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    2007年06月24日

    「グッバイ・モロッコ」「ワンダフルライフ」(1999年5月1日(土))

     渋谷スペイン坂上のシネマライズで「グッバイ・モロッコ」(no.37)を観る。

     精神分析の開祖フロイトの孫娘が書いた原作の映画化。フロイトの娘は変わっていたらしく映画で描かれるように、愛人との間に出来た娘2人と一緒にイスラムの導師を訪ねてモロッコを旅する。そして愛人からの仕送りが途絶えてとてつもない貧乏ぐらしを送る。

     貧乏旅行をする所謂バックパッカーの先駆けのような女性だ。思い込みが強く激しやすい女性をケイト・ウィンスレットが好演している。それに娘役、特に長女が可愛らしく、大人たちの会話から意味も分からず響きのいい言葉を並べて呪文のようにして遊ぶところが面白い。

     原題「ヒディアス・キンキー」は「醜く変態的な」という意味だが、そんな事はおかまいなしで子供たちは連呼する。モロッコという西洋からは謎めいた土地で暮すオリエンタルな空気をうまく表現していて楽しい。

     マラケシュの市場や路地の撮影もなかなかいい。

     旅先で知り合った大道芸をする男とケイトが愛し合うようになり、娘2人とも仲良くなりやがて4人で旅をする。束の間の家族となるが、貧乏旅行はいつまでも続かない。男が工面したお金でチケットを買ってモロッコを去る3人の列車を、車で見送る男。

     ラストの彼らの合い言葉はやはり「ヒディアス・キンキー」だ。何気ない言葉が不思議な呪文になり彼らは心を通い合わせる。フロイトの孫だけあってなにやら象徴的なラストだ。

     向かいのパルコパート3、3Fのサンドイッチ屋で食事。

     引き続いてシネマライズで「ワンダフルライフ」(no.36)を観る。

     この監督・是枝裕和の前作「幻の光」は話題になったが観ていない。淀川(長治)さんに言わせると「なんてつまらない」という映画だったが果たしてどうだったのか。

     この映画は死んだ人々が昇天する前に人生の中で一番大切だった思い出を選んで、それに従って天国のスタッフが映画を作成するという内容だ。

     彼らは映画を観る事でその思い出の中に生きつつ天国へと旅立っていく。

     正直言って非常に複雑な気分になった。死者の一人の若者が

    「自分の過去の思い出を選びたくない。選んだ思い出を抱えて生きていくのは僕にはとてもつらい事だ」

    と語る気持ちが僕にもよくわかるからだ。

     選ぶほどの充足した思い出がある者もいれば、平凡で単調な人生を送った者もいる。そして思い出したくないつらい過去を生きた者もいる。もし同じように選ぶ立場になった時、映画や小説のように他人の人生の思い出を楽しんで観られるだろうか。ましてや自分の人生を振り返る事にどんな意味があるのか。

     ドキュメンタリーのリアリティを持たせた巧妙なフィクションであるこの作品は、僕から批評する言葉を奪ってしまった。

     これは映画ではない。

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    posted by アスラン at 15:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画評(1999年) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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