2007年10月15日

町長選挙 奥田英朗

 あれれ、また伊良部の雰囲気が変わっている。伊良部とは元大リーガーの伊良部ではない。あれ?でも小太りの雰囲気が似てないでもないなぁ。本作でナベツネを模した人物を登場させているくらいだから著者は野球好きのようだし、まんざら間違っていないかもしれない。

 その伊良部は本シリーズの主人公だ。医師会の理事を勤める父親の七光りのおかげで、父の大病院の地下に精神科をひっそりと開いている。わけありで訪れる患者にはまず、太ももを顕わにした怪しげな看護師の手で景気づけのブドウ糖注射が打たれ、いい加減な問診といい加減なアドバイスをして帰す。まあ一言で荒唐無稽な主人公だ。

 「イン・ザ・プール」「空中ブランコ」に引き続き本書で3作めになるが、シリーズごとに伊良部の雰囲気が違う。それを以前書評で書いた事がある。そのときは刑事コロンボになぞらえた。

 直木賞受賞作「空中ブランコ」では、天然キャラでただのおバカさんのドクター伊良部が患者に積極的に関わって、患者自身を巻き込んでドタバタを繰り返すうちに、結果オーライで患者の症状が改善するというパターンだ。この〈積極的に患者の生活をひっかき回す〉というところがまさにコロンボの手際にそっくりだ。ただし伊良部自身の行動は、治療のための戦略などとはみじんも感じさせないほどデタラメだ。戦略で空中ブランコに飛び付くはずもないし、あの体系で成功させてしまうなんて〈荒唐〉以外の何物でもないだろう。

 ところが第一作「イン・ザ・プール」の方は、こいつひょっとしてワザとおバカなふりしてるんじゃないかと思わせるような方便が伊良部の言動や行動に漂っていた。言うなれば、コロンボが天才的犯罪者に対峙して「私は私なりにどうやればいいか考えてきましたよ、そして(捜査手法を)見つけました」と自らのひょうひょうたるキャラが戦略である事を告白したときのように、ボンクラと切れ者を使い分けていると読書に思わせた。

 ただし、キャラがふっきれた分「空中ブランコ」の方が断然面白い。直木賞をとった理由はそのぶっとび感あふれる登場人物のキャラの魅力だろう。「イン・ザ・プール」の時は伊良部のキャラをどう設定するかについて著者に躊躇があったようなのだが、前作の好評を受けて書いた第2作にはキャラ設定に迷いがないように僕には読めた。

 では今回の伊良部はどうなのか。またしても中途半端なキャラに戻っている。いや、違うな。どちらかと言うと普通の七光りのボンボンにしか見えない。ただしボンボンと言えども医学部は卒業しているのだから、それなりの医者らしいアドバイスをする。胡散臭いアドバイスではあるがそれなりに説得される患者がいるのだから、しごく無難な言動と言える。その分、キャラが立っていた2作目の伊良部からオーラが消えてしまった。

 その代わりと言えばいいのか、今回は患者側の個性が強い。わざとアクの強いキャラを患者に仕立てあげた。そう、実は今回のシリーズは患者が主役の物語ばかりなのだ。なにしろ元読売新聞社主で読売巨人軍オーナーのナベツネそっくりな〈ナベマン〉だとか、ライブドアの堀江元社長そっくりのベンチャー企業社長が出てくる。あるいは、やはり芸能界にモデルを探せばいくらでもいそうな、年齢に不相応な若さを売り物にしたベテラン女優が登場する。

 いずれも現実の設定や事件をそっくりそのまま頂戴していて、モデルうんぬんという次元ではない。名前だけ変えているが本人を描いたと言っているも同然だ。その点がすごく不愉快だ。工夫がなくて安易だが、不愉快な理由はそれだけではない。モデルとなった人物の実際の言動をそのまま言わせておいて、内面描写はゴシップ紙が詮索するようないい加減で無責任な独断に満ちている。

 これが現実の人物を匂わすだけで、事件も言動も内面もオリジナルならば何も取り沙汰する必要もないのだが、〈ナベマン〉が「たかが選手の分際」発言をし、ヤクルトの古田らしき選手が先導する選手会がプロ野球史に残るストに突入したことを「および腰」だと非難させる。これは現実の関係者を笑い者にしているだけでなく、読者自身もバカにしているとしか思えない。程度が低い冗談だ。冗談ですませられればいいけれど。

 唯一、現実のモデルがいないのは表題作「町長選挙」だけで、離島に派遣された気の弱い公務員が、島を二分する選挙に振り回される。そこに親の顔を立てて離島の診療所に短期間派遣されるのが、伊良部という設定だ。きまじめに住民票を島に移したおかげで両陣営から票をあてにされ、おまけに有権者の買収の片棒をかつがされるハメになる。気が弱い彼は両陣営からそれぞれ買収のためのお金を受け取ってしまい、途方にくれて伊良部に相談にくる。

 最もあてにならない医者に相談をしてしまう公務員も不運だが、一方で予想もつかない方向に物事をねじ曲げていってしまうのが伊良部の神通力みたいなものなのだから、これは当然ながら公務員にとっての幸運でもある。それがわかっているのは著者と読者だけだ。そのゲラゲラ笑える安心感こそが、このシリーズの持ち味だ。現実の事件や有名人などをモデルにするなどという余計な道具立てなんて必要ない。

 公務員が思いがけず両陣営の島を愛する気持ちに触れて、島の人々や暮らしを見直すという結末は、嘘くさいけれど不愉快ではない。本来ならば笑えない〈心の病〉を、伊良部という圧倒的に荒唐無稽な存在の力であえて笑い飛ばそうという著者のこころざしさえ間違っていなければ、僕ら読者も心おきなく現実を笑い飛ばせるのだ。

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posted by アスラン at 04:06| Comment(0) | TrackBack(1) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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屋久島 町長 選挙
Excerpt: 町長選挙奥田英朗の「町長選挙」やっと読み終えたwwwww 一人になったときにゆっくり読みたいと思っていたら 買ってから半年が過ぎていた・・・・・・(^^;;) 友人に「空中ブランコ」をプレゼントされて..
Weblog: 統一地方選挙開票特報
Tracked: 2007-11-17 20:23
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