(本当は夕べ書くはずだったのですが、タイトル変えた時点でメンテナンス時間に入ってしまいました。)
思えばほんの思いつきで数ヶ月前にブログを開始しました。
まずこのブログを立ち上げ、その直後に「大いなる遡行」を立ち上げました。
初めのうちはどちらも手持ちの文章で始めたのと、せいぜい携帯から通勤の行き帰りで投稿すればいいかなと思っていたので、2つのブログを抱える事がどんなに大変かそのときは理解してませんでした。
やがて少しずつ手持ち以外の文章を載せ、ブログのレイアウトをデザインし、トラックバックを覚え、コメントに返事を書き、トラックバックしてくれたサイトを覗き、コメントを出す。
そんな事を繰り返していたら時間はどんどんと消費していきました。
少しずつ読者も増えてくると、ますます自分のブログから目が離せなくなって毎日毎日2つのブログを渡り歩く自分がいます。まあハマリやすい自分の性格からすると当然の帰結だったのでしょう。
一つにしようと思いついたはいいが、いま少ないながら僕のブログを見てくれる人が離れていくような統合にはしたくないと思いつつ、なかなか踏み切れませんでした。そしていろいろ考えた結果がこのブログのデザインになっています。
僕の方針としては著作権のはっきりしない画像は一切載せるつもりはないので、いきおい言葉による説明がトップページに増える形になりました。ごちゃごちゃしてしまった感は否めませんが、なるたけ「読書好きの人」と「映画好きの人」をそれぞれオススメの記事へとナビゲートできるように腐心しています。(これは今後も追求していきます。)
さてようやくタイトルの変更の件です。
統合する前から実はタイトルは変更する予定でした。ただ躊躇するわけがありました。変更にはカンガルーの画像が不可欠だったのです。
無類のカンガルー好きの僕は、動物園に行くとカンガルーやワラビーを必ず見に行きます。何故好きかを説明すると長くなるのですが、簡単に説明します。
ずいぶん前に伊豆の動物園で見たカンガルーの群れは、見ている人間たちの視線にとんちゃくせずに眠たそうな眼で肘をついて寝そべっていました。
その姿に僕はショックを受けたのです。
あれは寝ているのではない。だらけているのでもない。
あのカンガルーたちは思索をしているのだ。
カンガルーは哲学するのだ。
その時からそんな夢想にとりつかれたのです。
一年前ぐらいにとった画像は、世間に流通している画像のようにさっそうなカンガルーの姿を映し出してはいませんが、妙に愛くるしい表情をとらえていました。
多摩のカンガルーたちは若いからか、むかし伊豆で見た老成したカンガルーたちのように哲学者の顔つきはしていません。
ただ僕には、若きカンガルーたちがあのオーストラリアの広大な荒野を駆けめぐる夢を抱いていることを、檻の鉄格子越しに僕にめくばせしたように感じられました。
そう、若きカンガルーは哲学者になるために、まず荒野を駆けめぐるのだと。




突然カンガルー!
どうしてカンガルーか?が、やっとわかりました。
南武線のお話も懐かしかったけれど(私は府中本町駅を利用していたことがあります)あの「一山全部動物園」といった感じの多摩動物園。
こちらも、また懐かしいですね・・・。
基本的に私は動物園が好きなもので。
どちらかというと、私は「クマ」かな?
動かないクマをじっと見ているのが、結構好きですね。
カンガルーは厳しいですが、ワラビーぐらいなら飼ってみたいくらい好きなんです。でもワラビーでも一緒に暮らしたら蹴り入れられそうですよね。
動物園の話はあらためて書きたいですね。上野も多摩もどちらの動物園も飽きないし、動かない動物や鳥をじっと見つめるのもホントに楽しいですよね。
東京ですか?
カンガルー見るなら多摩はいいですよ。たくさんいるし、身近に見られるし。
ちなみに「哲学する」カンガルーがいたのは、伊東のサイクルセンター(だったかな、いろんな自転車が乗れるところ)にあった小さな動物園だったと思います。
「カンガルー通信」って知りませんでした。是非読んでみます。どの短編集だろう?