「パンの方はどうだ?」
カビだらけ
カビをとる(ちまちま)
新聞紙
日光消毒
「んが〜」
(ひゅうるる)
赤塚不二夫のすべてを描いた本に感動し涙し、引き続き本書を読む。
いやはやさっきの涙が感動が…。人間ってどんなに悲しくても飯は食う眠る糞をする。だったらやっぱり笑っちゃうだろ、これは!
それにしても赤塚の次に吾妻ひでお。タイミングよすぎだ。赤塚本に出てくる少年チャンピオンの壁村さんが名編集者として吾妻の前に立ちはだかる。勝手にネーム(セリフ)変えられるとか。バカボン連載当時チャンピオンは始まったばかり。壁村の名は新米編集者。時の流れが面白い。吾妻の逃げ方がまた笑える。
それにしても赤塚といい吾妻といい、なんて凄まじいんだ漫画家って。えっ、彼らは特別だって?
そう言えば吾妻ひでおのマンガ読むの久しぶりだ。あれかな、やっぱりチャンピオンでなんか読んでたのかな。具体的なタイトル思い出せないが、絵全然変わってないね。えっ、失礼だって?
つまりは赤塚作品とは対照的にキャラ一つなんだよね。えっ、言い過ぎ?でも褒めてるんだけど。ひとつだけで読ませるのはいい意味でマンネリの快感だから。えっ、やっぱり褒めてないって?。
ロリコンなんて言葉がない頃からロリコンキャラ。いわば時代を先取りしてたと言えるか。
でも例えば、
少年チャンピオンで『みだれモコ』連載
ドキドキしながら描く
「よし奇妙な味でいくぞ楽しー」
人気なく6回で終わる
しかも読者からは「物語には暗喩と明喩が必要である」と私の資質を全否定する手紙
このハガキ今でも大事にとってある
なんて部分読んでると、つくづく吾妻ひでおとは味わいで漫画を描く人だと思い至った。ストーリーなんてどうでもいい。ましてやどうって事ない日々の出来事も、本人が面白ければ絵になる言葉になる。彼に喩などと言う深みを期待する読者の方が間違ってると言いたくなる。
もっとも著者は確信犯的にハガキを取り上げて漫画にしてるわけで、戒めとしてとっておいてるのはないだろう。つまり否定も批判も面白ければOKなのだ。
巻末にとり・みきとの対談が載っているが、さもありなん。とり・みきやみうらじゅんなどは、こんな漫画書いてみたいと素直に思うだろう。同じ漫画家として悔しいはずだ。
だけど誰も中島らもの継承者にならないように、吾妻のように失踪するやつもいないはずだ。出来ないと言った方がいいか。
ある日突然マンガ描くのが面倒になって山で死のうと失踪して、決して人里離れてはいない雑木林暮らしを始め、一度も見かけた事のない先住民・山本さん(勝手に名付けてる)の食い物をかすめとり、燃えるゴミの日に生ゴミをあさり、果ては大手スーパーのゴミに行き着いて、食い余ったゴミを「また捨てる」ゴミ成金にまでのぼりつめる。
かと思うと冬場は寒いのでガス会社の下請けにもぐりこむのはまだしも、勉強して試験受けてガス配管の資格まで取ってしまう。お前はホントに漫画家かとツッコミ入れる前に、ガス会社の社内報が募集した漫画を描いてしまい採用され、写真とインタビューが載る体たらく。ご丁寧に採用された漫画まで掲載していて、見ると立派な吾妻作品。そりゃ採用されるわな。
なんども連れ戻されては、家と仕事場の往復で、言わば自宅ホームレスと化して手近の酒を飲みまくって依存症となり、めでたく精神病院入り。社会復帰プログラムの互助会的生活はまたしてもガスの下請け会社と同じくふきだまりの人々だらけで、そこでも吾妻はたちまち同化してしまうカメレオンぶり。
これだけ面白い生き方をそうそうできるもんじゃない。事実を脚色してるかどうかは問題じゃない。漫画家でありながら、ホームレスや下請け会社社員、アルコール依存症患者という生き方とすべて地続きになっている吾妻の資質が見事なのだ。
さらにはそんな生き方を絵にしてしまうエッセイにしてしまう。これは資質ではない。才能だ。
(2005/08/16読了)




ここがまた何とも言えない感じでしたね
吾妻さんの飄々としたところと、なんでも面白くしてしまうユーモア感覚が最高でしたね。