[第二首] 春すぎて夏(なつ)来(き)にけらし白妙(しろたえ)の 衣(ころも)ほすてふ 天(あま)の香具山(かぐやま) (持統天皇)歌留多の絵を見ると、持統天皇が女性だという事がわかる。第一首の「秋の田の…」の作者である天智天皇の第二皇女、要するに娘だ。歌留多で遊んだ子供の頃に「天皇って女性もいるんだ」と思ったかどうか今や定かでない。そもそも天皇って誰なのかがよく分かってなかったかもしれない。
(現代語訳) いつしか春も過ぎてはや夏が来たらしい。卯花がまさかりで、いかにも白妙の衣を干しているともいうべきこの天の香具山を見ていると。
「夏来にけらし」は「ナツキニ・ケラシ」と聞こえていた。「ナツキって何?ケラシって何?」という感じだが、本来は万葉集の元歌(原歌)があり、そこでは「夏(なつ)来る(きたる)らし」と詠まれていたらしい。『(『小倉百人一首』の編者・藤原定家が)どうしてこういった形をすぐれたよみとして取りあげたかを考えることが、重要であろう。」と訳注の島津さんは書いているが、僕には専門的なことは分からない。ただ、現代人の視点から考えれば、「ナツ・キタルラシ」は意味はよく伝わるけれど「ナツキニ・ケラシ」の方がリズムが流れていて、聞く人の頭に入ってくるように思える。定家は名アレンジャーだったということか。
さて冒頭の「春過ぎて夏来にけらし」だが、僕が気になるのは「らし」だ。夏が来ようとしている、あるいは来てしまった事は、気候の変化、特に気温の上昇などで分かるものではないか。「らし」とはあまりに他人事に感じる。いくら宮廷住まいとは言え、いくら「やんごとなき身」であるとは言え、それくらい分かるだろう。ただ、もし他人事でしか言えない事があるとすれば、それは夏が訪れた初夏の風景から来る実感ではないだろうか。侍女からの伝聞でなければ知る事のできない夏の情景。「らし」という言葉が思わず口を突いたのは、そういう事情からのような気がする。そして、それは初夏を待ちわびていた作者の気持ちのあらわれでもあるのだろう。
だから、現代語訳の「天の香具山を見ていると」というように、この和歌を実景(実際に見て詠んだ風景)ととらえるのはどうなのかなという気がした。伝聞であるからには最後まで伝聞であるはずで、作者の心象風景は「初夏のすがすがしさへの期待・憧れ」へと飛翔していく。初夏の「天の香具山」を背景にして、あちらこちらで「白妙の衣」がいっせいに干されている。そんな歌だと僕には読めた。
(推敲訳) 春も終わりを告げ、あっという間に夏が到来したらしい。あの天香具山あたりでは、清々しい初夏の風をうけてあちらこちらで真っ白な衣服が干されるそうだ。



