歩き疲れては夜空と陸との隙間に潜り込んで
草に埋もれては寝るのです
所かまわず寝るのです
秋は
秋からは
浮浪者のままでは眠れない
秋は秋からは
浮浪者のままでは眠れない(生活の柄 高田渡)
先日亡くなった高田渡の生の歌声を僕は10年くらい前に聞いたことがある。当時WOWOWで坂崎幸之助となぎら健壱が懐かしの60年代・70年代フォークを紹介する「東京フォークジャンボリーズ」という番組をやっていて、なぎらと親交の深い高田渡を呼んでセッションしてしまおうという企画があった。
僕には高田渡も岡林も赤い鳥もリアルタイムで聞いた覚えはない。ただ60年安保を振り返る資料映像の中に彼らの歌声がかぶったのを聞いた程度のつきあいだ。
先のセッションの企画にしても、坂崎&なぎらにT.M.ネットワークの木根尚登を加えた3人が「がくや姫」と称して「かぐや姫」の曲をコピーするというのに惹かれてのこのこ出かけていったに過ぎない。
その時に「生活の柄」を初めて聴いた。いや前に聴きかじった事はあるかもしれないが、フルコーラス聴いたのはこのときが初めてだった。
風貌から飲んだくれで枯れきっているイメージの高田だが、この時ばかりは朗々と歌いあげる感じですばらしかった。浮浪者を歌った唄だとはすぐにわかったが、テーマの独自性もさることながら詩の朴訥とした美しさに魅了された。
6歳違いの兄がいたこともあって、僕は何となく当時の雰囲気に彩られた曲のいくつかは聴きなじみがあった。
高田渡の「自転車に乗って」などは兄がくちずさんでいたので唯一唄える曲だったが、まさにそのことが「放送禁止歌」というシステムが機能にしていた証拠かもしれない。
この本を読むと放送禁止歌という規制は存在しなかったという驚くべき事実が判明する。
すべては「臭いものにはフタ」的な、問題をあらかじめ回避してしまうメディアが生み出した共同幻想だった。
著者はメディアに属する一員としてのモラルから、執拗にこの制度を生み出した主体を探し求めた挙句に主体が存在しない事に茫然とする。
では現在でさえ放送禁止歌を流す事を避けるメディアとは何なのか?
著者のまなざしは作り手である歌手にも向けられる。「放送禁止歌」は性質上、いったん流れ話題になった後に禁止され事実上葬りさられる。唄う場を限定され歌そのものや歌手本人にもレッテルが貼られ、廃業した者もいる。
彼らの憤りを通り越した心の傷は誰が癒すというのか?
著者の視線はさらに「放送禁止歌」が規制する理由そのものにも迫っていく。実は単なるガイトラインにすぎない「放送禁止歌」が規制するものは性を含めた様々なタブーである。
なかでも当時も今も三大タブーが、天皇制、在日韓国・朝鮮人、被差別部落である。
いまやこれらのタブーを扱う歌や歌手の存在など考えにくいだろうが、60年代には反体制の世相とリンクして多くのタブーを唄った歌が作られた。
「五木の子守唄」が被差別部落から誕生したという噂の真実を洗いだしていく後半のドキュメントは、一つのクライマックスとして読む者に感動をもたらすだろう。
さて「放送禁止歌」に憤るもう一つの主体はリスナーに違いない。著者・森が憤るのは決してメディアの一員としてのモラルからだけでなく、好きな歌を奪われた事への反感もあるはずだ。
その意味では、兄や著者とは6年も遅れてきた僕には憤りはない。ただ残念に思うだけだ。
NHK−BSに出演した高田はつい最近でも「生活の柄」を歌えなかったようだ。「浮浪者」という言葉の繰り返しが、本来その言葉が指す人々への賛歌であるこの歌を歌えなくさせているという矛盾と不自由さ。
ただただ僕は残念に思うだけだ。
(2005/06/20読了)



