二月四日土曜日の午後十時三十一分、群馬県利根警察署に遭難の一方が入った。非常に緊迫感あふれる乾いた筆致でたんたんと事件発生の状況を描いていく冒頭を読んだ時、日本の警察の一部署が活躍する群像ドラマが展開されるのだろうと思った。それは「らしく」はないが、米澤さんが描く刑事物はどんな風になるのかという興味ももちろんあった。
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十時五十九分、最寄りの派出所から急行した警察官が芥見から事情を聞いたところ、埼玉県さいたま市から来た五人連れのスキー客のうち、四人と連絡が取れないことがわかった。
だが、すぐに自分が思い違いをしていたことに気づいた。これは刑事物ではあるが、そこに群像ドラマは存在しない。群馬県警本部刑事部捜査第一課という部署の活躍を描く短篇には違いないが、その実、活躍するのは「葛(かつら)警部」のみだ。もちろん周辺には幾人かの部下が名前を伴って描かれてはいるが、役回りも人物像も最低限の範囲にとどめてある。直属の厳しくも信頼のおける上司も、何かと横やりを入れたがる、さらにその上の上司などは、ドラマに厚みを持たせるために多少は具体的な人物として描かれてはいるが、こと事件解決に向けて葛警部が考えるのは、入手した手がかりを統合し解体し、さらにはまた総合する事で真実にたどり着く、いわば「名探偵」のやり口そのものだ。
つまり、著者がやりたかった事は警察組織を描く事ではなく、警察組織の中にシャーロック・ホームズのような名探偵を紛れ込ませる事だったのだ。「日常の謎」を主戦場として書き出した著者が、本格ミステリの手法で様々な作品を書くようになり、ついに行きついたのが、本格ミステリの手法で刑事物・警察物を描き、そこに名探偵をソフトランディング(軟着陸)させる事だった。だから、さきほどホームズの名を持ちだしてはみたが、警察という部署にホームズは軟着陸させられない。もしそんな事をしたら、テレビドラマ『相棒』の杉下右京のようにしか描くことはできないだろう。警察というリアリティを維持しながらも、刑事が何十人束になっても思いつかないような方法論と思考回路を持ち合わせる刑事が必要だった。通常こういう時は一刑事に名探偵が割り振られるのだが、ここでは警部という責任ある立場に割り振られている。彼は警部としてルーティンワークをこなしながらも、安楽椅子探偵としてわずかに自身に許された時間の中で事件を検討して答を導いていく。
この新たなヒーローが活躍するシリーズは、これからもっと大きく育っていくかもしれない。いや、それを期待したくなるような出来だ。このヒーローは、まだまだ単なる一警部であり無名に近い存在だが、彼を語る上で控えめだが重要な特徴を著者はちゃんと仕込んである。それは仕事の合間に手早く済ませる「菓子パンとカフェオレ」の食事だ。なんて粗末で、なんて魅力的な食事風景だろうか。



