人気記事

    2025年08月15日

    英文解釈教室の訳文を書き直す(15.1.2)

    Chapter15 挿入の諸形式「@語句の挿入――andとif」より。
    15.1.2 I am always struck by the precedence which the idea of a "position in life" takes above all other thoughts in the parents’−more especially in the mother's―minds.
    (訳) 私はいつも、「社会的地位」という考えが両親の――特に母親の――心の中で、他のどんな考えよりも優先していることに驚く。
     挿入形式をどのように日本語に移し替えるかがここでの主題ではあるが、その前に訳文では内容にピンとこない事が多すぎるので、1つ1つじっくりと検討していこう。以下は例文の構造を示したものだ。
    I am always struck by the precedence
                    └─ which the idea of a "position in life" takes above all other thoughts in the parents’ minds.
      (−more especially in the mother's−)─┘
     strikeはランダムハウス英和大辞典によると「10.〈人の心を〉打つ、〈人に〉強い印象を与える;〈好み・センスなどに〉快い印象を与える;《通例受身》《俗》(…に)魅せられる、うっとりする《on…》」とある。strikeには非常にたくさんの語義があるのだが、この語義が当てはまるとすると例文のI(私)は非常に良い(心地よい)印象を受けている事になる。伊藤先生の訳の「驚く」はどちらにもとれる言葉だが、やや悪い印象を受けているように感じられる。おそらく「29.《しばしば受身》〈人を〉(驚き・恐怖・不安などで)圧倒する、苦しめる、打ちのめす《with…》」あたりの語義を選択したのだろうと推察される。どちらの意味に受け取るかは、関係代名詞節の中に出てくるa position in lifeをどのように解釈するかにかかってくる。

     一般的にはone's position in lifeは「人の社会的地位、身分」という意味だと辞書には書かれているが、やはりこれだけだとよく分からない言葉だ。身分は分かるとして社会的地位というのは、「自分は何者なのか、どういった肩書き(役職)なのか、世間からどう評価されているのか」という事を指すのだろうか。つい「自分は」と書いてしまったが、後段の意味を考えると「他人の身分、肩書き」という意味にも取れる。だとすると、ここで言いたいのは、この文の書き手の親世代(当然、書き手の親も含む)が今の自分よりも「身分」にこだわるという事をいいたいのだろうか。この場合、父親よりも母親の方がその傾向が強くなるものだろうか。家柄という意味では、かつては人を家で判断する時代があった。そうであるならば、より現代人の書き手は「今どきばかばかしい」事だと、彼らの旧弊な考え方に「驚く」かもしれない。
    (推敲訳A) 自分たちの身分がまわりと釣り合っているかなどと、親は――特に母親は――心の中で何にもまして考えている事に、いつも驚かされている。
     さきに推敲訳を書いてしまったが、適切な日本語に推敲するためにいろいろと考えた。the idea of a "position in life"は、普通で考えれば「社会的地位(身分)という考え」になるだろうが、これを関係代名詞節の中のall other thoughts (他のどんな考え)と比較してるわけだから、「Aという考えがBという考えよりも優先する」とするよりも「BにましてAについて考える」とした方が収まりがよい。それと主節(I am struck)の現在形は、日本語では状態の述語を意味するので「驚かされている」に直した。

     それと関係代名詞節の訳し方についても一言触れておこう。学生だった当時は直訳調に訳す事が唯一の方策だったので、まずはA take the precedence above B(AはBにまさる)からthe precedence which A take above B(AがBに対してもつ優先さ)のように日本語を変換して、主節のbyの目的語に収めようとする。これは英語の基本文型を考えれば分かるが、基本的な要素は名詞(名詞句、名詞節)から成り立っているため、文と文を接続して表現を深く展開していくには名詞(先行詞)の移動が不可欠だからだ。しかし、日本語はそうではない事は明らかで、述部に対して前方から様々な格表現が係り、さらに次なる述部につなぐために接続詞を多用する事で、表現を深く展開していく。「英語の先行詞に該当するものを仮想的に作りだして無理やり別の節につないでいく」などという努力は不毛としか言いようがない。まず手をつけねばならないのは「英語の名詞句に潜在する述部表現を顕在化する」事だ。しかし今回のような特定のフレーズがどのような意味で使われるのかは、前後の文脈や基本的な英語の知識に依存するので、結構難しい。

     という言い訳をしておいて、別の解釈で推敲してみる。ヒントは研究社新英和大辞典のcommensurateの項に出てくる用例clothes commensurate with one's position in life (身分相応の衣服)だ。つまりthe idea of one's position in lifeには「身分相応という考え方」という意味合いがあるのではないか。そう考えると、常日頃から父親以上に暮らし方について考える母親の方が「特に」という挿入形式の意味がしっくりくる気がする。しかも、position in lifeを肯定的にとらえる事により、主節のstrikeも本来の肯定的な印象に変わる。
    (推敲訳B)どうしたら「分相応」に暮らせるかを、親は――特に母親は――心の中で何事にもまして考えていて、その事に私は絶えず感銘をうけている。

     ここからは挿入形式について改めて考える。例文は「連体修飾句+名詞」の間に挿入される形なので、両側に区切り記号のダッシュ(―)が入っている。伊藤先生の訳文もそれにならって両側にダッシュ(本書では二重ダッシュ)が使われている。ただし、日本語として考えると少々違和感がある。係る言葉と受ける言葉との間に挿入するという形式は英語独自のもので、日本語では言い替え(言い直し)のような形式になるのが普通だ。だとすると(推敲a)にように句点で区切って言い直す形になり後方の「特に母親の」の後ろには句点は必要ない。ただし、あくまで例文の意味にこだわるのであれば、(推敲b)のように受ける言葉「心の中で」を両方に書く。これによってダッシュを用いた挿入形式も活かせると同時に、日本語としても違和感が解消する。

     推敲訳ではさらに一工夫してある。例文を適切な日本語に書き替える際に、係る言葉(the parent's)から主格を、受ける言葉(minds)から場所格を抽出して述部に係るようにした。そのため「心の中で」を繰り返す必要がなくなり、あくまで主格の部分だけを(推敲c)のように挿入すればよくなった。
    (例文)in the parents’−more especially in the mother's―minds.
    (訳文)両親の――特に母親の――心の中で
    (推敲a)両親の、特に母親の心の中で
    (推敲b)両親の心の中で――特に母親の心の中で――
    (推敲c)両親は――特に母親は――心の中で

     さらに推敲する。前回15.1.1でも書いたが、英語では五文型の一要素として挿入の位置が決まるが、日本語の場合は、挿入句を除いた部分を言い切ってしまってから、挿入句を関連づける事が可能だ。その際に挿入であることを明示するためにダッシュを残す。ただし文末に挿入部分を付ける場合は、後方のダッシュはなくても構わない。
    (推敲訳B')どうしたら「分相応」に暮らせるかと親は何にもまして心がけている――とりわけ母親はそうだ。その事に私は絶えず感銘をうけている。
    posted by アスラン at 23:50| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 英文解釈教室を書き直す | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
    この記事へのコメント
    コメントを書く
    お名前: [必須入力]

    メールアドレス:

    ホームページアドレス:

    コメント: [必須入力]


    この記事へのトラックバック