客は映像に引きずりこまれていく。

 20分のサスペンスというよりは、ローラとともに今まさにベルリンの街を全速力で走り抜ける疾走感のただなかに放り込まれ、僕らは次のストーリ展開をローラと同様に考える暇を与えられない。感じるのはローラの息づかいだけだ。しかもほぼ30分であっけなく悲劇的な決着がついてしまい、僕らは途方にくれてしまう。

 ところがSFでもないのに、マニの死を認めたくないローラが再び冒頭の電話のシーンからストーリをやり直すという意外な展開に、僕らはなるほどとうならされ、おもわずにやついてしまう。今度は疾走感のただなかではなく、ストーリのヴァリエーションを楽しめる余裕がでてきている。ローラの向かう先はいつも副頭取の父親のつとめる銀行なのだが、途中で遭遇するエピソードが微妙に違っているのがおかしい。

 また大金をネコババした浮浪者と何度もすれ違うという趣向も気が利いている。2度目の悲劇的な結末の後、3度目には信じられないほどのハッピーエンドで終わるのも楽しい。

 シネ・アミューズで「インディアナポリスの夏」(no.77)を観る。

 朝鮮戦争から復員したガナーとソニーは帰りの列車で出会う。二人は同じ大学出身だが、かたや花形スポーツマンだったガナーとかたやまじめだけが取り柄の目立たない写真家ソニー。大学時代はろくに話したこともない。しかしガナーは戦争で人生観が変わり、ソニーのように写真家で身を立てたいとソニーに近づいてくる。ソニーは親公認の恋人にときめかなくなり、カソリックで性に厳格な家庭にうんざりしてガナーとの差に劣等感を抱いている。

 やがて二人は恋愛のこと、家庭のこと、将来のことを真剣の話し合うが、ソニーの劣等感は今の家庭にいる限り、癒されることがない。アメリカの50年代の現実、根強い人種差別、中流家庭での親子の大きなジェネレーションギャップ宗教感などをうまく盛り込んだ青春映画に仕上がっている。

 一見ガナーとソニーの不似合いなコンビは対等な関係にならないのではと思われるのに、最後まで二人の友情が崩れないところが暗く悲しい青春に光を投げかけている。

カチンコ
ガナーを演じたのはベン・アフレック。恋人がレイチェル・ワイズだったな、そういえば。忘れてた。どちらもこの当時は旬の役者だった。

posted by アスラン at 02:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画評(1999年) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/6309104
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。