2005年07月04日

1998年12月12日(土) 「地球は女で回ってる」「アウト・オブ・サイト」

 恵比寿ガーデンシネマで「地球は女で回ってる」(no.173)を観る。

 ウッディ・アレンの新作で原題が「Deconsturcting Harry」。「ハリーを脱構築(解体)する」という意味になるだろうか。

 パンフレットにいとうせいこうも書いているが、何故今頃になってポストモダンの現代思想のキーワードを使うのか不思議な感じだ。

 ウッディ・アレンはこれまでも私小説的な映画を撮ってきたが、この作品ではいっそう現実と虚構との距離が近づいている。私生活ではインテリだが女に弱く精神的に絶えずコンプレックスを抱えている事を売り物にして「マンハッタン」や「アニー・ホール」を送り出してきた。

 ダイアン・キートンやミア・ファローと次々に共演者をパートナーとしては別れ、その都度自らの私生活は作品へと昇華されていった。現在はミア・ファローとも別れて彼女の養女と再婚している。

 この作品でもそういった事情は妻の妹との不倫や、妻の患者との不倫、教え子との不倫などの本来あってはならない倫理的なタブーを侵すシーンに反映しているとも言える。しかしこの映画の最大の特徴は、言わば作家ウッディ・アレン自身を解体して、自らの作品を総ざらいしてしまうところにある。

 それは自らの作家生活を対象化して突き放す事でもあり、ある種の懺悔とも取れない事もない。と同時にこれまで積み上げてきたものに対する作家としての自負を示すかのように、書き上げた作品の中の登場人物が一同に会して作家を祝福するラストに、思わず「またもやウディ・アレンにしてやられた!」と観客はつぶやかざるを得ない。

 クリスマスのデコレーション満開で、サンタが愛想を振りまいているガーデンプレイスを後にして、新宿に移動して昼食。

 隣の「踊る大捜査線」の行列を尻目に歌舞伎町のコマ東宝で「アウト・オブ・サイト」(no.172)を観る。

 冒頭、大企業のビルから出て来たジョージ・クルーニーはネクタイを荒々しくはずして投げ捨てる。その足で向かいの銀行に行き、まんまと受け付け嬢から金をせしめる。ところが車のエンジンがかからずもたもたしているうちに捕まって刑務所に。

 このテンポのよさと見事なストーリ展開、それに気のきいた会話を全編見せつけられてしまった。何故彼はネクタイを投げ捨てたのか?後半の意外な展開の中で話がつながった時には思わずうまいなぁとうなってしまった。

 監督は「セックスと嘘とビデオテープ」のスティーブン・ソダーバーグ。これほどセンスのある作家だとは知らなかった。
posted by アスラン at 01:42| Comment(2) | TrackBack(1) | 映画評(1998年) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 こんにちは、TB返し、ありがとうございます。

 確かに、原題を見ると、「解体」という言葉に、家族や恋愛遍歴などをそうざらいする、という意味になるほど、と思いました。
 日本語版タイトルより、映画の内容に合ってますね☆
Posted by カツミアオイ at 2007年02月07日 17:33
カツミアオイさん、コメントありがとう。

おそらく現代そのままを直訳したのではわかりにくいと思ったか、分かってもヒットしそうにないと思ったのか。

いや前作の「世界中がアイ・ラブ・ユー」のスマッシュ・ヒットにあやかって軽いタッチのタイトルにしたのかもしれませんね。

でも前作のタイトルは現代の直訳だし、今回だってそのまま直訳の方がよかった気がします。
Posted by アスラン at 2007年02月15日 02:44
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地球は女で回ってる(1997) 〜女の敵!!
Excerpt:  '''あらすじ'''  不倫、買春、フェチプレイに、三度の離婚。赤裸々な私生活をネタにして、がっぽり稼いでいる小説家・''&#3..
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