ベビーカーは赤ん坊が安心して眠れるゆりかごであり、移動式おしめ交換台にもなる。下部に取り付けられたカゴで、買い物の荷物を運ぶことだってできる。けれど致命的に場所をとるから、ちょっと休んでお茶でも飲みたいと思っても、どうにもならないことが多いのだ。
「首がすわるまでの、ガマンガマン」
サヤは自分にそう言い聞かせ、ベビーカーを押して歩き続けた。たかが後、一、二ヶ月。されど後、一、二ヶ月。
久々のミステリーだ。と言ってもガツンと腹にこたえるような内容ではない。ミステリーの形式を借りた母と子(赤ちゃん)と、二人を取り巻く優しい人々の物語だ。
どことなく頼りなくて自分を主張できない若いお母さん、サヤがまだ0歳児の男の子を連れて、佐々良に越してくる。
彼女は唯一頼れるはずの叔母さんが遺産として残してくれたささやかな一軒家がある佐々良を世間からの隠れ家として、そして終の住まいに選んだのだ。
佐々良は東京から電車で二時間足らずにも関わらず、少しひなびていて、年寄り住まいが多く、観光地でありながら静かな土地柄であり、一見して母と子のために作者が用意したユートピアであることがわかる。
だから若いママの奮闘記にはならないのは、佐々良にはサヤを見守ってくれる人々が山のように出てくるからである。
争うように面倒を見たがるお婆さん3人組とヤンママの女性、そして行きつけの喫茶店のマスターなどなど。いずれもサヤが困った時に優しく導いてくれて、そのまま取り巻きになる人物だ。
さらにサヤには切札がある。彼女にはゴーストが付いているのだ。
実は冒頭幸せだったサヤは夫を交通事故であっけなく失う。夫はバカみたいに唐突に死んでしまうのだ。
あまりの間抜けな死にっぷりを振り返る夫は、それこそファンタジーにふさわしくシレッと悲しい死を受け入れてしまう。そしてゴーストになっている自分に気づく。
だからもし0歳児の子供を持つかこれから生まれてくるお父さんには、この本はオススメしない。きっと切ない。身につまされること受け合いだ。
ゴーストになった夫は自分の姿が見える人物に一度だけ乗り移れてサヤの窮地を救いに現れる。
サヤの窮地とは子育てとは直接関係ない。サヤと赤ちゃんとのたえまない日々の暮らしに忍び寄るちょっとした小波乱に過ぎない。
そこに著者の面目を施すかのようにミステリーのテイストが盛り込まれている。探偵役はもちろんゴーストの夫だ。
だがファンタジーのファンタジーである所以、本当の悪者は佐々良には一人もいない。唯一最後の最後に悪意ある事件は佐々良の外からやってくるが…。
だからもし0歳児の子供を持つかこれから産もうとしているお母さんには、この本はオススメだ。きっと楽しい。現実の子育てのシビアさを棚に上げて、サヤと赤ちゃんと(思いやり深い不在の夫)の微笑ましい物語を楽しめるだろう。
現実はどうだこうだとあげつらうのは野暮と言うものだ。それでなくとも、なりたてのママやパパが出会う事、感じる事はきちんと踏まえた記述があちこちに散りばめられているから、「そうそう」と相づちを打ちながら楽しく読める事は間違いない。
(2005/07/18読了)




是非、続編の「てるてるあした」も一読ください。
こちらは感動します…。
続編があるのをwhiksの記事で初めて知りました。
是非読んでみます。