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    2025年11月15日

    エラリー・クイーン『ローマ帽子の秘密』を散策する(その3)

     引き続き、当時流行作家だったS・S・ヴァン・ダインが作品に持ち込んだペダンティックな言い回し、いわゆる「S・S・ヴァン・ダイン風なパズラー(演繹的推理を駆使した本格ミステリ)」を著者エラリー・クイーンがどのようにアレンジしていったかを見ていこう。

    [翻訳](8章P.186)「ゆうべ、帽子以外にもフィールドの持ち物がなくなってる可能性は考えなかったのかい」
    (略)警視は不機嫌に言った。「たしかに考えたよ――ステッキだ。(略)」
     エラリーは含み笑いをした。「シェリーかワーズワースを引用したいところだね、父さんの知力をたたえて。でも”してやられた”以上に詩的な文句を思いつかないな。何しろ、ぼくのほうは、いまのいままでステッキのことは考えもしなかったんだから。(略)」
     被害者モンティ・フィールドのアパートメントを父子で捜索すると、シルクハットはなくパナマ帽や中折れ帽など4つの帽子が見つかった。だが、そもそも帽子があってもなくても犯人の手がかりにはならない事にクイーン警視はいらだつ。しかし、エラリーから「帽子以外に無くなったものがないか考えなかったのか」と聞かれた警視は「ステッキの事を言っているのなら、検討済みなので問題ない」と答える。一見するとエラリーはクイーン警視の努力を褒めたたえているように見えるが、精一杯知恵を絞ったわりには上手く行ってない事をやや皮肉っぽく指摘しているのだ。
     シェリー(1792-1882)は英国のロマン派屈指の詩人だ。妻のメアリー・シェリーは小説家兼社会思想家で、あの『フランケンシュタイン』の著者でもある。ワーズワース(1770-1850)は同じく英国の詩人で、自然の美を歌うロマン主義運動の中心人物となった。
     シェリーもワーズワースもロマン主義(ロマン派)である事から、「父の知力・努力は評価したいが的は射ていない。ステッキなんて、ずいぶんロマンティックな想像力だな」と言っているのだろう。エラリーの言葉には皮肉なニュアンスが感じられるが、同時に父への愛情がこめられている。

    [翻訳](8章P.191)「うわっ!」エラリーが声をあげる。「あの男は服の好みがずいぶんとうるさかったんだな。マルベリー通りの伊達男ブランメルといったところか」
     フィールドの寝室にあるクローゼットの中身を吟味しながら、エラリーは声をあげる。ブリタニカによると、「伊達男ブランメル」とはジョージ・ブライアン・ブランメル(1778-1840)のことらしい。「19世紀初頭のメンズ・モードに多大の影響を及ぼした英国の代表的ダンディ。イートン校時代から皇太子(のちのジョージ4世)と旧友で、英国の上流社会に君臨した」と書かれている。
     「マルベリー通り」はニューヨークのリトルイタリー地区にある通りで、19世紀にはギャングや移民のたまり場だった。つまり、ギャングのたまり場に出入りするような被害者が、まるで上流階級のように洗練されたファッションを身につけているという皮肉が込められている。

    [翻訳](8章P.191)エラリーはくすくす笑った。「だけど、もし酒の神バッカスを呼び出したくなったら、この祈りの文句を勧めておくよ。おお、酒よ、汝、知られたる名を持たぬなら、われ、そなたを死と呼ばん」
    (原注)ここでエラリー・クイーンは、おそらくシェイクスピアの文句をもじっている。「おお、汝、目に見えぬ酒の精よ、汝、知られたる名を持たぬなら、われ、そなたを悪魔と呼ばん」
    『オセロー』第二幕第三場
    “O thou invisible spirit of wine, if thou hast no name to be known by, let us call thee devil!”
     ピゴット刑事が台所から酒瓶のケースを抱えてもってくる。警視がにおいを嗅いで中身を確かめたのでピゴットもそれにならうが、さすがに味見をする気にはならないと軽口を叩く。ピゴットの軽口を受けてエラリーもユーモアを込めてシェークスピアの言葉を引用する。
     なにしろ被害者は劇場で毒を飲まされて殺されているので、「酒=死」と覚悟しておくようにというエラリー流のシャレになっている。引用元となった『オセロー』の台詞の意味は、「酒がさまざまな災いをもたらすのであれば、もはや酒の精ではなく悪魔と呼ぼう」という警句だ。エラリーは、「さまざまな災い」を「死」に限定した言い方にもじっていて、シャレであると同時にずいぶんと気取った言い方をしている。

    [翻訳](9章P.196)「”旦那さまは冷たい、冷たい土のなかに”(フォスターの名曲のタイトル)」玄関でエラリーがそう言って含み笑いをした。
     フィールドの従者マイクルズがアパートメントを訪れて、主人のいどころを訊いてくる。エラリーの答はずいぶんと思いやりに欠けるが、マイクルズが直前に朝刊を読んで主人が亡くなった事を知っている事に気づいたので、わざと冷たくあしらっている。
     エラリーの言葉は、フォスター作曲の『Massa's in de Cold Ground(主人は冷たい土の中に)』(1852年)の一節で、アメリカ南部のプランテーションで働いていた黒人たちが、亡くなった主人(massa)を悼む情景を描いた哀歌だ。マイクルズの立場を米国南部の黒人の立場に例えるのは、1920年代当時の人種差別が背景にあると言っていいだろう。別の場面でも黒人差別が露わになる箇所がある。著者クイーンに人種差別が社会的な問題であるという批判的視点があるならばやむを得ないが、本作の出版当時、まだ二十代半ばの若き知識人二人にとっては黒人差別の存在など思いもよらない事だったに違いない。公民権運動が始まるまでには、まだ20年以上もある。

    [翻訳](10章P.225)「よこしま?」エラリーはまじめな口調で言った。
    「金は諸悪の根にある」警視は意味ありげに笑って切り返した。
    エラリーの口調は変わらなかった。「根とはかぎらないよ、父さん――果実でもある」
    「また引用か」警視は茶化した。
    「フィールディングだよ」エラリーは涼しい顔で言った。
     ローマ劇場で上演された「銃撃戦」のプログラムに、被害者フィールドが書き殴った3つの数字。これには犯人を脅迫して奪い取ろうとした取引額が絡んでいる。その数字の意味するところを父子で考えている場面だ。普通は「金は諸悪の根源である」と言い習わすが、この場面では「果実」との対比が際立つように「根(ね)」を用いたようだ。
     エラリーが言いたかったのは「金は諸悪の根でもあり、果実でもある」という事だろう。道徳としては「金は諸悪の根(根源)である」という戒めになっているが、悪徳を信条とする輩にとっては「金は諸悪の果実である」。いわばコインの裏表の関係にあることを指摘している。
     この「果実」の例えがフィールディングによるものだとすると、おそらくヘンリー・フィールディング(1707-1754)の事だろう。ニッポニカによると、フィールディングは英国の小説家で戯曲も書き、「政治風刺の脚本が多く、そのほうに手腕を発揮した」らしい。特に百科事典マイペディアによると「鋭い観察眼によって人間の虚飾をはぎ、滑稽さの中に人間性の真実に迫る作品を残した。」と書かれているので、「金は諸悪の果実である」などという穿った事を言ったかもしれない。
     だが、別の解釈も考えられそうだ。地方検事サンプソンは、別の場面で被害者の本来の苗字がフィールディングだったと説明している。 
    [翻訳](6章P.142)サンプソンは強い調子で言った。「(略)もともとの苗字はフィールディングで――そこからモンティ・フィールドになったんだ」
     だとすると225頁のエラリーの言葉「フィールディングだよ」は文字どおり被害者フィールド本人を指している事になり、辻褄が合う。だが、エラリーは、クイーン警視にも僕ら読者にも、どういう意図で「フィールディング」と言ったのか一切説明しないで章を終えてしまうし、二度と種明かしもしない。なんというか、以後も、こういった勿体つけた言い回しに僕ら読者はつき合わないといけない。ヴァン・ダイン風というよりは、作家エラリー・クイーンの悪弊と言ってもいいかもしれない。

    [翻訳](12章P.267)「あの娘のことじゃない」警視は苛立たしげに言った。「けさの出来事の全体について訊いているんだ」
    「ああ、そのことか!」エラリーはかすかに笑った。「イソップ風に言ってもいいかい」
    「好きにしろ」警視はうなるように言った。
    「ライオンも」エラリーは言った。「ネズミに感謝するかもしれない」
     大富豪フランクリンは娘フランシスを案じるあまり、クイーン警視とサンプソン地方検事に自宅に来てもらい、その場で娘の聞き取りをするように懇願した。聞き取り捜査を終えたクイーン警視は、帰る道々、同席したエラリーに感想を求める。
     日本でもおなじみのイソップ物語だが、ニッポニカには「動物その他の世界に仮託して人間生活の諸相を描いた古代ギリシアの寓話集。」と書かれている。ここでの「ライオン」はフランクリン・アイヴズ・ポープで、「ネズミ」はクイーン警視の事を指している。分かりやすい例えだが、勿体ぶった言い回しがいかにもエラリーらしい。

    [翻訳](13章P.269)博士はよく響く声で言った。「お会いできて光栄だよ」
    「ぼくのほうこそ、ニューヨーク市の錬金術師パラケルススにして高名な毒物学者である博士に、ぜひともお目にかかりたいと思ってましたよ」エラリーは微笑んだ。
     検死官補プラウティがクイーン父子のアパートメントに、ニューヨーク市の毒物学者ジョーンズ博士を連れ立ってやって来る。パラケルスス(1493あるいは1494-1541)は「〈医学界のルター〉と称されるスイスの医師、思想家。(略) 文献よりも実験・実証を重んじて医化学派の祖とされるとともに、硫黄・水銀・塩の3原質、アルケウス、アルカナといった〈根源物質〉を想定する病因論・治療論には、錬金術、占星術、フィチーノ流のミクロコスモス・マクロコスモス照応説のほか、ドイツ神秘主義の影響が濃厚」(マイペディア)。日本でも錬金術師として名高い。エラリーも敬意とユーモアを込めて言い習わしたようだ。
     ところで、検死官補とは別に、毒物学者をわざわざ登場させているのは何故だろう。プラウティに答えさせても特に問題ないような事しかジョーンズ博士は言っていない。これはまさにヴァン・ダイン流と言える書き方だ。処女作『ベンスン殺人事件』(1926年)では銃器専門家としてカール・ヘージドーン警部が登場する。刑事・地方検事・検察医のようにおなじみのスタッフではなく、一回限りしか出てこない専門家に対しても、名前を付けて登場させる。このように勿体ぶった書き方をすることで、より現実味(リアルさ)が際立つような演出をするのがヴァン・ダインの好みだった。クイーンもそこをまねたのだ。

    [翻訳](13章P.270)「ごもっとも!」エラリーはつぶやいた。「ジョーンズ博士に助けを求めたということは、フィールド氏の体内残留物の検査で壁にぶつかったらしい。白状したらどうですか、医の神アスクレピオス!」
     今度は検死官補プラウティ自身をもちあげてアスクレピオスにたとえている。精選版日本国語大辞典(日国)によると、アスクレピオスは「ギリシア神話の医術の神。アポロンの子。半獣神ケイロンから医術を教わる。のち死者をよみがえらせて主神ゼウスの怒りにふれ、雷に打たれて星となった。」と書かれている。

    [翻訳](14章P.301) エラリーは身震いした。「たぶんメトロポリタン歌劇場とタイタス・トゥームを除けば、ぼくが足を運んだなかでいちばん陰気な劇場だね。死せる友の霊廟としてまさにふさわしい…」
     モンティ・フィールド殺害事件後、立ち入り禁止になったローマ劇場をあらためて訪れて、被害者の帽子の在処を徹底的にさぐろうとする。支配人に入口の鍵を開けてもらうと「真っ暗な一階席が口をあけている」。
     メトロポリタン歌劇場は、「アメリカ合衆国ニューヨーク市にあるオペラ劇場。1883年開場。20世紀初頭トスカニーニのもと全盛を迎え、カルーソ、シャリアピンらが出演した」(日国)。
     一方のタイタス・トゥームは、Titus' Tomb(ティトゥスの墓)の事だと思われる。ティトゥス(Titus)は古代ローマ皇帝(在位79-81)だ。「ウェスパシアヌス帝の子で、父が着工したコロセウムを完成した。在位中はベスビオ山の大爆発、ローマ大火、疫病の流行などが続いた」(日国)とある。なんと!コロセウムを完成させた皇帝だったとは。墓はいまだに特定されていないが、ティトゥスを記念する建造物に「ティトゥスの凱旋門」がある。エラリーが「足を運んだ」と言っているのは、この凱旋門の事だろうか?
     この時点(作品出版時が1929年)でメトロポリタン歌劇場は、作られて半世紀も経っている。エラリーはそこから陰気さを感じ取っているので、ローマ劇場も同じように古くて陰気な劇場だという事だろう。
     ティトゥス帝の在位中に災厄が続いたせいで、皇帝の墓タイタス・トゥーム自体が非常に陰気な雰囲気を醸すことになった。本作の中でも、けだし名言と言えるかもしれない。「死せる友の霊廟」(モンティ・フィールドを「死せる友」と皮肉っている)という例えが気取っているのが、唯一の難点だ。

    [翻訳](14章P.307) 警視は顔をほころばせた。「ご婦人にしては驚くほど早いですよ、びっくりするほどね、フィリップスさん!」
    「父は大昔にブラーニー石(キスをするとお世辞がうまくなると言われている石)に接吻したんです、フィリップスさん」エラリーは真顔で言った。
     ローマ劇場を再捜索するに当たって、是非にとパンザー支配人に早朝から依頼して衣装係のフィリップス夫人に来てもらうように段取りをつけておいた。老夫人は到着すると「お待たせして申し訳ない」と謝罪する。ニューヨーク中の犯罪者たちが恐れをなすクイーン警視ではあるが、老夫人を前にすると借りてきた猫のようになる。エラリーは是非とも彼女に確認してもらいたい事があるため、輪を掛けて上機嫌になる。ブラーニー(Blarney)というのは地名で、アイルランド南西部Cork州中部の町の事。ブラーニー城にあるブラーニー石(Blarney Stone)に
    キスをすると、お世辞(blarney)がうまくなるという伝説がある。フィリップス夫人に対しては、さしものエラリーも皮肉抜きで気安いユーモアを投げかけている。

    [翻訳](15章P.336)「知っているかぎりで答えてもらえるかな、ラッソーさん」 エラリーは冷ややかに言った。「騎士レアンドロス(恋にゆえに命を落とした、ギリシャ神話に出てくる青年)とのけだし親密な、長い付き合いから知るかぎりで――フィールドはシルクハットをいくつ持っていただろうか」
     モンティ・フィールドの愛人ラッソーが、かつてフィールドとパートナーだった弁護士ベンジャミン・モーガンの事務所から出て来たところを、尾行していたヘイグストローム刑事がとらえて警視のもとに連行した。
     レアンドロスとは、古代ギリシアの物語に出てくる主人公の名前だ。「ヘレンポントス海峡を挟んでアジア川の町アビドスに住むレアンドロスは、対岸の町セストスでアフロディテに仕える巫女ヘーローに恋をする。彼は、夜ごと彼女が塔にともす明かりを目標に海峡を泳ぎ渡り、恋人との人目を忍ぶ逢瀬を重ねる。しかしある夜嵐のために明かりが消えたため、方向を失ったレアンドロスは力尽きて溺れ死ぬ。これを知ったヘーローも海に身を投じる」(ニッポニカ)。
     ラッソーと亡くなったフィールドとの親密な関係をヘーローとレアンドロスとの関係になぞらえている。ただし、エラリー自身はラッソーとフィールドとの関係を悲恋とは考えていないので、あくまで歯が浮くようなおべんちゃらでラッソーのご機嫌をとっている感じがする。

    [翻訳](17章P.376) エラリーはそこで口をつぐみ、目を輝かせた。(略)
    「しかし」エラリーは父親の顔を魅入られたように見つめながら、ゆっくりと言った。「セネカの黄金の屋根にかけて、見落としたものがある――そう、たしかに見落としてたよ!」
     ずっと探し続けたフィールドの帽子の在処は、最終的に彼のアパートメント以外には考えられない。そう推理したエラリーは、父と地方検事補クローニンを引き連れてアパートメントを捜索するが見つからない。しかし、最後の最後にフィールドの寝室に見落としたものがある事に気がつく。
     エラリーの言葉に出てくるセネカとは「小セネカ(前4ー後65)」である。小セネカは、ローマの修辞学者である大セネカ(前55-後39)の息子にあたる。「ローマの後期ストア派の哲学者、詩人。ピタゴラス、プラトン、エピクロス、キュニコス派に多くの点で影響を受けつつ、ストア主義の正統を守って哲学を理性的存在である人間の唯一の目的、幸福、善としての徳の修練に結びつけ、倫理生活の根本原則は自然に従って生きる事にあるとした」(ブリタニカ)。
     だから何なんだと言ってもうまく言えないのだが、「ストア主義の正統を守る」事を重視した哲学者だという点が重要なのだろう。ストア主義とは「克己・禁欲・義務を重んじ、感情にとらわれず、毅然として運命を甘受する態度」(広辞苑)の事を指す。倫理的に自然に生きる事が重要であり、それ以外の快楽は幸福とは無縁だという事。その象徴として「セネカの黄金の屋根(roof of gold)」がある。「黄金の屋根」は「豪華な住まい・贅沢な建築・見せかけの富」の象徴であり、それ自体に価値が伴うものではない事を比喩的に表現している。
     まさにフィールドの寝室にて見かけは「豪華で贅沢に見えるもの」に本質的なもの(帽子)が隠されているという事にエラリーは気づくのだ。

    [翻訳](17章P.381)「メネ・メネ・テケル・ウパルシル(旧約聖書のダニエル書第五章二十五節にある、古代バビロニア王国の王宮の壁に現われたという滅亡の預言。意味は「数えられり、数えられり、量られり、分かたれり」)」エラリーは笑った。「この場合は、”羽目板に現れた文字"とでも言うべきかな。さあ調べよ、マクダフ(シェイクスピア『マクベス』で、マクベス王を討つ者)!」
     ようやくたどり着いた帽子の隠し場所から、フィールドのシルクハットが4つも見つかる。それぞれの帽子には何が隠されているか。エラリーは楽しげに「さて、では中を見てみよう」と言うかわりに、聖書の言葉を引用している。
     前半は旧約聖書ダニエル書の一場面。亡き父ネブカドネツァル王がかつてエルサレムの宮殿から奪って大切に祭壇に祀ってきた金銀の祭具を、バビロン王国の王ベルシャツァルは宴に使うために持ってこさせたため、侮辱された神が王宮の白い壁に文字を刻んだ。文字には「ベルシャツァルの治世を『数えて』終わらせ、『量を計る』事で不足と判断し、『分ける』ことで王国を二分してメディアとペルシアに与える」と書かれていた。その夜にベルシャツァルは殺された。
     このエピソードは一般的に「滅亡の預言」として知られているようだ。エラリーの口調から「鬼が出るか蛇が出るか」のような軽いユーモアが感じ取れる。
     後半の「さあ調べよ、マクダフ!」という台詞は、シェークスピアの戯曲『マクベス』でマクベスとマクダフとが一騎打ちをする際のマクベスの言葉だ。戯曲ではマクベスが「かかってこい、マクダフ!(Lay on, Macduff!)」と言うのだが、それをもじってエラリーは「さあ調べよ、マクダフ!(Examine on, Macduff!)」と、クローニンに言う。
     本作ではまだ控えめだが、この後の作品でエラリーが思慮深くなるに連れて聖書からの引用も増えていく事になる。

    [翻訳](18章P.395)「これほど使えなくて、腹立たしくて、中身のない報告書は見たことがない!」警視は怒りの声をあげた。
     エラリーは微笑した。「ペリアンドロス(古代ギリシャの七賢人のひとり)はもちろん知ってるね…どう? ほどほどにするんだな、警視さん…コリントスのペリアンドロスはしらふのときこう言ってるよ。”勤勉に不可能なし!"」
     ヴェリー部長刑事が届けた報告書を読みながら、クイーン警視は何の進展もない事に苛立って声をあげる。エラリーは父を優しくなだめる。
     ペリアンドロスは「古代ギリシア、コリントの僭主にしてギリシアの七賢人の一人。怠惰や奢侈を禁じ、産業、商業を奨励したため、コリントは繁栄をきわめた」(ブリタニカ)。僭主(せんしゅ)とは「非合法の手段によって政権を奪取し、独裁制を樹立した人物」の事を指す。同じく七賢人とは「前6世紀前半にでたギリシアの傑出した治者7人」を指す。特に七賢人の格言には「汝自身を知れ」「極端を慎め」「苦痛を生む快楽を避けよ」「利得は飽くを知らぬもの」「年長者を敬え」「友人たちに対しては、彼らが幸運なときにも不運なときにも同じ人であれ」「市民たちにはもっとも快いことではなくて、もっともよいことを忠告せよ」などが後世に伝えられている。しかし、エラリーの言う「勤勉に不可能なし!」という格言は見当たらない。
     Copilotに訊くと、ペリアンドロスには「節度を重んじる言葉は多いが、勤勉や努力を称える表現は少ない」らしい。一方で、英国の詩人・批評家であるサミュエル・ジョンソン(1709-1784)は、自著『アビシニアの王子ラスラス』(1759年)の中で「勤勉と技能にとって不可能なことはほとんどない。(Few things are impossible to diligence and skill.)」と書いている。そこから「勤勉に不可能なし。(To industry nothing is impossible.)」いう形で広く引用されるようになった。
     つまり、格言自体は18世紀頃に作られた(もしくは広まった)と考えられるので、「ペリアンドロスが言ってる」というエラリーの言葉は無責任でいい加減な知識のひけらかしのような気がする。

    [翻訳](18章P.397)「空き巣に恵まれた地獄(ゲヘナ)ことニューヨークよ!」エラリーは声を張りあげた。「森に住む牧神(パン)には人の世の苦難など無縁だ。(略)」
     フィールドのアパートメントからシルクハットは見つけたが、フィールドを殺害した人物を証拠立てる肝心の帽子は見つからない。ある男を雇って空き巣まがいの事をさせて証拠が出てこなかったら、いよいよ手詰まりだと嘆く警視をよそに、エラリーは前から約束していた休暇の事を考えている。
     ゲヘナとはヘブライ語で「ベン・ヒンノム(息子)の谷」の意。「ユダとベニヤミンの地の境界の一つで、エルサレムの南にある谷。王国時代に子供たちを焼いて異教の神バールに播祭として捧げた場所(エレミア書)。ユダヤ教においては比喩的に死後、罪人が罰を受ける場所、地獄の名で呼ばれる」(ブリタニカ)。またもや聖書からの用語が出て来た。
     一方、パンとはギリシア神話の牧神で、「上半身はあごひげをたくわえた老人で、山羊の足と角をもつ半獣神。音楽と踊りを好み、牧人の音楽をつかさどる」(日国)。
     クイーン警視は二進も三進もいかなくなっているというのに、エラリーは友人と一緒にメーン州の湖畔の小屋で休暇を過ごす自分を想像して楽しそうだ。そんな二人の対比を面白がって話している。

    [翻訳](19章P.421)(略)不可避なれば潔くこれをおこなえと述べた偉人たち――ラブレー、チョーサー、シェイクスピア、ドライデンらの仲間に加わってもらいたいね。(略)
     苦境に立たされた警視に対して、休暇中のエラリーから電報が届く。演繹的推理で「誰がモンティ・フィールドを殺したか」を証明できた事、その人物がたった一人でしかあり得ない事を証明できた事を報告した。さらには、犯人を窮地に追いこむ罠を仕掛けるように勧めてきた。
     「必然を美徳に変えてみろ!(Make a virtue of necessity!)」とは、古代ローマの詩人ホラティウス(前65-前8)に起源を持つ。ホラティウスは「南イタリアのウェヌシア生まれで、アウグストゥス帝の寵愛を受けた人物。技巧に優れ、知的で都会的なユーモアと人間味に富む。人間の俗物性を風刺し、文明批評的な作品も多い」(マイペディア)。この後、この格言は英国の詩人チョーサー(1340頃-1400)、シェークスピア(1564-1616)という順に使われて広まった。ラブレー(1494-1553頃)はフランスの物語作家でルネサンス文学の代表者。ドライデン(1631-1700)は英国の詩人・劇作家・評論家。真偽はともかく、ホラティウスが生み出した言葉が詩人たちの間で引き継がれていき、一般にも広まったらしい。
     エラリーは父にも、思いきって彼らの仲間入りをしてみろと勧めてきたのだ。

     以上がエラリーが〈S・S・ヴァン・ダイン風〉のペダンティックな記述をアレンジした結果だ。特徴を箇条書きにしてみる。
    ・美術評論家ライトとは違って、美術に関する知識はほとんど出てこない。
    ・英国の文学史や古代ギリシャに始まる哲学史などの知識は共通している。
    ・美術の代わりに文学(特に詩人)に関する知識が多い。
    ・意図的に聖書から引用している(まだ多くはない)。
    ・結構、いい加減な知識が多い。ヴァン・ダインは知識量が多いからか、割と正しい知識を採用している感じがする。
    ・無駄な原註がほとんど無い。ヴァン・ダインは登場人物に関する情報を原註で詳細に書き加えている。それでなくても読みにくく邪魔な注が、一気に増えてしまう。エラリー・クイーンは基本的に注を省略してしまった。
    ・エラリーの発言はペダンティックな知識と皮肉とが絡み合っている。ファイロ・ヴァンスは確かに皮肉な言い回しをするが、人間に対する皮肉とペダンティックな知識とは分離している事が多い。
     ファイロ・ヴァンスのペダンティックな物言いに辟易する人は多い。それは美術や哲学などの知識が過剰だと感じるからだ。さらには、現実には存在しない作中の人物に関する原註が過剰に存在するせいで、リアリティが増すというより無駄な記述を読まされていると感じるからだ。人間性としては高等遊民的で世間知らずであるが故に、場をわきまえずに何でもズケズケとしゃべってしまうところがあるが、根は人なつっこいので気に入った人物とはすぐに仲良くなれる。
     一方のエラリーはとにかく皮肉をまぶさないと何も言えないので、誰彼かまわずに毒を吐いている。彼と仲良くなれる人物がいる事の方が驚きだ。ヴァン・ダインが長篇を書けなくなり読者からも飽きられた頃には、クイーンも探偵エラリーの人間性を変えていかねばならなくなったのは当然の事だった。
    posted by アスラン at 01:40| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) |  書評(エラリー・クイーン) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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