2007年09月07日

鉄塔武蔵野線(新潮文庫版) 銀林みのる

今回の書評は2007年9月現在の完全版を目指している。本書の完全版書評は、この機会を逃したら永遠にやってこない。何故なら長い間絶版になっていた本書が、完全版とも言うべき内容でまもなく出版されると分かっているからだ。いったん新潮社から出た単行本と文庫がともに現在絶版状態で、今回はソフトバンク文庫から出版される。内容は著者曰く、日本ファンタジーノベル大賞審査当時の原稿の形態に近いそうだ。詳しくは後で触れるとして、この新版を待たずにこの書評を書き上げたい。

 実はここ数年、毎夏に本書を読んでいる。というか単行本を読んでは文庫本と内容をみくらべているのだ。今現在「鉄塔武蔵野線」には2つの物語と3つの結末がある。これは映画「鉄塔武蔵野線」を含めての話だ。

 事情は文庫版の解説に書かれている。まず第6回日本ファンタジーノベル大賞受賞した本作は新潮社から単行本として出版される。その後1997年に映画化され、フジテレビのドラマ「電車男」でブレイクする前の伊藤敦史少年が主演した。その際、ロケに道案内として同行した著者は、映画のストーリーに触発されて文章を一部付け加え、結末を大幅に削った。しかし、そもそも映画は原作の枠組みと鉄塔探しという趣向を取り入れた上で大幅に設定とストーリーを変えているので、結末もおのずと原作と異なる。つまりは映画と小説とで2つのストーリーが存在し、単行本・文庫・映画でそれぞれ3つの異なる結末が存在することとなった。

 僕は公開当時の映画に魅せられた。同じ夏にもう一度映画館に足を運んだくらいだ。あまりに映画の完成度が高かったので、長らく原作を読むことなど思いもしなかった。夏が来るたびにBSで放映されるのを心待ちするかビデオで借りるかして見ていた。

 映画が思うように見られなくなり読書三昧にシフトするようになって初めて原作を読む事を思いつき、当然ながら携帯しやすい文庫版を読んだ。びっくりした。主人公・見晴の鉄塔に対する愛情やマニアックなこだわりはとてつもなく面白いのだが、ストーリーの根幹は映画とは全然違っている。映画にズッポリとはまっていた僕にはその点が正直物足りなかった。ファンタジックなクライマックスに違和感を感じ、結末のあっけなさには肩透かしを食わされた気分だった。その辺の感想を映画評を中心に据えて以前に書いたことがある。

 その時点ではまだ単行本を読んでなかったので片手落ちの感想だと言われてもやむを得ない。その後、単行本を読んでオリジナルの結末に触れた。そしてまたまたびっくりした。文庫版では見晴の想像力が暴走するエンディングだったが、単行本では著者の鉄塔への猛執が暴走する。これにはちょっと呆れてしまった。単行本では多数挿入される鉄塔の写真のレイアウトについても不満があり、この時期は「映画、文庫、単行本」という序列が僕の中に出来上がっていた。

 しかしこの書評では3つを比較しつつも、映画と小説とは別物であって独立に評価すべきであると断定し、今最も僕が評価するのは単行本版である事を説明していきたいと思う。

 まずは最初に知った映画版「鉄塔武蔵野線」のストーリーを簡単に追ってみよう。

 小学生最後の夏、見晴は送電線を繋ぐ鉄塔に「武蔵野線72号」というプレートがついているのに気づく。これをたどればやがては「武蔵野線1号」プレートがついた鉄塔にたどり着くだろう。その先には何か不思議なエネルギーを生み出す秘密基地があるのではないか。見晴の空想は広がる。やがて日頃弟分にしている年下のアキラを引き連れて、鉄塔をたどる冒険の旅が始まる。

 自転車で出た二人を待ち受けていたのは、道なき田んぼや民家を我が物顔に横切って人を寄せ付けない鉄塔と、陽炎が立ちのぼる暑い夏の日差し。そして何より見晴たちの冒険に無理解な大人たちの心ない干渉だ。やがて日は暮れてゆき、遥か川の向こう岸に鉄塔を臨んでアキラとの蜜月は終わる。アキラを一人で返し自らは野宿して翌日も見晴は鉄塔を遡る。しかし目的地間近の4号鉄塔手前で見晴は鉄塔を管理するパトロールに保護され、唐突に冒険は終わる。

 意図的に映画独自の設定をはしょったので、ここまで書いてきたストーリーは映画も原作も変わらない。映画独自の設定とは見晴の両親を離婚させてしまうところにある。見晴が〈なぜ鉄塔をたどることにこだわるのか?〉という疑問に対して監督が用意した答えは、別居した父への思慕だ。そもそも映画では、鉄塔への興味を見晴に植え付けたのは父だという設定になっている。幼い見晴を鉄塔の真下に連れていって、耳をあてると聞こえるハム音は鉄塔がパワーを秘めている証拠だとうそぶく回想シーンがある。

 母の実家・長崎で暮らす事になる見晴にとっては、鉄塔武蔵野線の冒険は永遠に叶わぬ夢となるはずだった。しかし1年後の夏に父が亡くなり葬儀のために上京した彼は、再び4号鉄塔から冒険を再開する。既に中学生になった見晴を終着地へと突き動かすのは、少年の無邪気な冒険心だけではない。そこには母親では決して埋められない父親への郷愁がある。今は亡き父の面影を求めて見晴は1号鉄塔に、そしてその先に待ち受けている何かに出会おうとするのだ。

 映画版の設定がうまいのは、原作では小学5年生だった見晴を6年生に繰り上げて、4号鉄塔からの再チャレンジを一年後にした点だ。こうすることで少年から大人へと成長していく見晴を描く事が可能となった。単なるファンタジーではなく、誰もが経験し置き去りにした少年の日の追憶と郷愁とが僕ら大人の胸を熱くする。

 一方、文庫版を読むと冒頭で見晴の家庭になんら問題がないことがわかり、映画に慣れ親しんだ読者はのっけから勝手が違ってしまう。生まれたばかりの妹の存在まで明らかにされ、そのせいなのか新築の家に新学期を前にして引越すことが決まっている。つまり映画で描かれた父への思慕のモチーフは一切なく、子供から大人へという成長物語もない。単なる少年のひと夏の経験が描かれていくに過ぎない(ように見える)。

 これだけでも映画版に見劣りがするのだが、文庫版に物足りなさを感じる最大の原因はなんといっても4号鉄塔から1号鉄塔までを見晴が自らの足でたどらない結末にある。ゴルフ場に無断進入してまで敷地内の鉄塔をたどろうとした少年の一途な思いに感動した映画ファンから見ると、これは肩すかしの結末にしか見えない。しかも1号鉄塔の先には〈原子力発電所〉が待ち受けていると思いこむ見晴やアキラの無邪気さは、エンディングにおいて見晴の想像力に荒唐無稽な暴走を呼び込む事になる。

 冒険を打ち切られて無気力な夏の終わりを過ごす見晴のもとに、運転手付きの黒塗りの車とともに1号鉄塔を擁する日向丘変電所からの招待状が届く。これは見晴の心残りが産み出した白昼夢だ。その証拠に黒塗りの車は見晴を乗せ途中でアキラを拾い、武蔵野線の81号鉄塔から1号鉄塔までを人や建物や田んぼや道路に遮られることなく、〈信号に止められることなく〉遡っていく。鉄塔パトロールに保護されるまでが少年の体験としてリアリティをもっていただけに、ここにきてこの物語が少年向けのファンタジーであった事に改めて気づかされる。そのギャップたるや物凄い。

 そして文庫版では、終着地の日向丘変電所が所長の口から原子力発電所ではないと聞かされて、さあではどんな話が待ち受けているかと思ったところで物語はあっけなく終わってしまう。日向丘変電所で見晴とアキラが何を見たか、所長といかなる時間を過ごしたかは「ご想像にまかせる」の一文でやりすごされてしまう。ただしその晩に変電所一帯では停電があり、それは見晴たちと所長とのちょっとしたイタズラだったという思わせ振りな記述が書かれている。

 肩透かしなだけでなく何故かすわりごこちの悪い安定感を書くエンディングという印象をもった。そして解説を読んで、その原因が単行本の結末を削ったことによるものだと知って納得した。と同時に単行本を読まねばならないと感じた。

 以上は、数年前に文庫版を読んだ際の感想に基づいている。その後、単行本を読み、文庫版と比較するうちに見えてきたものがある。それは一言で言ってしまえば「鉄塔武蔵野線」という作品はまず鉄塔そのものについて書かれた文章であるという、当たり前の事実だ。ただし映画を先に見た僕にとって、その当たり前の事実を認識するには時間がかかった。映画の生々しい記憶が薄れて〈呪縛〉から解放される必要があった。また子供と週末にいくどとなく訪れた多摩川の河川敷で、改めて僕自身が〈鉄塔〉を再発見したという事も見逃せない理由になる。

 そこら辺の感想については、単行本版の書評を準備中なのでそちらに譲る。

(参考)
 鉄塔武蔵野線(新潮社版) 銀林みのる
 「鉄塔武蔵野線」あるいはもうひとつの「電車男」

(関連作品)
 

 
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posted by アスラン at 13:10| Comment(2) | TrackBack(0) | 鉄塔武蔵野線 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 先日、「鉄塔 武蔵野線」ソフトバンク文庫版を読んだのですが、異なる結末があると知ってその経緯を調べていたところ、こちらを拝見しました。ゆき届いたお見事な分析で、大変勉強になりました。ありがとうございました。
Posted by ランピアン at 2011年07月24日 16:28
ランピアンさん、コメントありがとう。

「鉄塔 武蔵野線」を読んだ方と語り合う機会が得られるのは、何より嬉しい事です。ましてや、僕のつたない文章を読んでくださって感謝・感謝です。

 また「鉄塔 武蔵野線」の夏がやってきました。忙しくて今年はまだ読んでいませんが、先日もJR武蔵野線を横切る「鉄塔 武蔵野線」を感慨深く眺めました。
Posted by アスラン at 2011年07月26日 19:36
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