7.2.1 My father died on Tuesday. He had an intense love for me and it adds now to my grief and remorse that I did not go to Dublin to see him for so many years.今回からItが形式主語になるタイプの構文を扱う。何故、形式主語を用いるかについて伊藤先生は「このタイプの文では、主部が長すぎて不安定な感じを与えるため」としている。形式主語という枠組がない日本語からすると名詞節を冒頭に戻す事になるので、結果的には頭でっかちな名詞節を抱える文になる。これはもちろん日本語として不安定な文とは言えないが、直訳調でかしこまっているような感じがする。日本語にとっては、「ダブリンに行っていなかった」という状況と「悲しみと後悔を深める」という動作とがどのような関係にあるのかが重要だ。時系列の前後なのか、因果関係なのか、それとも理由なのか。そこを押さえながら日本語を推敲していく必要がある。
(訳) 父は火曜日に死にました。父は私をとてもかわいがってくれました。ずっと前から父に会いにダブリンへ行っていなかったことが、今になってみると私の悲しみと後悔を深めるのです。
しかし、それ以前に日本語としての違和感を消すために「死ぬ」を「亡くなる」にしたり、題目の「父」は次の文にも引き継がれるので「父は…父は…父に…」の繰り返しを避ける事を考える。まずは第一の文だが、とりあえず最初の「My father」は初出で未知語として扱う事にして、「父は」を「父が」に変更する。
(第一の文の推敲訳) 火曜日に父が亡くなった。
第二の文から父を既知語として扱う。add to…(…を増す、…が深まる)という意味だが、ここでは「父は私をとてもかわいがってくれました」を受けて「私」は父の死を悼んでいる(悲しんでいる)はずで、さらに「父に会いにダブリンに行っていなかったこと」が「悲しみと後悔を深める」という流れになっている。だから「悲しみと後悔を深める」ではなく「尚更…悲しくて悔やまれる」のように気持ちの高まりを順序立てて説明する文に直す。
(第二の文の推敲訳) 父はずいぶんと私に愛情を注いでくれたので尚更、これほどまでに長い間ダブリンまで会いに行かなかった事が、今となっては悲しくて悔やまれてならない。
以上をまとめて、さらに推敲する。第一の文は「父が亡くなる」という叙述文で、以降は「私」を題目にした文に統一した方がよさそうだ。それと、これは僕の思い込みだが、わざわざ「ダブリンに会いに行く」という表現になっているのは故郷に戻るという感じではなく、幼い頃は同居していたが、両親の離婚か何かで父とは疎遠になっていたようにも感じられるので、その線に沿って手を加える。
(推敲訳) 火曜日に父が亡くなった。一緒にいた頃はずいぶんと可愛がられたから、尚のこと何故こんなにも長い間ダブリンまで訪ねていかなかったのかと、今さらながら悲しくて悔やまれてならない。