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    2025年11月09日

    ねじれた家 アガサ・クリスティー著/田村隆一訳(クリスティー文庫)

     読後に最初にやったのはクリスティーの著作一覧を探す事だ。今まで気にしてなかったのは、僕がクリスティの熱心な読み手ではなかったからだろう。手元にあるのは名探偵読本3『ポアロとミス・マープル』(1978年)だけで、この読本では基本的に「探偵の事件簿」(関わった事件順)の形式を採用しているので、他の探偵(例えばトミーとタペンス等)やノンシリーズ物については一切眼中にない。でもクリスティはひととおり読もうと思って古書を買いあさってきたので、『スタイルズ荘の怪事件』から刊行順に読み進めてきた。ならば、どうやって刊行順に読んできたのだろう。
     今となっては『アガサ・クリスティー完全攻略[決定版]』(霜月蒼)があるから問題ないと安心していたのだが、この本には刊行順の全著作リストは含まれていない。僕の基本信条としては「全作品を読む場合には原則として刊行順に読んでいく」事にしている。だが、それはクリスティーの一般的な読み手としては普通の事ではないらしい。『完全攻略』では1.ポアロ 2.ミス・マープル 3.トミー&タペンス 4.短篇集 5.戯曲 6.ノンシリーズの6カテゴリーに分けた上で刊行順に紹介している。もちろん紹介する都合としては問題ないが、読む側の都合としては、ポアロの全長編を読んだら、次にマープルの全長編に取りかかる事を強いられているように感じてしまう。
     すっかり忘れていたのだが、2003年にネットで見つけた「アガサ・クリスティ年代順長篇作品リスト」なるものを印刷して大事に保存してきた。今はURL自体が消えているようだが、代わりとなる個人サイトにて『アガサ・クリスティー作品リスト(刊行順)』(都会草庵ブログ)が入手可能だ。もちろんWikipediaにも「アガサ・クリスティの著作一覧」が掲載されている。だが、できれば『完全攻略』に全著作刊行順一覧が掲載されているのがベストだったと思う。

     なんで読後にジタバタと著作一覧を探したかというと、本書の巻末にある解説(評論家・末國善己)に次のような一節があるからだ。
    『ねじれた家』は、(略)不思議な作品である。ミステリ史に残る大トリックを数多く創出したクリスティーが、晩年に到達したのが、こうした枯淡な味わいの世界だと思うと、感慨深いものがある。
     「晩年に到達した…枯淡な味わいの世界」というのは本当だろうか。それを確かめるためには刊行順のリストが必要だったわけだ。『ねじれた家』は1949年に出版された。クリスティーが59歳の時だから、果たして「晩年」と言えるだろうか。しかも86歳まで生きて最後に執筆したのが『運命の裏木戸』(1973年出版)なので、83歳まで執筆を続けた事になる。長篇は全部で66作あり『ねじれた家』は39番目に当たる。その直後にマープルもの『予告殺人』(1950年)を書き、『ポケットにライ麦を』(1953年)、『パディントン発4時50分』(1957年)、『鏡は横にひび割れて』(1962年)などが続々と待ち受けている。本作が「晩年に到達した…枯淡な味わいの世界」とは到底言えないような精力だろう。

     ただし、解説で「不思議な作品」だと書かれている事については同意する。クリスティーにしては分かりにくいという意味で、めずらしい作品だ。冒頭、語り手でもある外交官チャールズはソフィアと出会い、恋に落ちる。待ち受けている海外勤務を終えたら求婚したいと伝えると、ソフィアはチャールズがその気なら求婚しにきてかまわないと思わせぶりな態度で答える。その上、思わせぶりな歌(マザーグースの「ねじれた家」)で、自分の身の上を説明する。二年が過ぎてチャールズが英国に戻ると、ソフィアの祖父アリスタイド・レオニデスの死亡広告が待ち受けていた。ソフィアと連絡を取ると、祖父殺害の犯人が分かるまでは結婚できないと言われる。チャールズは、ロンドン警視庁副総監の父からの助言もあって、レオニデス家に潜入して事件を捜査する事になった。
     読み出して最初にやったことは、レオニデスの家系図を作る事だ。普通は不要な作業だが、本作の場合は一人一人がクローズアップされることが極端に少なく、ことに前半は人物像も輪郭をともなって現れないし、住んでる建屋もなんとなくぼんやりしたままなのだ。そのため、それほど多くはない登場人物を家系図に当てはめて、ちらちらと確認しながら読んでいった。
     そもそもマザーグースものとしても異例の書き方だ。クリスティー自らがお手本となるような『そして誰もいなくなった』を書きあげ、この後にも『ポケットにライ麦を』で同様な趣向を用いることになるが、本作では「見立て殺人」は行われず、殺害された当主アリスタイドの犯人捜しに終始する。そのせいか、どこまでいっても散漫な印象が続き、相変わらず思わせぶりな言動が続き、いっこうに収まる気配がない。

     流れが変わるのは、遺言状の謎が明らかになると同時に「第二の殺人」が遂に実行された時だ。それ以降は焦点が次第に合ってくるように、「ねじれた家」に住む「ねじれた人間たち」が本音をぶつけ合う、あるいはチャールズに向けて本音を吐露する描写が増えていき、思わせぶりな言葉が特定の方向に僕らを導いているかのように感じられる。これは明らかにいつものクリスティーの文体だ。一見すると緩慢な描写に見えて、登場人物たちの思わせぶりな言葉や語り手の心象から、非常に切迫した状況が立ち上ってくる。そのすべてがくっきりと像を結ぶのは一体どのタイミングだろうかと、読者はドキドキしながらページを繰るのだ。ネタバレになるのでこれ以上は何も言えないが、この「不思議な作品」は再読を読者に要求する。初読では散漫な印象だった前半から、すべては著者によって巧妙に仕組まれていたのだ。クリスティーの愛読者ならば確かめずにはおられまい。

     さて、今回「刊行順に読む」という方針をやぶって本書を読んだ理由は、『ミステリな建築 建築なミステリ』(文 篠田真由美/イラスト 長沖充)の第二部「ミステリを建築で読む」で紹介されているからだ。具体的な建物描写は外観・内部ともほとんどないと思っていたが、篠田さんの文で、ある程度ハッキリとした。正直言って、レオニデス邸ってこんな立派な家だったのか。
     信じられぬ光景だった! 私はスリー・ゲイブルズ(三つの切妻)と呼ばれているわけがわからなかった。イレブン・ゲイブルズ(十一の切妻)といったほうが、ふさわしいのに! 奇妙なことに、家は見なれない具合にねじれていた(略)
     これは翻訳に文句をつけたいところで、「スリー・ゲイブルズ」をずっと地名だと思っていた(ちなみに「スルミナ」は人名だと思っていて「スルミナの母」って誰?と、家系図に現れない名前を探し回ったりした。)
     「ゲイブル(gambrel あるいは「〜roof」)」は、腰折れ屋根・入い母屋屋根の事だ。三つ並ぶと「三破風館」(スリー・ゲイブルズ)となり、見なれた言葉になる。これが当主アリスタイド、長男ロジャー、次男フィリップのために三倍に増改築したので「十一破風館」(イレブン・ゲイブルズ)になったわけだ。さすがに平面図は書けないだろうと思ったら、案の定、図はないが文章で全体像を補ってくれている。
     他にも「木骨石積み造り」とは「ハーフティンバーのコテッジふう」で、ハーフティンバー(half-timbered)とはランダムハウスによると「〈家・建物が〉外面真壁づくりの、ハーフティンバーの、英国中世の柱・梁などを外面に現し、その間をれんが・しっくいなどで埋めた建築様式についていう。」と書かれている。
     本書再読の際には、『ミステリな建築 建築なミステリ』をかたわらに置きながら読むことにしよう。

     蛇足ながら、本書の後半で結末が近づいてくると「これは、あれなんじゃないだろうか?」と気づいた事がある。同時期のミステリ作家は互いの動向が気になるらしく、「クリスティーは他の作家のある有名な作品の結末を、別の視点で書いてみたのではないか」という疑問が頭をもたげた。そうなると偶然にも『ミステリな建築』の第二部の並び順は、クリスティが結末を書き替えた作品の次に配置したようにしか思えない。この事を引用すれば直接ネタバレする事はなくなるので好都合だなと思ったら、すでに著者自身の文章にその通りの事が書かれていた(誰の何という作品なのかも)。しかも参考文献として、例の『アガサ・クリスティー完全攻略[決定版]』が挙げられている。未読なので全然気づかなかった。
     実際に読んでみると「あの名作のトリビュート作品では?」という観点で『ねじれた家』の分析を行っている。ただし、『完全攻略』の解釈では、クリスティーが結末を書き替えたのは「○○」ではなく、「○○」が結末を書き替えた「△△」の方だったのではないだろうか。
     「名作」のほうは「必要性はあるんだけど書きすぎで展開がもっさりしている」という、あの著者らしいものであり、(略)
    という部分を読んでも、「△△」の方が「展開がもっさりしている」。いや、そもそも「あの著者」の全作品に「もっさりしている」という形容が当てはまるはずだ。その上で『ミステリな建築』ではハッキリと「○○」と書いているので、著者(篠田さん)も僕と同じように「クリスティーは△△ではなく○○を書き替えている」と思ったという事だろう(一部の本格推理愛好家以外には何のこっちゃわからん話に過ぎないが)。

     いずれにしろ、本書は癖があって前半は読みにくいが、後半からは非常にスリリングな展開で読ませる。その上、再読する事で真価が見えてくるという作品で、「読者を選ぶ」傾向がある。例の「晩年に到達した…枯淡な味わいの世界」という解釈は、前半に限って読みにくくて思わせぶりに終始するところが、これまでのクリスティーとは違って癖のある書き方になっているので、評論家が思い違いをしたのかもしれない。だが、事件解決後の父とチャールズとのやり取りがあまりにあっさりとしている点などを考えると、「枯れている」という解釈もあながち間違いとも言い切れない。ただ、正直言って「書きたい結末に書き替えた」事にクリスティー自身が満足した結果、以後は急激に関心が薄らいで、あっさりと文章を終えたと考えると辻褄があう。
    posted by アスラン at 21:00| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) |  書評(アガサ・クリスティー) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
    この記事へのコメント
    拙著に触れてくださり有り難うございます。
    この連載は掲載しようかと思って止めたフローチャートがありまして、『グリーン家』→『Y』→『ねじれた』、そして『グリーン家』からもう一本の矢印が『黒死館』となっていました。影響関係のやじるしです。
    自分的には、このへんの古いミステリを、いままでさんざん論じられてきたのとは違う、「建築読み」で読むとどうなるかという実験で、『ねじれた』には特に建築と登場人物の結びつきが強いという意味で、クリスティの作品の中でも特異だと感じています。
    他のクリスティ作品を「建築読み」してみようと思ったら、予想外に手がかりが少なく、アメリカ人の作家と違って、イギリス人の作家にはヴィクトリア朝建築もハーフチンバーもありきたりの、取り立てて語るべきでもない舞台なのだなと、いまさらのように感じました次第。
    Posted by 篠田真由美 at 2025年11月10日 10:06
    「建築読み」という視点はとても興味深いです。「建築読み」に当たるかどうかはわかりませんが、確か『矢の家』→『グリーン家』→『Y』という影響関係があると思うと、ずいぶん前にお話したと思います。偶然でしょうが『矢の家』の感想で「移築」という用語を使っていました。もう一段『ねじれた家』が関わるというのは本当に面白い。
    次は『黒死館』を読むつもりで準備を進めていたので、『グリーン家』との関係が楽しみです。
    Posted by アスラン at 2025年11月11日 21:51
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