中庭の出来事 恩田陸
なんか惹き付けられるタイトルだ。「秘密の花園」だとか「赤い館の秘密」だとか、その他英国の小説やミステリーで数々の舞台を提供してきたのが中庭だ。そこで起きる〈出来事〉なのだから、きっとひめやかで慎み深い死体の一つでも色とりどりの花に埋もれて置き去りにされているに違いない。
などとタイトルから想像をめぐらしていたら「瀟洒なホテルの中庭」だった。しかも例の映画「Wの悲劇」ばりに、芝居(演劇)の準備風景と絡めた気の効いた設定だ。ただし恩田陸のことだ。設定は凝ってても内容が見かけ倒しということもあるので要注意。
宇宙授業 中川人司
これもタイトルに惹かれた。というより、よく考えれば書店で本を物色する際には、まずタイトルが自分の胸をキュンとさせるかで手にとる本が決まる。背表紙しか見えなければタイトルのみ。平積みならば装丁の好みや帯の惹起に目がゆくが、ページを開くまではタイトルで選んでいる。
さて宇宙授業ってなんだろう。「宇宙についての授業」なのか「宇宙での授業」なのか、まれに「宇宙がする授業」か。分からないからパラパラ覗き見してみる。
「人類の宇宙への営みをともに味わってもらおう」というのが著者の執筆の動機のようだ。今や理系ばなれが進んで「宇宙への営み」に関心があるのは一部の物理学者だけなんじゃないだろうか。
そのせいか素朴だが、子供だけでなく僕らも気になるような章が続く。「宇宙人はいますか?」「見えているものは、すでに古い」「みんな引かれ合っている」「月が大きく見えるとき」「どこから、宇宙なの?」。
季節柄、月が一年で最も美しく見えるこの時期に「月が大きく見える」理由を著者にご教授ねがうのが愉快そうだ。
11/16
文豪の探偵小説 山前譲編
例えば坂口安吾が無類のミステリー好きであることはよく知られていて、自身「不連続殺人事件」などのミステリーを書いている。その他の文豪では芥川龍之介に短編であることも聞いたことがある。森鴎外にもあったんじゃないかな。
小林秀雄の「考えるヒント」の1編に、志賀直哉か誰かが「裁判では罪を裁いて人は裁かない。では被害者の気持ちは誰が代弁するのか」というあらすじの作品があるという事が書かれていた。あれもミステリーと言えるかな。ちょっと違うか。こうなると探偵小説を書いた〈文豪〉とは誰なのか知りたくなって思わず手にとった。つまりは釣られたのだ。
ちなみに文豪・漱石にはミステリーはない。〈探偵をする主人公〉の話はある。「彼岸過迄」だ。
11/15
マインド・クエスト 意識のミステリー ダン・ロイド
人間の意識は謎に満ちている。脳の機能の一つ一つはだいぶ解明されてきてはいるようだが、相変わらず意識全体・脳全体となると、鬱蒼とした森のようだ。フロイトの無意識を持ち出すまでもなく、いまだに意識自体がひとつのミステリーだ。
だから意識の探求というテーマがミステリーになりうる。意識を探求する精神分析や心理学そのものが興味深い題材を豊富に提供してくれる。素人である僕たちには嘘か本当か、学問かただの迷信か、区別できるわけもない。ただ面白ければいいのだ。
「現象学」を中心に最新の科学の成果も交え、スリリングに展開する脳と意識の哲学ミステリー!
哲学も絡んでくるとなると濃いミステリーになりそうだ。
11/12
文化としての数学 遠山啓
これってタイトル拾ったとき何が面白かったのかなぁ。今さら見るタイトルからは何もビビビとこない。逆にあまりに平凡だから手にとったのか。いや、やっぱり数学を「文化」としてとらえるという平凡そうに見えて意外な視点に惹かれたのか。そうは言っても合点がいかない。そうだ、きっとオビの文句だと思いついて調べてみると、
数学は人間が創ったものだろうか?“2+2=4”これは人類が存在する遙か以前からの真理ではなかろうか?
などという、数学を〈人生哲学〉としてとらえる著者の言い分に耳を傾けたくなったんだった。爽やかな秋晴れの日は、こういうふうに啓蒙されてもいいかなぁ。
不思議の森のアリス リチャード・マシスン
梶尾真治「タイムトラベル・ロマンス」を読んで、SF作家のマシスンがこのジャンルの名作を書いていると知ってちょっと気になっていたところに、書店で彼の短編集が平積みになっているのに出くわした。こういうのをシンクロニシティというのだ。
実は途中まで読んで返してしまった。ダークファンタジーと銘打ったこのシリーズらしく、なかなかどすぐろい得体の知れなさが迫ってくる短編ばかりだ。もっとも恐くて読めなくなったわけではなく、時間切れ・返却日になったからなので、もう一度挑戦したい。いや、でも先に映画「ヘルハウス」の原作の方を読むべきかな。でも、あれは怖いぞ〜。
11/7
エッシャーに魅せられた男たち 野地秩嘉
川崎図書館で検索すると見つからない。立川では見つかる。というわけで〈心の積ん読〉で紹介する前に借りてきてしまった。それで判明したのは、単行本と文庫ではタイトルが変わったようだ。単行本のタイトルは「エッシャーが僕らの夢だった」。検索したら川崎にもちゃんとありました。
エッシャーは、ちょうどこの文庫を書店で拾った時期にBunkamuraで展覧会を開催していた。相変わらず人気は衰えない。どうしてこんなにも日本人はエッシャー好きなのかということを詳細に書いているが、なにより面白いのはエッシャーにも全然知られていない無名の時代があった(当たり前なのだが)というところから始めている点だ。
エッシャーも最初は受け入れられない時期があったようだ。冒頭で「妙に俗受けするデザインで安っぽい」というような挑発的な言葉でエッシャーの絵を評価する言葉が書かれていて、俄然興味が湧いてくる。僕自身、エッシャーの絵に惹かれるのはトリッキーな部分なのか、その芸術性なのかよくわからない。たぶんどっちもというのは嘘だ。トリッキーなところに意味なく虜になってしまうのだろう。
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