2005年08月12日

蛇にピアス 金原ひとみ(2005/07/24読了)

 そして舌ピを4Gに拡張した。血がにじんでその日は飯が食えなくて、ビールだけを満たした。アマは拡張するテンポが早いんだよ、と言ったけど、私は急がなきゃと思った。末期癌と告知された訳でもないのに、時間がないと感じた。きっと生き急ぐ事も必要だ。


 あれほど待ちわびた「蹴りたい背中」が未だ待ち行列の途中であったのに、ある日出向いた最寄りの図書館の書架にさりげなく、ダブル受賞作の片割れを見つけた時のちょっとした驚き。思わず小踊りして借りてしまったのはミーハーな性格のなせる技だが、それより何故こっちも予約しなかったのか?

 思い出した。「蹴りたい…」は「インストール」が思いの外よかったので予約したのだ。それに「蹴りたい…」の当時も今も図書館の予約の行列状況の混雑ぶりと比べると、受賞作ならば必ず読む読者層の口には本作は微妙に合わないように思えた。たぶん予約しないでもほとぼりが冷めた頃に読めるだろうと高をくくったのだ。

 というような事を書いたのが半月ほど前。その直後、綿谷金原ダブル受賞作が載った雑誌「文藝春秋」を、立川の最寄り図書館で見かけた。作年末に予約した綿谷りさ「蹴りたい背中」もようやく借りられた。8ヶ月かかった。立川では行列がなくなろうとしている。川崎では「蹴りたい…」は56人待ち、ただし67冊の蔵書が控えている。本作は2人待ち。対して蔵書は52冊(8/10調べ。ちなみに立川では蔵書検索に引っかからなくなっていた。何かあったのだろうか?)。

 ほぼダブル受賞フィーバーは終ろうとしている。あれから一年、芥川賞(と直木賞)はそれぞれ2作ずつ受賞作を増やした。このブログでやっている「第133回芥川賞直木賞定点観測」での立川・川崎の図書館予約状況をみると、いかに綿谷金原というのが特別な(異常な)ブームだったかが分かるだろう。

 さて前振りがずいぶん長くなったのには訳がないではない。「蛇にピアス」読後の感想があまりないのだ。一言で言えば、意外と面白くない。つまらないというのとも違う。タイトルで匂わした刺激的な描写もなければ性に対する独特な感覚が描かれている訳でもない。要は当たり前の未成熟な女性の独り言が書き綴られているに過ぎない。

 自殺願望がある主人公の女性ルイは、至るところにピアスをして舌先が蛇のようにわかれたスプリットタンを持つパンク男アマと同棲している。彼のスプリットタンにあこがれて「舌ピ」(舌につけるピアス)をつける事にしたルイは、アマの行きつけのアクセサリーショップの店長シバと出会う。

 スプリットタンにするには、まず舌の先の方にピアスの穴を打ち抜き舌ピを嵌める。慣れてきたら大きい舌ピに変えて穴を少しずつ拡張する。そうして0Gのピアスが入ったら穴から舌先にむけて切れ目をいれて完成だ。こう書くと、痛そうな事もさして痛そうに感じられない。単なる機械的な手続きのように思えるが、まさにルイの独白がそうだ。そもそもいつ死んでもいい、できたら自殺したいと「生き急いでいる」身体にどのような穴を開けようが構わないのだろう。

 自傷行為でもなく、さりとて生きている実感を身体感覚として手に入れたいという欲求があるわけでもない。ましてや生きたという証しを残したいわけでもない。では何故舌ピを入れたりタトゥーを入れたりするかと言えば、「コミュニケーションの手だて」だと言うしかない。

 パンク男のアマとギャル系のルイとは一見して不似合いに見える。ルイのギャル仲間もアマを見て引いてしまう。そんな差別的な視線をルイは気にもとめないが、アマのことをかわいそうだと思っている。せめて自分だけはアマの優しい気持ちを受けとめてあげたい。そのいたいけな気持ちが舌ピでありタトゥーに繋がる。

 だが一方でアクセサリーショップで出会ったシバの深く貫くような自分への関心にルイは逆らえない。もし自分を殺してくれるならば、アマとシバのどっちをとるかと自らに問いかけてシバを選んでしまう。そしてアマに隠れてシバに会いに行き、実はシバとお揃いになる麒麟のタトゥーを入れてもらう事を決める。だからタトゥーはシバと繋がってる事を実感する手段でありシンボルなのだ。

 「入れると生きて逃げてしまう」との故事に従って麒麟には両眼を入れないでくれと、ルイはシバに頼む。入れる時は自分の生さえもすべてシバに委ねた時であり、いまはまだアマとの繋がりを振り切れないというルイの揺れる気持ちを物語っている。アマの死によってルイはシバと暮らし始め、麒麟の両眼が入り、物語は落ち着くところに落ち着くのだが、ここにはひとつ著者の仕掛けがある。それはここには書かない。仕掛けには違いないが、そこに大きな意味を持たせようという意図は著者にはないようだ。

 そもそも最初に「意外と面白くない」と書いたのは、舌ピアス、スプリットタン、タトゥーという、痛覚を刺激するアイテムをこれでもかというほど繰り出しているのに、肝心のルイの身体感覚は皆無に等しくて物足りないからだ。「痛みに鈍いかも」とシバに言わしめるように、あらかじめルイの身体感覚抜きでこれらのアイテムを表現に持ち込むならば、単なるファッション単なるコミュニケーションと見えても仕方ないだろう。

↓クリックの応援よろしく!
banner_04.gif
人気ブログランキング
posted by アスラン at 10:41| Comment(3) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 おはようございます。
このお二人、受賞した時にはかなり話題になりましたね。
その時、私も読みましたが「あんまり、よくわからない」って感想でした・・・。

 メールの受信のこと、いろいろ教えていただいて、ありがとうございました。
相変わらず、自分から自分へとんでもないメールが届くので、やっぱり送信者の禁止にしようかな?と思います。
ところで、送信者の禁止にすると、相手に足跡を残すことになるっていうコメントを書いてくださった方がいるのですが、そうなんですか?
てっきり私は、送信者の禁止は「自分の中だけの処理」だと思っていたのですが・・・。
アスランさんは、こういったことにとても詳しい方のようなので、思わず質問してしまいました。
Posted by とも子 at 2005年08月13日 06:52
とも子さん、毎度です。

この作品決してわかりにくいものではないと思いますが、僕には物足りなかったんです。
 ただ昨今、自殺サイトに群がる人々とくに若者がどんな感覚で生きるという実感を得ているのか、または得られないのかを体感できればいいと思います。
 著者の金原さん自身も確か自殺願望が強かったというに当時聞きかじった覚えがあります。

メールについてはとも子さんの方にコメントしますね。
Posted by アスラン at 2005年08月13日 10:49
 またまた詳しいご説明、ありがとうございました。
outlookで『送信者の禁止』にすると、相手にそれを知らせてしまうと言うことだったので、いったいどうやって知らせるのだろう?と思い、思い切って自分のアドレスを禁止にしてみました。
そして、自分で自分にtestメールを送ってみました。
送ったメールは受信トレイではなくて、削除済みのアイテムの方に入りましたが、これと言って私の方には何もアクションはありませんが・・・。
この『送信者の禁止』や迷惑メールについては、もう一度自分のblogで考えてみようと思います。
本当に、いつもわかりやすい説明で(私にもわかる?)助かります・・・。
Posted by とも子 at 2005年08月13日 22:06
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。