2005年05月12日

「Hole」「ポーラX」(1999年10月23日(土))

 渋谷のシネマライズで「Hole」(no.109)(ツァイ・ミンリャン監督)を観る。

 前作の「河」では都会人の心に澱のようによどむ孤独を鮮やかに浮き上がらせていたが、今回もその流れは変わらない。汚染のため立ち退きを迫られている集合住宅の上階と下階とで、間に開けられた穴を通じて、孤独な心を通わしていく男と女

 驚かされるのは途中で二人の夢であるかのように、あでやかに飾り立てたドレス姿の女が踊るミュージカル・シーンが挿入される。
 2000年を間近に控えた都会で、奇跡のように二人は穴をはさんで手を取り合う。「河」の完成度と比較するとちょっと不満もないではないが、新しい着想で一筋の希望を描いてみせた監督の心意気に拍手しよう。

 向かいのパルコpart3内のサンドイッチ屋で昼食をすまし、再びシネマライズで「ポーラX」(no.108)(レオス・カラックス監督)を観る。

 「ポンヌフの恋人」以来8年ぶりの長編である。

 おもえば「汚れた血」の頃から、単なるラブストーリーではなく必ず不遇な者(あるものは不治の病に、ある者は異形の姿を持つ者に)との報われない恋を描き続けてきた。あたかもそれが純粋な愛を表現できる形式であるかのように。

 主人公ピエールは、亡くなった父に自分の知らない姉が存在する事を知り、すべてが偽られていた城館を飛び出し、現れた姉とともにパリにでてゆく。そして小説家として身をたてようと、姉に対するかなわぬ近親愛をいだいてひたすら書き続ける。別れた恋人が精神を病んで彼らの前に現れ、緊張感のある生活の末に、ピエールはどんどん狂気の世界へと墜ちていく。

 ラストの悲惨さを観るとき、ここまで主人公を追い込む必要があったのかどうかちょっとついていけない感じがした。

カチンコ
蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)は、この後「ふたつの時、ふたりの時間」(2001)以来、音沙汰がない。どうしているのだろう?
ところでパルコのサンドイッチ屋は「fandango」といったか。結構昼食に重宝していたが2001年頃にはなくなってしまった。
posted by アスラン at 00:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画評(1999年) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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