2007年08月08日

「アメリカ銃の謎」(創元推理文庫)ネタバレ解読

(以下の文章では、エラリー・クイーン作「アメリカ銃の謎」に関してネタバレを含む詳細な分析を行っていますので、未読の方は読まないようにお願いします。)

 今回も「エラリー・クイーンパーフェクトガイド」(飯城勇三著,ぶんか社文庫)の作品紹介に沿って解読していく(作品そのものについては書評を参照の事)。パーフェクトガイドでは、前半に未読者のための読書案内が、後半にはコアなファンのための再読ポイントが書かれている。以下では、再読ポイントを具体的に検証していく。

 〈「トリックを使うと推理してもらえない」〉(パーフェクトガイド)

 なぜならマニアは「○○トリックの応用だな」と考えて、推理せずに謎も犯人も見破ってしまいかねないからだ。そして「アメリカ銃の謎」の最大の面白さは、〈トリックにこだわるマニアに推理させる〉ところにあると、エラリー・クイーンパーフェクトガイドでは解説している。

 ポイントはこうだ。「アメリカ銃」では、

(a)ミステリー・ファンなら誰でも知っているトリックが使われている


そして

(b)作者は巧妙な手を使って、そのトリックが使われていることを、みじんも感じさせない。


その上で、

(c)トリックを見抜くためには、推理しなければならない


という次第なのだ。これこそ再読する者にはスリリングな課題だ。これを順に読み解いてみよう。

 まずは(a)からだ。ここで指摘されている「ミステリー・ファンなら誰でも知っているトリック」とはなんだろう。「アメリカ銃」の最大の謎は〈凶器の行方〉のはずだ。だから凶器の隠し場所に〈ファンなら誰でも知っているトリック〉が使われているのだと考える人がほとんどだろう。

 僕自身そう考えたし、現に隠し場所には、あるトリックが使われている。ただし〈誰でも知っている〉ほど有名とは言えないが。となると、ここで指摘されるトリックは別にある。それは、

 (A)実は被害者が犯人である。

という〈人間のすり替え〉トリックである。これはホームズの有名な作品に遡るほど代表的なトリックだ。ミステリーファンなら確かに誰でも知っていておかしくない。

 では作者はどんな〈巧妙な手〉を用いて、トリックの存在を消してしまったのか。それは言うまでもなく〈凶器探し〉というミスディレクションを駆使してである。詳しく見ていこう。

 書評本文でも書いたが、2万人の観客を容疑者とする競技場での殺人で、一丁の小型拳銃が見つからないという謎は、他のクイーン作品と比べればケレン味がなくて物足りない。しかし著者が作中で強調するように、殺人直後にコロシアムは完全に封鎖し、人の出入りは警察の管理下におかれ、しかも凶器の捜索はあらゆる場所に対して完璧に行われ、犯人もしくは共犯が周辺に投げ捨てた可能性をも読者に抱かせないようにコロシアムに隣接する歩道まで徹底的にしらべたと書いている。

 ここまで徹底した描写があると、現実にはどうにでも隠しようがある小型自動拳銃の行方が、トリビアな謎には思えなくなってくる。パーフェクトガイドで「強烈な謎」と書かれた所以だ。どうしたって読者は〈凶器の隠し場所〉について推理せざるを得なくなるのだ。

 つまり(b)の〈巧妙な手〉とは、

 (B)「本書の最大の謎は〈凶器の隠し場所〉である」と思わせることである。しかもあからさまなトリックは見当たらないので、〈凶器の隠し場所〉は推理するしかない。

と言うことになる。〈巧妙な〉という意味がこれでわかるだろう。〈凶器の行方〉に気をとられている限り、読者は真の最大の謎である(A)に気づかないのだ。しかも〈巧妙な〉の意味はそれだけでは終わらないのだ。

 (c)の〈トリック〉と〈推理〉の意味を考えてみよう。(a)(b)(c)の順にパーフェクトガイドで指摘された設問では、あくまで〈トリック〉というのは(A)の事に他ならない。ところが(B)という〈巧妙な手〉のせいで、トリックにこだわる読者は(A)に思いいたらない。ならば〈凶器の隠し場所〉のトリックを暴こうとやっきになったところで、実は手がかりがないのだ。

 (B')凶器は馬の口に隠されていた。

 というのが〈隠し場所〉のトリックだが、これを推理するための手がかりは最初の殺人の直後しかない。すなわち、クイーン警視自身が刑事に命じて馬を競技場から退場させる場面だ(P.82)。「四つ足なんかここじゃ必要ない」というセリフまで警視に言わせて念の入ったカモフラージュを施している。この時点では〈凶器の隠し場所〉は問題にすらされていないので、このさりげない凶器の退場に気づくのは難しい。

 そして次なる手がかりは、二度めの殺人のあとでエラリーがニュース映画用フィルムの試写を見て編集されている事に気づき、完全版のフィルムを見た際に初めて提示される。すなわち殺人直後に水のみ場に誘導された馬たちの一頭が水を飲むのを拒む場面(P.308)がそれだ。P.340にクイーン恒例の〈読者への挑戦〉が挿入されるから、この場面は終盤と言っていい。

 つまり〈凶器の隠し場所〉を暴く手がかりは最初から作者によって周到に隠されているわけだ。一方で〈人物のすり替え〉を導く手がかりはあちこちにちりばめられている。これが果たしてどんな効果を生むか。

 〈凶器の隠し場所〉のトリックを想像する事ができない読者は、文中にちりばめられた手がかりから推理せざるを得ない。しかし推理から導かれるのは〈凶器の隠し場所〉ではなく〈人物のすり替え〉という驚くべき真実だ。〈すり替え〉については推理することでトリックの存在に初めて気づかされる。パーフェクトガイドに書かれているように、まさに「推理がトリックを乗り越える」瞬間と言っていいだろう。

 しかしここに作者の誤算がある。マニアにとっては〈トリック〉か〈推理〉かの選択をせまられるわけだが、僕を含めて多くの読者が〈単なるエンターテイメント〉という読み方を好んでいる。すなわち〈知的パズル〉に頭を悩まされるより、魅力ある謎に引き込まれて結末の謎解きで驚かされたいという姿勢だ。クイーン作品の場合は、これに謎解きの独創性と論理的な説得度の高さが付け加わり、読者を充分に満足させてくれる。

 誤算と言ったのは、ミスディレクションのための〈消えた凶器の謎〉が他のクイーン作品と比べて見劣りがするという点だ。確かに推理しながら読んでいけば面白さは途切れることはないかもしれないが、〈トリック〉への関心も〈推理〉に対する執着もない読者には、結末の意外性に驚かされるまでの見かけのストーリーは少々退屈だ。結果として、僕のように前半の印象から長く低い評価しか与えないファンも多いのではないだろうか。そういう方には是非再読をオススメする。再読では一から推理することはかなわないが、推理することで本作がどんなに面白いかどんなによく出来ているかが体感できる。

 では作者がどんなにうまく手がかりをちりばめているかを以下に見ていこう。

 エラリーは最後の謎解きで、犯人を特定するための「6つの事実」を列挙して緻密な推理を展開する。

(1)死んだ男のズボンの帯皮は一番目の穴で止められていた(P.87)。

 しかし、2、3番目の穴には垂直に深い切れ目がありすりへっている(P.89)。2つも穴をゆるめた理由として
 (1-a)直前にたらふく食べた。
 (1-b)自分のベルトではない。
のいずれかが考えられる。しかし、解剖医の検視報告で被害者の胃袋は空っぽだった(P.227)し、ベルトにはホーンの頭文字入りであった(P.87)。

(2)死んだ男は右手に銃をもっていた(P.93)。

 銃の握りには象牙がはめこまれていて、握りの右側が細長く色が違う(P.94)。左手で握ると曲げた指の先と手のひらの間にくる。つまり「銃は左手用である」。その後ホーンのホテルからは対となる銃が見つかり、握りの左側にあった細長い色の違う部分から「右手用の銃」だとわかる。

 ホーンは両手撃ちの名手であり、2丁の銃は死体から見つかった銃の方が2オンス重い事が判明し(P.231)、ホーン自身にとってはバランスがとれていて間違った手で扱ったりはしない。

 (1)&(2)より「死んだ男はホーンではない。しかも体つきや顔がホーンによく似ている」。ホーンによく似た人物という事実から、エラリーは西部劇のスターの頃からの「吹き替え」ではないかと推理する。この時点では吹き替えを使う正当な理由がホーンにある可能性も否定できない。以後「吹き替えを殺した」可能性を追求する。

(3)銃弾が床に対して30度の角度で上方から被害者に入射した(P.135)。
(4)撃たれた瞬間の連続写真を見ると、ホーンの胴体は垂直から30度左に傾いている(P.217)。

 この2点から銃弾は水平方向から発射された事がわかる。よって被害者の上方に位置する「観客席全部」と「ニュース映画の撮影クルー」が除外され、水平方向という事実から「被害者と同じく騎乗していた騎手40名のうちの一人が犯人」だとわかる。

 ホーンはあらかじめ新入りミラーに変装して騎手の一団に加わっている。「ホーンの思惑はなにか?」

(5)銃声は騎手の一団は放った一斉射撃時のみで(P.139)、その数秒後に被害者が馬から落ちた。
(6)騎手たちの銃が致命傷を与えたのではなく、25口径自動拳銃から発射された(P.159)。


 (6-a)犯人は25口径の自動拳銃を使った。
 (6-b)一斉射撃時に実弾が発射されたのだから、空砲と同時に発射した。
 つまり「射撃に両方の拳銃を使った。両手撃ちができる。」

 以上の6つの事実から演繹された推理からエラリーは「犯人はホーン」という真相を言い当てる。それに比べると

「凶器はどうやって隠したか」


という謎の回答については説明がそっけない(P.398)。

 「いちばん深刻そうに見える謎が、いつだっていちばん簡単なものさ」とチェスタトンのブラウン神父ばりの逆説を披露している。つまりここで、作者クイーンが〈凶器の隠し場所〉については、読者の注意を惹きつけるためのミスディレクションだったと手品のタネを明かしているのだ。

 最後に一点だけ突っ込みを入れよう。

 エラリーは第1の殺人後のニュース映画の試写のあと、「この自己宣伝屋の老人を殺したのはだれかを知っている」と発言してクイーン警視に問い詰められるが、「だって知らないんだ」と煙にまく。この発言の意味は厳密な意味で正しいが作者の詐術だ。ホーンとは言わずに「死んだ男」とか「老人」などというどちらともとれる表現を使って逃げている。

 そして以後、ホーンが犯人である事すなわち被害者がホーンではない事を誰にも告げない。父のクイーン警視にまで話さない。事件関係者のキット・ホーンの怪しい動きが報告されて警視が任意出頭を求めようとするのをエラリーが止めた際にも警視の「なぜだ?」という問いかけに、「そこまで話す必要がどこにありますか?」と逆ギレしている(P.241)。しかし僕から言わせれば答えは「あるよ!」だ。「おまえの親父はニューヨーク市警の警視だぞっ!」

 P.251に異例の作者の注が入る。そこには「ギリシア棺の謎」で若きエラリーが完全な間違いをなんどもおかした経験から、「自らの推理が疑問の余地なく絶対に正しいと確信できるまでは、口外しない」と誓ったと書かれている。しかしこれはエラリーの、ひいては作者の言い訳に過ぎない。この時点で例のトリックがばれてしまえば、せっかくの苦労が水の泡だ。結末で明かされる真相の意外性が割り引かれてしまうからだ。それにしても「ギリシア棺」は、その後のクイーン作品で〈言い訳〉を抜け道として堂々と利用するために書かれたとも言えるかもしれない。

(参考)
アメリカ銃の謎 エラリー・クイーン
エラリー・クイーン Perfect Guide 飯城勇三・編
エラリイ・クイーンパーフェクトガイド(文庫版) 飯城勇三・編著

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posted by アスラン at 01:53| Comment(0) | TrackBack(0) | エラリー・クイーン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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