2005年07月13日

「サンタより愛を込めて」あるいは平凡な日常にひそむ奇跡

 最初から結論というより素直な感想を言わせてもらえば 「とても面白かった」と言う以外にない。だから今回は褒めちぎる事に終始したい。

 まずタイトルがいい

 「サンタより愛を込めて」、何て平凡で身も蓋もないタイトルだろう。こう思ったのは僕だけじゃない筈だ。だが、この平凡なタイトルに油断していた僕は、後でうかつにも涙ぐむ事になってしまう。

 平凡な日常にひそむ奇跡こそが今回の舞台のテーマであればこその、このタイトルだ。ここに作・演出者の並々ならぬ策略が感じられる。たかがタイトルと思うなかれ。「ラブアニマル」という意想外のタイトルの思わせ振りに比して、内容が肩透かしだった前回の公演の事を思えば、今回のタイトルの大胆さがよく分かるというものだ。

「罪と罰」で始まるところがいい

 ロシア文学で、しかもドストエフスキー。読書好きでも今時読んでいる人は少ないから誰もどういう話か知らない。僕も実は読んだ事はない。ツルゲーネフの「初恋」はお決まりで中学の時に読み、トルストイの「アンナ・カレーニナ」は映画の中のソフィー・マルソーの美しさに惹かれて、最近とうとう読み切った。それでも「罪と罰」はちょっとなぁ。

 そんな未読の観客の後ろめたさを知ってか知らずか、冒頭からいきなりテンションの高い芝居が始まる。えらいこっちゃ、今回は「ラブアニマル」以上のシリアス・ドラマだぞ、と最前列にいる一観客はひとりごちる。

 柊丈一郎役の平川君の目付きが完全にイッてしまってる。これはイカン、目を合わせられない。相手役の武田さんもいつになくシリアスだ。これは全く予想外の展開だ。こんな筈はない、このままではイカン、観ている方が持たない、などと頭が混乱して来たところに、ついに極め付きの出来事が……。

 やってもうた、武田さんセリフ飛んだぞ。やっぱりなぁ、初日から気合い入れ過ぎが祟ったんだ。やっぱり似合わない事はやるもんじゃないぞ、などともうパニック寸前に陥ってしまって、舞台練習というオチがついた時にはまさに心臓バクバク状態だった。自分で言うのもなんだが何て純情な観客だろう。こうして脚本家の思う壺にいきなりはまってしまったのだ。

「罪と罰」を毎年公演する小劇団という設定がいい

 そんな劇団がある訳がないと思いつつも、もしかしたらどこかにあるかもしれないというひとつのファンタジーと、昔から変わる事なくずっと続けてきたのだという郷愁を誘うような懐かしさが感じられる。

 吉田秋生の「桜の園」をふと思い出した。「桜の園」を毎年公演する女子校の演劇部。毎年演じる事の退屈さの中に、今年もまたいつもどおり上演できる事の不思議な安堵感とほんの少しの新鮮さとに包まれてしまう舞台。それが演劇の魔法であり、それが「罪と罰」さえも毎年公演できてしまう理由なのだ。

 とは言え、やっぱり今年は違うものをやりたい、という展開がいい

 「桜の園」では毎年3年生が入れ替わり演じるのだから新鮮味もあるというものだが、同じメンバーで同じ題目を毎年やるのは郷愁もへったくれもない。だから喜んでいるのは主役に抜擢された杉田朝夏だけな訳だが、彼女さえもが歌を唄うのがイヤでやりたくないとごねる。

 踊りはブロードウェイ仕込みという彼女が歌は下手という設定は、まるで「ダンシング・ジェネレーション」のアイコだなと思いつつ、武田さんが言い訳する時にみせる照れ笑いは、どう見ても演技じゃないなと思わずチャリを入れたくなる。そんでもってなんだかんだ言っときながら平川さんとのコンビによる、「ロミオとジュリエット」見まごうミュージカルを見せてしまうところが、やっぱりおちゃめだ。

 そういう訳で(どういうわけ?)、 出演者どうしがいがみあっているのがいい

 大映テレビのドラマじゃないが、ささいなわだかまりをきっかけにして互いが憎み合ってしまう。咽喉を痛めて主役を降板した杜岡りなと、主役に抜擢されたばかりかりなと別れた柊とくっついた杉田朝夏との反目。朝夏と付き合いながらりなの事が思い切れない柊。そしてりなを慕うあまり杉田も柊さえも憎んでしまう真理子。この三角関係ならぬ四角関係におけるそれぞれの思惑がよく描けていて楽しめる。
特に真理子の立場が微妙にずれていくところが面白い。

 描かれてはいないがおそらくは柊とりなを妹分として慕っていた彼女が、二人が別れたのをきっかけにして一方的にりなに同情するようになる。ここには姉妹の関係というより仄かな恋愛感情の存在が感じられる。だからこそりなを悲しませる原因である朝夏を憎むようになる。同時にりなに冷たいからという理由で柊を責める真理子に、あどけなさと残酷さが同居している少女の姿が見事に描かれている。

 またしても優柔不断な男を好演している平川さんの演技がいい。

 「優柔不断やらせたら日本一」なんて果たして褒め言葉になっているだろうか。

 「罪と罰」の若者から浮浪者のクロさん、果てはバイオハザードの怪物まで演じてしまう器用さも備えているが、なんと言っても別れた彼女と今の彼女との間で逡巡する柊丈一郎こそがハマリ役だろう。彼には「永遠の少年」を体現すべくいつまでも戸惑いつづけてほしい。

 「永遠の少年」と対照的に「永遠のノスタルジー」である川岸さんがいい

 思えば「She's having a Baby」では、会社をやめてギターを抱えて酒場を流す神田さん役で、非常に強いインパクトを僕らに与えた。と同時に哀愁をおびた独特の口調と間の取り方に、ほろ苦くも暖かい心地好さを感じたりもした。その神田さんが帰ってきた。期待にたがわず、松山ジェロニモとのやり取りでおおぼけをかましながら、臭いながらも妙に味わいのある台詞回しで、次第に人間ドラマへと観客をいざなってゆく。

 彼無くしては「罪と罰」のテーマもあり得ない

 遅ればせながら脚本と演出が最高にいい。

 舞台練習という状況を導入する事で、「サンタより愛を込めて」という純然たる人間ドラマを、劇中劇という形で断片的に観客に見せてゆく。

 この手法でおそらくは普通に通り一遍に観せるよりも話の展開が軽快になり、クライマックスが最後まで引き伸ばされても退屈しない。しかも登場人物と演じる(演じさせる)者とが二重写しになっていき、最後に一つに重なるところの演出は舞台ならではサスペンスに富み、十分にドラマチックだ。

 松山ジェロニモ演じる主人公がクロさんの不自由な左手を見て自分の父だと気づく。そして次のシーンでは、主人公と入れ替わったオーナーが、クロさんに自分の家に来て娘のためにサンタになってくれと懇願する。ここで一瞬舞台と現実が交差する。ドキッとさせられると同時に胸を打つ場面だ。この部分の演出は鮮やかでドラマチックで素晴らしく、何度見ても涙が零れる(実際、初日も千秋楽もこのシーンで涙が出て来た)。

 もちろん三年前の公演の再演というのが、このような完成された脚本を生み出す土壌となっているのかもしれない。前回の公演がどんなものだったにせよ、それを下敷きにして全く違ったものを作り出したのなら、ワインのように作家のアイディアも時を経て熟成するのだろう。それはそれとして前回の公演をぜひ見てみたくなった。

 さてそろそろ褒めるところがなくなって来ただろうか。いやいや、まだまだ。

 平川さんのピカチュウの瞬間芸がいい。あの一瞬の笑顔が忘れられない。

 真理っぺの無防備なミニスカートとうかつなナマ足がいい。ここに杉本さんのファンが一人増えました。「ラブ・アニマル」のマッド・サイエンティスト役の時とは大違い。

 杏子の素人っぽい台詞がいい。間が微妙にはずれるところがいい。でも朝夏のように照れてないところがいい(本当にいいのか?)。

 舞台に何もないのがいい。本当にセットらしいものが何もない。舞台稽古という設定だからしょうがない。でもなんかあるだろう、なんて思ってたけれど、ラストのクリスマス・ツリーの趣向を際立たせる演出だったわけだ。

 うーむ、最後まで完璧だ
posted by アスラン at 00:52| Comment(0) | TrackBack(0) | グループ満天の星 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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