7.3.4 It's in self-sacrifice that a man fulfils himself.It's in giving all he has to those who are near and dear to him that he solves the riddle of life.今回から副詞要素が焦点部に来て強調される例文を扱う。名詞と違って副詞要素になる場合は強調構文パターンの「…なのは…だ」にすると日本語として不自然な場合もある。この例文では2つの強調構文があるが、前半と後半とで明らかに強調構文パターンを使う使わないの判断が変わってくる。
(例) 人間が自己を実現するのは自己犠牲においてである。持てるもののすべてを、身近にいる親しい人に与えることにおいてこそ、人間は人生のなぞを解くのである。
まずは前半の文を考えよう。特に解釈に難しいところはないが、内容がよく分からない。fulfilと言うと「自己実現」とか「自己を実現する」という言葉が出てくるのだが、いったい自己実現ってなんだろう。以前から不思議に思ってきたのだが、日本語ではあまり使われない言葉だ。ぱっと思いつくのは「一人前の人間になる」という意味だろうか。それならしっくりくるが、それと「自己犠牲」とが抱き合わせになるというところもよく分からない。自己犠牲と言えば、例えば例の倫理学的トライアルとして有名な「トロッコ問題」が想像される。あれは倫理上5人の死を選ぶか1人の死を選ぶか」という設定だったが、もし第3の設定として、誰も犠牲者のでない支線があるが、それは行き止まりになっていて自らの死を選択するという事になっていたとしたら、それを選ぶべきだろうかというのが「自己犠牲」の問題だろう。そのように尋常ではない事を言いたいとはどうにも思えない。
広辞苑によると「自己実現」は「自分の中にひそむ可能性を自分で見つけ、十分に発揮していくこと。マズローは、人の欲求階層の最上位に置いて重視した。」とある。明鏡では「自分のもつ能力を最大限に開発し、より成長した自己を実現すること。」と書かれているが、「自己実現」が「より成長した自己を実現すること」というのは自己言及的で、さらに「より成長」するので無限に成長していってしまうのではないだろうか。まあ、それはおいておくとして「自分の能力を開発して、最大限に発揮していく」事を指すようだ。ランダムハウス英和大辞典では「《通例再帰的》…に(…としての)資質を十分に発揮させる[伸ばさせる]、自己実現させる《as…》」とある。as…の部分があると分かりやすいようでHe fulfilled himself as a writer.(彼は作家としての力量を十分に発揮した。)となる。まあ、なんとなく分かったとして、今度はself-sacrificeの方だ。「自己犠牲」は犠牲という言葉の響きが強すぎるのでイメージが悪い。精選版日本国語大辞典では「自己犠牲」が立項されていて、「ある目的のために自分の欲望や幸福を捨てて尽くすこと。」とある。ここは「献身」ぐらいにするのがよさそうだ。
(第一の文の推敲訳) 自分の力量が最大限に発揮されるのは、献身的に人に尽くす時だ。
第2の文は焦点部にあたる部分が長い。副詞的要素を構成する述部(giving)の前置詞節に関係詞節が含まれるからだ。焦点部となる部分の訳が長くなると、強調構文の翻訳パターンは使いにくくなるのは前回までに確認したが、副詞的要素の場合は特に使いにくくなる場合がある。ただし、この例文では第1の文とほぼ同じ内容を具体的に説明しているだけなのでパターンを使っても問題ない。だが、やはり長いのは訳しにくいらしく、伊藤先生の訳でもパターンは使わずに、「…身近にいる親しい人に与えることにおいてこそ」と訳している。この「こそ」という取り立ての助詞で焦点が当たっていることを示している。図らずも前回(7.3.3)での検討が間違っていなかった事が伊藤先生の訳でハッキリしたのは心強い。
とは言え、訳文に気になるところはいくつかある。翻訳臭が感じられるところがところどころにあり、中でも一番は「人生のなぞ」だろう。これをそのまま訳すのではいくらなんでもピンとこない。おそらくは「人生の意味はどこにあるのか」とか「なんのために生まれてきたのか」といったたぐいの謎だろう。英語特有の名詞句から日本語として適切な述部表現に展開しておくべきだ。
(第2の文の推敲訳) 身近にいる大切な人に自らの何もかもを捧げてはじめて、人は「人生とは何か」という謎が解けるのだ。
まとめると、以下のようになる。
(推敲訳) 自分の力量が最大限に発揮されるのは、献身的に人に尽くす時だ。身近にいる大切な人に自らの何もかもを捧げてはじめて、人は「人生とは何か」という謎が解けるのだ。
ここまで手直ししてみたが、やはりまだ日本語としては腑に落ちないのでもうちょっと状況が分かりやすいように推敲する。
(推敲訳) 人が己の力を出し切る時があるとすれば、それは誰かに献身的に尽くす時だ。ごく親しい人に何もかもを捧げた時にはじめて、「人生とは何か」という謎が解けるのだ。



