2007年08月24日

一瞬の風になれ 1(イチニツイテ) 佐藤多佳子

 どのくらい待たされただろう。図書館の予約待ちのことだ。もちろんこういった流行作家もしくは話題の本は川崎ではらちがあかないので立川で予約した。確か本書が「本屋大賞」を受賞した直後ぐらいに予約したはずだから4ヶ月弱ということになる。

 そのときに、本書と大賞を争った作品9本もできるだけ読もうと思い、リストを眺めて読む気がしないタイトルをのぞいて片っ端から予約した。厳選したのは立川では同時予約可能な数が10冊だからで、上記の本はどれも待たされることはわかっていた。少なくとも3冊くらいは予約可能な枠を残しておきたかった。

 しかし今回は問題だ。なにしろ大賞受賞作は全3冊だからだ。しかもいずれも同程度の行列ができている。こういうときは時間差で予約しないと後の巻がさきに来てしまう。そこでちょっとずつ日にちをずらして予約したのだが、第一部を読了した今現在、第二部が18人待ちだ。第三部は24人待ちで、いささか目測を誤った感じがする。それがくやしい。

 ここからがようやく本題だ。第一部「イチニツイテ」を読み終えてすぐに第二部が読みたくてたまらない。いや一気呵成に最終巻まで読んでしまいたい。そういう高揚感が読後にワッと訪れた。

 例えば、「がんばっていきまっしょい」とか「鉄塔武蔵野線」とか「翼はいつまでも」といった作品のように、青春時代や少年時代の若々しさ・爽やかさ・きおくれ・気恥ずかしさといった様々な印象が、暑い夏の季節感と一体になって作品全体からせまってくるのは言うまでもない。だから「この季節にオススメの青春小説の傑作」などとぶちあげてもいいのだが、まだまだ導入部に過ぎない第一部で僕がすなおに「続きを読みたい!」と思ったのは、そういう箇所にはない。

 例えば、高校サッカーのスター選手である兄の影響で〈サッカーがすべて〉の中学時代を過ごした主人公・神谷が、同じ高校に進んだ友人・連の誘いもあってサッカーに見切りをつけて陸上部に入るという展開は、一言で言えば〈思いっきりありがち〉だ。才能があるのは自分以外の周囲の人間で、自分は何を頼りにどう生きていけばいいのかさっぱり分からない。それが青春小説の主人公が背負う運命であることは、夏目漱石の「三四郎」を引き合いに出さずとも自明だろう。

 しかし本書は青春小説である前に高校の陸上部を描いた〈部活小説〉とでも言うべきもので、その面白さは陸上部のタイムスケジュールにごくごく忠実に主人公たちの物語が進行していく点にある。子供から青年へ、青年から大人へという過渡期のあれこれを描くのが青春小説の常套手段だとすると、本書はそれらをあえて関心の埒外に追い込んだ上で、3年間という限られた期間に後先を考えずに〈人より速く走る〉というただそれだけに熱くなっていく主人公がどのようなステップで選手として成長を遂げていくかが部活のタイムスケジュールに沿って克明に描かれる。そこが何より面白い。

 僕自身は部活といっても体育会系ではなく、落語研究会やら文芸同好会やら、頭数合わせに入ったESSやらに同時在籍してダラダラと3年間をすごしたくちだから、高校生活で何かに打ち込んだという記憶はない。同じ無償の行為とは言え、答えの出ない哲学的な問いかけや湧くがごとく現れる様々な妄想に日々頭を悩ます3年間だった。

 だから今さら振り返ると無駄に過ごしたかなとは思うが、もう一度やり直せるならやり直すかと言われれば、人生の中でもあんな面倒な時期をやり直すなんてまっぴらご免だ。一方で、当時は体育会系部活に所属していた〈花形〉君らに反感を抱いていたのは確かで、クラスとしての協調性がないくせに体育祭ともなると数々の種目でクラスに貢献して喝采を浴び日頃の失点を挽回する彼らを少々妬ましく感じた。ただし羨ましいと思ったことはない。彼らとて喝采を浴びるようになるまでにそれなりの代償を払っているのだ。

 もちろんその当時は〈それなりの代償〉を彼らが払っているなどと冷静に考えていたわけではない。羨ましいと思わなかったのは、自分には彼らのように厳しい練習を繰り返す根性と才能に欠けているとぼんやりと分かっていたからに過ぎない。〈それなりの代償〉などと分かったような物言いをしてはみたが、彼らが払った代償の中身を真剣に考えた事は今にいたるまでないし、彼らにしてみればそもそも陸上のなんたるかも分かってない部外者に〈代償〉などと言われる筋合いはないのだ。要するに、あの時の同級生だった陸上部の〈彼ら〉が何を目指してどう3年をすごしたのか、僕はまったく分かっていないままだ。

 その答えが今ここにある。あのとき、同じ校舎を同じグラウンドを同じ黒板を同じ教科書を見ていた僕が決して選ばなかった、あるいは選べなかった〈彼ら〉の3年間が本書に描かれていると気づいた。この歳になって今さらながらではあるが、それはドキドキするような追体験だった。まずは主人公・神谷の陸上部デビュー戦のシーン(P.110)で、一気に僕ら読者は神谷の視線と内面にシンクロさせられる。

 インターハイ予選のヨンケイ(4継)。神谷は400mリレーに新人ながらメンバーとして出場する。あがりまくって位置につくコースまで間違えてガチガチの「俺」が、何がなんだかわからないうちに走りだしてバトンを次走者の親友・連に渡した記憶もないまま、あっという間に終わる。

 「43秒51。ベスト更新。…もちろん予選落ち」

 このスプリング競技の〈一瞬〉を捉えた描写にゾクッときた。つり革に捉まって読んでいた中央線車内の冷気に初めて気づかされた感じがした。しかも予選落ち。秒にこだわる陸上競技の厳しさと面白さを主人公とともに味わう〈一瞬〉だった。

 陸上部に入部した一年生が順を追って経験することになる大会・記録会・合宿・高校生活のいろいろをすべてを盛り込んで、見事なまでにリレー仲間を基軸にした青春ドラマは進行していく。ずいぶん以前に読んだ同じ著者の佳作「しゃべれどもしゃべれども」同様、今回も〈平凡だが魅力的な登場人間たち〉の取り合わせが絶妙だ。
 
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posted by アスラン at 02:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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