7.3.3 It is worth while to consider what it is that makes people happy, what they can do to make themselves happy.どこが強調構文なのかと言えば、It is something that makes people happy.のsomethingが疑問詞whatに変わって先頭に移動したのが例文のwhat it is that …なのだと伊藤先生は書いている。僭越ながら例えとしては不適切では無いだろうか。somethingにしてしまうと「人間を幸福にするものが(具体的には言わないが)何かある」という意味になってしまって、前回の7.3.2で検討した「強調構文は初めに条件ありきの文である」という話と合わないからだ。この場合「人間を幸福にするものがある」というのが前提であって、それを具体的に示唆する(焦点を当てる)のが強調構文の役割だから、It is XXXX that makes poeple happy.という文でなければならないはずだ。XXXXの部分に「お金」「家族」「仕事」のようなものが入るわけだ。まあ、それはそれとして結局は疑問詞が先頭に移動するのは同じ事だ。
<(訳) 人間を幸福にするものは何か、自己を幸福にするために人間は何をなしうるかを考えてみるのは価値のあることである。
ここまで分かれば、訳文自体に不明瞭なところは何も無い。ただし、日本語としては英語臭さが残っているので、それをいかに「消臭」するかという点に気を配るだけだ。「人間を幸福にする」というところが、モロ翻訳調だ。ついつい文型S+V+O+Cを意識した訳し方になってしまうが、日本語としては「人間が幸福になる」と訳すところだろう。すると疑問詞の方を述部表現で訳す事でバランスをとる必要がでてくる。また、what they can do …は同格表現(言い替え)のはずだ。前半は「人間」にとっての一般論的な言い方で、後半は「人間」一人一人にとっての具体的な言い方になっている。そこらへんを意識してちょっとだけニュアンスを変えてみる。それとworthは一般的には「価値がある」と訳すのが定番だが、あまり日本語では使わない言い方だと思う。こういう時は「〜に足るだけの事はある」みたいな言い方になりそうだ。僕が思いついたのは「〜するのは無駄ではない」という言い方だ。「価値がある」と「無駄では無い」が互換性があるかは気になるところだ。積極的か消極的かの違いが問われそうだ。ただし、辞書の用例にはnot worth(無駄だ)という訳が見つかったので、worth(無駄ではない)は訳としては妥当なようだ。
(推敲訳) 人が幸せになるには何が必要か、言い換えれば、どうすれば人は幸せになれるのだろうか。そんなことをじっくりと時間をかけて考えてみるのも無駄ではあるまい。



