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    2005年06月25日

    東京物語 奥田英朗

    「田村君、プロ野球好きなの」と小山江里。
    「うん?少しはね。小山は?」
    「全然わかんない」
    「ふうん」
    「でも…わかんないからかもしれないけど、わたし江川って凄いと思うな」
    「どうして」
    「日本中を敵にまわして、へこたれないんだもん」
    「ああ…そうだな」
    「まだ二十四歳でしょ。並の人間なら自殺してると思うな」小山江里が遠くを見るような目で言う。
    (春本番)

     相変わらずうまい!

    いや「最悪」しか読んでないのに偉そうに言えた身分じゃないが。でも「最悪」一作だけで、著者の力量も好みの文章だってことも充分すぎるくらいわかった。

     充分にわかってしまうと次に手がでなくなるのは僕の悪いくせだ。「最悪」の続編を思わせるタイトルの「邪魔」も読む方の勢いを求められそうでしばし保留状態。で次は「空中ブランコ」になるはずが、待てど暮らせど予約待ちが減らない。そこで本作だ。

     魅力的など真ん中直球勝負のタイトルもいいし、漱石の「三四郎」のように上京してきた青年の屈託のある青春ものなのもいい。

     そして最大のアイディアは、主人公・田村久雄が生きる二十代のちょっと背伸びした東京物語を、同時代を生きた人々にしか分からない「歴史的事件」を証人にして描いているところだ。

     僕らが歴史に立ち会うのではない。歴史の方が僕らの生きた時代を証明するのだ。だからこそ、ここで描かれる「歴史的事件」は、80年代バブルの時代を生きた田村や同時代の人々たちの証人となるのだ。

     取り上げられる「歴史的事件」は、ベルリンの壁崩壊のように掛け値なしのものもあるが多くが80年代を生きた人々とともに忘れさられていくような事件だ。それは「空白の一日」の江川卓デビュー戦であり「北の湖引退」であり松尾や八木橋のいた「新日鐵釜石対同志社戦」であり「幻の名古屋オリンピック」であり「ジョン・レノンの死」だ。

     忘れ去られていくものでありながら、その時代を確かに生きたと実感できる、そんな事件を風景に埋め込んだ事が、単なる青春物語に収まらない生々しさを作品に与える事に成功している。

     主人公の田村久雄は浪人して東京の予備校に通うために上京する。というのはお約束の言い訳で、とにかく親元を離れ東京で暮らしたいというのが彼の本音だ。彼はまんまと父親を説得して上京し、大学にすべり込み、演劇にうつつを抜かし、大学を中退し、広告代理店の下請け会社にすべり込み、べらぼうに忙しい日々を過ごすことにも慣れていく。大学に行った友人がモラトリアム(社会からの猶予)を決め込む中、いち早く社会に飛び込みバブルの中をがむしゃらに駆け抜け、思い上がったコピーを書くようになって得意先の上司にたしなめられる。

     平成の三四郎は、明治の三四郎と違っていつまでも都会のもつ雰囲気やエネルギーに呑まれてばかりではないが、恋に奥手だったり鈍感だったりするのはどちらにも共通している。

     僕が一番気に入ったエピソードは、久雄が初めて上京する1980年の春の話だ。

     名古屋から上京しなんとか北池袋の賃貸アパートにつくと後はすることがない。上京してきた高揚感と一人きりになった淋しさとがないまぜになって久雄は落ち着けない。ふと東京には同じく上京してる友人の何人かが大学生活を過ごしている事に思いあたり会いに行こうとする。

     友人は東工大生なのだが、東京の地理に詳しい者なら思わずニヤリとしてしまうに違いない。著者の選択に意地が悪いなあとつぶやくところだ。なぜなら東工大のある大岡山は、主人公のアパートがある北池袋とはかなりの距離で、東京の名を冠してはいるものの都心からはずいぶん外れにある大学だからだ。

     久雄自身は勝手にのどかな田舎町を想像して住所も電話番号も知らないまま出かけ、目蒲線を何駅行こうが途切れない住宅の群れに驚きを隠せない。当然ながら友人に会えず、よそ行きの顔をするキャンパスにも入れず引き返す。そしてあろうことか帰りに渋谷で降りてしまうのだ!

     東京在住の僕でさえ、映画やコンサートを見に行くなどの用がなければご免こうむりたいくらいの人・人・人の大群が押し寄せる街に、著者は東工大で意気消沈した久雄を放り出してしまう。空腹なのにどの店にも入れずマクドナルドにしか入れない自分にうちしがれる。

     上京初日からさんざんな目にあった久雄は寂しさのあまり故郷の友人へ電話をかけまくり、友人の一人が白山に下宿していることを知り、矢も盾もたまらず会いに行く。今度は電話先の友人の母にしっかり住所を聞いて。

     そして…。総武線で乗り換えのため降りる水道で久雄は「歴史」と遭遇する。
    そうだったかぁ。うまい!うまいぞ奥田さん。ここに連れてくるための東工大であり渋谷だったのかぁ。ここで久雄は東京でも故郷でも変わらないものがある事に気づき、勇気づけられる。

    さて出逢った「歴史的事件」が何だったかは未読の方のためのお楽しみにしておこう。
    とにかく面白く愉快な青春小説であることは保証しよう。
    (2005/06/22読了)


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    posted by アスラン at 02:47| Comment(2) | TrackBack(4) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
    この記事へのコメント
    TBありがとうございます。
    空中ブランコ、おもしろいですよ!!
    東京物語も好きです☆

    最近本をよんでないので
    また奥田さんの作品を読みたいです!
    Posted by コッティ at 2005年06月26日 14:38
    コッティさん、コメントありがとう。

    「空中ブランコ」あと12人待ちなんです。
    今年の1月末にもよりの図書館に予約したんですけどね。楽しみにして待ちますね〜。
    Posted by アスラン at 2005年06月26日 23:12
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