もしコロリョフが生きていれば、間違いなく月飛行計画は継続されていたと思う。彼の指導力があれば、ソ連が人類初の月周回飛行をおこなっていたはずだ。
野口さんを乗せたスペースシャトルが延期を繰り返した後に、ようやく無事に飛びたっていった。
と思ったら、耐熱パネルの剥落、シャトルの打ち上げ無期凍結決定、さらには突起物の除去作業などなどと、おおごとになってしまった。無事打ち上げられてすんなり帰還していたら、これ以上ないタイミングの記事になったかもしれない。
などと何度か書きなおしてるうちにまたもやタイミングのいい記事になってきた。いやはやなんともだが、こう付け加えてる間に帰還がまた一日延期で今夕だと言う。野口さん、本当にお疲れさまです。
でもこの本の二人の著者がそうだったように宇宙計画にトラブルはつきもの。宇宙へ行くには昔も今も並外れた忍耐と強い信念、そして何よりも運が大事なのだ。(もちろん今回のミッションも最後には強運に恵まれて欲しい。)
今回のミッションは確かに深刻な事態に陥ったが、それでもアポロ13号ほどの緊迫した雰囲気にならないのはひとえに宇宙ステーションという一時避難場所があるからではないだろうか。
ならば彼ら最前線の宇宙飛行士たちは、宇宙開発の礎を築いた歴代のアストロノーツたちに感謝せねばなるまい。彼らのミッション一つ一つがなければ、現在の宇宙ステーションもなかっただろうから。
宇宙開発にはいくつかのターニングポイントがある。
まずは圧倒的な技術力で先陣を切ったソビエトの独走である。それは人類初の人工衛星スプートニクの成功から始まり、ヴォストークによるガガーリンの初有人飛行、テレシコアの女性初有人飛行と続く。
人類初の宇宙遊泳もソビエトが果たした。著者の一人アレクセイ・レオーノフはまさに人類初の宇宙遊泳を行った当人だ。
次にアメリカの追い上げが始まる。アメリカ合衆国はケネディ大統領の号令のもと、人類初の月面着陸を目指し、アポロ11号に至ってついに月面着陸の偉業を達成する。
以後、国内の関心が急速に薄れた事もあって計画の縮小を余儀なくされるが、アポロ13号の事故をはさんでアポロ15号で初めて月面探索車による調査および鉱物の採取などが行われた。
アメリカ側の著者デイヴィッド・スコットは15号の船長であり月面を踏んだ数少ない人類の一人だ。
ソビエトも月面着陸に固執していたが、アポロ11号の成功以後は「宇宙開発」という目標のために、有人衛星による長期滞在記録の更新と宇宙ステーション・ミールの開発へとシフトしていく。
月面到達レースで長らく敵対していた米ソはひとときの緊張緩和を活用して、アポロとソユーズのドッキングを果たす。
合衆国はスペースシャトル(有翼飛行船)による船外実験・探査に重点を移し、ソビエトの崩壊とともにミールは廃棄され、当初の目標は国際協力の名のもとに宇宙ステーション計画に引き継がれ、今に至る。
僕は子供の頃にアポロ11号の偉業をテレビで目にしてるし、月刊誌「小学?年生」の付録にあった月着陸船だって組み立てたし、大阪万博のソ連館だって見た。(アメリカ館は2時間待ちで泣く泣くあきらめたが)。その後アポロ13号の緊迫したドラマもすべてリアルタイムで体験した。
だから映画「アポロ13」などは大して面白くはなかったが、「ライトスタッフ」や「人類月に立つ」のような宇宙開発のパイオニアたちのドラマには人並み以上に関心があった。
一方でソビエトの「ライトスタッフ」物語があまり世に知られていないのが残念だった。そしてやはり興味があった。
一体どうやってソビエトはあれほど立て続けに有人飛行に成功できたのか?
ガガーリンをはじめとしてソビエトの宇宙飛行士たちはどんな人間だったのか?
一体なぜあれほど先行していたソビエトは、月着陸に遅れを取ってしまったのか?
等々興味は尽きない。
これらの疑問のすべてが全部とけるという本ではないが、体制の違いがあったとは言え、ソビエトのライトスタッフ(アストロノーツ)たちも生身の人間であった事が、そしてアメリカ同様、宇宙飛行のミッションひとつひとつにドラマがあった事が分かっただけでも楽しめた。
それはひとえに旧ソビエトの宇宙飛行士アレクセイ・レオーノフの人柄がにじみ出た文章によるところが大きい。
著者の二人はアポロとソユーズのそれぞれ宇宙飛行士であり、ともに優秀な軍人で戦闘機パイロットで腕を鳴らしたエリート中のエリートだ。
あの「ライト・スタッフ」でも描かれていたように、宇宙飛行士に必要な資質など当時は分かっていなかったので、恐いものなしの戦闘機パイロットが適していると考えられていたのだ。
二人の文章が交互に宇宙開発競争当時のエピソードを語っていく。やがては交流ができて親友となる二人ではあるが、性格は対照的でスコットの方は野心家でかつ自信家。レオーノフは冷静かつ大胆、そして情に厚い。
生い立ちも宇宙飛行士に至る道筋もあまりに違う。軍人の父を持ち豊かな生活を過ごしてきたスコットと、無実の罪に着せられた父をもち幼い頃から辛酸をなめてきたレオーノフ。
その人並みはずれた生い立ちが文章に特有の味わいを出しているのか、レオーノフの文章で描かれたソビエト側の人々や出来事の方が生き生きとしているし、なにより生きる事に対する誠実さが感じられて好感がもてる。
僕は本書で初めて知ったのだが、ガガーリンは若くして飛行機事故死している。遺骨はなく小さな肉片だけが見つかった。
あの人類史上輝ける栄光に包まれた名前をもつ人物の末路を知って僕は衝撃を受けた。レオーノフの書くガガーリンの最期のエピソードはとてつもなく痛ましい。
ソビエトが月面到達レースに負けた理由は色々あるのだろうが、レオーノフは、強力な指導者セルゲイ・コロリョフの突然の死によるところが大きいと書いている。あの映画「ライトスタッフ」では、次々とロケット打ち上げを成功させ高笑いする謎の人物として描かれていた。
合衆国はケネディーの暗殺が逆に国民を一つにまとめる事になったのだからまさに皮肉なことだ。
さて野口さんのミッションを、郵政民営化法案や高校野球や松井やイチローの合間に見たり聴いたりしていると、現在のシャトルの目標が何なのか、ふと疑問がわいてくる。
レーガンが当時ぶちあげたスター・ウォーズ計画の産物(遺物)という気がしないでもない。
少なくとも月面着陸のようなわかりやすさはない。あれは人類の夢だった。だから子供から大人まで、国を超えて感動したのだ。
しかしいまやスペースシャトルのミッションは、合衆国の思惑は別にして、いわばディズニーランドのアトラクションの一つにしか見えない。今回のようにすべてがテレビやウェブで実況中継される時代には尚更だろう。
今回のトラブルで合衆国内では宇宙開発への支持率が最低になったそうだ。当然かもしれない。
著者二人が共通して語るように組織も目標も複雑になりすぎたのだろう。だからといって、もう一度原点に帰れなどとやぼな事は言わない。
せめて素人は素人なりにパイオニアたちが何を成し遂げたかをもう一度振り返ってみるのもいいのではないか。
わたしはずっと昔に、父がカリーニングラードの飛行場で草刈の仕事をしながら、パイロットたちから聞いたという言葉を、父の愛情とともに思い出す。
「滑走路があるうちに、ブレーキをかけろ。人生があるうちに、恋を楽しめ」この短い言い回しに凝縮される。「その瞬間を掴め」これが人生を実り多いものにするためのわたしのモットーだ。(アレクセイ・レオーノフ)
(2005/07/13読了)




この『アポロとソユーズ』で旧ソ連の宇宙開発史の一部を知る事が出来て、とても参考になりました。
内容も面白い作品でしたよね。
旧ソ連ならびにロシアになるけれど、ソユーズの開発の歴史をもっともっと知りたいですね。
ミールの廃棄が決まって大気圏で燃え尽きるシーンをレオーノフが感傷的に語っていましたが、ミールの物語なんかも面白そうです。