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    2024年12月13日

    髑髏城の歩き方(1)

    [髑髏城へのアクセス]
     ジョン・ディクスン・カー『髑髏城』に出てくる髑髏城にはどうやったら行けるか。アクセスについて考える。

    ライン川下り(マインツ〜コブレンツ)の地図
    ライン川下り-2.jpg

    @マインツ中央駅
    (原文)[第2章P.12]
    In Mainz I had bought a book at the railway station. It was in English, written by somebody named Brian Gallivan, and called, Legends of the Rhine.
    (私訳)
    マインツの駅で、僕は本を1冊買い求めておいた。英語で書かれた本で、著者はブライアン・ギャリヴァンという人物。本の題名は『ラインの伝説』だ。
     『髑髏城』の語り手ジェフ・マールは、アンリ・バンコランの後を一日遅れで追って髑髏城の対岸にあるアガサ・アリソンの屋敷に向かう。この場面で描かれる駅は、ドイツ鉄道マインツ中央駅だと思われる。ここでライン川周辺の伝説を描いて名高い観光本『ライン川の伝説』を購入している。この本は現実に存在しているが、カーはこの本の著者を登場人物の一人で記者のギャリヴァンとして描いている。いずれにせよ、マインツからライン川下りの蒸気船に乗船したに違いない。
    (以下はgoogleマップの画像。正面入り口はライン川がある方を向いている。)
    マインツ中央駅.jpg

    Aビンゲン
    (原文)[第2章P.11]
     There is a flavour, there is an old, dangerous, twilight charm, about the warrior Rhine when it leaves its lush wideness at Bingen.
    (私訳)
    勇猛なるライン川には何らかの気配がある。それはいにしえの昔から続く、危険に満ちた黄昏の不思議な力であり、その力のおかげでビンゲンでは川幅が広がって両岸は緑豊かな土地が残されている。
     マインツからライン川を下ると、ビンゲン・アム・ラインという街が見えてくる。Wikipediaには「ビンゲン (Bingen) という地名は、一般的にここを指す。……ライン川に沿って広がる小さな町の周囲は、緑の森のなだらかな丘に囲まれ、また町の中心の小高い丘には現在は市庁舎となった中世の姿を留めるクロップ城が建っている。」と書かれている。
    (以下はgoogleマップで左岸の丘の上で、おそらくドローンで撮影されたビンゲン・アム・ラインの街。前方にクロップ城が見える。)
    ビンゲン・アム・ライン.jpg

    Bラインシュタイン城
    (原文)[第2章P.12]
    The grey stateliness of Castle Rheinstein swept past on our left, far on its rocks above. Though they all must have seen it a hundred times before, the passengers crowded to the rail with craned necks, exclaiming. . . .
    (私訳)
    灰色の荘厳なラインシュタイン城が、左岸のはるか頭上の岩の上を通り過ぎていった。これまでにも何百回となく乗客たちが城を見てきたに違いないが、この日の乗客も手すりに集まって首を伸ばしながら歓声を上げていた。
     ライン川の数ある古城の中でもとりわけ美しいとされる城だと観光ガイドなどに書かれている。切り立った岩の上に築かれているところが何よりも古城としての魅力に満ちているようだ。
    (以下はgoogleマップで対岸から見たラインシュタイン城)
    ラインシュタイン城.jpg

    Cローレライ
    (原文)[第2章P.14]
     We were nearing the bend in the river where rises the great Lorelei rock.
     (中略)
    But they faded, to be engulfed in the grey massiveness of the Lorelei height.
    (私訳)
    川の湾曲部に近づいてきた。そこにはローレライの巨岩がそびえている。
     (中略)
    夕陽が色褪せて、高くそびえるローレライの灰色の巨岩に呑み込まれていった。
     ちょうど川が湾曲する部分の内側(右岸)に大きな山のように屹立した岩がある。Wikipediaによれば「130mほどの山」と書かれ、「ライン川の中で、一番狭いところにあるため、流れが速く、また、水面下に多くの岩が潜んでいることもあって、かつては航行中の多くの舟が事故を起こした。」事から、少女の姿をした妖精が船頭を魅惑して舟を沈めてしまうという伝説ができた。「ローレライの巨岩」とカーは書いているが、現代では「妖精の岩」とも呼ばれるらしい。
    (googleマップによる画像)
    ローレライ.jpg

    D髑髏城
    (原文)[第2章P.17]
    "There she is, Mr. Marle. There's Castle Skull."
     It was still far away, but our steamer seemed to sweep with incredible speed now. At first it was a domed blot with two thin towers, swimming in spectral dusk, disembodied high above the pines on the right.
      (中略)
     Then Castle Skull grew in size, though it seemed even farther above our heads. Massive walls, battlemented and fullly a hundred feet high, were built into the hillside.
      (中略)
    I saw the whole thin, rain-blackened, monstrous pile move slowly above our heads.
    (私訳)
    「あれだよ、マール君。あれが髑髏城さ。」
     髑髏城はまだずいぶんと先にあったが、今や蒸気船はとてつもない速さで進んでいるようだ。最初に見えたのは、滲んだような丸屋根に細長い2本の塔であり、それがぼんやりとした砂埃の中をかいくぐって、右岸の松林のはるか上に浮かび上がった。
      (中略)
     そうして髑髏城は次第に大きくなってきたが、それでも僕らの頭上からかなり離れたところにあるように見えた。丘の斜面に食い込むように巨大な城壁が築かれていて、優に100フィートの高さがあり、上部には狭間胸壁が設えてある。私は手すり越しに体を髑髏城の方へ曲げて首を伸ばして見上げた。
      (中略)
    そして、全体が薄墨のように雨で黒ずんだ巨大な山が、僕らの頭上をゆっくりと通り過ぎていった。
     ローレライをやり過ごしながら、ジェフ・マールとギャリヴァンはひとしきり髑髏城の話と、魔術師メイルジャアの事件の話に夢中になる。そのうちに、はるか遠くに髑髏城が見えてくるという場面だ。髑髏城は架空の城なので、実際にどこにある事になっているのかはカーの頭の中にしかない。ただし、髑髏城の次に出てくる地名が「シュトルツェンフェルス」なので、ローレライとシュトルツェンフェルスの間のどこかに髑髏城は「存在」する事になる(シュトルツェンフェルスは第11章で出てくる)。
     ちなみに現在のライン川クルーズでは、ローレライの巨岩のすぐ先にあるザンクト・ゴアと、はるか先にあるボッパルトとの間を45分かけて進む。この2点間の距離は約14.1kmなので、おおよそ時速19kmというスピードだ。ボッパルトの先はS字カーブを描くように大きくうねっているので、「髑髏城はずいぶんと先にあった」と描写できるような場面を作りにくい。という事は、少なくともボッパルトよりも手前に髑髏城はあるのではないだろうか。そこで出てくるのがシュテレンベルク城だ。

    Eシュテレンベルク城
     『髑髏城』本文には出てこない。書評家ダグラス・G・グリーンが書いた伝記『ジョン・ディクスン・カー〈奇蹟を解く男〉』では、カーと友人の記者は『髑髏城』を書く前年にドイツを旅してライン川クルーズを堪能し、『髑髏城』の着想を得た。友人の記者の証言もしくは文章から、カーはシュテレンベルク城をモデルにしたようだと書いている。もしこれが事実だとするならば、おあつらえ向きの場所にシュテレンベルク城はある。この城は隣のリーベンシュタイン城と合わせて兄弟城と呼ばれる。その曰くについては『ラインの伝説』に詳しい(参考文献(5)を参照)。それはともかくほぼ兄弟城の真横まで来ると、小高い丘の上にある城にたどり着くには、つづれ織りのような険しい坂を上がっていくように見える。まさにバンコランたちが登っていった『髑髏城』への道筋ではないだろうか。
    (シュテレンベルク城から直線で740mぐらい手前の船からのgoogleマップの画像)
    シュテレンベルク城-4.jpg
    (シュテレンベルク城から直線で400mぐらいの距離の船からのgoogleマップの画像)
    シュテレンベルク城-5.jpg
    (シュテレンベルク城(左)とリーベンシュタイン城(右))
    シュテレンベルク城-6.jpg シュテレンベルク城-7.jpg

    Fコブレンツ

    コブレンツの地図(ライン通りが見える。)
    コブレンツ-3-1.jpg
    (原文)[第2章P.18]
    Neither Gallivan nor I spoke until the river widened so that we could see the lights of Coblenz, built up the left-hand hill at the junction of the Rhine and the Moselle, and the unsteady lamps on the Bridge of Boats.
    (私訳)
    コブレンツの街の灯を見逃すまいと、川幅が広くなるまでは僕もギャリヴァンも口をきかなかった。ライン川とモーゼル川の合流点には左手に丘があり、船橋の灯りはゆらゆらと揺れていた。
     以下の画像では「ふり返って」いるので右手に丘が見えるはずだが見えない。そのかわりドイチェク・エック(ドイツの角)と呼ばれる三角形の合流点が見える。船橋(しょうりょう)はないが、観光船が接岸する船着場がある。
    (ライン川とモーゼル川の合流点から来た川筋をふり返った画像)
    コブレンツ.jpg

    (原文)[第2章P.18]
     He gave me a card. "Here," he said, scribbling the address: "Hotel Traube, Rheinstrasse. Not very far from the landing-stage.
      (中略)
    There were illuminated windows in the white houses lining the Rheinstrasse;
    (私訳)
    ギャリヴァンは名刺に宿泊先を走り書きして僕に手渡した。「ここに泊まっているよ。ライン通りのトラウベ・ホテルだ。桟橋からそれほど遠くない。」
      (中略)
    ライン通り沿いの白い家並みでは、あちこちの窓に灯がともっていた。
     「ライン通り」を見つけた。小さな通りだ。しかもすぐに別の名前の通りに変わってしまう。googleマップで確認したが、今や昔の面影に乏しく古い建物はあまり見当たらない。ただし、白い壁を基調とした建物が多いのは伝統から来ているのかもしれない。もちろん「トラウベ・ホテル」は存在しない。
    (ライン通りのgoogleマップ画像)
    ライン通り.jpg
    (原文)[第2章P.18]
    Not far from the main landing-stage, a flight of stairs descended to the water. A motor-boat, long and dashing, swayed at their foot.
     The cough of the engine deepened to a roar. We swept out in a half-circle, and I sank back into the cushions in the stern.
    (私訳)
    中央桟橋からそう遠くはない場所に階段があり、川岸まで続いていた。そこには、細長くて今にも飛び出しそうな一台のモーターボートが待ち受けていて、階段のすぐ下で揺れていた。
     咳きこむようなエンジンの音が、さらに大きくなって唸りだした。僕らを乗せたボートは揺れながらぐるっと向きを変えたので、僕は後部にあるクッション席に体を投げ出した。
     中央桟橋がどこかは分からないが、おそらくライン通りの近くにあるはずだ。中央桟橋の近くに待ち受けたモーターボートは、ジェフを乗せてぐるっと旋回して飛び出す。

    Gアリソンの屋敷
    (原文)[第2章P.19]
    Retracing the way I had come, I saw before many minutes another pair of lighted steps on the right. The Alison place was built high among trees, with a thin stone staircase curving up interminably to its veranda.
    (私訳)
    さきほど下ってきた川を引き返して20〜30分も経たないうちに、灯りが付いた別の階段が右岸に見えた。アリソンの屋敷は木々の間から高く顔を覗かせ、段差があまりない石の階段が屋敷のヴェランダに向けてだらだらと続いていた。
     「右岸」とは髑髏城の対岸である。ちなみに、例の兄弟城の一つ、シュテレンベルク城はコブレンツから川沿いに24kmほどある。最新のモーターボートは時速80kmは出るようだが、当時のモーターボートが時速50kmほど出たとして、20〜30分程度という事だろうか。many minutesというのが「十数分」なのか「数十分」なのかはっきりしないが、とりあえず「20〜30分」という事にしておこう。

    Hアリソンの屋敷〜ストルヘンフェルス
    (原文)[第11章P.110]
     We said no more as the boat sped towards Coblenz. Many craft were out that morning. A scull, propelled by a solitary oarsman with a naked powerfull torso, slid past at easy strokes. One of the Rhine steamers towered above us in gusts of black smoke, its white sides gleaming and its rail crowded with passengers, who waved and shouted to us according to the genial custom of the river. Bencolin and I were having a fine time returning the salutations, but von Arnheim sat studying his newspapers without seeming to notice. A launch full of girl hikers―those muscular thick blondes with bare legs and packs on their backs―went by on its way to Stolzenfels, the girls singing lustily.
    (私訳)
     モーターボートがスピードを上げてコブレンツに向かう間、僕たちは一言も話さなかった。その朝はたくさんの船が行き交っていた。一艘の手漕ぎ舟がゆっくりと通り過ぎていったが、がっしりとした上半身を露わにした漕ぎ手が櫓を操っていた。ライン川を巡る蒸気船が黒煙を上げながら僕たちの前にそびえ立ち、白い船体はキラキラと輝き、甲板は大勢の乗客でひしめき合っていた。ライン川の慣習であろうか僕たちに手を振り歓声をあげた。僕とバンコランは愉快な気分になってそれに応えたが、フォン・アルンハイムは座ったまま例の新聞を調べるのに気を取られて、気づきもしなかったようだ。また、大型のボートはハイキングに来た女性を大勢乗せてストルヘンフェルスに向かってすれ違うところだった。女性はみな豊満な肉体に金髪の持ち主で、素足のまま背にリュックを背負っていて、元気いっぱいに歌声を上げていた。
     バンコランとジェフ、それにフォン・アルンハイムは、髑髏城探索を終えた翌日に、コブレンツに待機している記者ギャリヴァンと話をするためにコブレンツに向かう。モーターボートでライン川を下ってコブレンツに向かう場面だが、様々な船と出くわす描写がある。分かりにくいのは「すれ違う」のか「追い抜く」のかだ。「手漕ぎ舟(a scull)」と「大型のボート(a launch)」は原文から明らかにすれ違っているが、「蒸気船(the Rhine steamer)」はモーターボートの前にそびえ立っているだけでどちらとも言えない。ただ、ここではストルヘンフェルスに向かう大型のボートとすれ違っているという事が重要だ。つまりモーターボートは既にストルヘンフェルスを通り過ぎている。
     ところでハイキング目的の女性陣が向かうストルヘンフェルスには何があるかと言えば、ストルヘンフェルス城という非常に美しい城がある。この城に伝わる伝説は髑髏城のストーリーを考える際にカーが参考にした可能性がある(参考文献(5)を参照)。
    (ストルヘンフェルス城の画像)
    ストルヘンフェルス城.jpg

    Iコブレンツ、アーヘンブライトスタイン城塞
    (原文)[第11章P.110]
    Before many minutes we turned into a straight stretch, and we could see on the right bank the grey fortress of Ehrenbreitstein piled against the bright sky. Coblenz was on the left―white houses whose windows were gay with red geraniums.
    (私訳)
    10分もたたないうちに僕たちはライン川がまっすぐ伸びた箇所にたどり着いた。右岸にはあざやかな青空を遮るように灰色のアーヘンブライトスタイン城塞が見えた。コブレンツは左岸にあり、白い家並みの窓には赤いゼラニウムが飾られていて、華やかだった。
     さきほどのストルヘンフェルスの画像を見ても分かるように、ライン川は右側に湾曲しているため遠方のコブレンツは見えない。ストルヘンフェルスからコブレンツまでは7km程度で、もしモーターボートが時速50kmだったなら10分足らずで着いてしまう事になる。原文にはmany minutesとあり、コブレンツからアリソン邸まで遡った時にもmany minutesだったのでなんだか辻褄が合わない。だが、第2章と第11章との記述に整合性を求めるのはどだい無理がある。ましてやカーが筆にまかせて書いた文章ならば尚更だ。こちらのmany minutesは「10分足らず」と考えよう。
     右岸にコブレンツを見ながらモーゼル川とライン川との合流点にたどり着くと、右手にアーヘンブライトスタイン城塞が見える。
    (アーヘンブライトスタイン城塞の画像)
    アーヘンブライトスタイン城塞.jpg

    [参考文献]
    (1)Castle Skull (John Dikson Carr) 1931年出版 (この記事の原文はPocket Books版(1947年出版)から引用した。)
    (2)ジョン・ディクスン・カー著『髑髏城』(宇野利泰訳) 1959年初版 創元推理文庫
    (3)ジョン・ディクスン・カー著『髑髏城』(和爾桃子訳) 2015年初版 創元推理文庫
    (4)吾孫子豊著『ラインの伝説−ヨーロッパの父なる河、騎士と古城の綺譚集成−』(2017年) 八坂書房
    (5)本ブログ内「ジョン・ディクスン・カー『髑髏城』を散策する(その5)」

    (Castle Skull (Pocket Books版)、ルーラント著『ラインの伝説』、吾孫子豊著『ラインの伝説』各表紙)
    CASTLE SKULL(PocketBooks).JPG ラインの伝説(1986年).jpg 『ラインの伝説』表紙.jpg
    posted by アスラン at 03:15| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) |  書評(ディクスン・カー) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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