2005年08月17日

田中久重 明治維新を動かした天才技術者 童門冬二

万年自鳴鐘 世に流布する時計と異(ちが)ひ、春夏秋冬昼夜の長短は加減するに及ばす、自ら時刻に随って旋転す。
時の鐘は刻限の遅速なく、前鐘本鐘共に音を発す。又二十四節気又二十八宿曜を指す。或は月の盈虧(みちかけ)を知る。
発条(ゼンマイ)を巻くこと一年に四五度に過ぎず。車の製方和蘭と同法なり。時計の体は千般に製出す。予始めて発明する所の奇巧なり。

 右記す処の器械千般、貴殿の慾する処に従ひ製出す、希くは君子尊命あらんことを
  製作所京都四条通烏丸東へ入る
       田中儀右衛門 久重


 田中久重(ひさしげ)、幼名を儀右衛門と言う。「からくり儀右衛門」と言えばもっと通りがいいだろう。幕末から明治維新にかけて様々なからくりを創案し、さらに日本の技術者の先駆けというべき実用に耐えうる技術や器械の数々を世に送り出していった。そして現在の東芝の礎となる田中製作所というよろず器械請け負い会社を作るに至った、まさに立志伝中の人物である。

 先に引用した文章は、東京で田中製作所を操業するずっと以前に京都でひと旗あげるべく「機巧堂」という会社を立ち上げた時の看板の文言である。「機巧堂」の「機巧」とは「からくり」の事だそうだ。

 儀右衛門と言えばなんといっても「からくり」だ。有名なところでは、あの学研の「大人の科学」シリーズにも入っている「茶運び人形」(という名前だったか?)がある。ゼンマイを動力とした茶坊主姿の人形はお盆にお茶を乗せて客の前まで歩み寄る。客が茶碗を取り上げて飲み干し再び茶碗を置くと、人形は向きを変えて元来た方角へと歩み去る。

 元々久留米のかんざしなどを商う商人の家に生まれた儀右衛門は、しかし父の跡を継ぐことを拒み、自らの天性を生かした道を幼い頃から模索し出す。そのきっかけとなったのが、久留米絣の絵柄を自由に織り込む方法を案出した事だった。

 久留米では久留米絣が新しい織物として幕末に流行したが、色遣いが単調でやがて飽きられようとしていた。久留米絣を産み出した女性は儀右衛門の才能を聞きおよんで相談に来る。儀右衛門は織物の作り方を一通り聴いて帰り、一日考えただけで思いのままに図柄を織り込む方法を思いつく。あらかじめ横に巻き取った糸でできたキャンバスに版木で図案をプリントする。その後糸をほどいて機織りにかけて織り上げていく。

 今では当たり前の技術だろうが、当時は誰一人思いつかなかった独創的な技術であった。しかしそれよりも儀右衛門にとって単なる娯楽のための「からくり」ではなく人の役に立つ技術を考え出せた事がなにより嬉しかった。技術者としての才能に目覚めた瞬間である。

 この頃のエピソードだけ集めて書いてもかなり面白い本になったと思うが、残念ながら本書では田中久重の生涯を振り返る趣旨なので、立ち止まってはくれない。

 その後、技術者としての意識に目覚めた久重は時計を作ったり、空気圧で一定の明るさを保つ燭台を作ったりして販売する。さらに佐賀藩に請われて蒸気機関で船や鉄道を造り、うわさを聞きつけた幕府の依頼で、黒船に対抗するためにお台場に据え付ける大砲を作ったりしている。

 久重は八十すぎの晩年まで休むことなく技術開発を続けた。その最高傑作と言われるのが、万年時計の機能を持つ和時計「万年自鳴鐘」である。最近、愛知万博に出展するためにプロジェクトが組まれ、久重の技術を再現した。NHKでも放映されたので見た人もずいぶんいると思う。とにかく単なる万年時計の機能だけでなく、6つの面にすべて異なる時計が納められ、それぞれが真鍮製のゼンマイを一度巻くだけで一年間動き続けるという精巧かつ驚くべき技術の集積と言えるものだった。

 この本を読む前から僕は「からくり儀右衛門」を知っていた。いや、というより少年だった僕は「儀右衛門」に影響されてエンジニアの道を目指したと言ってもいいのだ。嘘だろって?いやホントの事。

 当時NHKで放映された「からくり儀右衛門」(というタイトルだったかは分からないが)という少年ドラマがあった。僕はそれがとても好きで毎回かかさず見てたと思うのだが残念ながらストーリーをほとんど思い出せない。ただ久留米時代の少年・儀右衛門の活躍を描いていた事だけを覚えている。

 一つだけ鮮明に覚えているのは、あの伊能忠敬と儀右衛門が出会うエピソードだ。現実に出会っていたわけではなくドラマの創作だろうが、こんな話だった。全国を測量して日本全図を作ろうとしている忠敬が久留米にやって来る。忠敬と出会った儀右衛門は、測量機に興味を持ちいじらせてもらっているうちに歯車の一つを壊してしまう。

 懲りない儀右衛門は見よう見まねで歯車を作り直すのだが、木製の歯車はすぐに摩耗して使い物にならなくなる。落ち込む儀右衛門に忠敬は単なる物まねの技術では駄目だというような叱咤激励をして去っていくという内容だった。(全然違っているかもしれないが僕の記憶の中にはそう定着してしまっている。)

 その後、アスラン少年はジュブナイルの「からくり儀右衛門」という伝記を読み、ご丁寧にも読書感想文まで書き、先生からはなまるをもらっている。それくらい影響を受けたので、その後は手近にあった壊れた目覚まし時計を分解したりして、気分はもう「からくり儀右衛門」だったのだ。それからとぎれる事なくエンジニアを目指したわけではもちろんなかったが、でもやはり何故エンジニアになったのかという根っこには「儀右衛門」が確かにいたのだ。

 最後に本書そのものについてちょっと書いておく。想像だが、田中久重が田中製作所を起業して130年目の今年を記念して、東芝が著者に依頼して書かれた企画物だと思う。そのせいかやたらと「技術者」としての田中久重の先進性が強調されている。この技術は今でいう何とかだ、とか、この当時にこんな事をすでに考えていた、とか、現代の最先端の技術や思想に照らし合わせて久重の偉業を解読している。経済書の数々が、経営者として家康や秀吉や信長の手腕を解読するのと同じやり方である。

 しかしこんな解読はつまらない。何故かというと今の最先端の技術や思想などがもっとも進んでいるという科学技術への妄信がなければ、こんな安易な解読はできないはずだからだ。だからと言ってはなんだが、著者もお仕着せ企画のせいか本当に人物に惚れ込んで書いているという感じが伝わってこない。しかも限られた時間で書き上げたせいか、久重についての下調べも十分ではない。途中でよく分からないので、どなたかご存じの方がいれば教えを請いたい、という言い訳まで出てくる。

 さらにさらに付け加えると、田中久重とその時代の風景や思想を書くにあたって著者・童門冬二は、あの司馬遼太郎に倣って、時々話を脱線させる。どういう事かというと、時々久重の話から思いついたかのように著者自らの批評を語り出すのだ。これは「坂の上の雲」を読んだときに感じた事だが、あの長編はたぶん司馬遼太郎でなければ半分の頁で書けたはずだ。途中であまりにも作者がしたり顔で顔を出す。のらりくらりと脱線する。ジャーナリストとしてのしたり顔は時にうざったい。あれを童門もそのまま真似ているのだ。

 それがいいのだという人が世の中に多いから司馬遼太郎の作品は今も人気があるのかもしれないが、僕にはうとましい。さらにその真似事をしている著者には、ドキュメンタリーを私物化するなと言いたくなる。

 だからあえて言えば、僕はもう一度「からくり儀右衛門」が読みたい。たぶんもう二度と手に入れる事はできない、あの少年の頃の情熱を呼び覚ましたジュブナイルの「からくり儀右衛門」こそが、田中久重を語るにふさわしい本であったのだ。
(2005/07/23読了)


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posted by アスラン at 03:08| Comment(5) | TrackBack(1) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめまして。今日テレビ東京の「美の巨人たち」で田中久重のからくり人形を取り上げていて検索しているうちにこちらを見つけました。
私も「からくり儀右衛門」のファンでした。
同じように伊能忠敬とのエピソードが印象に残っています。
以下私の記憶に残っている件を記して見ようと思いますが、やはり記憶違いの部分もあるかと思いますのでその点は御容赦を。


測量器を壊してしまった儀右衛門を伊能忠敬は手打ちにしようとする。
「死にたくない」と命乞いする儀右衛門。
「何故死にたくない?」と問う忠敬に「父や母が悲しむから」とか色々理由を言うが忠敬は許してくれない。
が、「まだやりたいことが沢山あるから」と儀右衛門が言うとニッコリ笑って許してくれる。

測量機を儀右衛門が作る事になり、木を削って歯車を作り見様見まねで見事完成させる。
しかし忠敬の測量機と同じ数値が出ない。精度が違うのだ。その理由が分からない儀右衛門に忠敬は教える。
「私の測量機は金属でできているからだ。これからは金属の時代だ」


「からくり儀右衛門」はすぐれた子供向けの物語だったと思います。
理科離れが言われる昨今、あのような番組がまたあって、すぐれたエンジニアを生み出すきっかけになったら
素敵だなと思います。
Posted by buinosuke at 2012年09月09日 00:41
buinosukeさん、コメントありがとうございます。

「測量器を壊してしまった」事と、「木で測量器を作ろうとする」事の2点はあってましたが、それをつなぐドラマが正確ではなかったようです。buinosukeさんのおかげで、なんとなく当時ドラマを見て高揚した少年の姿を思い浮かべる事ができました。

 コンテンツが残っていたら是非とも見たいと思いますが、たぶん残ってないんでしょうね。

 すてきなコメントを残していただき、感謝します。
Posted by アスラン at 2012年09月12日 12:43
お返事恐縮です。

一つまた思い出したのは、たしか伊能忠敬は測量機の壊れた部分の新しい部品を取り寄せるだったか作らせるだったかをして、それが手元に届くまでの間久留米に滞在する事になり、その間に儀右衛門との交流を深めた・・・というお話の流れだったかと思います。

私もできるものなら是非また見て見たいですね。
Posted by buinosuke at 2012年09月14日 01:26
さらに追加を失礼。

テーマソングには歌詞が無くメロディだけだったと記憶していますが、
劇中には歌がありました。

♪からくり、からくり、からくりり、
からり、久留米の儀右衛門どん♪

歌い出しの所だけ覚えています。
Posted by buinosuke at 2012年09月14日 01:32
buinosukeさん、再コメント感謝です。

部品の取り寄せについては、僕も記憶があります。それと劇中歌のメロディと歌い出しは僕も覚えていましたよ。

buinosukeさんに言われて確信できました。ありがとうございます。

Posted by アスラン at 2012年09月24日 13:06
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