2011年06月02日

素晴らしい一日 平安寿子(2005/07/22読了)

 父の笑っている目。月恵が見たくてたまらず、でも、見ることが出来なかったもの。
 「―なんで?」
 それから先は言葉にならない。喉元にこみあげてきた涙が蓋をする。
 なんで、そんなことができるの? なんで、そう易々と人の心に飛び込めるの? なんでわたしには、それができないの?
(「商店街のかぐや姫」)



 平安寿子の最初の作品集だ。フライングで長編「グッドラックららばい」の方を先に読んでしまったが、こちらから読めば最初の感想も違っていたかもしれない。もうとにかくいいのだ。こんなにいいとは思わなかった。おそらく著者の文章の切れ味は短編向きなのだろう。どうも「グッドラック…」では今ひとつ乗れなかったのに、本作の短編ひとつひとつにグッとくる。

 よくよく考えてみると「グッドラック…」ではひとつの家族に様々なキャラクタを押し込めて、それぞれのわがまま放題を長々と描いている。どのキャラクターにも著者は等分の目配せを施していて一人に肩入れはしない。強いて言えば何事にもクールに受け止めてしまう姉の目線が著者のそれなんだろうなとは思うが。いずれにせよ「勝手に生きたらいいじゃん」というのが、言わば平流人生訓であるから、愛すべきキャラクター同士の対立は最初から最後まで周到に避けられている。そこが作品の面白いところでもあり物足りないところでもあった。対立がないから葛藤がない。描かれてなかった勝手と勝手の擦り合わせに見えてくるドラマがないのだ。

 ところが短編になるとわがままなキャラクタが別々のストーリーで生き生きと描かれている。表題作「素晴らしい一日」のヒロインは男に捨てられた自分を立て直すために、前に付き合っていた事業に失敗したダメ男から貸した金の取り立てに向かう。このへんの不器用な野心家ぶりは「グッドラック…」の妹に似ている。

 たかだか20万円の金を諦めない彼女のバイタリティも凄いが、それ以上に「最高にハッピー」な笑顔を崩さずに、借りた金を返す宛て(女たち)に彼女を連れ回すダメ男の超・楽天主義はさらに上をいく。なんで貸した私が頭を下げなきゃならんと憤りながら、彼女も読者の僕らも、彼の道理を超えた振る舞いに最後まで付き合わされる。そして彼女同様、爽快なカタルシスにまんまとハマるのだ。

 一方、「商店街のかぐや姫」では、「グッドラック…」のクールな姉と行動的な母をたして2で割ったようなヒロインが八百屋(じゃなかったかな?)に嫁ぐ。浮気を軽く繰り返すまたしてもダメ男と結婚した理由が著者らしいのだが、実は姑の粋でこだわらない性格に惚れ込んだ故の選択なのだ。ダメ男に惚れ込むのと素敵な同性への共感というのが平キャラの二大特徴と言っていい。何はともあれ姑への憧れは、医者で誰かれとなく人を見下す父への反発も手伝っている。反対を押し切って結婚したのも勝手人生の目標を見つけたからだ。

 ところがあれほど何をしても自分を認めてくれず、商売人は卑しいと見下していた父から、人のいい夫は笑顔を軽々と引き出してしまう。それが彼女には口惜しい。たぶん著者のダメ男への傾倒ぶりは、女には出来ない瓢々としたお気楽さへの憧れのような気がする。だが、憧れはあくまで憧れであって目標ではない。ただ寄り添ってひとときストイックなまでの勝手な生き方を寛がせる止まり木にするだけだ。

 一方でダメ男を主役に据えた時の著者の手つきは少々手厳しい。高校の同級生と会社の年上キャリアウーマンとの付き合いを棚に挙げて、中途入社のやり手OLとの恋にうつつを抜かして仕事で大ポカをしでかす男。または、派遣社員と出来て堕胎の費用をせびられた部下の相談にのりながら、自分がまったく同じ目にあった事はひたかくす男。いずれも実際にいそうだし、現に著者の転職経験で遭遇したダメ男の観察に基づいているようにも見える。手厳しいのは世の男どもへの著者の批評(いや、恨みつらみか?)が入っているからだろう。

 だが結末で深刻にならないのは、やはり著者特有のモラルに反するからだ。ダメ男にもダメ男なりの勝手な言い分があるというわけだ。同性からするとかなり情けないダメ男が、著者の筆にかかるとちゃめっけ溢れる無邪気な「ダメ男」に変わる。その瞬間に、読んでる自分も男として救われる気がするのは気のせいか?(汗、汗)

 いやはやあとがきでも書いているが、「この業界に長くとどまるつもりなのでよろしく」とぬけぬけと言う著者の戦略は、どうも世の男のダメさを「ユーモア」のオブラートで包んで救って見せる事かも知れない。平流処世訓は、やっぱりあなどれない!
posted by アスラン at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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